✮手首通信
更新日平日のお知らせ。
【毎週平日の月曜と金曜の朝6時】
今後ともよろしくお願いします。
――B班。
◆荒野地帯・昼
昼の荒野を、B班は前線基地へ向かって進んでいた。
バイク。セグダ。そしてアストラ。
しばらく進んだそのときだった。
『皆さん、また少し停止していただけますか?』
アストラの声が響く。
アイダが先頭でセグダを減速させた。
「どうした?」
全員が停まる。
アストラは少しだけ沈黙した。
『私の左手首が、まもなくクレアさんの元へ到着します』
アイダが頷く。
「ああ」
アストラが続ける。
『私はまだ文字の知識が不足しています』
『アイオーン・ゼロ』
『アリスベル停止コード』
『休戦交渉』
『赤いレヴロスト』
『ネメシスの進化』
『以上の情報を伝達予定です』
『ですが文字が分かりません』
再び沈黙。
結依が思わず笑った。
「また?」
「まぁ、そうなるよね」
ルビィも苦笑しながら頷く。
「大事な情報ですからね」
「間違ったまま進む方が困りますし」
ダイヤはアストラの肩を叩きながら言う。
「高性能な機械だって、完璧じゃないってことね」
その言葉に、アストラは数秒だけ沈黙した。
まるで本当に考え込んでいるかのように。
そして答える。
『……否定できません』
結依が吹き出した。
「そこは否定しないんだ」
『事実を否定する機能は搭載されていません』
アストラは淡々と返した。
その返答に、場の空気が少しだけ和らいだ。
アイダがしゃがみ込む。
「仕方ねぇな」
地面へ指を走らせる。
「こう書くんだ」
文字が並ぶ。
――しばらくして。
アストラが告げる。
『記録完了』
『ご協力、ありがとうございました』
「礼はいらねぇ」
アイダは立ち上がりながら答えた。
「どうせ、この情報はいずれクレアにも伝えなきゃならねぇ話だ」
そして、アストラを見る。
「むしろ感謝してるのはこっちだ」
通信網が死んでいるこの星では、本来なら離れた場所への情報共有は極めて困難だった。
アイダは少しだけ笑う。
「お前の手首のお陰で、クレアに重要な情報を送れる」
「こっちは前線だ。情報が一日早く届くだけで、生き残る確率が変わる」
一拍。
「だから助かった。ありがとうよ、アストラ」
アストラはわずかに沈黙した後、答えた。
『どういたしまして』
その返答に、アイダは小さく頷いた。
「まったく、その辺は本当に頼りになるな」
そのとき。
フェザーが地面へ飛び降りた。
「きゅっ!」
そして。
アイダの真似をするように前足で地面を引っ掻く。
ガリガリガリ。
ぐしゃぐしゃ。
意味不明な線が完成した。
結依が覗き込む。
「何書いたの?」
フェザーは胸を張った。
「きゅう!」
ルビィが吹き出す。
「たぶん本人も分かってないよ」
フェザーは満足そうだった。
――A班。
◆崩壊都市外縁部・中央
五体の黒いレヴロストが去る。
しばらく誰も口を開かなかった。
瓦礫の街を風が吹き抜ける。
最初に沈黙を破ったのはサイモンだった。
「なんか今日は情報量多かったな……」
テストが即座に言う。
「お前はまず黙れ」
「ひどくない?」
サイモンが肩を落とす。
ケイトが額を押さえた。
「停戦だの銀狼だの赤いレヴロストだの……」
「頭痛くなってきた」
サンチェスが鼻を鳴らす。
「俺はアイオーンを信用しねぇ」
アシュリーが小さく頷いた。
「それは私もです」
「助けてもらったのは事実ですけど」
「それと信用は別です」
サンチェスが苦笑する。
「その通りだ」
レオが静かに言った。
「だが嘘は言ってなかった」
「少なくとも」
「今回助けたのは事実だ」
全員の視線が向く。
アリスベルの蒼い瞳がレオを見る。
「だから許せと言うのか?」
「言わない」
レオは即答した。
「だが敵を理解するのは必要だ」
アリスベルは何も答えない。
その代わり。
小さく息を吐いた。
ケイトが横から言う。
「クレアなら話は聞くだろうな」
一拍。
「信用するかは別として」
アリスベルも否定しなかった。
「……そうだな」
テストが腕を組む。
「結局整理すると」
「アイオーンは休戦したい」
「ネメシスは新型兵器を作ってる」
「銀狼はその一つ」
「そういうことか」
アシュリーが付け加える。
「それと赤いレヴロストですね」
「アイオーン製より強い可能性が高い、と」
サンチェスが嫌そうな顔をした。
「聞きたくねぇ話だ」
サイモンが空を見上げる。
「でもさ、銀狼の奴」
一拍。
「なんか面白いな」
「面白くない」
アリスベルが即答した。
サイモンが苦笑する。
