☆手札が足りない
一度完結しましたが、ブラッシュアップしての1話目、【第零章】から再投稿です。内容もボリュームアップする予定。1話ずつ、ゆっくり投稿していきます。
完結してる作品なので、完結は必ずします。
「」人のセリフ
()心の声
『』通信などの機械音、ほかの人が言った言葉をそのまま入れるとき。
※私の小説のルールです。
楽しんでもらえると嬉しいです。
――ルミナール出航から一時間後。
◆地下都市・第七研究区画、転送理論ラボ。
研究所は広いが、人の気配はない。稼働中の装置が低く唸り、ホログラムが静かに明滅している。
中央の実験台。
ダイヤとフェザー。そして足元には、相変わらず小さなモコルが張り付いている。
フェザーは腕を組み、淡々と言った。
「まず、整理しよう」
空中に浮かぶのは、巨大甲虫の内部構造。
フェザーは続ける。
「ネバネバ液の採取は、もう問題なし」
ダイヤは頷く。
「巨大化させた虫から、三回は安定して取れてる」
フェザーが言う。
「継続的に取れるから量も十分」
ダイヤが続ける。
「安全性もクリア」
二人は同時に、次の言葉を飲み込んだ。
フェザーが静かに口を開く。
「……次の問題は」
ダイヤが続ける。
「二一億人を、いかに速く」
ホログラムに数字が浮かぶ。
モコルが、その数字に頭突きをした。
フェザーは淡々と言う。
「時間をかけるなら、全員に塗ればいい」
ダイヤは首を振る。
「でも、それじゃ遅い」
フェザーが指を折る。
「塗布、乾燥、確認」
ダイヤが続ける。
「列ができる」
フェザーが言う。
「必ず、詰まる」
ダイヤは腕を組んだ。
「……“塗る”からダメなんだ」
フェザーが首を傾げる。
「?」
ダイヤは少し間を置いて言った。
「人がネバネバを持つんじゃない?」
そして、ダイヤは真顔で言った。
「『ネバネバが、人を包めばいい』」
フェザーは眉をひそめる。
「……今の」
ダイヤは首を傾げる。
「?」
フェザーは呆れたように言った。
「アストラの真似でしょ?」
ダイヤは平然と返す。
「『論理的帰結だ』」
フェザーは即座に突っ込む。
「ちょっと似てるのが腹立つ!」
モコルが「きゅっ」と鳴いた。
フェザーはホログラムに視線を戻す。
「包む、ね……」
ホロ画面の液体が変形し、霧状へと分解されていく。
フェザーは言う。
「液体のままだと制御が重い」
ダイヤが続ける。
「流動が遅い」
フェザーが指を動かす。
「でも、霧なら」
ホロ画面の人型の周囲に、薄い膜が形成される。
フェザーは説明する。
「霧状の薄膜になる」
ダイヤが言う。
「人がゲートに入る直前に?」
フェザーが頷く。
「数秒通過するだけ」
ダイヤが続ける。
「体表全体に均一付着」
フェザーが言う。
「ゲート空間を抜ける間だけ固定」
ダイヤは満足げに言う。
「『膜は空間との摩擦を遮断する』」
フェザーが即座に突っ込む。
「だから、それアストラ!」
ダイヤは淡々と返す。
「『私は模倣していない』」
フェザーが声を上げる。
「してるっ!」
フェザーは続ける。
「膜は出口側では自然分解」
ダイヤが頷く。
「残留なし」
フェザーが言う。
「だから市民に影響は出ない」
「“塗る作業”をゼロにする」
ダイヤが続ける。
「霧の中を歩いて通るだけ」
少しの沈黙。
フェザーが指を鳴らす。
「で、本題」
ホログラムが切り替わる。
ゲート配置図。
モコルがくしゃみをした。
フェザーが言う。
「入口ゲートを大量に作る案」
ダイヤが聞く。
「何個?」
フェザーは少し考えて言う。
「……二〇〇」
ダイヤは即答した。
「却下」
フェザーが苦笑する。
「だよね」
ダイヤが続ける。
「レオとサイモンが過労死レベル」
フェザーも頷く。
「物理的にも精神的にも」
「じゃあ、ゲートを大きくする」
ホロ画面に巨大な円が表示される。
フェザーが言う。
「直径、最大一〇倍」
