★宇宙への第一歩
――選出式典から一年後
◆リトス銀河第一宇宙ステーション(通称=ステーション・ワン)
――L.C.四二七年八月二五日
宇宙港は、早朝から活気にあふれていた。整備員の怒号、機材の駆動音、発着を繰り返す小型艇――すべてが、今日という日の特別さを物語っている。
副長のレオは、出航を目前に控え、装備の最終チェックを行っていた。初の別銀河探索ミッション。その重みを理解しているからこそ、手元に一切の迷いはない。
見送りデッキでは、レオの息子オリオン・ミラノ(一〇)が無邪気に遊んでいる。出航前に買ってもらったばかりの小さな人形を握りしめ、
「首チョンパ!」
そう叫びながら、首を飛ばしては戻す動作を繰り返していた。屈託のない笑顔が、場の緊張をわずかに和らげている。
少し離れた場所で、一七歳になったダイヤはサイモンの姿を目で追った。大きな体で、巨大なコンテナをいくつも抱え、足取りも変えずに運んでいる。
「ゴリにぃ、そのコンテナ……重すぎない?」
サイモンは短く息を吐き、荷を持ち直した。
「問題ない。これくらい、重力訓練と思えばな」
ダイヤは小さく笑う。
「……ほんと、ゴリラみたい」
そこへレオが近づき、手にしていた荷物をサイモンのコンテナの上にどんと乗せた。
「サイモン、少し分けてやったぞ。トレーニング強化だ」
サイモンは眉をひそめながらも、荷物を抱え直す。
「……ただの押しつけだろ、それ」
ダイヤがくすっと笑う。
「ゴリにぃ、潰されないでね」
レオは軽く息を吐くと、そのまま息子へと視線を向けた。
「オリオン、見ておけ。力だけじゃダメだ。頭も使うんだ」
「はい!」
元気よく返事をしながら、オリオンはまた人形の首を飛ばしては戻す。
レオは息子の頭を軽く撫でた。
「……強くなれ。オリオン」
その様子を、レオの妹アリエス・ミラノ(二六)が赤ん坊を抱きながら見守っていた。
「お兄ちゃん、もう少し優しく言ってあげなさいよ」
「大丈夫さ。あいつはちゃんと学ぶ」
そう言ってから、レオはアリエスの腕の中の赤ん坊へと目を落とす。
「……母ちゃんの言うこと、ちゃんと聞くんだぞ」
アリエスは一瞬驚いたように目を瞬かせ、それからやわらかく微笑んだ。
「オリオン、危ないから気をつけて」
「大丈夫だよ、アリエス叔母ちゃん!」
無邪気な声が響く。
その光景を見つめながら、ダイヤはぽつりと呟いた。
「……この子、将来すごいことやりそう」
やがて、出航の時が近づく。
コックピットでは、レオが最終確認を終えた。
「燃料、酸素、通信系統……すべて正常」
ダイヤの指が、不意に止まった。
出航前チェックのモニター。その片隅で、星図データが一瞬だけ“揺れた”。
「……ん?」
ほんの一瞬。
誰も気づかない程度のズレ。
だが、ダイヤは画面を拡大した。
レオが呆れた声を出す。
「おい、まだ見てんのか?もう全部チェック済みだぞ」
「静かにして」
ダイヤは高速でログを遡る。
そして、小さく目を細めた。
「これ、おかしい」
「何が?」
「観測衛星の位置データ。〇・三秒だけ、全部“同じ方向”にズレてる」
レオが眉をひそめる。
「ただのノイズだろ」
「違う」
ダイヤは即答した。
「ノイズなら、こんな綺麗に揃わない」
空気が変わった。
ダイヤはさらにデータを開く。
「たぶん、空間そのものが引っ張られてる」
「……は?」
「これ、ワープ航路の先に“何か”あるよ」
レオの顔から色が消えた。
「待て。それ、事前観測に無かったぞ」
「うん。だから皆、正常だと思ってる」
ダイヤは淡々と修正コードを打ち込む。
「AIは“平均値”で判断するからね。でも、本当に危ないのは――」
一瞬、指が止まる。
「こういう、小さすぎる違和感」
修正完了の表示。
ダイヤは振り返り、いたずらっぽく笑った。
「ね? こういうの、気づいちゃうんだよね」
その言い方は、まるでゲームの裏技を見つけた子どものようだった。
そして続ける。
「私が二人を引っ張るって、言ったでしょ」
その後、ダイヤはパネルのランプを一つずつ確認し、深く息を吸う。
「いよいよだね」
レオとサイモンは黙って頷いた。
見送りデッキでは、アリエスが静かに手を振る。
「行ってらっしゃい、三人とも」
アリエスは赤ん坊を抱きながら、兄よりも強い目で宇宙を見つめていた。
宇宙への第一歩。
カウントダウンが始まる。
――そのとき。
『ルミナス号、こちら管制』
低く、落ち着いた女性の声が通信に乗る。三人は同時に背筋を正した。
『アデーロス第三銀河探索ミッション。目的は調査、最優先事項は生還です』
一拍。
その声が、わずかにやわらぐ。
『必ず、全員で帰ってきなさい』
レオは静かに息を吸い、応えた。
「了解。必ず戻る」
ダイヤも、迷いなく続く。
「ミッション、成功させます」
サイモンは短く頷く。
「全員、無事でな」
カウントダウンが響く。
「3」
『レオ』
名を呼ばれ、指が一瞬止まる。
『約束よ』
「2」
レオは前を向いたまま答えた。
「ああ。約束だ」
「1」
『……行ってらっしゃい』
「0」
ルミナス号は、静かに滑り出した。
未知の銀河へ向かって。
窓の外に広がる星々を見つめながら、ダイヤは心の中で呟く。
(さあ、これからが本当の冒険だ)
その頃、デッキでは――
「首チョンパ!」
オリオンの無邪気な声が、まだ響いていた。
ルミナス号は、静かに宇宙へ消えていった。
その光が見えなくなるまで、誰も言葉を発せなかった。
出航から六か月後。
銀河ニュースが一斉に報じる。
ダイヤ・デズモンド率いるルミナス号、アデーロス第三銀河にて消息不明。
出航から三か月後、通信は途絶。
その事実が公表されたのは、さらに三か月後のことだった。
三人の名は、やがて伝説となる。
だが――彼らは帰らなかった。
ルミナス号とともに、行方不明のまま。
時間だけが、静かに流れていく。
そして――
五〇年後。
伝説は、一通の“届くはずのない信号”から再び動き出していた。
天才が消えた空の向こうへ――。少女ルビィは、ルミナール号のハッチを開くことになる。
零章はプロローグの章です。プロローグは3話で終わりです。
次からが第一章。
第一章は比較的、1Episodeが短めなのでサクサク読めるかと思います。
第零章の続き、ルミナス号が行方不明になるまでのEpisodeも書いています。良かった読んでください。




