✮港の怪物
◆海岸港・夜
夜の海は静かだった。
崩れかけた桟橋。錆び付いたクレーン。放置されたコンテナ。
人の気配はない。
その先。
黒い海の向こうに、一つの孤島が見えていた。
レオは双眼鏡を下ろす。
「あれか」
隣でアリスベルが頷いた。
「ああ」
一拍。
「ネメシスの基地が存在すると噂される島だ」
サンチェスが海を見る。
「で?」
「どうやって行くんだよ?」
誰も答えない。
サイモンは周囲を見渡した。
「船はねぇしな」
見事なまでになかった。
サンチェスは孤島を見る。
そしてニヤッとして言った。
「泳ぐか?」
即座にアシュリーが返した。
「二人目ですね」
テストも続く。
「まず、お前とサイモンで行ってもらうか」
サイモンが抗議する。
「なんでだよ!」
サンチェスと続く。
「理不尽だろ!」
ケイトが笑った。
「有言実行だろ!」
わずかな笑いが広がる。
だが。
次の瞬間だった。
――ザバァァァァァァン!!
海面が爆発した。
巨大な水柱。
全員が反射的に武器を構える。
「来るぞ!」
テストが叫んだ。
海面から現れたのは。
無数の触手。
続いて巨大な頭部。
黒く濡れた外殻。
不気味な単眼。
アビスモウだった。
「アビスモウが一体!」
アシュリーが叫ぶ。
だが終わらない。
反対側の海面も盛り上がる。
――ザバァァァァァァン!!
二体目。
海水を撒き散らしながら上陸する。
サンチェスが舌打ちした。
「二体かよ!」
テストの顔が険しくなる。
「七〜八メートル級だ!」
「小型だが油断するな!」
アビスモウが触手を振るう。
空気を裂く音。
レオが前へ出た。
「行くぞ!」
拳が叩き込まれる。
バトルスーツから電流が走る。
――バギィッ!!
アビスモウが電流で僅かによろめいた。
「効いてる!」
だが。
それだけだった。
倒れない。
止まらない。
次の瞬間。
触手がレオを薙ぎ払った。
――ドゴォッ!!
「ぐっ!」
レオが吹き飛ぶ。
サイモンが飛び出した。
「レオ!」
怪力を込めた拳。
アビスモウの頭部へ直撃。
鈍い衝撃音と電流。
だが。
やはり決定打にならない。
「硬ぇな、おい!」
サイモンが叫ぶ。
アリスベルも蹴りを放つ。
巨体が揺れる。
それでも倒れない。
ケイトが顔をしかめた。
「冗談だろ……」
テストが即座に指示を飛ばす。
「サンチェス!」
「目だ!」
「目を撃て!」
「了解!」
サンチェスが引き金を引く。
――パンッ!!
正確な射撃。
弾丸は目を捉えた。
だが。
直前で透明な膜が閉じる。
弾丸は弾かれた。
「なにっ!?」
サンチェスが目を見開く。
アシュリーも驚く。
「防御してます!」
テストが奥歯を噛み締めた。
「くそっ!」
一拍。
「学習してやがる!」
その言葉だけで十分だった。
全員が理解する。
以前の戦いで通用した攻撃。
弱点。
戦術。
そのすべてを――ネメシスは対策してきた。
もはや同じ手は通じない。
戦いは泥沼へ変わっていく。
――ブォンッ!!
巨大な触手が空気を裂く。
「サイモン!」
レオが叫ぶ。
だが遅い。
サイモンの身体に触手が巻き付いた。
「ぐっ!?」
そのまま振り回される。
――ドゴォォォォン!!
巨体が地面へ叩きつけられた。
コンクリートが砕け、破片が宙を舞う。
だが。
「まだだぁぁぁ!!」
サイモンは咆哮しながら立ち上がる。
次の瞬間。
ケイトが飛び込んだ。
鋭い蹴りがアビスモウの顔面を捉える。
――ガァァン!!
だが。
新たな触手が横から襲いかかる。
「ちっ!」
回避は間に合わない。
――バゴォォォン!!
ケイトの身体が吹き飛ばされた。
何度も地面を転がる。
それでも立ち上がる。
「まだ終わってねぇ!」
アシュリーは距離を取り続ける。
走る。
撃つ。
移動する。
止まれば終わりだ。
――パン! パン! パン!
銃声が夜へ響く。
だがアビスモウも触手で応じる。
次々と地面が抉られていく。
「速すぎる……!」
アシュリーの額を汗が伝った。
その頃。
レオもまた最前線で戦っていた。
拳を叩き込み。
距離を詰め。
何度も攻撃を浴びせる。
しかし。
――ドガァァァン!!