ダイヤが確認する。
「それ以上は?」
フェザーは首を振る。
「空間歪曲が不安定」
ダイヤが頷く。
「安全優先」
フェザーが続ける。
「処理層を多重化して」
ダイヤが言う。
「同時通過人数を増やす?」
フェザーは一瞬止まる。
「ただし――」
人の流れのシミュレーションが始まる。
すぐに入口付近が赤く染まる。
フェザーが言う。
「人は、詰まる」
ダイヤも即答する。
「絶対詰まる」
フェザーが続ける。
「立ち止まる人」
ダイヤが言う。
「振り返る人」
フェザーが言う。
「怖くて進めない人」
ダイヤが続ける。
「子供連れ」
フェザーが結論を出す。
「だから現実的には、数値が落ちる」
ダイヤが補足する。
「安全込みで」
フェザーが言う。
「一ゲートあたり、毎分三〇〜四〇人」
ダイヤが計算する。
「ゲート一〇組」
フェザーが続ける。
「毎分、最大四〇〇人」
ダイヤが言う。
「霧は最低一〇秒必要」
数式が再計算される。
フェザーが小さく言う。
「それでも、足りない」
ダイヤも頷く。
「……うん」
表示が止まる。
――想定移動期間:九年九ヶ月。
フェザーが言う。
「霧状膜は通過効率を最大まで引き上げてる」
ダイヤが続ける。
「人が立ち止まらない前提でね」
フェザーは別のレイヤーを重ねる。
「でも――現実は、こうなる」
ホログラムの中で、人の流れが詰まる。
ダイヤが呟く。
「……止まる」
フェザーが言う。
「一人が躊躇すれば、後ろが詰まる」
ダイヤが続ける。
「家族がいれば、なおさら」
フェザーが言う。
「霧は完璧でも、人は完璧じゃない」
モコルが詰まっている部分に体当たりする。
ダイヤが苦笑する。
「……かわいいけど、解決しないね」
フェザーが言う。
「癒し要員だな」
一瞬だけ笑い、すぐに真顔に戻る。
フェザーが言う。
「ゲートを増やす?」
ダイヤが考えて答える。
「大きいのは最大二〇組が限界かな」
フェザーが呟く。
「二〇組か……」
ダイヤが言う。
「そう、四〇ゲートだね」
ホログラムに入口二〇と出口二〇が並ぶ。
フェザーが指摘する。
「出口側が詰まったら、入口も止まる」
ダイヤも頷く。
「逆も同じ」
再計算。
――想定移動期間:四年一一ヶ月。
ダイヤが呟く。
「……まだ、長い」
フェザーが言う。
「アストラの観測データによれば、三〜四ヶ月が目標だよね?」
ダイヤが小さく言う。
「うん、当初の想定より早いって」
「太陽が本気出す前に」
沈黙。
ダイヤがぽつりと呟く。
「霧は正解だと思う」
フェザーも頷く。
「うん。ここは突破した」
ダイヤが続ける。
「でも、次の壁が高い」
ダイヤはニヤッと笑い、言う。
「『処理能力は、空間ではなく、人に依存する』」
フェザーが呆れたように言う。
「……またアストラ」
ダイヤが即答する。
「『私はアストラではない』」
フェザーがため息をつく。
「あんたが一番アストラしてるのよ」
モコルが、ダイヤの靴にしがみつく。
ダイヤが小さく言う。
「……ねぇ」
フェザーが答える。
「うん?」
ダイヤが聞く。
「これ、詰んでる?」
フェザーはすぐには答えない。
数秒考え――首を横に振る。
フェザーが静かに言う。
「まだ」
ダイヤが言う。
「でも、答えが見えない」
フェザーが答える。
「今はね、手札が足りないのよ」
沈黙。
理論上、霧での保護は解決した。
――それでも、人は運べない。
モコルが小さく鳴いた。
フェザーが言う。
「今日は、ここまで」
ダイヤが頷く。
「……うん」
ダイヤは椅子に座り、天井を見上げる。
「次から次へ、問題だらけだね」
フェザーが静かに言う。
「惑星移住だよ、そういうものでしょ」
しばらく、二人とも喋らない。
霧状膜のホログラムだけが、静かに淡く光っていた。
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