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【第二章】 地下都市ルナストンと惑星アークス

小説のストーリー考えるのが楽しい。

段々とキャラの個性も出てきたかな。


2026年3月20日に完結します。

おそらく、個人的な理由で、この小説の公開は2026年4月1日から一時的に非公開にします。





☆自然衛星ルナス―救難信号


第三惑星に近づいた瞬間、アストラが静かにアラートを鳴らした。 『第三惑星の自然衛星から、微弱な救難信号を確認しました』


巨大な惑星を周回する地球でいう“月”のような自然衛星。表面は荒れ、無数のクレーターが刻まれていた。


アストラが淡々と補足する。

『補足情報。この自然衛星の地表には、空気と重力が確認されています』


一瞬、船内の空気が変わった。

「……月、だよね?」結依が思わず確認する。

『はい。自然発生とは考えにくい条件です』



「救難信号か……」 ルビィは短くそう言って、即座に判断した。

「先に行く。救難信号は無視できない」

結依は一瞬だけルビィを見て、すぐに頷く。

「当然でしょ」

アストラも異論はなかった。



半壊した宇宙船が、自然衛星の影に隠れるようにして、それはあった。 旧式だが、外装は比較的新しい。


しかし船体の半分がえぐれ、完全に墜落しているのが一目で分かる。

『生命反応、3。船内に残存』アストラの報告と同時に、船内ハッチ付近から人影が現れた。


女性だ。


宇宙服越しでも分かるほど必死な動きで、何かを叫んでいる。

『翻訳開始… 「近づくな。ここから離れて」と言っています』


結依が眉をひそめる。

「救難信号出しといて、それ?」


ルビィは静かだった。

視線は、半壊した船体に刻まれた宇宙船の識別番号に釘付けになっている。


……完全には読めない。


だが、最初の7桁。「……同じだ」 思わず、声が漏れた。


祖母が乗っていた宇宙船ルミナス号。 50年前に消息を絶った、あの船と同じ型、同じ識別体系。


「微弱な救難信号… 罠の可能性は?」 アストラに問いかける。


『搭乗員は全員、地球人です』 その一言で、ルビィの迷いは消えた。

「単独接近。私が行く」

ルビィは宇宙スーツに、背部推進ユニットを装着する。

「オービタル・ムーバーを装着して救助に向かいます」


ルビィは宇宙空間へ踏み出した。 推進ユニットの微かな噴射音。 月面にゆっくりと近づいていく。



……間違いない。

近づくほど、この船は“あの時代のもの”だと確信に変わる。


着地の衝撃は、想像よりもはるかに穏やかだった。

足裏に、確かな「重さ」を感じる。

その様子を見て、細身の男性がルビィに話しかけた。

「この自然衛星……空気があるんだ」


ハッチから船内へ。

そこにいたのは3人。

若い女性。先ほどの細身の男性。 そして、ひときわ体格の大きな男性。どこかで見た顔…ではない。 知っている顔だ。


教科書。資料映像。人類史の中で語られる、伝説的な存在。


ルミナスのクルー…


だが、ルビィは何も言わなかった。

「救助に来た。動ける?」

まず、それだけを伝える。


女性が必死に首を振る。

「この高度まで船を下ろすと……“あれ”が来るの――巨大モンスター」 その言葉を裏付けるように、地面が震えた。


『巨大生命体、接近反応!』 アストラの通信が入る。 ルビィは即決した。

「アストラ、バイクで来て」


しかし―

その反応に呼応するかのように、月面の影が動いた。


巨大な影……


月面を削るように現れる、毛むくじゃらの大きなモンスター。


「来るっ!」


『表皮反応、異常値です』アストラが即座に解析する。

『柔毛に覆われていますが、皮膚構造は極めて高密度。通常兵器は通用しません』


「え、毛がフワフワなだけじゃないの?」 ルビィが言う。


混乱の中、結依の声が割り込む。

「囮やる!」

次の瞬間、武装した結依がバイクで突っ込んでいく。


「おい、無茶――!」


「大丈夫!深追いしない!」 結依の判断は正解だった。


挑発し、引きつけ、距離を保つ。 その隙に…「今!」 ルビィとアストラが連携し、3人をルミナール号へ搬送。


救助成功。


モンスターは結依を追うが、彼女は深入りせず、冷静に撤退する。 グラスダーとの戦いで得た“引き際”を、彼女は完全に理解していた。


全員、ルミナール号に帰還。

船内の空気が、ようやく落ち着く。


ルビィは救助した3人を見つめながら、胸の奥で静かに思う。

(50年前のままの…ダイヤ・デズモンド、本人だ)


静まり返った船内で、最初に口を開いたのは、アストラだった。 『相対性理論に基づけば―』


次の瞬間。

ルビィ「いらん!!」 ゴンッ。


鈍い音とともに、アストラの“顔”が外され、空中を回転しながら吹き飛んだ。


「ちょっ――!?」

驚き、警戒するルミナス号のクルー3人。


頭は床を転がり、結依の足元で止まる。 結依はしゃがみ込み、拾い上げながら小声で囁く。

「……50年経ってるとか、絶対言うなよ」

アストラが一瞬だけ無言になる。 『……了解しました』

結依は何事もなかったように顔を戻し、何もなかった顔で立ち上がる。

「えーっと…話、続けよっか」


ルミナス号のクルーは、まだ少し警戒しつつも、どこか苦笑いだった。

細身の男性が話し始めた。

「俺は副長のレオだ。我々は…3ヶ月前に、別銀河探索をスタートした」

その言葉に、ルビィの表情は変わらない。 結依も知っているが“知らないふり”を貫く。


「1ヶ月前、この自然衛星に生命反応をキャッチし調査の為近づくと、いきなりあのモンスターの襲撃を受けた。 船は制御を失い、墜落した」


若い女性が続ける。

「私は船長のダイヤ」

「まさか、私たちが出航した後、こんなに早く次の探索船が来るとは思ってなかったよ」


その横で、大柄な男が笑顔で言葉を少しかぶせる。 「いやぁ、ラッキーだろ? 助かったんだしさ」

「俺の名前はサイモンだ、よろしくな」


空気を和ませるその言葉に、わずかに緊張が解けた。


奇妙な静寂 …


レオが再び真剣な声になる。

「奇妙だったのは、墜落後だ」

「1ヶ月間、あのモンスターは我々を襲ってこなかった」


「……避けてた?」 結依が呟く。


「いや、違う」

レオは首を横に振る。

「観察して分かったが… モンスターは、この衛星の“ある地点”を中心に行動している」


ダイヤが補足する。

「ねぐらの近くに、地下へ通じる入り口があるの」

「そこから…人型の存在が出入りしているのを、何度も確認した」


その瞬間、船内の空気が変わった。

「この自然衛星には…」

レオは言葉を選びながら続ける。

「地下都市が存在している可能性がある」


アストラの目が、静かに光る。 『知的文明の痕跡。非常に高い確率で存在します』


サイモンが、少し申し訳なさそうに笑う。

「助けてもらった身で悪いんだが……もし可能なら」

「一緒に、調査してくれないか?」


ルビィは答えない。

だが、その視線はすでに“行く”と決まっていた。

この自然衛星――地下都市。

そして、50年前から続く“何か”……。


☆地下都市―初接触


巨大な番兵は、今も入口の前にいた。

毛むくじゃらの巨体が、ゆっくりと呼吸するたび、地面が低く震える。

距離は、これ以上は詰められない。


「やっぱり、近づくだけでアウトだね」 結依が小さく舌打ちする。


「攻撃意思はない。でも、警戒線は絶対に越えさせない」 レオが淡々と補足した。


ルビィは腕を組み、目を閉じる。

(戦えない。交渉もできない。

けれど……相手は出てくる)


