【第四章】 移住計画始動 ②
カイトも地味に好きなので、再登場です。カイトでストーリーに少しスパイスを入れれたらと思ってます。
2026年3月20日に完結します。
おそらく、個人的な理由で、この小説の公開は2026年4月1日から一時的に非公開にします。
☆左手首が…
そして、ルミナールの船内は、出航後とは思えないほど賑やかだった。
もっとも、その原因の半分以上は――
アストラの左手首である。
「……動くな、動くな」地下都市から同行することになった化学者が、通路の壁に背中を張りつけたまま、手首を目で追っている。
その手首はというと、ケースからスルリと抜け出し、床を這い、 壁を登り、天井の梁にぶら下がっていた。ホラー映画のワンシーンそのものだ。
「うわっ!今、逆さでこっち見た!」
「見てない、見てない、あれは“手”だ、目はない!」SWATの1人が本気で銃に手をかけそうになり、隣が慌てて止める。
一方。
「……あ、また天井行った」
ルビィは操縦席から振り返り、あくび混じりに言った。
「今日はアストラ元気だね」
結依も平然としている。
「昨日は床ばかりだったのに」
2人とも、見慣れている。
手首はそのまま通路を移動し、次に、アーク帝国から来た軍人2名の前で止まった。
「……」「……」
無言で、固まる2人。
手首は、ゆっくりと親指を立てた。
「……親指、立てたぞ」
「肯定なのか?挑発なのか?」
結依が笑顔で言う。
「多分、挨拶です」
「フレンドリーなんですよ」
「フレンドリーの概念が違いすぎる……」
そこへ、問題の人物――
カイトが通りかかる。
「……」
何も言わず、ただ、静かに立ち止まり、 天井を見上げる。
手首がある。
「……あぁ」
短い一言とともに、カイトはゆっくりと膝をついた。
「大丈夫ですか!?」
化学者が慌てて駆け寄る。
「……いや」
カイトは虚ろな目で言った。
「わかっていたんだ、今回も…何かあるとは……」
ルビィが近づいて、ぽん、とカイトの肩を叩く。
「大丈夫、大丈夫。手首は噛まないですから」
「問題はそこじゃない……」
結依も反対側からしゃがみ込む。 「カイトさん、深呼吸しましょ」 「ほら、吸ってー、吐いてー」
「……」
カイトは言葉なく従う。
手首はその様子を察知し、ぺたりと床に降り、カイトの前まで移動した。
そして―― ちょん、と人差し指で床を叩く。
「……慰めてる?」
誰かが小声で言った。
ルビィが吹き出す。
「ほらね、優しいでしょ」
「アストラ、気遣いできるんだよ」
結依は笑いながら言う。
「でもね、カイトさん」
「この船、こういうのが“通常運転”です」
「……だろうな」
カイトは立ち上がり、ため息をついた。
「私はデスクワーク向きの人間なんだ」
「大統領の下で働いてたのは、5年も前の話で。
定年も迎えた。それなのにどうして今さら、私がこの船に……」
ルビィと結依が、同時に顔を見合わせる。
「それはね」
ルビィが言う。
「運命」「もしくは」
結依が続ける。
「ゼファー大統領の気まぐれ」
2人は同時に言った。
「どっちも、逆らえないやつ」
カイトは、乾いた笑いを漏らす。
「……君たち、本当に仲がいいな」
「親友ですから」
結依が即答する。
「ライバルでもあるし」
ルビィも言う。
「でも、結局は一緒に同じ船」
2人は声を揃えた。
その瞬間。
手首がパチンと指を鳴らした。
「今の、同意?」
結依が聞く。
手首は、静かにうなずいた。
「ほら」
ルビィがニヤリと笑う。
「船も賑やかになってきた」
カイトは天井を見上げ、静かに呟いた。
「……無事に帰れるかな」
「帰れますよ」 結依が即答する。 「多分」 ルビィが付け足す。
手首は、ゆっくりと操縦席の方へ移動しながら、 親指を立てたまま、進んでいった。
――ルミナールは、いつも通りの、少しおかしな空気をまといながら、 ジュラシックアースへ向かっている。
☆手札が足りない
ルミナール出航から1時間後の…
◆地下都市・第7研究区画転送理論ラボ
