☆大統領面会
――翌朝、ホテルのロビー
ホテルのロビーは朝の光で満ちていた。まだ人影はまばらで、床に反射する光がわずかに金色に輝く。
ダイヤの髪は、昨夜の副作用で黒く染まったまま。
サイモンの体色は元に戻り、ほっとしたように伸びをする。
結依とレオは少し距離を取りながら歩く。結依はレオに好意的だが、どこかぎこちない空気が漂う。
その時、アストラが手に小さな機械を取り出す。 「サイモンさん、あなたはまだ言語を完全には理解できないでしょう。ルビィーさん、お願いできますか?」
ルビィはすぐに理解し、サイモンの腕に通訳デバイスを装着した。
「これで大丈夫よ、サイモンさん」 サイモンは腕を見つめて、顔をほんのり赤くしながら小さく「…ありがとう、ルビィーちゃん」と言った。
アストラはさらに通訳デバイスを3つ取り出し、他のクルーにも手渡した。
「本日の大統領との面会で必要になると思ったのです。今まではカイトさんを通訳してましたが、少々不便を感じていましたので…」
ダイヤは無邪気なまま「早く行こうよ!」とせがむ。結依とレオも、仕方なく付き合う形で外に出る。
カイトがモフモフとやってきて、静かに頭を下げた。
「皆さん、準備はよろしいですか?面会の場所まで案内します。
その後は、大統領の部下たちに引き継ぐ予定です」
サイモンが叫んだ「カイトさんの言葉が分かるっ」さすがのレオとルビィもカイトの言葉がデバイスを通じてわかるので驚いている
乗り物は未来的なカプセル型で、地下都市の道を滑るように進む。
透明な壁越しに街の景色が流れ、ダイヤはカイトが連れてきたモフモフを抱えたまま、まだ無邪気に周囲を見渡す。
移動中、結依がレオに小声で話しかける。「大統領ってどんな人ですかね?」
「これだけの地下都市を束ねてるんだ、人格者なんだろ」とレオが囁いた。
チューブ型のカプセルは地下都市の入り組んだ街並みを抜け、
やがて大統領の部下が待つ施設に到着した。
正式な礼服に身を包んだ人物たちが整列し、我々を迎え入れる。
カイトは一礼し、手続きを簡単に済ませると部下たちにバトンタッチした。 「ここからは彼らにお任せください。安心してください。それとその子は私からダイヤさんへのプレゼントです。 この子の受け渡し手続きは私か責任をもってやっておきます。」
ダイヤは喜びモフモフを抱えたまま無邪気に周囲を見渡す。
レオ、ルビィ、結依は明らかにモフモフのプレゼントで嫌な顔をしていた…大事な面会前で反対するタイミングを失っていた…
サイモン、レオ、結依、ルビィも各々少し緊張していた
「よし、それじゃ皆さん、私たちに続いてください」と大統領の部下が声をかける。
ダイヤは無邪気に周囲を見渡しモフモフを抱っこしている、そして黒髪が光る。「わあ、この建物も面白い!」
礼服担当者たちに先導され、6人と一匹は地下都市の広い通路を歩く。壁には微光の鉱石が埋め込まれ、幻想的な光が広がる。
途中、モフモフ抱きしめるダイヤは目を輝かせる。 「モフモフ可愛い」 「ダイヤ、落ち着け…でもその余裕かダイヤらしいな」とレオは微笑む。
通路はゆるやかなスロープで地下深く進み…
途中で螺旋状の広間に出る。礼服担当者は「ここから先は、大統領直属の警備区域です。 面会室はもうすぐです。」と説明する。
「…わあ、すごい…」とダイヤは声をあげる。 ルビィは「落ち着いてください、ダイヤさん。ここから先は本番です」と小さく注意する。
やがて、広間を抜けると、重厚な鉄製の扉の前に到着。
礼服担当者は静かに扉を開ける。 「ここが大統領面会室です。皆さん、どうぞ」
6人は息を飲みながら扉の奥を覗く。部屋は円形のホールで、中央に大統領用の席
周囲に階段状の控え席が設けられている。大統領はすでに座っており、威厳と存在感で一目でわかる。
「では、これより面会が始まります」と礼服担当者が静かに告げ、6人を面会の指定席に案内した。
ダイヤは黒髪のまま、モフモフを膝の上に載せ席につく。
ルビィはサイモンのデバイスを確認し、緊張を抑える。結依はレオの横に座り、そっと小声で話しかける。
「…この人、本当に大統領?」
レオは微笑み、静かに頷く。「ああ、ただちょっと想像と違ったな」