その時、唐突にアストラが声をかけた。

『サイモンさん、お願いがあります、私の頭部を地下都市の入り口まで放り投げてください』

『交渉してきます』


ルミナスクルーが声を揃えて「えっ?」


頭部を自分で外して渡そうとするアストラ。


サイモンが恐る恐るアストラの頭部を両手で掴んだ。


ダイヤ「えっ?」


「ちょ、ちょっと待って!?」 ルビィが叫ぶ。


『問題ありません』 首だけになったアストラが、平然と答える。


次の瞬間――


サイモンが、その頭部を全力で投げた。


剛腕から放たれた頭部は、美しい放物線を描き、番兵の横をすり抜けて、地下都市の入口付近へと転がった…


一瞬の静寂。


そして――

「……首チョンパだ」

ボソっと、レオが呟いた。


次の瞬間、

笑いが漏れた。

ダイヤが吹き出し、

サイモンが肩を揺らし、

結依が必死に口を押さえ、

ルビィは「こんな時に……!」と言いながらも、目を逸らす。


緊張感のど真ん中で起きた、不謹慎な笑い。


だが――

番兵は、頭部には反応しなかった。攻撃も、威嚇もない。


しばらくして、地下都市の入口から、人影が現れた。


人型…だが、肌は湿り、少し質感が違うのが遠くからでもわかった。


――地下都市の住民。


そして、もう1人の地下都市人が出てきて何やら2人で話している。2人は転がる首を見下ろし、怪訝そうに首を傾げる。


その瞬間、アストラの目が光った。

『言語解析、開始』

音声、呼吸、体表振動。

わずか数秒で、言語構造が組み上がる。


『私は交渉装置。敵意はありません』


地下都市の住民が、明らかに驚いた。

「……攻撃、してこない?」


『はい。これは“頭部のみ”です。脅威ではありません』

 

沈黙。


番兵は動かない。

やがて、地下都市の住民は仲間を呼び、短い会話を交わした。


アストラが続ける。

『あなた方と対話を希望します。我々は探索者です』


数秒後…


『条件がある』

地下都市の住民の言葉を、アストラが通訳する。


『武装を解除すること。

争いを持ち込まないこと。

それが守れるなら、着陸を許可する』


ルビィより先にダイヤが、即座に答えた。

「武装はしない。約束する」

ルビィも結依も頷く。

「私たち、ケンカ売りに来たわけではない」


そしてルミナール号は無事に着陸しハッチから全員が降りる。


レオが静かに低い声で言った。

「交渉を感謝する」


地下都市の住民は、しばらく彼らを見回し――


最後に、番兵に向かって短く合図を送った。

巨体が、ゆっくりと身を引く。

入口が、開いた。


「入れるぞ」 サイモンが呟く。


アストラの頭部が、地面から声を出す。

『成功です』


ルビィは溜息をつき、首を拾い上げた。

「ほんと、あなたって……」


その顔を見て、結依が苦笑する。

「壊れやすい方が役に立つって、あなたと設計者が言ってたけど……本当に役にたったね」と笑う


――こうして


6人は、武装なしで地下都市へ招かれた。

誰も知らない文明の中へ。

伝説と現在が交わる場所へ。



☆地下都市ルナストン



武装解除は、静かに行われた。 銃、刃物、補助装備。 誰も不満を言わず、次々と船へ戻していく。


最後まで残っていたのは、結依だった。

腰のホルスターに手を置いたまま、ほんの一瞬だけ躊躇する。

彼女にとって銃は、ただの道具じゃない。


「……置きに行ってくる」

誰に言うでもなく小さく呟き、ホルスターを外す。


それを船内に戻すと、結依は静かに戻ってきた。

そして、みんなのいる場所へ一歩踏み出す。


その先に、地下都市への扉がある。 金属でも岩でもない、半透明の巨大な構造体。


内部で淡い光が脈打つたび、扉そのものが生きているように見えた。


扉が、音もなく開く。 だが、すぐには中へ進めなかった。


入口にいたのは、小さい毛むくじゃらが一体。体長30センチほどの小さな個体だった。

これまで彼らを威圧してきた巨大な個体が近づいてきた。


次の瞬間、交代作業が始まる。


係員が現れ、小さな方に青色の液体が入った注射器を打つ。 同時に、巨大な方には赤色の液体。

「…色、違うな」 サイモンが呟く。


「…あの注射器」ルビィが目を細める。「普通の医療器具じゃない」


アストラ

『調整された専用のものです。通常の針では、皮膚を通せません』


「え、じゃあ…」

『はい、特殊素材です』


赤色を打たれた巨大な番兵は、低く唸りながら体を伏せ、 まるで圧縮されるように縮んでいく。


逆に、青色を打たれた小さい方は、光を帯びながら急速に巨大化した。


数秒後。役割は完全に入れ替わり、 新たな巨大番兵が、入口を守る位置に立つ。


「……やっぱり1匹じゃなかったのか」 レオが低い声で言う。


その時、奥から1人の男性が現れた。 背は低く、年配。 少し前かがみで、服装は実務用。どこからどう見ても、役所のおじさんだ。


その姿を見て、一呼吸おき。

ダイヤが、ぽつりと漏らす。

「……思ってたより、人間だな」


アストラがすぐに翻訳する。

『ようこそ。地下都市管理局のカイトです。番兵管理と、来訪者対応を担当しています』

『大統領は忙しく、明日の朝あなた達とお話がしたいと申しております』


巨大番兵の足元では、 先ほど縮んだばかりのモコモコが、 ぴょんぴょん跳ねながらカイトの足にまとわりついていた。


ダイヤの目が、はっきりと輝く。 「……ねぇ、あの子」


「ダイヤさんっ」 ルビィが即座に声を低くする。


「見てるだけだよ?」

「その“だけ”が信用できないです」


ダイヤは返事をせず、モコモコを目で追い続けていた。


カイトは気にした様子もなく、奥を示す。

アストラが訳す。

『中へ。ここからは地下通路になります』


通路は、思った以上に長かった。


しばらく歩いたあと、ルビィが前を歩くカイトに声をかけた。

「…ひとつ、聞いてもいいですか?」

カイトが足を緩める。

「この衛星の地表には、どうして引力と空気があるんですか?」


カイトは少し考えるように間を置いてから答えた。

『入口前にモコルを“番兵”として配置するには、空気が必要だったそうです』

『あ、この子は“モコル種”という動物です』


一同が足を止める。


『私はこの件にはあまり詳しくありませんが……』

『クセのある…ですが非常に優秀な化学屋がいまして、入口を中心に、半径およそ1キロ圏内だけ、引力と空気を安定して維持する方法を発明したとか』


その言葉を聞きながら、


ダイヤは心の中で小さく呟いた。

(化学屋ね……)


枝分かれが多く、壁や天井には見慣れない地下都市語の表記が走っている。文字そのものが淡く光り、方向や区画を示しているらしい。


「これ、地図なしで来たら詰むね」 結依が言う。

「初見殺しだな」

サイモンが同意した。


その直後。

「…あっ」

ダイヤが足を止める。

カイトの横を、例のモコルがぴょん、と大きく跳ねた。

「ほら、見て!今〜」

「見ない、追わない」ルビィが被せる。

「…はい」 ダイヤは全然納得していない声だった。


通路を抜けた瞬間――

視界が、急に開けた。

「……え?」 結依が思わず声を出す。 そこには、空があった。


地下とは思えないほど高い天井。

天井というより、夕方のような空の色が広がっている。

橙から紫へと溶けるようなグラデーション。雲のようなものまで、ゆっくりと流れていた。


「地下……だよな?」 サイモンが確認する。


カイトが歩きながら説明する。

アストラが訳す。

『到着です、ここが地下都市ルナストンです』

『空で驚いていますね。地表で暮らしていた頃の概念を、精神安定のため再現しています。今は夕日なのでもうすぐ夜になりますよ』

『本物の空は、見えないです。ですが、“空がある”という感覚は、必要だったそうです』


その綺麗な夕焼けの下に、都市が広がっていた。


人々が行き交い、話し、笑い、暮らしている。


目がわずかに光り、肌がうっすら半透明だが――

ルビィが地下都市の人を見て思う。(……普通に、人間)


