★選ばれた名前
――時間は約一年、遡る。
環境破壊と異常気象により、人類は地球を捨て――星々の海へ旅立った。
それから四世紀。
地球は再生の星として封鎖され、全人類は宇宙に築かれた巨大人工都市で暮らしている。
人類の時代は、宇宙へ移っていた。
時はL.C.(ロスト・センチュリー)四ニ六年。
◆選出式典会場
リトス銀河宇宙局の大ホールは、異様な静けさに包まれていた。数えきれない視線が壇上へと注がれ、誰もがその瞬間を待っている。期待と緊張が、空気そのものを張り詰めさせていた。
「初の異銀河宇宙有人探査に参加する三名を、発表します」
司会者の声が響いた途端、ざわめきがすっと消える。
「――ダイヤ・デズモンド」
一瞬の静寂。
次の瞬間、会場は爆発した。
拍手と歓声が渦を巻き、光が瞬く。無数の視線が、一人の少女へと突き刺さった。
ホログラムの拍手もホールを埋め尽くし、リトス銀河中に張り巡らされた中継回線が、少女の表情をリアルタイムで投影する。
一六歳。
ダイヤ・デズモンドは、目を見開いたまま動けなかった。遅れて、胸の奥が強く脈打つ。
「……私が、選ばれたの……?」
自分の声が、どこか遠くに聞こえる。選ばれた理由を瞬時に分析しようとする脳が、今日はうまく働かなかった。
やがて、その名は現実として彼女にのしかかった。
「レオ・ミラノ」
「サイモン・マクレーン」
続けて二人の名が呼ばれる。どちらも二九歳。経験豊富な人材として知られる男たちだった。
三名――。
初の別銀河探査チームが、正式に決定した瞬間だった。
「……流石だな、ダイヤ。一六歳で選ばれるなんてな」
レオの声は、式典のざわめきを一瞬で静めるような低さだった。
隣で、サイモンも小さく呟く。
「こりゃ、本当に時代が早まったかもな!」
サイモンの声は大柄な体に似合わず優しく、どこか子どものように弾んでいた。
その言葉に、ダイヤはわずかに笑みを浮かべた。
「ゴリにぃ(サイモン)、心配しないで」
ダイヤは満面の笑みで言う。
「私が、二人を引っ張るから」
サイモンは一瞬きょとんとしたあと、苦笑を漏らした。
「おう……頼もしいが、大丈夫なのか……?」
だが、その声にはどこか、期待も混じっていた。
――そのやり取りを、無数のカメラが捉えていた。
翌日。
リトス銀河中のニュースとホログラムが、一斉に彼女の名を報じる。
〈宇宙局最年少、一六歳。天才少女、ダイヤ・デズモンド〉
その扱いは、もはや宇宙飛行士でも、研究者でもなかった。
才能も、若さも、美貌も――すべてを兼ね備えた“完璧な存在”として。
ダイヤ・デズモンドは、メディアによってアイドルのように祭り上げられていく。
だが、当の本人は、自分がどれほど大きな渦に巻き込まれ始めているのか、まだ分かっていなかった。
そして――
本人の知らぬところで、ダイヤ・デズモンドは“時代に選ばれた存在”として語られ始めていた。
それが何を意味するのかも知らずに。
伝説は、まだ始まってすらいない。
◆式典後・控室
式典が終わり、三人は控室へ戻った。
扉が閉まった瞬間、張り詰めていた空気がふっと緩む。
最初に崩れたのはサイモンだった。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
大柄な体をソファに沈め、肩を落とす。
レオが低い声で指摘する。
「お前、最後の宣誓で“銀河”を“ぎんがが”って噛んだぞ」
「う、うるさいな……緊張してたんだよ……」
サイモンは耳まで赤くしながら、両手で顔を覆った。
その手がソファの肘掛けをミシッと鳴らす