研究所は広いが、人の気配が感じられない。稼働中の装置が低く唸り、ホログラムが静かに明滅している。
中央の実験台。
ダイヤとフェザー。その足元に、相変わらず30センチのモコルが張り付いている。
フェザー「まず、整理しよう」
空中に浮かぶのは、巨大甲虫の内部構造。
「ネバネバ液の採取は、もう問題なし」
ダイヤ「巨大化させた虫から、3回は安定して取れてる」
フェザー「継続的に取れるから量も十分」
ダイヤ「安全性もクリア」
2人、同時に次の言葉を飲み込む。
フェザー「……次の問題は」
ダイヤ「21億人を、いかに速く」 数字が浮かぶ。
2,100,000,000。
モコルが数字のゼロに頭突きする。
フェザー「時間をかけるなら、全員に塗ればいい」
ダイヤ「でも、それじゃ遅い」
フェザー「塗布、乾燥、確認」
ダイヤ「列ができる」
フェザー「必ず、詰まる」
ダイヤは腕を組む。
「……“塗る”からダメなんだ」
フェザー「?」
ダイヤ「人がネバネバを持つんじゃない?」
少し間を置いて。ダイヤ(『』付き)
「『ネバネバが、人を包めばいいのです』」
フェザー「……今の」
ダイヤ「?」
フェザー「アストラの真似でしょ?」
ダイヤ「『論理的帰結だ』」
フェザー「ちょっと似てるのが腹立つ!」
モコルが「きゅっ」と鳴く。
フェザー「包む、ね……」
ホログラムが変形する。 液体が霧状に分解される。
フェザー「液体のままだと制御が重い」
ダイヤ「流動が遅い」
フェザー「でも、霧なら」 人型の周囲に、薄い膜が形成される。
「霧状の薄膜になる」
ダイヤ「人がゲートに入る直前に?」
フェザー「数秒通過するだけ」
ダイヤ「体表全体に均一付着」
フェザー「ゲート空間を抜ける間だけ固定」
ダイヤ「『膜は空間との摩擦を遮断する』」
フェザー「だから、それアストラ!」
ダイヤ「『私は模倣していない』」
フェザー「してるっ!」
フェザー「膜は出口側では自然分解」
ダイヤ「残留なし」
フェザー「だから市民に影響は出ない」
モコルがくしゃみをする。
ダイヤ「つまり」
フェザー「“塗る作業”をゼロにする」
ダイヤ「霧の中を歩いて通るだけ」
少しの沈黙。
フェザー「で、本題」
ホログラムが切り替わる。
ゲート配置図。
フェザー「入口ゲートを大量に作る案」
ダイヤ「何個?」
フェザー「……200」
ダイヤ 「却下」
フェザー「だよね」
ダイヤ「レオとサイモンが過労死レベル」
フェザー「物理的にも精神的にも」
モコルがうなずく。
フェザー「じゃあ、ゲートを大きくする」
巨大な円が表示される。
フェザー「直径、最大10倍」
ダイヤ「それ以上は?」
フェザー「空間歪曲が不安定」
ダイヤ「安全優先」
フェザー「処理層を多重化して」
ダイヤ「同時通過人数を増やす」
フェザー「ただし――」
人の流れのシミュレーションが始まる。すぐに、入口付近が赤く染まる。
フェザー「人は、詰まる」
ダイヤ「絶対詰まる」
フェザー「立ち止まる人」
ダイヤ「振り返る人」
フェザー「怖くて進めない人」
ダイヤ「子供連れ」
フェザー「だから現実的には、数値が落ちる」「10倍の大きさの1ゲートあたり、毎分30〜40人」
ダイヤ「安全込みで」
フェザー「ゲート10組」
ダイヤ「毎分、最大400人」
フェザー「霧は推測でも10秒は浴びる必要はある」
数字が再計算される。ホログラムに流れる数式は、さっきよりも静かで重たい。
フェザー「それでも、足りない」
ダイヤ「…うん」
数字が止まる。
試算結果が、一行で表示された。
――想定移動期間:9年9ヶ月。
フェザー「霧状膜は通過効率を、最大まで引き上げてる」
ダイヤ「人が立ち止まらない前提でね」
フェザー
「でも――」
別のレイヤーを重ねる。人の流れ。密度。遅延。
「現実は、こうなる」
ホログラムの中で、人の流れが詰まる。 入口前で緩やかな渋滞が発生する。
ダイヤ「……止まる」
フェザー「1人が躊躇すれば、後ろが詰まる」