こうして、カイトから礼服担当者にバトンタッチされ、6人の大統領との面会が始まる…
地下都市の幻想的な空間と、黒髪ダイヤの無邪気さ
ルビィーの冷静さ
そしてレオと結依のささやかな会話が同時に流れる中、面会の幕が開こうとしていた。
もう朝のぎこちない雰囲気なくなり、緊張感に変わっていた
☆大統領ゼファー
会合室の深紅の椅子に座る大統領は、静かに6人を見渡した。
控え席に座る者たちは、地下都市の威厳に自然と背筋を伸ばす。
大統領が語り出す…
「ワシは地下都市ルナストンの大統領ゼファーだ。 異銀河から来られたと、その科学力の力を借りたく今日は来てもらいました。」
「まずは、我が都市の歴史と、この自然衛星ルナスに住む我々の立場を説明しよう」
大統領は、静かに席を見渡してから、ゆっくりと語り始めた。
「我々の民は―― もともと、この自然衛星の“隣にある惑星”アークスの出身でした。」
「およそ五千年前、あの惑星アークスは急激な環境破壊に直面しました。 大気汚染、地殻変動、異常気象…… 自然災害は連鎖的に発生し、このままでは文明そのものが滅びると判断されたのです。」
「 そこで当時の指導者たちは、苦渋の決断を下しました。 人口のおよそ半分を、この自然衛星ルナスへ移住させる計画です。」 大統領は一度言葉を切り、指先で卓を軽くなぞる。
「しかし―― 移住改革は、決して順調ではなかった。 思想の対立、利権、技術不足。 結果として、五分の一の民は自然衛星ルナスへ、 残りの民は故郷の惑星アークスに残ることになった。 それが、すべての始まりです。」
「その後、アークス側は―― 大規模な自然災害に襲われました。 文明は崩壊し、 “完全に滅びた”と、我々ルナス側では長らく信じられてきました。」 大統領の声が、わずかに低くなる。
「しかし、真実は違った。 アークス側には―― ほんのわずかな生存者たちが、確かに存在していたのです。 彼らは、壊滅的な環境の中で文明を一から築き直しました。
科学を発達させ、惑星を再び開拓し、 そして我々とは異なる進化の道を歩み始めた。」
「ここで、決定的な断絶が起きます。 アークス側には―― 五千年前に自然衛星ルナスへ移住した記録が、完全に失われていた。」
「 そのため彼らは、 我々自然衛星の民を “同じ惑星の出身者”だと理解できなかったのです。」
「最初の接触時、アークス側は我々を―― 異星人だと判断しました。 」
「記録にない。 歴史に存在しない。 文化も、生態も違う。 そう思われても、無理はありません。」 大統領は、深く息を吐く。
「そして近年―― アークス側は、再び環境破壊の限界に直面しました。 人口は二十億。 惑星アークスからの脱出は、もはや避けられない選択となった。
そこで彼らは、ルナスにある地下都市ルナストンに目を向けたのです。」 「しかし―― ここには、すでに我々がいる。 人口約一億。
ルナストン市は限界まで拡張され、 これ以上の受け入れは不可能でした。」 「アークス側は、我々を異星人と認識したまま、 しかも自らのほうが科学力で優位にあると判断した。」
「その結果―― 交渉ではなく、武力を背景とした接触が選ばれました。」 「それが、 地下都市の入り口に門番を置き、 臨戦態勢に入ることになった理由です。」 大統領は、六人をまっすぐに見据える。
「我々は、争いを望んでいません。 しかし、滅びるわけにもいかない。 同じ起源を持ちながら、 五千年の断絶によって 互いを“異星人”と認識するに至った」
「―― それが、今の状況です。」「そこでルナストンの技術者達があなた達の優れた科学力を勉強させていただきたく…」
レオが質問する「大統領、私達から科学を学び何をしたいのですか?戦争?共存?」
大統領「今の現状は…両方に備えます。」
☆恒星…
重苦しい沈黙の中で、 一番緊張感がなさそうな声が、その場を切った。
ダイヤが、椅子に深く座ったまま、首をかしげる。
「……なんかさ。 うちの銀河の“地球歴”に、すごく似てる話だなって思った」 一瞬、空気が止まる。
大統領も、側近たちも、思わずダイヤを見る。
「地球っていう惑星もね、昔―― 環境破壊とか、自然災害で、かなり苦しんでたんだ」 ダイヤは淡々と続ける。