『敵意も、今のところは感じません』 アストラが補足した。


ダイヤは、空と街と――

そして、またモコルを見ていた。


地下都市への第一歩は、 想像よりもずっと穏やかだった。

そして思った以上に明るかった。


「地下なのに、空がある……科学とは言え不思議」 結依がぽつりと言う。


ダイヤは空を見上げて、目を丸くした。

「――普通に、街だ」 その言葉が素直な実感だった。


街並みは立体的だった。 上下左右に広がる建築群。

通路は分岐を重ね、曲がり、折れ、重なり合う。

『蜂の巣型都市です』アストラが通訳する。

『人口が多いため、平面では足りない。 上下方向に拡張しています』

「……迷いやすそうだな」 レオが言った、その直後。


「お、あれ何だ?」 サイモンが脇道に目を奪われる。


次の瞬間


姿が消えた。

「……サイモン?」返事がない。 「サイモン!?」 一同が振り返った時には、もう遅かった。


『……迷子、第一号ですね』アストラが淡々と言う。


「早っ!」結依がツッコむ。


通路沿いのモコルが目に入る。 毛色は様々。 白、灰、茶、まだら。 形は似ているが、耳や尻尾の長さが違う。

「種類、違う?」

ダイヤがしゃがみ込みそうになるのを、ルビィが止める。

「ダイヤさん、勝手に触らない」


「でも……!」

ダイヤの目は、完全に輝いていた。


ぴょん、と跳ねる1匹。 小さな体で、ぴょこぴょこと歩く。

「かわいい」

「仕事中ですよ」


カイトが苦笑する。『彼らはこの都市のペットです。 知能が高く、人と共存しています』


「番兵の子たちも?」

『ええ。優秀な個体が交代で』

『用途は多く、番兵、ボディガード、ペット、友達』


ダイヤは、真剣な顔で頷いた,

「――なるほど」


その時だった。


「……あのさ」レオが、少し言いにくそうに結依を見る。

「名前、なんて呼べばいい?」


結依が一瞬キョトンとしてから答える。

「清水、清水結依です」

「清水……さん」

「結依でいいです」

「……じゃあ、清水で」結依は少しだけ笑った。


一方、レオはルビィを見て……

「君は?」


一瞬の間。


「……ルビィです」ルビィは、ほんの一瞬だけ結依の顔を見る。


「ルビィ・デ…デービス」


ダイヤは、その視線を見逃さなかった。(今の、何?……何かを隠した?)

ダイヤがそう感じるには十分だった。


少し後ろで、アストラは街を見ていた。視線は建築、人の流れ、配置。


それに気づいたレオがアストラに声をかける。

「…その見方」


『?』

アストラが振り返る。

レオが低い声で言った。

「街を風景として見てない。 システムとして見てる」

 