ダイヤ「家族がいれば、なおさら」
フェザー「霧は完璧でも、人は完璧じゃない」
モコルが、ホログラムの“詰まっている部分”に体当たりする。当然、何も変わらない。
ダイヤ「……かわいいけど、解決しないね」
フェザー「癒し要員だな」
一瞬、笑いかけて、すぐに真顔に戻る。
フェザー「ゲートを増やす?」
ダイヤ 「大きいのは最大20組が限界かな」
フェザー「20組か…」
ダイヤ「そう、40ゲートだね」
ホログラムに、入口20と出口20が並ぶ。空間負荷が赤く点滅する。
フェザー「出口側が詰まったら、入口も止まる」
ダイヤ「逆も同じ」
フェザー
「ゲートを大きくすると出口や入口が詰まる」
数値を入れ替える。 再計算。
――想定移動期間:4年11ヶ月。
ダイヤ「……まだ、長い」
フェザー「3〜4ヶ月が目標だよね?」
ダイヤ「太陽が本気出す前に」
沈黙。
研究所の静けさが、さっきよりも深くなる。駆動音だけが、淡々と時間を刻む。
ダイヤ「霧は正解だと思う」
フェザー「うん。ここは突破した」
ダイヤ「入口を大きくするのは……」
フェザー「渋滞になる、次の壁が、高い」
ダイヤは、ニヤッとし口を開き、
「『処理能力は、空間ではなく、人に依存する』」
フェザー「……またアストラ」
ダイヤ「『私はアストラではない』」
フェザー「いないのに一番アストラしてるの、あんたなんだけど」
モコルが、ダイヤの靴にしがみつく。 ぎゅっと。
ダイヤ「……ねぇ」
フェザー「うん?」
ダイヤ「これ、詰んでる?」
フェザーはすぐには答えない。
ホログラムを見つめ、数秒考えてから、首を横に振る。
フェザー「まだ」
ダイヤ「でも、答えが見えない」
フェザー「今はね、手札が足りないのよ」
2人の間に、また沈黙が落ちる。 楽しげだった空気は、どこかへ行ってしまった。
理論上、霧での保護は解決した。
――それでも、人は運べない。
モコルが、小さく鳴いた。
フェザー「今日は、ここまで」
ダイヤ「……うん」
ダイヤは椅子に座り、天井を見る。
「次から次へ、問題だらけだね」
フェザー「惑星移住だよ、そういうものでしょ」
しばらく、誰も喋らない。
霧状膜のホログラムだけが、静かに、淡く光っていた。
☆最後のカード――『化学屋クラウドだよぉ~』
翌日――昼過ぎ
◆ルナストン市・第七研究区画 中央ミーティングルーム・円形の会議室
壁一面に、人流とゲート構成のシミュレーションが浮かんでいる。
ダイヤとフェザーはすでに席に着いていた。
フェザー「今日は他の人の意見を聞きましょう」
ダイヤ「うん、そうだね」
扉が開く。
ゼファーともう1人男性が並んで入室する。
フェザー「来たわね」
ゼファー「彼を連れてきたぞ」
クラウド「お邪魔するよぉ〜」
フェザー「ダイヤ、紹介する」
ダイヤが顔を上げる。
フェザー「彼はクラウド。ルナストン市で唯一、私と同じ速度で話が通じる化学屋」
ダイヤ「もしかして、クラウドさんは地下都市入口の地表に重力と空気層を作った人?」
フェザー「そうそう、あれはクラウドの仕事よ。凄いでしょ」
クラウド「褒めすぎだよぉ〜」
ダイヤ「よろしく」
クラウド「よろしくねぇ〜」
ゼファーが腰を下ろそうとして、ふと視線を落とす。
フェザーの胸元、はっきりした谷間に、一瞬、目が留まる。
ダイヤ「……大統領?」
ゼファー「ち、違う!資料を見てただけだ!」
フェザー「胸元を?」
クラウド「またそんな服だからだよぉ〜」
フェザー「機能的よ」
ダイヤ「説得力ゼロ」
軽い空気のまま、全員席に着く。
フェザー
「昨日の続きからいく」
「2人の意見も聞きたい」
ホログラムに、昨日の問題点が並ぶ。
《ゲート数 ・人の渋滞 ・出口詰まり 》
フェザー「霧状膜は必ず私が完成させます」
ダイヤ「頼もしい、保護膜と通過は解決だね」
フェザー「でも、21億人がゲートで詰まった」
クラウド「ゲートを増やす案はぁ〜?」
ダイヤ「却下」
「フェザーが200とか言い出したから」「レオとサイモンが過労死」