「サイモン、壊れる」
レオが淡々と注意する
「ご、ごめん……!」
そんな二人のやり取りを、ダイヤはきょとんと見つめていた。
そして――ぱっと笑う。
「でもね、ゴリにぃが噛んだの、可愛かったよ!」
「か、可愛いって……俺、二九だぞ……?」
「年齢関係ないよ。可愛いものは可愛いの!」
ダイヤは胸を張って言い切る。
その無邪気さに、サイモンはさらに顔を赤くした。
そして、サイモンが優しく笑う。
「遂に、史上最年少の探索機の船長になったな」
ダイヤは首を振った。
「そんな大したものじゃないよ」
レオが即座に言う。
「いや、大したものだ」
一拍。
「お前は一三歳で恒星理論を完成させた」
「一四歳で惑星間航法を作った」
「普通じゃない」
ダイヤは困ったように笑う。
「でも私、料理できないよ?」
沈黙。
サイモンが吹き出した。
「話が飛んだな」
「だって本当だもん」
ダイヤは頬を膨らませる。
「この前も目玉焼き作ろうとしてフライパン溶かしたし」
「それは料理じゃなくて事故だ」
レオが真顔で返した。
「それでも、お前は凄い!」
ダイヤは苦笑した。
「そうかな」
レオがため息をつく。
「そうだ」
「士官学校でもそうだったしな」
ダイヤが首を傾げる。
「そうだっけ?」
レオが呆れたように言う。
「お前の模擬戦の成績は上位だったのに、回避してばかりだった」
「だって毎回必死だったし」
ダイヤは苦笑した。
「力じゃ全然勝てないからね」
ダイヤは自分の腕を見た。
「ほら」
「細いな」
レオが頷く。
「初めて会った時、風で飛びそうだと思った」
サイモンも頷いた。
ダイヤは胸を張った。
「だから当たらなければいいの!」
数秒の沈黙。
レオが呟く。
「発想が軽い」
「結果は出してたけどな」
サイモンが笑った。
「その代わり、ダイヤは見えてる世界がおかしいんだよ」
ダイヤが目を見開く。
「え?」
サイモンが少し呆れ顔で言う。
「お前、飛んできた訓練弾を見て避けてただろ」
ダイヤは不思議そうな顔をする。
「見えてるんだから避けるでしょ?」
レオとサイモンが同時にため息をついた。
「「普通は見えない」」
レオが呆れたように言う。
「……式典でも堂々としてたしな、お前は緊張ってものを知らないのか」
ダイヤは首を傾げる。
「え?してたよ?」
「どこがだ」
「だって……ほら……」
ダイヤは自分の胸に手を当てた。その指先が、ほんの少し震えていた。
「……ちょっとだけ、ドキドキした」
その一言に、レオとサイモンは一瞬だけ黙った。
天才少女の“揺れ”は、誰よりも重い。
「……まぁ、当たり前だよな」
サイモンが優しく笑う。
「銀河の未来を背負うって、そういうことだし」
ダイヤは天井を見上げた。
「背負うっていうより……」
「……なんか、呼ばれた気がしたんだよね」
「呼ばれた?誰に?」
レオが眉をひそめる。
ダイヤは無邪気に笑う。
「うん。星に、かな?」
その言葉に、レオとサイモンは顔を見合わせた。
冗談かと思ったが、ダイヤの表情は真剣だった。
レオはため息をつきながらも、どこか納得したように呟く。
「……まぁ、お前なら言いそうだな」
サイモンは苦笑いをする。
「ダイヤが言うと、本当に聞こえてそうで怖いよ……」
控室の空気は、式典の緊張とはまるで違う。
三人だけの、静かで温かい空気。
だが――
この選出が、後に“運命の歯車”を狂わせることになることを。
零章の3話は、プロローグ章になります。
後に伝説となるルミナス号のお話になります。
まだ、プロローグ章です。読んでいただきありがとうございます。