「地球にも“月”っていう自然衛星があってさ。 一時期、本気で移住計画が立てられたことがある」
「調査した結果、 月には微生物とか、宇宙昆虫みたいな生き物しかいなかった」
「で、当時の科学力じゃ―― 月の地表に人が住むのは現実的じゃない、って結論になった」
結依が、思わず口を挟む。 「……地下は?」
ダイヤは頷く。 「そこも調べた。 地球から見て“裏側”に、六つの地下基地が見つかった」 「ただし―― そこにいた知的生命体は、すでに絶滅してて、 かなりの年月が経ってた」
アストラ 「補足します。 現在の月は、地表環境が完全に制御され、 地表での恒久的居住が可能となっています。 すでに一つの大都市が存在し、 二つ目の都市も建設中です。」
わずかな沈黙… (ダイヤ、レオ、サイモン―― 視線が一瞬だけ交錯する)
ルミナス3人の知識では、 月の地表に“都市”は存在しない。 地下基地と工業施設のみ。 だが―― しかし3人はそこには触れずに話を進める…
ダイヤがまた話始める 「当時の地球の人口は、約100億。 六つの地下基地じゃ、全然足りなかった」
「だから、移住計画は方向転換したんだ」
ダイヤは指を一本立てる。 「コロニー建設」 「最初は、ほんと小さくてね。 ホテルみたいなコロニー一つに、10億人」 「それを10個。 さらに、食料生産用のコロニーを5個」
サイモンが、目を丸くする。 「……ホテルで、10億人?」
「うん。無茶だよね、でもそれだけ当時の地球は切羽詰まったんだと思う」 ダイヤはあっさり言う。
「でも、宇宙に出てから科学力は急速に発達した。」 「今のコロニーは大きく作り変えれ―― ここの地下都市ルナストンみたいに、街があって、公園があって、企業や学校もある」 「天気も、季節もある。 もう、地球とほとんど変わらない」 ダイヤは少しだけ誇らしそうに笑う。
「人が住んでる大きなコロニーは、今15個。 農業用とか含めたら、全部で25個かな」 そして、さらっと言った。
「だから、私はコロニーを作って、移住を進めるのが一番現実的だと思う」
その瞬間、静かに手を挙げたのはアストラだった。 「補足します」
全員の視線が集まる。 「私たちは、まだ隣の惑星アークスには直接行っていません。 ですが、観測データから推測する限り――」
「惑星アークスは、 自然衛星に到達できる程度の科学力しか持っていません」 「コロニー建築は、 現実的ではありません」
ダイヤが口を尖らせる。 「……当時の地球より、だいぶ遅れてるってこと?」 「はい」 即答だった。
そこでルビィが前に出る。 「では、ここのルナスに地下都市を増やすことはできないのですか?」
大統領は、ゆっくり首を横に振った。 「難しい」 「地殻構造、エネルギー循環、人口制御…… どれか一つ崩れれば、都市全体が崩壊します」 「これ以上の拡張は、 自滅を早めるだけでしょう」
結依が、唇を噛んでから言う。 「……なら、別の惑星への移住は?」 「私たちが惑星側の科学力を底上げすれば、 可能性では?――」
レオが静かに遮る。 「20億人だぞ」
全員が黙る。
「運ぶだけでも、途方もない。 我々の科学と、ここの化学力を合わせても、 何十年、下手をすれば百年単位の計画になる」レオ
大統領が、重く問いかける。 「……仮に、それが可能だとして」
「20億人が移住できる惑星は、存在しますか?」 結依は、目を伏せる。 「……私たちが探索した惑星は」 「海ばかりの惑星と、 酸の雨が降る惑星……」 「移住は、無理です」
サイモンが、首をかしげて言う。 「酸の雨? 俺たちも行ったぞ」 一同が振り向く。 「雨が降らなかったから、 3週間くらい、調査で滞在してた。」
ダイヤが即答する。 「そこは無理だよ」 「寒暖差が異常だし、 酸の雨が降る周期も不安定」
そのときだった。 アストラが、一歩前に出る。 「――別の惑星移住も、コロニー建築も」 「時間が、かかりすぎます」
全員が息を呑む。 「私の調査から判断すると、 隣の惑星の問題の“本質”は、環境破壊だけではありません」 「太陽です」