ゼファー「それは避けたい」
クラウド「じゃあさぁ〜」
クラウドが、別の図を出す。
「大きなゲートは1つぅ〜」
ダイヤ「主幹?」
フェザー「他は?」
クラウド
「小型ドアを量産んん〜〜」
ダイヤの目が、はっきりと輝く。
「それ、いい」
「しかも分割式で、8〜10パーツ」
フェザー「最小構成」
ダイヤ「アストラみたいにさ」
一瞬の間。
ダイヤ「バラして、誰でも迷わず組めるやつ」
クラウド「なるほどねぇ〜」
フェザー「現場向き」
ダイヤ「壊れても、1パーツ交換で済む」
フェザー「量産に向いてる」
クラウド「大きなの作るより、よっぽど現実的だよぉ〜」
ダイヤ「大きいのは空間調整に時間がかかる、小さい方が簡単」
フェザー「で、ここからが重要」
ホログラムが切り替わる
小型ドアが、時間と共に増えていくグラフ。
フェザー「最初は遅い」
ダイヤ「慣れてないから」
フェザー「でも」
ダイヤ「慣れれば作業も早くなるし、最初は首をかしげてた科学者も手が止まらなくなる、生産数が増える」
クラウド「雪だるま式、だねぇ〜」
フェザー「10作れたら、次は20」
ダイヤ「人も増えるし、スピードも上がる」
試算が表示される。
《最終想定ドア数:約 8,000組》
一瞬、静寂。
ゼファー「……多いな」
ダイヤ
「小型なら、空間調整も早い」「組み立てや運搬が簡単なら、人の多い場所に直接ドアを置ける。それだけで、移住は加速する」
フェザー
「ええ。ゲートが10組あっても、人が集まるだけで詰まる」
「最初から“人の中”に置けるなら、流れは止まらない」
クラウド「小型の方が、現実的だよぉ〜」
ゼファー「でも、そんなにドアが多かったら、ワープ空間は混雑するのでは?」
ダイヤ
「大丈夫だと思う!」
「ルミナール式のワープ空間はチャンネルが無数にある。今までは一番安定する空間を探し使ってたけど、霧保護膜あるなら」
クラウド「別チャンネルでのテストも必要になるねぇ〜」
フェザー「でも…、霧膜ね……」 フェザーが別の数値を重ねる。
ネバネバ液の消費量…
ダイヤ「あ」
ゼファー「足りない?」
ダイヤ「全然」
フェザー「8000組、霧状膜、ドア周囲、安定層」
「使い放題じゃない」
ゼファーは少し考え、頷く。
「なら、軍を出そう」
ダイヤ「本気?」
ゼファー「巨大化させた虫からの採取だろう。一応聞くが安全なのか?」
ダイヤ「鎮静薬、効く」
クラウド「そんなにぃ〜?」
フェザー「意外と」
ダイヤ「というか拍子抜けするくらい効いた」
ゼファー「暴れない?」
ダイヤ「大人しい」
クラウド「作業、楽になるねぇ〜」
ゼファー「では、私の部隊に任せる」
フェザー「助かる」
ダイヤ「『虫さん、ごめんねぇ〜』」
モコルが、机の上でころんと転がる。
フェザー「ダイヤ、やめなさい」と微笑む
クラウドは真似されたことに気がつかず 。
「まとめるとぉ〜」
クラウドが指を折る。
「大きなゲート1つぅ〜」
ダイヤ 「小型ドア大量生産」
フェザー「ルナストン市民は?」 ダイヤ「直接ドアで行く人」「戦艦で隣の惑星経由の人」
ゼファー「ハイブリッド移住だな」
フェザー「ドアの量産は?」
ダイヤ「ヴェルデを拠点に」
「軌道に乗ったら6カ国へ展開」
フェザー「ゲートが1つ繋がれば、ジュラシックアース組も参加」
ダイヤ「さらに人も速度も増える」
再計算。
――想定移動期間:4ヶ月。
静かに、全員が息を吐く。
ダイヤ「量産速度が上がれば、4ヶ月以内も可能」
ゼファー「ようやく、道が見えた」
フェザー「狂ってるけどね」
ダイヤ「『いつものことだよぉ〜』」
フェザー「ダイヤっ」と言い笑う
モコルが「きゅっ」と鳴く。
壁は、まだある。
でも今度は、 登り方が見えた。
次は、実行だ。
ルミナールには、学者3名、SWATと軍人で5名。
新キャラです。
8名をいっきに出さず、じわじわ出していくので。その辺も、今後のジュラシックアース編を楽しみにしてほしいです。