一拍。


「俺、元々アンドロイドの研究の仕事も探索前はやっていた」


結依がちらりと見る。


「設計思想とか、行動アルゴリズムとか。 …癖みたいなものがある」 レオは、はっきりとアストラを見て一言。

「君の観察の仕方が、俺にそっくりだ」


『合理的な評価ですね』

「否定しないんだ」

『事実ですから』

レオは、少し笑った。

「やっぱり、アンドロイドは面白いな」


「ところで」ルビィが言う。

「サイモンさんは?」


沈黙……


遠くで――

「…あれ? ここ、どこ?」というサイモンの声が聞こえた。


「――やっぱり」結依が額を押さえた。

「回収に行きましょう……」


ダイヤは名残惜しそうに、モコルから視線を離す。

「あとで、絶対もう1回モコルを触りたい」

その言葉に、ルビィは嫌な予感しかしなかった。


サイモンの声を頼りに、通路をいくつか曲がった先。


「……いた」

結依が指さす。


そこにはサイモンがいた。

だが――

「ちょっと待ってくれ。今、助けるからな」

彼は、地下都市の住民らしき青年と一緒に、巨大な荷物運搬カートの前で困っていた。


通路の途中で、カートの車輪が段差に引っかかり、完全に動かなくなっている。

積まれているのは、金属製の大型コンテナ。


明らかに人間数人で押す想定の重量だった。

地下都市の青年が困ったようにカイトに何か話す。


アストラが通訳する。

『運搬用カートが詰まってしまったそうです。重量があり、動かせないと』


レオが眉をひそめた。

「これは……人力じゃ厳しいな」


その時、ダイヤがサイモンを見る。

ニヤッと笑った。

「――ゴリにぃの出番だね」


ルビィと結依が同時に振り向く。

「ゴリにぃ?」

「サイモンのこと?」


サイモンは苦笑しながら軽く手を振った。

「いやいや、そんな大したもんじゃ――」


ダイヤが腕を組む。

「いいから押してみてよ」


「……まあ、やってみるか」

サイモンはカートの後ろに回る。

両手をコンテナに添える。

「よいしょ」


――ゴン。

一瞬で動いた。


カートは段差を越え、数メートル先まで滑るように進んだ。


地下都市の青年が固まる。

ルビィも固まる。

結依も固まる。

カイトも固まる。


数秒の沈黙。


結依が、ゆっくり振り向いた。

「……え?」


カイトが目を丸くする。

『……今のは』


サイモンは首をかきながら言う。

「いやー、なんか昔からこういうの得意でさ」


ルビィが小声で呟く。

「得意とかいうレベルじゃないですよ……」


カイトが呟く。

『地下都市でも、あの重量は……機械を使います』


ダイヤがニヤニヤしている。

「だから言ったろ。ゴリにぃなんだって」


レオは苦笑しながら言った。

「まあ……人類の中にも、たまに規格外がいる」


結依はサイモンを見上げたまま言った。

「……人類?」


サイモンは笑った。

「安心しろ。ちゃんと人間だぞ」



☆食事と文化のズレ


通路の照明が、夜用の色調に切り替わり始めた頃だった。


「……なあ」

サイモンが腹を押さえた。

「俺、さっきからずっと思ってたんだけどさ」


全員が嫌な予感で視線を向ける。


「腹、減ってない?」


沈黙。


次の瞬間、

「……確かに」

「言われると急に来る」

同意が一気に重なった。


「よかった、俺だけじゃなかった」 サイモンは安心したように頷く。


カイトはその様子を見て、穏やかに言った。

『では、食事にしましょう。地下都市の料理は――』

アストラは通訳を一瞬止め、言葉を選ぶように間を置く。


『――“経験”です』


「不安になる言い方やめてくれません?」 結依が即ツッコむ。


案内されたレストランは、広く、賑やかだった。地下都市の人たちの会話が重なり、独特のリズムを作っている。


料理が運ばれてくる。

見た目は、わりと普通。

盛り付けも、ちゃんと“料理”。


「……普通に食べられそう」

ルビィが警戒しつつ一口。


その時、結依が率直に言った。

「……うまい」


「普通に美味しい!」

ダイヤが笑顔になる。


『化学反応で、味覚刺激を最適化しています』カイトが説明する。


「科学じゃなくて?」レオが首を傾げる。

『ええ。我々は科学より化学が発展しました』

「なるほど……」

レオは本気で納得している顔だった。


その時だった。

「…あれ?」

サイモンが自分の腕を見つめる。

「なあ、俺、なんか……」


『緑ですね』

アストラが淡々と言う。

サイモンの皮膚が、うっすら緑色になっていた。


「は!?」

「ちょ、待て!」

「俺、どういうこと!?」


『副作用です。緑は比較的長いです』カイトはあっさり。


「副作用!?」

ルビィと結依が同時に声を上げる。


『一時的なものです。数時間で戻ります。我々は副作用を気にしません』


「戻るまでの間、俺どうすんだよ!」 サイモンが叫ぶ。


「ゴリにぃ、緑かっこいいじゃん。昔の映画でそんなキャラなかった? それに夜だし目立たないっしょ」

ダイヤが無邪気に言う。


「問題はそこじゃない!」


その横で――

「……」

ルビィが、そっと耳に触れた。

「…私、光ってない?」


耳の輪郭が、淡く発光している。


「うわ、ほんとだ」 結依が覗き込む。


「可愛い!」

ダイヤが即断。


「副作用を気にしない文化って、こういうことか……」

レオが遠い目をする。


その時。 コロン……

何かが隣のテーブルの上に転がった。

アストラの――頭部だった。


一瞬で静まり返る店内。


次の瞬間、その頭部がコロコロと転がり、近くにいた地下都市人の赤ちゃんの前へ。


『あ〜あ〜』 電子音混じりの優しい声。 赤ちゃんは一瞬キョトンとし、 次の瞬間、声を上げて笑った。


「……」

地下都市の人たち、完全フリーズ。


「何してんのよあんた!」

結依が即座にアストラをどつく。


『赤ちゃんを安心させる最適行動と判断しました』


「判断基準がおかしい!」

「首、戻せ!」


その騒ぎの中―― ダイヤは、完全に別のものに夢中だった。 テーブルの横。

ふわふわのモコルが、丸くなっている。

ダイヤの目が、キラキラと輝く。


モコルはぴょん、と跳ねて近づき、迷いなくダイヤの膝に乗った。

「――なついた」

「欲しい」 即答。


「早いです!」

ルビィが突っ込む。


「ダメですよ!」

結依が即反対。

「それ、明らかに隣の人たちのペットですよ!」


『あとで1匹差し上げますよ』

カイトが即答する。


『明日の大統領と面会後、放牧区画に案内します。正式に譲渡できます』


「軽っ!?」 結依が声を上げる。


「連れて帰ったら実験対象になる可能性があります」ルビィは真剣だ。


「制御できる保証もない」レオも続く。


「でも――」

ダイヤはモコルをギュッと抱く。 「可愛い」


サイモンは緑色の腕で頷いた。 「まあ――ダイヤがそこまで言うなら」


「お前は黙ってろ」とレオが静止する。


その時、ダイヤがふと呟いた。

「今、あの人たち、私たちのこと話してる……」


全員が一斉にダイヤを見る。


ダイヤは少し考えながら言う。地下都市人が話してるような言葉を言った――


アストラが通訳する。『意味は、だいたい分かる、日常会話くらいなら話せるかも』とダイヤさんは申しております。


アストラが更に補足する。『理解率は約70〜80%。文法構造は未習得ですが、適応能力は極めて高い』


「――やっぱ天才だな」レオが呆れた顔でため息をついた。


レオの視線が、アストラに向く。 「君の個体識別は?」

『ORX-78です』


「78……」


レオは少しだけ間を置いて微笑んだ。

「いい設計思想だ」


レオは低い声で少し笑いながら言った。

「アストラ、これから君を78と呼んでも良いかな?」


アストラは、ほんの一瞬だけ首を傾げつつ答えた。

『わかりました。78で構いません』


食事は、 副作用と、 騒ぎと、 笑いに満ちたまま終わった。 夜は深まり、 地下都市での“平和な時間”が、 静かに次の局面へと繋がっていく――


☆街探索前のチェックイン


レストランを出ると、地下都市の夜はすっかり本番だった。

通りの光量が一段落ち、街全体が落ち着いた色合いに変わる。


アストラは黙々と通訳する。


『では、ホテルまで送りますよ』 カイトが手を上げると、歩道脇に停まっていた乗り物が静かに近づいてきた。 円盤というより、半透明のカプセルだ。


「……これ、浮いてます?」

『ええ。重力制御は化学的にやってます』さらっと言われて、結依は一瞬言葉を失う。


『乗り心地は悪くないですよ。酔う人もほとんどいません』


「“ほとんど”?」 ツッコミを入れる前に、扉がすっと開いた。


中に入ると、座席というより体を預ける空間が個々に分かれている。 固定ベルトもなく、なのに不思議と不安定さがない。

「……変な感じ」


『慣れますよ。たぶん』 カイトのその言い方に、レオが小さく笑った。


ホテルは蜂の巣構造の一角、比較的シンプルな外観だった。

だが中に入ると、天井が高く、空間が縦にも横にも広がっている。


『チェックインはこちらで』

カイトが手続きを進める間、ダイヤはもうロビーを歩き回っている。

「ねぇ見て、あの壁、呼吸してるみたい」

「触らない」

「触ってない、見てるだけ」

結局、触っていた……


『部屋は2部屋。3名になります』

カイトが端末を閉じる。

部屋割りは船と同じだった。


ルビィ

「とりあえず、みんな私たちの部屋に集合しましょう」


サイモンは自分の腕を見下ろし、少し困った顔をする。

「……これ、まだ戻らないの?」 『緑色は比較的長いとカイトさんが言ってました』 アストラが淡々と言う。


ルビィの耳は、まだかすかに光っていた。

「……目立つな」


チェックインを終えると、カイトは一礼した。

『明日の朝、迎えに来ます。今夜はご自由に。ただし――』 ダイヤを見る。

『問題は起こさないように』


「はーい」

信用はされていなかった。

部屋に荷物を置いて、少しだけ落ち着いた頃。


「…ねぇ」 ダイヤが振り返る。 「街、行きたいっ」


一瞬の沈黙。


「…だと思った」

「行くだろうな」

「行くと思ってた」 全員の反応が一致する。


「保護者役は俺だな」 レオがため息混じりに言う。


「私も行っていいですか?」 結依が手を挙げた。

結依は、胸の内でそっと思った。

(伝説の2人に、ちょっと興味がある)


そのやり取りを横目に、ルビィは耳を押さえた。

「私は……ここで留守番する。これだし」 光る耳を指す。


「俺もな」

緑のサイモンがうなずく。

「…目立つし、眠い…」

珍しく、正しい判断だった。


「78は?」

レオが、モデル番号でアストラに問いかける。

「78?」

結依が聞き返すと、アストラは既に扉の方を向き、準備を整えていた。


『78は私のことです、結依さん。私は船に戻ります。少し作業がありますので』


「寝ないの?」 結依

『不要です』アストラ

当然のように言って、出ていった。


残った3人が顔を見合わせる。 「じゃ、行こっか!」


ダイヤが一番に扉を開けた。

レオはその背中を見て、小さく息を吐く。

「……嵐の前触れだな」


結依は、少しだけ笑った。


☆街探索


ホテルの外に出ると、ルナストン市の夜は思った以上に賑やかだった。

人工の空はすでに濃紺に染まり、建物や街路そのものが柔らかく光っている。


「地下って、もっと静かなのかと思ってた」 結依が周囲を見回すと、レオは小さく笑った。

「俺もだ。軍の基地みたいなのを想像してた」


その会話を置き去りにするように、ダイヤはもう数メートル先だ。 露店を覗き込み、モフモフした生き物を見つけては目を輝かせている。

「見て! あのモコル、耳が四つある!」


「だから触らないでくださいって……」 結依が呆れた声を出す。


レオはその様子を見ながら、ふっと息を吐いた。

「清水、うちの船長は落ち着きないだろ」

結依が苦笑する。

「はい……見ててちょっと不安になります」

レオは小さく笑った。

「でも楽しそうだろ」

「……それは、わかります」

「それが、あいつの凄さだよ」

結依が横を見る。

「どういう意味ですか?」

レオは少しだけ視線を細めた。

「ダイヤは、生まれつき色々“外れてる”」

「知能だけじゃない。反応速度や感覚も、訓練じゃ届かない領域だ」

一拍おいて、続ける。

「でも本質はそこじゃない」

結依が黙って聞く。

「あいつはな――怖がらないんだよ」

「未知でも、危険でも、まず一歩踏み込む」

「好奇心で動いて、自分を信じて、そのまま突き進む」

レオは少しだけ笑った。

「だから周りは振り回される」

「でもな――」

視線の先では、ダイヤがモコルを追いかけている。

「その先で、ちゃんと道を見つけてくる」

結依はその背中を見つめたまま、ぽつりと呟いた。

「……だから、船長なんですね」

レオは静かに頷いた。

「そういうやつだよ、あいつは」


歩きながら、レオは淡々と続ける。

「宇宙探索学校でも、ダイヤは常にトップだった」

「レオさんは?」

「俺は2位…ずっとな」

結依は少し驚いた顔をしながら、自分とルビィのことも考える。


「悔しかった?」

「そりゃな」 即答だった。


「俺は全部、努力で積み上げてきた側だ。正直、最初はあまり好きじゃなかった。才能だけで上にいるやつが」


少し間が空く。


「……でも」

レオは視線を前に向けたまま、言葉を続ける。

「怖かったんだと思う。どれだけやっても届かない相手がいるって認めるのが」


結依は黙って聞いている。


「それで余計に、サイモンのことも誤解してた」

「サイモンさん?」

「あいつ、ボーッとして見えるだろ」


「……まあ」

結依は否定しなかった。


「でもな、サイモンは本当はかなり優秀だ。処理速度が遅いだけだ」 結依が眉を上げる。

「遅い?」


「正確には――

俺とダイヤが速すぎる」

「だから、反対しなければ同意見というのが暗黙の関係になっている」少し苦笑して、レオは言った。

「考える時間を与えれば、あいつは俺やダイヤと同じ場所まで、ちゃんと辿り着く」


「じゃあ……」


「そう。あいつも知力と力のリミッターが外れてる。 人間じゃないよ、あれは…さっきも見ただろ、あの力」

「……あいつも“化け物側”だ」

レオは小さく息を吐いた。


ちょうどその時。


「ねぇレオ、これ試食だって!」 ダイヤが何かを口に放り込む。 「ダイヤ、食べるな!!」 遅かった。


「……あれ?味は普通」


数秒後。


「……ん?」 結依が足を止める。

「ダイヤさん、髪……」


金色だった髪が、ゆっくりと闇色に染まっていく。

「え、なにそれ! かっこよくない?」


「副作用だ!!」


その瞬間、ダイヤの足元でモコルが甲高い音を鳴らした。



ピィィィ――ン!



