☆異形素材と捕獲任務
研究室に入ると同時に、アストラがデータを展開した。
空中に浮かぶのは、複雑すぎるホログラム。分子構造とも、生体情報とも取れる異様なデータだった。
アストラは淡々と告げる。
『コーティングの主成分を解析しました』
そのまま視線も動かさず、さらに続けた。
『植物由来の液体と推定されますが、遺伝子改変が過剰で分類不能です』
ダイヤは思わず声を上げた。
「なにこれ!?」
頭を抱えるようにして、ホログラムを睨みつける。
「ぐちゃぐちゃじゃん!設計思想が見えない!」
フェザーは腕を組み、画面を見据えたまま言う。
「文字、ルナストン語にできる?」
アストラは即座に応じる。
『可能です』
一瞬で表示が切り替わった。
フェザーの表情が、ぴたりと止まる。
「……嘘でしょ」
その変化を見て、ダイヤも察したように顔を上げる。
「これ、わかるの?」
アストラは静かに答えた。
「オリオン博士の手法と、高い一致率があります」
ダイヤは深く息を吐き、額に手を当てた。
「やってくれたな、あいつ…」
呆れたように続ける。
「また未発表かよ…。しかも、生体素材寄り……」
フェザーが、しばらくホログラムを見つめてぽつりと呟く。
「九八%くらい似てる素材、知ってる」
ダイヤは驚いて顔を上げた。
「え?」
フェザーはそのまま説明を続ける。
「ルナストン市でね」
少し間を置き、言葉を選ぶ。
「最近、自然発生した虫がいるの」
ダイヤの顔が引きつる。
「……虫?」
フェザーは即答した。
「ええ」
少し眉をひそめて付け加える。
「気持ち悪いやつ……」
空中に、新しいホログラムが映し出された。
黒光りする体。
一〇〜一五センチ。
足がやたら多い。
ダイヤは即座に視線を逸らした。
「うわっ」
両手を振るようにして叫ぶ。
「ムリムリムリ!」
フェザーは軽く笑う。
「安心して」
肩を揺らしながら続けた。
「私も虫大嫌い」
サイモンが後ろから覗き込み、顔をしかめる。
「……これは、確かに無理だな」
フェザーは説明を続ける。
「その虫、不定期にね、ネバネバの液体で全身を覆って、眠りに入るの」
ダイヤはすぐに気づいたように言う。
「その液体が――」
フェザーは頷いた。
「そう」
淡々と続ける。
「少し柔らかめに固まると、無敵なの。外的干渉、ゼロ」
指を折るように説明する。
「熱、衝撃、切断、いずれも内部へ影響なし」
ダイヤは眉をひそめて問いかける。
「それを人工で作ろうとした?」
フェザーは楽しそうに笑った。
「売れるし、面白いでしょ?」
ダイヤは嫌な予感を隠さずに言う。
「……で?」
フェザーはあっさり答えた。
「無理だった」
軽く手を振る。
「一匹から一〇〇ml程度しか取れないし、再現不可…虫も気持ち悪いしね」
ダイヤは少し考え込み、低く呟く。
「ねぇ、その虫、今ある?」
フェザーは端末を操作しながら答える。
「今はない」
視線を上げ、続ける。
「でも、草木の多い公園なら――一時間で二〜三匹は捕まえられる」
ダイヤは一瞬だけ迷い、すぐに振り返った。
「ゴリにぃ!」
入口付近にいたモコルが、ぴくっと反応する。
ダイヤは勢いよく指示を出す。
「一人で公園行って」
「この虫、捕まえてきて!」
サイモンは苦笑いを浮かべながら立ち上がる。
「俺、行くよ。虫はグロいけど、爆発よりマシだ」
フェザーは満足そうに頷いた。
「話が早くて助かるわ」
ダイヤはホログラムを見ないようにしながら呟く。
「……絶対、触らない」
そして一人、サイモンは研究室を飛び出していった。
そして、約一時間後――
研究室のドアが、音もなく開いた。
サイモンは力なく言う。
「……ただいま」
入ってきた彼は、服が半分ボロボロだった。腕には謎の緑色の痕、髪には小枝が絡んでいる。
サイモンは無言で、透明ケースをテーブルに置いた。中では黒光りする“それ”が、四匹、モゾモゾと動いていた。
ダイヤは一歩後ずさる。
「……」
フェザーは少し首を傾げて問いかける。
「……大変だった?」
サイモンは遠い目をしたまま答えた。
「三回、木から落ちた」
指を一本立てる。
「二回、追いかけられた」
そして少し間を置く。
「一回……食われかけた」
ダイヤは思わず叫ぶ。
「食われかけた!?」
「虫に?」
サイモンは疲れた顔で言う。
「噛まれたと言うべきか……」
フェザーは吹き出した。
「想像以上ね」
アストラが淡々と補足する。
「捕獲対象の防御反応と推測します。極めて危険です」
ケースの中でモゾモゾと蠢く黒い影と、鼻をつく独特の匂い。
誰もが「触りたくない」と本能で叫んでいるが、人類救済の鍵は間違いなくこの虫の中にある。
ダイヤとフェザーの目が、怪しい光を宿した。研究室に、新たな悲鳴と熱狂が響き渡るまで――あと数分。