ざわめきが走る。 「この恒星は、 地球の太陽とは明らかに性質が異なります」 「お話を総合すると―― 約5000年周期で、恒星活動に異変が起きている」 アストラは、淡々と続ける。
「ここの恒星から異常感知反応が出ていた為しばらく観測していました。」「この太陽は、寿命が近い」
「今回の5000年周期で、 太陽が消失する確率は――75%」 空気が凍りつく。
「仮に今回を乗り切っても、 次の5000年周期には、ほぼ確実に消滅します」
ダイヤが、珍しく黙った。 「周期は、もうすぐです」 「約3年後、早ければ、1年後には惑星アークスに深刻な影響が現れ、 この自然衛星ルナスも、無傷では済みません」
アストラは、最後に静かに告げた。 「――太陽が爆発した場合」 「このルナスも、隣の惑星アークスも」 「共に消失します」
面会室に、重たい沈黙が落ちたまま――
☆ダイヤから差す光
大統領は、ゆっくりと椅子に深く腰を下ろした。 「……ここまで話しておいて、 まだ隠していることがあります」
側近たちが息を呑む。 「ルナストンの人口は、“一億”と伝えてきましたが」 「正確には――八千万人強です」 ざわりと、と空気が揺れた。
「そして極秘裏に、惑星アークスにある国家と交渉を進めていました」
「受け入れる人数は……最大で、四千万人」
ルビィが思わず声を上げる。 「そんな……それじゃ、残りの人たちは?」
「残りは無理です、ルナストン市の維持限界を超えます」 大統領は目を伏せたまま続ける。
「それでも、“全面戦争”よりはましだと判断しました」
結依が俯く。 レオは腕を組み、何も言わない。
「惑星側は七つの国家で構成されています」 大統領は、空中投影を展開した。
二つの大国と五つの小国。
「それぞれに、統治者がいます」 「七名です」
そして、大統領は一度、深く息を吸った。
「……太陽の寿命については」 「正直に言います。私は、知りませんでした」
全員が、大統領を見る。 「アストラ殿の分析で、初めて知った」 「だからこそ――もう、隠す意味はありません」
大統領は、面会に来てくれた六人を順に見た。
「あなた方は、高度な科学力を持つ異銀河の存在」 「このタイミングで現れたことを――」 「我々は、奇跡だと思っています」
静かに、頭を下げる。 「……どうか、助けてほしい」
その瞬間だった。 ダイヤが、椅子に座ったまま、ぽりぽりと頬を掻いた。 緊張感ゼロの声。
「うーん……なるほどね」
全員の視線が、一斉にダイヤへ向く。
「つまりさ」 「ここの九千万の人と、隣の二十億人」 「しかも太陽は、あと数年でアウト」
ダイヤは、少し考えるように天井を見上げた。 「……うん」 「普通に考えたら、無理ゲーだね」
アストラが即座に言う。 「その通りです。成功確率は――」 「でもさ」 ダイヤは、ニコっと笑った。
「“普通”で考える必要、ある?」
レオが、低く言う。 「ダイヤ……」
「助けるよ」 ダイヤは、あっさり言った。 場が一瞬、張りつめる
「ちょ、ダイヤさん!?」 結依が声を上げる。「正気!? 私たちだけで――」
「正気だよ」 ダイヤは笑いながら「ただし、条件付き」
大統領が、顔を上げる。 「……条件?」 「まず一つ」 ダイヤは指を立てる。 「ここの地下都市の科学・化学技術資料、全部」 「隠しデータ含めて、完全開示」 「もう一つ」 二本目の指。 「惑星アークス――七カ国すべての科学技術資料も同じく」 ざわめきが広がる。
「そして、最後」 ダイヤは、少しだけ真剣な目になった。 「九千万も、二十億も」
「“選別”しない」
その言葉に、大統領の顔色が変わる。
「この人数を助けるには」 ダイヤは、無邪気な口調のまま、はっきりと言った。
「七カ国の代表、アークスの市民」 「ここのルナストンの人たち」 「それから――私たち」 「全員が、一丸にならないと無理」
「だから、ゼファー大統領」 ダイヤは、ニッコリ笑う。
「七カ国の統治者、全員集めて」 「正式な会合、開いてよ」 「人も、生き物も」 「星まるごと、引っ越す話をしよう」
静寂…
誰も、すぐには言葉を発せなかった。 アストラは、首を振る。 「……非現実的です」 レオも、低く言う。 「規模が大きすぎる」
サイモンは、ただ呆然としている。