周囲の視線が一斉に集まり、装甲服の警備員が近づいてくる。

「……やば」

「ダイヤ、動くな」

包囲されかけた。


その時。


「ちょっとちょっと!何してるんですか!」

ガイドのオジサン――カイトが人垣を割って現れた。

「この子たちは、私の案内中です」と言いつつ、IDを見せる。


「その警告音?ああ、また誤作動ですね」 警備員たちは渋々引き下がる。


「助かったよ」ダイヤが地下都市語で話している。


「まったく。目を離すとすぐ問題を起こす」 カイトはダイヤの黒髪を見て、ため息をついた。

「副作用ですね… 。髪の副作用は長いですよ」


ホテルへ戻る道すがら、ダイヤは満足そうに笑っていた。


「ね、楽しいね、地下都市!」

「……今日はもう外出禁止」 「えー」

レオは小さく息を吐き、結依にだけ聞こえる声で言う。

「……な? 清水。 ああ見えて、2人ともとんでもないクルーなんだ」


結依は、静かに頷いた。


ホテルに到着。

「では、今度こそ明日の朝に」

カイトが帰って行った。


その夜…


◆ルミナール側の部屋

(ルビィ、結依、アストラ)


アストラは部屋に入ると、手に4つの小さな装置を持っていた。


『明日の大統領との面接に向けて、通訳デバイスを4つ作ってきました』

『急ぎで作ったのでプロトタイプですので、少し時差があります。正直、常にカイトさんを通訳してるのは不便でしたから』


結依は興味深げにアストラを見る。 「へえ…それで、私たちも自分の端末でやり取りできるのね」


ルビィは少し身を乗り出す。

「でも、通訳してくれるアストラは凄かったよ」


アストラは頷くと、ふと結依とルビィの方へ視線を向けた。

『そうそう。お2人に伝えておきたいことがあります』


少し間を置いてから続ける。


『私の生みの親、オリオン博士は――レオ・ミラノさんの息子です。記録に残っています』


結依は一瞬きょとんとしたあと、目を丸くした。

「え……レオさんの? ってことは……」


思わず言葉を探すようにしてから、口にする。

「レオさんって……奥さん、いるの?」

アストラはわずかに間を置き、静かに答えた。

『いましたが……若くして、とある事件で亡くなっています』


ルビィは静かに頷きながら、心の中で何かを考えている様子だ。


結依はその様子をチラッと見て、口元に微笑みを浮かべる。


ルビィは部屋の窓から見える人工投影の星を眺めながら、独り言のように呟く。

「――50年の時間のズレ、いつ話そう……長引けば余計に話しにくくなるだろうな……」



【ルミナス側の部屋】 (ダイヤ、レオ、サイモン)


ダイヤはベッドの端に座り、今日の街探索を思い返す。

「モコル、本当に可愛かった!」


サイモンは緑色になった自分の皮膚を手で触りながらつぶやく。

「ルビィちゃんも結依ちゃんも、かなり優秀だ。あれだけ優秀なら、出航前に噂くらいは聞くと思う」


レオは腕を組み、少し呆れた表情でサイモンを見る。

「アンドロイドの識別番号の話を考えると…普通なら年に1~2機しか改良されない」


「俺は出港直前までORX-08を作ってたんだぞ。それがORX-78まで増えるなんて、不自然だ」

「短期間で複数機が作られているのは明らかに通常ではない」   


サイモンは小さく頷く。


サイモンは首をかしげつつ言う。 「うん、俺も不思議に思っていた。有人探査機が3か月で2機目が出航するなんて」


ダイヤは人工投影の星を眺めながら、意味深に笑う。

「未来に来たのかな…まだ、証拠が足りない……あの3人とは何年の差があるんだろう……」


☆結依 VS サイモン



◆翌朝、ホテルのロビー


ホテルのロビーは朝の光に満ち、床の反射が金色に輝いていた。


ダイヤの髪は、昨夜の副作用で黒く染まったまま。


サイモンの体色は元に戻り、ほっとしたように伸びをする。


結依とレオは少し距離を取りながら歩く。結依はレオに好意的だが、どこかぎこちない空気が漂う。


その時、アストラが手に小さな機械を取り出す。 『サイモンさん、あなたはまだ言語を完全には理解できないでしょう。ルビィさん、お願いできますか?』


ルビィはすぐに理解し、サイモンの腕に通訳デバイスを装着しようと歩み寄った。

ルビィがサイモンの逞しい二の腕に触れ、ベルトを締め直す。

ふわりと彼女の髪の香りが鼻腔をくすぐり、サイモンは思わず息を止めた。


「これで大丈夫よ、サイモンさん」

至近距離で微笑むルビィに、サイモンの心臓が一つ大きく跳ねる。

「……あ、ああ。サンキュー。……なんか、悪いな、わざわざ」

サイモンは視線を泳がせながら、顔をほんのり赤くして、小さな、それでいて大切そうに言葉を返した。

「……ありがとう、ルビィちゃん」



アストラはさらに通訳デバイスを3つ取り出し、他のクルーにも手渡した。


『本日の大統領との面会で必要です。私の通訳よりはデバイスの方が合理的です』


カイトとの約束の時間より、かなり早くにロビーに集まってしまった。


広いロビーには静かな音楽が流れ、窓の外には地下都市ルナストンの街並みが見えている。


しばらく沈黙が続いたあと、サイモンが腕を組んだまま天井を見上げた。

「……暇だな」


レオが横目で見る。

「まだ時間あるからな」


サイモンは首を軽く回し、肩を鳴らした。

「宇宙船にずっと乗ってたせいでさ、体が鈍ってる気がするんだよな」


「運動不足ってやつだね」

ダイヤが笑う。


サイモンはロビーの奥を指さした。ガラス越しに、広い中庭が見える。芝生と石畳の、かなり大きなスペースだ。

「あそこ、広いだろ」

「レオ、模擬戦でもやらないか?」


レオが即答した。

「やらない」


サイモンは苦笑する。

「即答かよ」


ダイヤが横から口を挟む。

「じゃあ私とやる?」


サイモンは顔をしかめた。

「ダイヤは嫌だ」


「なんで」


「攻撃が当たらない」


結依が思わず吹き出しそうになる。


サイモンは真顔で続けた。

「全部避けるだろ。つまらん」


ダイヤは笑いながら言う。

「それは技術だよ」


「いや、楽しめないんだって」

サイモンは視線を横に移した。

アストラが静かに立っている。

「じゃあ、アストラは?」


一瞬の間もなく、アストラが答えた。

『私の関節は外れやすいので戦闘向きではありません』


「だよな」

即納得するサイモン。


そのやり取りを見ていた結依が、小さく手を挙げた。

「……あのさ」


全員の視線が集まる。

結依は少しだけ照れたように笑った。

「私で良ければ、相手するよ?」


一瞬の沈黙。


サイモンが目を丸くする。

「いいのか?」

「うん。私も体動かしたいし」


ダイヤが楽しそうに笑った。

「いいじゃん」


レオも少しだけ口元を緩める。

「ホテル壊すなよ」


サイモンが立ち上がった。

「よし」


結依も立ち上がる。

「じゃあ中庭?」


「だな」


6人はロビーを出て、ガラス扉の向こうに広がる中庭へ向かった。


そして――

ホテルの中庭は、思っていた以上に広かった。

芝生と石畳が混ざった開けた空間。


中央に立った結依とサイモンの周りに、自然と観戦の輪ができる。


結依は軽く足を動かし、距離を測る。

結依は一瞬で判断した。

(サイモンさんはパワー型のはず、正面でやり合うのは危ない)


結依の戦い方は、格闘技の型とは少し違う。

重心を低くし、細かくステップを刻む。

銃撃戦の延長のような――ヒット&アウェイ型の戦闘スタイルで、格闘ベースは空手とカポエラだ。


対するサイモンはパワー型だが、ボクシング、柔道、柔術が得意だ。



結依が先に動いた。

地面を蹴る。


一気に距離を詰め、拳の連打。

フェイントからの蹴り。


止まらないコンビネーション。

左右に動きながら攻撃し、

当てた瞬間にもう次の位置へ移動する。


サイモンは最初、余裕の表情でかわしていた。

「お、速いな」

だが――

結依の動きが一段速くなる。


踏み込み。


そして、膝!