巨大な触手が胸元へ直撃。
レオの身体が吹き飛ぶ。
コンテナへ激突した。
鉄板が悲鳴を上げる。
「レオ!」
サンチェスが叫ぶ。
だがレオは歯を食いしばりながら立ち上がった。
「まだやれる!」
夜の港に咆哮が響く。
傷だらけだった。
息も上がっている。
だが――。
誰一人として退かなかった。
誰一人として諦めなかった。
圧倒的な巨体。
進化した知能。
学習した怪物。
それでも。
A班は崩れない。
誰かが倒れれば、誰かが前へ出る。
誰かが吹き飛ばされれば、別の誰かが隙を埋める。
まるで一つの生き物のように。
彼らは戦い続けていた。
アリスベルが鋭く叫ぶ。
「サイモン!」
「私に合わせろ!」
サイモンが笑った。
「おうっ!!」
二人が同時に地面を蹴る。
――ドンッ!!
爆発するような加速。
迎え撃つように、アビスモウの巨大な触手が唸りを上げた。
だが。
アリスベルは真正面から突っ込む。
――ガァァァン!!
蹴りが触手を弾き飛ばす。
その一瞬の隙。
サイモンが巨体の懐へ潜り込んだ。
「らぁぁぁぁぁっ!!」
全身の力を乗せた拳が叩き込まれる。
――ドゴォォォォォォォン!!
衝撃が炸裂した。
アビスモウの巨体が大きく仰け反る。
海水が飛び散り、港のコンクリートが震えた。
だが終わらない。
レオが飛び込む。
「そこだ!」
――ドゴッ!!
拳が傷口へめり込む。
続いてケイト。
回転しながら放った蹴りが側頭部へ叩き込まれた。
――バキィィィッ!!
サンチェスとアシュリーの銃撃が降り注ぐ。
――パン! パン! パン! パン!
弾丸が顔面へ突き刺さる。
アビスモウが怒り狂ったように咆哮した。
だが。
その瞬間だった。
アリスベルが再び飛ぶ。
空中で体をひねり。
渾身の蹴りを叩き込む。
「終わりだ!!」
同時に。
サイモンも雄叫びを上げた。
「うおおおおおおっ!!」
二つの一撃が、完全に重なる。
――バゴォォォォォォン!!!
凄まじい衝撃波。
巨体が大きく浮き上がる。
港の地面が砕け、海面が爆ぜた。
アビスモウは悲鳴のような咆哮を上げる。
そして――。
耐えきれなかった。
巨体を翻し。
大量の海水を巻き上げながら後退する。
――ザバァァァァァァン!!
そのまま海へ飛び込み、闇の中へ逃げていった。
残されたのは荒い波音だけ。
港に立つ全員が、その巨大な水しぶきを見つめていた。
大きな水飛沫。
やがて海中へ消える。
全員が息を吐いた。
「やったか……」
ケイトが呟く。
テストも頷いた。
「まず一体だ」
だが。
その瞬間だった。
サンチェスの顔色が変わる。
「おい」
低い声。
誰もが振り向く。
海だった。
海岸。
海面が異様に盛り上がっている。
残ったアビスモウの後方。
まるで海そのものが持ち上がっているようだった。
アシュリーが息を呑む。
「……大きい」
テストの顔から血の気が引いた。
「まさか……」
ゆっくりと。
巨大な頭部が現れる。
海面から。
海水を滝のように流しながら。
その巨体は姿を現した。
七メートルではない。
八メートルでもない。
圧倒的。
一五メートル級。
テストが海を見つめたまま呟く。
「……あれだ」
一拍。
「この前、港で出たアビスモウと同じ個体だ」
誰も返事をしなかった。
海面を割るように現れた巨大な頭部。
だが、その顔には異変があった。目が一つしかない。
かつて二つあったはずの片目は潰れ、深い傷跡だけが残されている。
そして――残された単眼が。
港に立つ七人を、じっと見下ろしていた。
アリスベルが静かに武器を構える。その表情からは、いつもの余裕が消えていた。
レオが低い声で言う。
「片目がない……」
一拍。
「間違いない。あのとき、結依が撃ち抜いたアビスモウだ」
重い沈黙が落ちる。
奴は生きていた。
いや、それどころか。
傷を負いながら、この海の支配者として生き残っていた。
夜の海から姿を現した巨大な怪物は――
まるで深海の王のような威圧感を纏いながら、ゆっくりと港へ上陸しようとしていた――。