それでも―― ダイヤは、どこか楽しそうに笑っていた。 「大丈夫」 「こういう時ほど、面白い案、浮かぶからさ」
その笑顔を見て、 大統領はゆっくりと立ち上がった。 「……あなたは」 「本当に、天才ですね」 ダイヤは首をかしげる。 「んー、たぶん」
「でもさ」 「一人じゃ無理だから」
「ね?」 と、仲間たちを見る。
この瞬間、 世界の運命は―― “無邪気な一言”に賭けられた。
面会室に、まだ張りつめた空気が残っている。 ダイヤは椅子から立ち上がり、軽く伸びをした。
まるで難しい話に一区切りついた、というような仕草だった。 「……よし」 全員がダイヤを見る。
「助けるって決めたけどさ」 「正直、やること山ほどある」 指を折りながら、気楽な口調で続ける。 「情報の整理」 「技術の突き合わせ」 「人と資源の割り振り」 「それと――時間稼ぎ」
大統領が、静かに頷く。 「それでは、この面会はいったんここまで」 ダイヤはニコッと笑う。
「続きは、次のステージでやろ?」 「惑星アークスとの正式会合は?」 ダイヤは大統領を見た。
「五日後。遅くても八日後までにはセッティングして」 「場所は――」 大統領が言いかける…
「向こうの惑星で」 ダイヤが即答する。 「あっちも、私たちを“見て”判断したいでしょ」 大統領は、少し驚いたあと、深く頷いた。 「……承知しました」 それで、大統領面会は終わった。
☆時間のズレ
厳重な扉が開き、長い通路に出る。 張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩んだ――その瞬間。
ダイヤは、どこからともなくモフモフを抱き上げていた。 腕の中で、満足そうに丸まっている。
「ねえ、結依」 唐突だった。
「……なに?」 結依は、まだ少し気が立ったままの声で返す。 ダイヤは、モフモフの耳をなでながら、首をかしげる。
「アンタさ」
「何年生まれ?」
一瞬。 結依の足が止まる。 言葉が、喉に引っかかったまま出てこない。
沈黙。
その様子を見て、ダイヤは小さく笑った。 「やっぱりね〜」 結依が、ぎっと睨む。 「……なに、それ」
「同じ銀河出身なのは、わかってた」 ダイヤは軽い口調のまま続ける。
「でもさ、年代が違う」
レオが、低く息を吐く。 「……気づいてはいた」
サイモンも、頷く。 「俺もだ。言わなかっただけで」
結依が、苛立ちを隠さず言う。 「最初から、わかってたってこと?」
「うん」 ダイヤは即答した。
「ルミエールに乗り込んだ時点で、ほぼ確信してた」 「技術の癖」 「判断の速度」 「当たり前だと思ってる前提」 モフモフを抱えたまま、さらっと言う。
「間違いなく」 ダイヤは結依を見る。
「私たちより、未来の人」
結依は、強く言い返す。 「それが何?」 「未来だろうが過去だろうが、今は同じ船にいる」
「そうそう」 ダイヤは楽しそうに笑った。
「その反応、嫌いじゃない」 そして、今度はルビィとアストラに視線を向ける。
「で、次」 ダイヤは、急に真面目な声になる。 「あなた達の科学も」
「私たちに、全部開示して」
ルビィの肩が、ぴくりと揺れた。 「……全部、ですか」 声が、わずかに震える。 ダイヤは頷く。 「隠し事したまま、21億人は救えない」
ルビィは唇を噛む。 船長としての誇りと、 ダイヤとの差を、はっきり突きつけられたような表情。
アストラは静かに言う。 「合理的判断です」
「でしょ?」 ダイヤはニコっとする。 「ルビィ、船長」
一瞬、ルビィは視線を落とし―― それから、顔を上げた。 「……わかりました」 「ルミエールの全データ、開示します」
通路の先、外の光が見えてくる。 建物の出口には、カイトが待っていた。
いつもの、飄々とした顔で。 「話は終わったみたいですね」
「うん」 ダイヤは答える。 「一旦、ルミエールに戻ろ」 「これから」 モフモフを抱え直して、無邪気に言う。
「銀河規模の引っ越し計画、始めるから」
誰も、笑えなかった。
けれど―― 誰も、否定もしなかった。 カイトが、静かに歩き出す。 それに続いて、六人も動き出す。 こうして―― 本当に、後戻りできない計画が、動き始めた。