顎を狙った膝蹴り。


サイモンはとっさに腕を上げた。


ドンッ

鈍い音。


膝は腕に阻まれる。


観戦していたレオが小さく言った。

「……なるほど」

ダイヤが横を見る。

「どうしたの?」

レオは視線を外さず、静かに答えた。

「サイモンが“かわさずにブロックした” 普通なら、あの距離は避けられる」


ダイヤが少しだけ目を細める。

「ってことは?」


レオは結依に視線を向けた。

「清水が想定より速かったってことだな。しかもフェイントも混ざってる」

一拍おいて、淡々と続ける。


「いいコンビネーションだ」




サイモンはまだ少し笑っていた。

(速いな)

だが同時に理解する。

(軽い)

結依の拳が肩や腕に当たる。

だが重くない。

(スピード型だな)

サイモンの顔に、少し余裕が戻る。

(多少もらっても問題ない)


次の瞬間。


結依の右の蹴りが飛んだ。

サイモンは腕を伸ばした。


ガシッ

足首を掴む。


そのまま引き寄せる。

体勢を崩した結依の右腕を、左手で掴む。


完全に動きを止めた。

「――捕まえた」


結依は片足のまま、動けない。


サイモンが笑う。

「俺の勝ちかな?」

「降参しないと投げ技にいくぞ」


その瞬間。

結依の目の色が変わった。

ギラッ


負けず嫌いの火がつく。

「……まだですよ」


次の瞬間。


結依の体が後転する。


掴まれたまま――


そして、右足の踵がサイモンの脳天を直撃!


サイモンが思わず言う。

「痛っ」


右足でサイモンの頭を力いっぱい踏み勢いをつけ前転して顎を蹴り上げる。

そのままサイモンの顎を押し上げる。

「くっ!」

思わぬ力に、サイモンの手が一瞬緩む。

結依の脚力が一気に上がっていた。


サイモンは反射的に手を離す。


結依は空中で体をひねり、

くるり

綺麗に着地。


そして――

即、突っ込む。

「はっ!」


拳、蹴り、連撃。

だが今度は違った。


結依は途中で地面に手をつき、

体を回転させながら蹴りを繋ぐ。


まるでカポエラのような動き。

低い位置から、予測不能の角度で蹴りが飛ぶ。


サイモンの腕に当たる。

ドンッ

ドンッ


サイモンの眉がわずかに動いた。

(……重くなってる)


サイモンの表情が変わる。

笑いが消えた。

真剣な顔になる。


ドンッ ドンッ ドンッ

すべて、ブロックする。


その時だった。

結依の回し蹴りを、サイモンが脇で受ける。


ドン!!

衝撃。


足元の芝生が少しえぐれる。

サイモンはそのまま腕と脇で受け止めた。


動かない。

まるで岩だ。

結依が一瞬驚く。


ダイヤが笑う。

「ゴリにぃ〜」

「手加減してると負けちゃうよ〜」


ルビィが腕を組みながら言った。

「結依は、感情の起伏で戦闘スキルが上がるんです」


アストラがすぐに補足する。

『現在、清水結依の身体能力は通常の2.8倍まで上昇しています』


レオが少し目を細める。

「面白いな」


ダイヤは笑っているのに、声はやけに冷静だった。

「……ゴリにぃに近いね、その身体能力」


中庭では激しい攻防が続く。


結依の連撃。

だが――

サイモンの目が変わる。

(読める)

足運び。

重心。

呼吸。


そして、一瞬の隙。


結依が踏み込んだ瞬間。


サイモンの体が動いた。

横へ回る。

背後へ滑り込む。


そして――

ガシッ


後ろから羽交い締め。

「――捕まえた」


結依の腕が動かない。

力の差は圧倒的だった。


結依は数秒もがく。

だが逃げられない。


やがて、息を吐いた。

「……参った」


サイモンが腕を離す。

結依は振り向く。


少し悔しそうな顔。

だが同時に笑っていた。

「強いね」

サイモンも笑う。

「そっちもな」


その時――


中庭の入口から声がした。

カイトだった。

足元には、モコルが1匹。

ぴょんぴょん跳ねている。


「皆さん」

カイトが穏やかな声で言った。

「そろそろ時間です」


さっきまでの戦闘の空気が嘘のように、場がふっと緩む。


結依は軽く息を整えながら笑った。

「ちょうどいい運動でした」


サイモンも腕を回しながら頷く。

「俺もだ」


モコルが結依の足元まで跳ねてきて、ぴたりと止まる。


ダイヤがそれを見て、また目を輝かせた。

「……触っていい?」


「ダメです」

ルビィが即答する。


小さなやり取りに笑いが漏れる中、カイトが静かに歩き出した。

「こちらへ」


一行はその後を追う。

ホテルのロビーを抜け、正面の大きな扉へ。



☆大統領と面会



扉が開くと、カイトが振り返った。

「皆さん、準備はよろしいですか?面会の場所まで案内します。

その後は、大統領の部下たちに引き継ぐ予定です」


デバイスを持ったサイモンが声を上げた。

「カイトさんの言葉が分かるっ」


さすがのレオもカイトの言葉がデバイスを通じてわかるので驚いている。


乗り物は未来的なカプセル型で、地下都市の道を滑るように進む。


透明な壁越しに街の景色が流れ、ダイヤはカイトが連れてきたモコルを抱えたまま、まだ無邪気に周囲を見渡す。


移動中、結依がレオに小声で話しかける。「この都市の大統領、私たちに何の話あるのかな?」


「カイトさんの話では、異銀河から来た我々に相談があるとか」とレオが答えた。


チューブ型のカプセルは地下都市の入り組んだ街並みを抜け、目的地に到着した。


正式な礼服に身を包んだ人物たちが整列し、6人を迎え入れる。


カイトは一礼し、手続きを簡単に済ませると部下たちにバトンタッチした。

「ここからは彼らにお任せください。安心してください。それとそのモコルは私からダイヤさんへのプレゼントです」

「この子の受け渡し手続きは、後で私が責任をもってやっておきます」


「えー、いいの?ありがとう」

ダイヤは喜び、モコルを抱えたまま周囲を見渡す。


レオ、ルビィ、結依は明らかにモコルのプレゼントで嫌な顔をしていた。

大事な面会前で反対するタイミングを失っていた……。


「よし、それじゃ皆さん、私たちに続いてください」と大統領の部下が声をかける。


ダイヤは周囲を見渡しモコルを抱っこしている、そして黒髪が光る。

「わあ、この建物も面白い!」


礼服担当者たちに先導され、6人と1匹は地下都市の広い通路を歩く。壁には微光の鉱石が埋め込まれ、幻想的な光が広がる。


途中、モコルを抱きしめるダイヤは目を輝かせる。

「モコル可愛い」

「ダイヤ、落ち着け……でもその余裕かダイヤらしいな」とレオは微笑む。


通路はゆるやかなスロープで地下深く進む。

途中で螺旋状の広間に出る。礼服担当者は

「ここから先は、大統領直属の警備区域です。 面会室はもうすぐです」と説明する。


「わあ、すごい……」とダイヤは声をあげる。


「落ち着いてください、ダイヤさん。ここから先は本番です」ルビィは小さく注意する。


やがて、広間を抜けると、重厚な鉄製の扉の前に到着。


礼服担当者は静かに扉を開ける。 「ここが大統領面会室です。皆さん、どうぞ」


6人は扉の奥を覗く。部屋は円形のホールで、中央に大統領用の席。


周囲に階段状の控え席が設けられている。大統領はすでに座っており、威厳と存在感で一目でわかる。


「では、これより面会が始まります」と礼服担当者が静かに告げ、6人を面会の指定席に案内した。


黒髪のダイヤは、モコルを膝の上に載せ席につく。


ルビィはサイモンのデバイスを確認し、緊張を抑える。

結依はレオの横に座り、そっと小声で話しかける。

「ダイヤさん、落ち着き無いけど大丈夫?」


レオは微笑み、静かに頷く。

「ダイヤは緊張感が無いだけだ、大丈夫さ」


こうして、カイトから礼服担当者にバトンタッチされ、6人の大統領との面会が始まる。


地下都市の幻想的な空間。

黒髪ダイヤの無邪気さ。

ルビィの冷静さ。

そしてレオと結依のささやかな会話が同時に流れる中。


面会の幕が開こうとしていた。



☆大統領ゼファー


面会室の深紅の椅子に座る大統領は、静かに6人を見渡した。


大統領が語り出す。


「私は地下都市ルナストンの大統領ゼファーだ。異銀河から来られた、その科学力の力をお借りたく今日は来てもらいました」


「まずは、我が都市の歴史と、この自然衛星ルナスに住む我々の立場を説明しましょう」


大統領は、静かに席を見渡してから、ゆっくりと語り始めた。


「我々の民は―― もともと、この自然衛星の“隣にある惑星”アークスの出身でした」


「およそ5000年前、あの惑星アークスは急激な環境破壊に直面しました。 大気汚染、地殻変動、異常気象…… 自然災害は連鎖的に発生し、このままでは文明そのものが滅びると判断されたのです」


