☆移住計画と嘘
――数秒後。
最初に口を開いたのは、小国の一つだった。
痩せた中年の女性大統領は、指先を組んだままゆっくりと顔を上げる。
「正直に言わせてもらう」
彼女は視線を外さずに続ける。
「太陽が消える、という話自体が信じ難い。それに我々は移住など経験したことがない」
間髪入れず、別の小国の男性大統領が前のめりになりながら言葉を重ねる。
「国土も文化も、すべて捨てろと言われているようなものだ。それが“救済”だとはとても思えない」
会合室の空気が、わずかに冷えた。
さらに別の代表が、目を伏せながら口を開く。
「ましてや――」
わずかに視線を逸らし、言葉を選ぶ。
「地下都市の話…… あの、番兵とかいうモンスターの存在。あれと同じ船に乗れと言われて、平気な国があると思うか?」
小さく、同意のざわめきが広がる。
その空気を断ち切るように、ゼファーが低く言い放つ。
「話が逸れているな」
その声には、鋭い刃のような圧があった。
次の瞬間だった。
アーク帝国大統領が、椅子に深くもたれたまま、ゆっくりと口を開く。
「地下都市の番兵?あんなものは、軍事的に見れば制御不能な生体兵器 だ」
ゼファーは、わずかに目を細める。
「それを危険視するなら、先にアーク帝国の軌道兵器を問題にすべきでは?」
鼻で笑う音が、静かな室内に響いた。
「ふん」
アーク帝国大統領は、顎を上げる。
「話をすり替えるな。我々は“実在する脅威”の話をしている」
場の温度が、さらに一段階下がる。
そのとき。
ノヴァ連邦大統領が、静かに手を上げた。
「――そこまでだ」
穏やかな声だったが、確かな制止の力を持っていた。
「感情論や非難では、何も進まない」
彼女はゆっくりと視線を巡らせる。
「我々が知るべきは三つ。
一、移住のタイムリミット
二、移動手段
三、移住先の惑星
それだけだ」
静寂が落ちる。
「まず、期限について」
その言葉に、ゼファーはわずかに顎を引き、アストラへ視線を向けた。
アストラは一歩前に出る。瞳が淡く発光する。
『太陽の消滅予測は、およそ三年。ただし、臨界点を越えると加速します』
わずかに間を置く。
『惑星への影響を考えると長くても一〜二年程度』
「……思ったより、短いな」
誰かの呟きが漏れる。
アストラは淡々と続ける。
『あくまで現在の予測です。もっと早まる可能性も否めません』
ざわめきが広がる。
「次に、移動方法だ」
ノヴァ連邦大統領が静かに言った。
ゼファーの視線を受け、ルビィは一度深く息を吸う。胸の奥の震えを押し込めるように。
「移動方法について説明をいたします」
ゆっくりと顔を上げる。
「ルミナール船には、恒星間ワープ航行用の基幹技術があります。 それを“移動”ではなく、固定転送に転用します」
会合室が、静まり返る。
「具体的には、二つの惑星間に空間位相を安定させた連結点を設け、 大量の物質」
「――つまり、人間を連続して通過させることが可能なゲートを構築します」
小国の大統領たちが、息を呑む。
「一時的なジャンプではありません。開放時間を制御できる、半恒久型の転送ゲートです」
アーク帝国大統領が眉をひそめる。
「そんなもの、理論上の話だろう」
その言葉に、ルビィは一歩も引かない。
「理論では終わっていません」
わずかに声が強くなる。
「ルナストン市での試験と、小規模生体通過実験はすでに成功しています」
そして――
ほんの一瞬、間が空いた。
「現在の完成度は、およそ八〇%です」
その瞬間。
レオの指が、ほんのわずかに止まる。
結依の視線が、横へと流れる。
ゼファーの目が、一瞬だけ細くなる。
――嘘だ。
三人とも、同時に察した。
だが、誰も口を挟まない。
「残り二〇%は、出力安定と長時間稼働の調整です」
ルビィは拳を軽く握る。
「理論的な障壁はすでに突破しています」
声は震えながらも、前を向いていた。
「この方法なら、国家単位、都市単位での移住が可能です」
一拍。
「――命を賭ける賭博ではありません」
言い切った声は、かすかに揺れていた。
そのときだった。
「移住先の話をしよう」
レオが、低く落ち着いた声で口を開く。
「候補の惑星は一つ。この惑星アークスの約一・五倍の大きさ」
全員の視線が集まる。
「季節はないが天候はある。気温は常に三〇℃前後で安定している」
レオは淡々と続ける。
「惑星の六〇%は海。太陽が三つ。正確には恒星が一つと光と熱を発する大きめの衛星が二つあるため、夜は存在しない」
小国側が顔を見合わせる。
「植物、微生物、昆虫は豊富だ。大型の爬虫類も多い」
一瞬、緊張が走る。
「ただし」
わずかに間を置く。
「知性は高くない。完全な野生で、弱肉強食の世界だ」
アーク帝国大統領が口元を歪める。
「ほらな。危険だ」
即座に、レオは言い切る。
「問題ない」
迷いはなかった。
「大型爬虫類の対処は、我々と地下都市で引き受ける」
ゼファーが静かに補足する。
「生態系の管理と都市防衛は、すでに試算済みだ」
その言葉に、ルビィと結依の視線がわずかに揺れる。
(レオもゼファーも、また嘘をついた……)
沈黙。
説明が一通り終わった、そのときだった。
小国の代表の一人が、おそるおそる口を開く。
「惑星までの距離は?船では行かないのか?」
視線が、ルビィへと集まる。
ノヴァ連邦大統領が問いかける。
「移住予定の惑星まで、どれほど離れている?」
ルビィは小さく頷く。
「正直に言います」
一拍。
「惑星アークスから、自然衛星ルナスまで、ここの惑星戦艦でおよそ二日。大型戦艦なら一日半です」
小さなどよめきが広がる。
「そして、そこから移住予定先の惑星までは―― 同一銀河内ですが、かなり距離があります」
アーク帝国大統領がすぐに口を挟む。
「では、戦艦で行ける距離ではないな」
ルビィは静かに頷く。
「ええ」
息を整えながら続ける。
「惑星アークスの戦艦技術では、 ルナス近辺までが限界です。それ以上は―― 物理移動では時間と燃料がかかりすぎます」
その言葉を受け、アストラが補足する。
『我々の船、ルミナール号はワープを使用せず、惑星アークスからルナス間を約二時間弱で移動可能です』
ざわめき。
『ただし、小型船です』
『ルミナール号は一五名、までしか搭乗できません』
『さらに』
ホログラムへ視線を向ける。
『ワープ航行は、連続使用が不可能です。エネルギーの自然回復に、相応の時間を必要とします』
ノヴァ連邦大統領が静かに言う。
「……つまり?」
ルビィが言葉を引き取る。
「私たちの船は、人を運ぶ船ではありません」
一拍。
「ゲートを作り、つなぐための“鍵”です」
そして、はっきりと。
「だからこそ」
強く言い切る。
「この計画は、惑星アークスの資源、地下都市ルナストンの技術、そして私たちのゲート技術―― すべてが揃わなければ成立しません」
その言葉は、重く、しかし確実に、会合室の中心へと落ちた。
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