「いや、強いし頭いいし」
「敵としては最悪だけどさ」
レオは黙っていた。
蒼い瞳。
あの視線を思い出していた。
ただの獣ではない。
そんな感覚が今も残っている。
そのとき。
ケイトが手を叩いた。
「はいはい」
「考えるのは後だ」
一拍。
「任務は終わってない」
レオが頷く。
「そうだな」
テストが周囲を見渡した。
「目的地は変わらない」
「海岸へ向かう」
「その先の孤島だ」
サンチェスがライフルを担ぐ。
「ネメシス基地があるって噂の島か」
アシュリーもセグダへ向かった。
「本当にあればいいんですけどね」
「なかったら骨折り損ですよ」
サイモンが笑う。
「冒険っぽくていいじゃん」
ケイトが呆れる。
「観光じゃねぇんだよ」
やがて。
七人はそれぞれセグダへ乗り込んだ。
――ブォォォォォォン。
エンジン音が響く。
夜が終わり。
再び短い昼が始まる。
だが。
彼らに休む時間はない。
セグダが走り出す。
目指す先は海。
そして。
その向こうにある孤島。
ネメシスの基地が存在すると噂される場所だった――。
◆前線基地・司令室
クレアの前にはアストラの左手首。
その後ろにはオースティンとエディ。
奇妙な光景だった。
クレアは手首を見る。
「こんにちは」
すると。
手首が敬礼した。
ビシッ。
オースティンが呟く。
「やっぱり敬礼するんだな」
「しますね」
エディも真顔で頷いた。
次の瞬間。
手首の上へホログラムが展開される。
文字が並び始めた。
室内は静かになる。
クレア。
オースティン。
エディ。
三人とも黙読する。
アイオーン・ゼロ。
停戦提案。
アリスベル停止コード。
赤いレヴロスト。
ネメシスの進化。
B班が得た情報が次々と表示されていく。
数分後。
ホログラムが消えた。
静寂。
最初に口を開いたのはクレアだった。
「連絡ありがとう、手首くん」
一拍。
「アイダたちによろしく伝えて」
手首が小さく敬礼する。
オースティンが腕を組んだ。
「勝手に見ちまいましたが」
一拍。
「停戦ですか?」
「アイオーンと……」
クレアは椅子へ深く座った。
「まだ停戦じゃないよ」
「交渉しようっていうお誘いだ」
そして。
「それより問題はアリスベル停止コードの方」
オースティンとエディの表情が変わる。
クレアは続けた。
「アリスベルはラストライト最大の戦力だ」
「もしも、対アイオーンになった時」
一拍。
「停止させられる可能性がある」
エディが苦い顔になる。
「アリスベルさん抜きですか……」
「かなり厳しいですね」
クレアは頷く。
「そうだね」
エディがさらに続ける。
「それに停戦したとして」
「アイオーンが裏切らない保証なんてありませんよね?」
クレアは少し笑う。
「それはお互い様だよ」
「私たちだって共闘中にアイオーンを攻撃できる」
「向こうから見れば同じこと」
オースティンが苦笑する。
「クレアさんはそんな作戦やらないでしょう?」
クレアは少し考える。
数秒。
そして答えた。
「私はやらないだろうね」
一拍。
「でもアリスベルならやりかねない」
エディが頷く。
「あの人、アイオーンを憎んでますからね」
「うん」
クレアも否定しなかった。
しばらく考え込んでから。
再び口を開く。
「オースティン」
「はい」
「アイオーン・ゼロとの交渉の時」
「もしアイダたちが戻ってなかったら」
一拍。
「第三部隊からお前たち二人」
「それとあの子……」
「トリッシュを呼んでおいて」
オースティンは即答した。
「了解」
隣でエディが目を丸くする。
「え?」
「トリッシュはわかりますが、俺もですか?」
クレアは呆れた顔になる。
「お前、副隊長だろう」
一拍。
「当然エディもだ」
エディは姿勢を正した。
「了解っ!」
クレアは小さく頷く。
そして。
足元を見る。
アストラの手首は静かに待機していた。
「手首くん」
手首が反応する。
「アイダたちに伝えて」
「みんな無事で帰ってこいって」
手首は親指を立てた。
オースティンが呟く。
「親指も立てるのかよ」
エディも真顔で答える。
「高性能ですね」
クレアは思わず笑った。
司令室の空気が少しだけ和らぐ。
だが。
停戦交渉。
アイオーン・ゼロ。
アリスベル停止コード。
そして、ネメシスの進化。
大きな問題は何一つ解決していなかった。
戦いはまだ終わらない。
それでも今は――。
仲間たちの帰還を待つしかなかった。
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