「そこで当時の指導者たちは、苦渋の決断を下しました。人口のおよそ半分を、この自然衛星ルナスへ移住させる計画です」

大統領は一度言葉を切り、指先で卓を軽くなぞる。


「しかし―― 移住改革は、決して順調ではなかった。思想の対立、利権、技術不足。結果として、10分の1の民は自然衛星ルナスへ、 残りの民は故郷の惑星アークスに残ることになった。それがすべての始まりです」


「その後、アークス側は―― 大規模な自然災害に襲われました。文明は崩壊し、“完全に滅びた”と、我々ルナス側では長らく信じられてきました」大統領の声が、わずかに低くなる。


「しかし、真実は違った。アークス側には―― ほんのわずかな生存者たちが、確かに存在していたのです。彼らは、壊滅的な環境の中で文明を1から築き直しました」


「その後、科学を発達させ、惑星を再び開拓し、そして我々とは異なる進化の道を歩み始めた」


「ここで、決定的な断絶が起きます。アークス側には―― 5000年前に自然衛星ルナスへ移住した記録が、完全に失われていた」


「そのため彼らは、我々自然衛星の民を “同じ惑星の出身者”だと理解できなかったのです」


「最初の接触時、アークス側は我々を―― 異星人だと判断しました」


「記録にない。歴史に存在しない。文化も、生態も違う。そう思われても、無理はありません。」 大統領は、深く息を吐く。


「そして近年―― アークス側は、再び環境破壊の限界に直面しています。 惑星側の人口は20億人。 惑星アークスからの脱出は、もはや避けられない選択となった。


そこで彼らは、ルナスにある地下都市ルナストンに目を向けたのです」 「しかし―― ここには、すでに我々がいる。人口約1億。ルナストン市は限界でした」


「アークス側は、我々を異星人と認識したまま、しかも自らの方が科学力で優位にあると判断した」


「その結果―― 交渉ではなく、武力を背景とした接触が選ばれました」「それが、地下都市の入り口に門番を置き、臨戦態勢に入ることになった理由です」大統領は、6人をまっすぐに見据える。


「我々は、争いを望んでいません。しかし、滅びるわけにもいかない。同じ起源を持ちながら、5000年の断絶によって 互いを“異星人”と認識するに至った」


「――それが、今の状況です」「そこでルナストンの技術者達があなた達の優れた科学力を勉強させていただきたく……」


レオが質問する

「大統領、私達から科学を学び何をしたいのですか?戦争?共存?」


大統領「今の現状は……両方に備えます」



☆恒星


重苦しい沈黙の中で、 一番緊張感がなさそうな声が、その場を切った。


ダイヤが、椅子に深く座ったまま、首をかしげる。

「――なんかさ。うちの銀河の“地球歴”に、すごく似てる話だなって思った」


一瞬、空気が止まる。


大統領も、側近たちも、思わずダイヤを見る。


「地球っていう惑星もね、昔―― 環境破壊とか、自然災害で、かなり苦しんでたんだ」ダイヤは淡々と続ける。


「地球にも“月”っていう自然衛星があってさ。一時期、本気で移住計画が立てられたことがあった」


「調査した結果、月には微生物とか、宇宙昆虫みたいな生き物しかいなかった」


「で、当時の科学力じゃ―― 月の地表に人が住むのは現実的じゃない、って結論に至った」


結依が、思わず口を挟む。

「地下は?」


ダイヤは頷く。

「そこも調べた。地球から見て“裏側”に、6つの地下基地が見つかった」

「ただし―― そこにいた知的生命体は、すでに絶滅してて、かなりの年月が経ってた」


アストラが補足する。

『現在の月は、地表環境が完全に制御され、地表での恒久的居住が可能となっています。すでに1つの大都市が存在し、2つ目の都市も建設中です』


わずかな沈黙……

(ダイヤ、レオ、サイモン―― 視線が一瞬だけ交錯する)

ルミナス3人の知識では、月の地表に“都市”は存在しない。地下基地と工業施設のみ。だが―― しかし3人はそこには触れずに話を進める。


ダイヤがまた話し始める

「当時の地球の人口は、約100億。6つの地下基地じゃ、全然足りなかった」

「だから、移住計画は方向転換したんだ」


ダイヤは指を1本立てる。

「コロニー建設」

「最初は、ほんと小さくてね。  ホテルみたいなコロニー1つに、10億人」 「それを10個。さらに、食料生産用のコロニーを5個」


サイモンが目を丸くする。

「……ホテルで、10億人?」


「うん。無茶だよね、でもそれだけ当時の地球は切羽詰まったんだと思う」ダイヤはあっさり言う。


「でも、宇宙に出てから科学力は急速に発達した」

「今ではコロニーは大きく作り変えられ―― ここの地下都市ルナストンみたいに、街があって、公園があって、企業や学校もある」

「天気も、季節もある。もう、地球とほとんど変わらない」

ダイヤは少しだけ誇らしそうに笑う。


「人が住んでる大きなコロニーは、今15個。農業用とか含めたら、全部で25個かな」そして、さらっと言った。


「だから、私はコロニーを作って、移住を進めるのが一番現実的だと思う」


その瞬間、静かに手を挙げたのはアストラだった。

『補足します』


全員の視線が集まる。


『私たちは、まだ隣の惑星アークスには直接行っていません。ですが、観測データから推測する限り――惑星アークスは、自然衛星に到達できる程度の科学力しか持っていません』

『コロニー建築は、現実的ではありません』


ダイヤが口を尖らせる。

「……当時の地球より、だいぶ遅れてるってこと?」


『はい』 即答だった。


そこでルビィが質問した。

「では、ここのルナスに地下都市を増やすことはできないのですか?」


大統領は、ゆっくり首を横に振った。

「難しい」

「地殻構造、エネルギー循環、人口制御……どれか1つ崩れれば、都市全体が崩壊します」

「これ以上の拡張は、自滅を早めるだけでしょう」


結依が、唇を噛んでから言う。

「なら、別の惑星への移住は?」

「私たちが惑星側の科学力を底上げすれば、可能性では?」


レオが静かに遮る。

「20億だぞ」


全員が黙る。


レオが続けた。

「運ぶだけでも、途方もない。

我々の科学と、ここの化学力を合わせても、何十年、下手をすれば百年単位の計画になる」


大統領が、重く問いかける。

「……仮に、それが可能だとして」

「20億人が移住できる惑星は、存在しますか?」


結依は、目を伏せる。

「……私たちが探索した惑星は」 「海ばかりの惑星と、酸の雨が降る惑星……」

「移住は、無理です」


サイモンが、首をかしげて言う。 「酸の雨?俺たちも行ったぞ」

一同が振り向く。

「すぐには雨が降らなかったから、3週間くらい、調査で滞在してた」


ダイヤが即答する。

「そこは無理だよ」

「寒暖差が異常だし、酸の雨が降る周期も不安定」


その時だった。 アストラが、手を挙げた。

『別の惑星移住も、コロニー建築も、時間がかかりすぎます』


全員が息を呑む。


『私の調査から判断すると、 隣の惑星の問題の“本質”は、環境破壊だけではありません』


『太陽です』


ざわめきが走る。

『この恒星は、地球の太陽とは明らかに性質が異なります』

『お話を総合すると―― 約5000年周期で、恒星活動に異変が起きている』アストラは、淡々と続ける。

『ここの恒星から異常感知反応が出ていた為しばらく観測していました』

『ここの太陽は、寿命が近い』


『今回の5000年周期で、太陽が消失する確率は――75%』

空気が凍りつく。

『仮に今回を乗り切っても、次の5000年周期には、ほぼ確実に消滅します』


ダイヤが、珍しく黙った。


『周期は、もうすぐです』

『約3年後、早ければ1年後には、惑星アークスに深刻な影響が現れ、この自然衛星ルナスも、無傷では済みません』


アストラは、最後に静かに告げた。

『――太陽が爆発した場合、このルナスも、隣の惑星アークスも』

『共に消失します』


面会室に、重たい沈黙が落ちたまま――



☆ダイヤから差す光


大統領は、ゆっくりと椅子に深く腰を下ろした。 「……ここまで話しておいて、まだ隠していることがあります」


側近たちが息を呑む。

「ルナストンの人口は、“1億”と伝えてきましたが」

「正確には8000万人強です」

ざわりと、空気が揺れた。


「そして極秘裏に、惑星アークスにある国家と交渉を進めていました」

「受け入れる人数は……最大で、4000万人」


ルビィが思わず声を上げる。

「そんな…それじゃ、残りの人たちは?」


「残りは無理です、ルナストン市の維持限界を超えます」 大統領は目を伏せたまま続ける。


「それでも、“全面戦争”よりはましだと判断しました」


結依が俯く。

レオは腕を組み、何も言わない。


「惑星側は7つの国家で構成されています」 大統領は、空中投影を展開した。


「2つの大国と5つの小国。それぞれに、統治者がいます」

「7名です」

そして、大統領は一度、深く息を吸った。

「……太陽の寿命については」 「正直に言います。私は知りませんでした」


全員が大統領を見る。


「アストラ殿の分析で、初めて知った」

「だからこそ――もう、隠す意味はありません」

大統領は、面会に来てくれた6人を順に見た。


「あなた方は、高度な科学力を持つ異銀河の存在」

「このタイミングで現れたことを――」

「我々は、奇跡だと思っています」

静かに、頭を下げる。

「……どうか、助けてほしい」


その瞬間だった。


ダイヤが、椅子に座ったまま、ぽりぽりと頬を掻いた。


緊張感ゼロの声。

「うーん……なるほどね」


全員の視線が、一斉にダイヤへ向く。


「つまりさ」

「ここの9000万人と、隣の20億人」

「しかも太陽は、あと数年でアウト」


ダイヤは、少し考えるように天井を見上げた。

「……うん」「普通に考えたら、無理ゲーだね」


アストラが即座に言う。

『その通りです。成功確率は――』


「でもさ」

ダイヤは、ニコッと笑った。

「“普通”で考える必要、ある?」


レオが低く言う。

「ダイヤ……」


「助けるよ」

ダイヤはあっさり言った。

場が一瞬、張りつめる


「ちょ、ダイヤさん!」

結依が声を上げる。

「正気!? 私たちだけで――」


「正気だよ」

ダイヤは笑いながら。

「ただし、条件付き」


大統領が、顔を上げる。

「…条件?」


「まず1つ」

ダイヤは指を立てる。

「ここの地下都市の科学・化学技術資料、全部」

「隠しデータ含めて、完全開示」

「もう1つ」 2本目の指。

「惑星アークス――7カ国すべての科学技術資料も同じく」


ざわめきが広がる。


「そして、最後」

ダイヤは、少しだけ真剣な目になった。

「9000万も、20億も」

「“選別”しない」


その言葉に、大統領の顔色が変わる。


「この人数を助けるには」

ダイヤは、無邪気な口調のまま、はっきりと言った。


「7カ国の代表とアークスの市民」


「ここのルナストンの人たち」


「それから――私たち」


「全員が、一丸にならないと無理」


「だから、ゼファー大統領」

ダイヤは、ニッコリ笑う。

「7カ国の統治者、全員集めて」 「正式な会合、開いてよ」

「人も、生き物も」

「星まるごと、引っ越す話をしよう」


静寂…

誰もすぐには言葉を発せなかった。


アストラは、首を振る。

『……非現実的です』


レオも低く言う。

「規模が大きすぎる」


サイモンは、ただ呆然としている。


それでも―― ダイヤは、どこか楽しそうに笑っていた。

「大丈夫」

「こういう時ほど、面白い案、浮かぶからさ」


その笑顔を見て、大統領はゆっくりと立ち上がった。

「……あなたは」

「本当に、救世主ですね」


ダイヤは首をかしげる。

「んー、たぶん」

「でもさ」

「1人じゃ無理だから」

「ね?」 と、仲間たちを見る。


この瞬間、世界の運命は―― “無邪気な一言”に賭けられた。


面会室に、まだ張りつめた空気が残っている。

ダイヤは椅子から立ち上がり、軽く伸びをした。

まるで難しい話に一区切りついた、というような仕草だった。


「……よし」

全員がダイヤを見る。


「助けるって決めたけどさ」

「正直、やること山ほどある」

指を折りながら、気楽な口調で続ける。

「情報の整理」

「技術の突き合わせ」

「人と資源の割り振り」


大統領が、静かに頷く。

「それでは、この面会は一旦ここまで」


ダイヤはニコッと笑う。

「続きは、次のステージでやろ?」

「惑星アークスとの正式会合は?」

ダイヤは大統領を見た。


「6日後。遅くても10日後までにはセッティングします」

「場所は――」

大統領が言いかける……


「向こうの惑星で」

ダイヤが即答する。

「あっちも、私たちを“見て”判断したいでしょ」


大統領は、少し驚いたあと、深く頷いた。

「承知しました」

それで、大統領面会は終わった。



☆時間のズレ


厳重な扉が開き、長い通路に出る。張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩んだ――その瞬間。


ダイヤは、モコルを抱き上げていた。 腕の中で、満足そうに丸まっている。


「ねえ、結依」 唐突だった。

「なに?」 結依は、途方もない難問を背負わされた困惑を隠せず、少しトゲのある声で返す。


ダイヤは、モコルの耳をなでながら、首をかしげる。

「アンタさ」

「何年生まれ?」


一瞬。 結依の足が止まる。言葉が、喉に引っかかったまま出てこない。


沈黙。


その様子を見て、ダイヤは小さく笑った。

「やっぱりね〜」


結依が、ギッと睨む。

「……なに、それ」


「同じ銀河出身なのは、わかってた」

ダイヤは軽い口調のまま続ける。

「でもさ、年代が違う」


レオが、低く息を吐く。

「……気づいてはいた」


サイモンも、頷く。

「俺もだ。言わなかっただけで」


結依が、苛立ちを隠さず言う。 「最初から、わかってたってこと?」


「うん」 ダイヤは即答した。


「ルミナール号に乗り込んだ時点で、ほぼ確信してた」

「船の科学技術」

「アンドロイドの性能」

「当たり前だと思ってる前提」

モコルを抱えたまま、サラッと言う。

「間違いなく」

ダイヤは結依を見る。


「私たちより、未来の人」


結依は、強く言い返す。

「それが何?」

「未来だろうが過去だろうが、今は同じ船にいる」


「そうそう」

ダイヤは楽しそうに笑った。

「その反応、嫌いじゃない」


そして、今度はルビィとアストラに視線を向ける。

「で、次」

ダイヤは、急に真面目な声になる。

「あなた達の科学も」


「私たちに、全部開示して」


ルビィの肩が、ぴくりと揺れた。 「……全部、ですか」

声が、わずかに震える。


ダイヤは頷く。

「隠し事したまま、21億人は救えない」


ルビィは唇を噛む。

船長としての誇りと、ダイヤとの差を、はっきり突きつけられたような表情。


アストラは静かに言う。

『合理的判断です』


「でしょ?」

ダイヤはニコっとする。

「ルビィ船長」


一瞬、ルビィは視線を落とし―― それから、顔を上げた。

「……わかりました」

「ルミナール号の全データ、開示します」


帰りの通路でサイモンがルビィを追い越しながらポン、と軽く大きな手を置いた。

「……未来人だとか、俺にはよく分かんねぇけどさ。ルビィちゃんが“船長”なのは変わらねぇだろ」

サイモンはルビィの顔を覗き込み、ニカッと笑った。

「困った時はいつでも言えよ。俺の力は、そのためにあるんだから」

その単純で力強い言葉に、ルビィの胸の奥の支えがふっと戻ってきた。

ルビィは小さく笑いながら言う。

「……サイモンさんは、本当に調子がいいんだから」

この日初めての、年相応なはにかんだ笑顔を見せた。


通路の先、外の光が見えてくる。 建物の出口には、カイトが待っていた。


いつもの、飄々とした顔で。 「話は終わったみたいですね」


「うん」

ダイヤは答える。

「一旦、ルミナール号に戻ろ」

モコルを抱え直して、無邪気に言う。


「これから、惑星間の引っ越し計画、始めるから」


誰も、笑えなかった。


けれど―― 誰も、否定もしなかった。


カイトが静かに歩き出す。

それに続いて、6人も動き出す。


こうして―― 本当に、後戻りできない計画が、動き始めた。






少し作り変えました。


結依とサイモンのスパーリングも入った。誤字修正もしました。

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