✮青の牙
更新
月曜〜土曜の朝6時に新エピソード1話
※日曜・祝日はお休みです。
◆ラストライト前線基地・第一ゲート前
戦場の空気が、変わった。
赤いハウンドたちが暴れ回っていたはずの前線。
だが今、誰もが視線を奪われていた。
――青い装甲。
瓦礫の陰。
崩壊した建物の隙間。
静かにこちらを見つめる三二匹の青いハウンド。
サンチェスの軽口が、止まっていた。
「……マジかよ」
いつもの笑みは無い。
狙撃銃を構えたまま、汗が頬を伝う。
クレアも、初めて明確に表情を変えた。
「チッ……!」
その声には、焦りが混じっていた。
直後。クレアが怒鳴る。
「〇七部隊、全員後退!!」
「基地内へ戻れ!!」
兵士たちが一斉に動き出す。
だが――。
その命令と、ほぼ同時だった。
――ガァァァァァァァッ!!
青い群れが、一斉に地面を蹴った。
「来るぞ!!」
ルビィが構える。
アイダも銃口を向ける。
ダイヤ、レオ、サイモンも迎撃態勢へ入った。
しかし。
ルビィはハッとする。
(……違う!?)
青いハウンドたちは、ルビィたちへ一切向かわなかった。
前線を――すり抜ける。
まるで最初から狙いを決めていたかのように。
アイダが顔色を変え叫んだ。 「狙いは〇七部隊か!!」
「逃げろぉぉぉッ!!」
〇七部隊の兵士たちが悲鳴を上げながら後退する。
アイダとルビィが駆け出そうとした瞬間。
――ガァァッ!!
赤いハウンドが横から飛び掛かった。
「邪魔ッ!!」
アイダが撃ち抜く。
だが次々と赤と黒が前へ出る。
完全に足止めだった。
クレアが叫ぶ。
「テスト!!」
「分かってる!」
二台のセグダが同時に加速した。
――ブオォォォォォン!!
重低音。
大型タイヤが黒いハウンドを弾き飛ばす。
クレアの機銃掃射。
テストの鋭い急旋回。
無理矢理、道をこじ開けていく。
一方。
高所では、結依とサンチェスが必死に引き金を引いていた。
「右の青、撃つよ!」
――バン!!
青いハウンドの頭部が砕け散る。
サンチェスも連射する。
「クソッ、速ぇな!!」
それでも。
間に合わない。
青い群れは〇七部隊へ到達していた。
「ぎゃああああぁぁぁ!!」
「うわぁぁぁッ!!」
悲鳴が夜へ響く。
一八人いる〇七部隊の兵士たちが混乱状態に陥る。
抵抗する者。
転びながら逃げる者。
青い牙が、防護服ごと肉へ食い込んだ。
「絶対に噛まれるな!!」
アイダが叫ぶ。
「噛まれるな!!」
「一度でも噛まれたら終わりだ!!」
その声が、何度も戦場へ響く。
そして。
――ドゴォォォォン!!
二台のセグダが、青い群れへ突っ込んだ。
だが。
青いハウンドたちは、一瞬で散開。まるで最初から目的を終えていたかのように。
さらに。赤も黒も、徐々に後退を始める。
「……撤退?」
レオが呟く。
ハウンドたちは暗闇へ消えていく。
瓦礫の向こうへ。
崩壊した街の奥へ。
やがて。
静寂だけが残った。
アイダが怒鳴る。
「救護班は!?」
兵士たちが慌ただしく駆け出す。
その横で、サンチェスがぽつりと呟いた。
「……誰か噛まれちまったか」
クレアが低く言う。
「怪我人を運べ」
「〇七部隊は全員、基地内へ入れ」
そのとき。
テストが、ふと前方を見てクレアに言う。
「……あれ見ろよ」
全員の視線が向く。
そこには――。
大きな青いハウンドが、一匹だけ立っていた。
他の個体とは違う。
青い毛に銀色が混じった個体だった。
そして。
その正面には、ダイヤ。
二人は、微動だにせず睨み合っていた。
サイモンが呟く。
「……あれ、ボスか?」
周囲では救護と撤退が続いている。
だが、その場だけ時間が止まったようだった。
ダイヤは目を細める。
(なんだ、この個体……)
(他の青とは、違う……)
高所からサンチェスが声を飛ばした。
「おい、婆さまがデカい青いハウンドと向き合ってるぞ!」
結依が息を呑む。
「ダイヤさん……」
ライフルを構える。
狙いは――大きな青いハウンド。
その瞬間。
青い個体が、ゆっくりと結依の方を見た。
そして。
数歩、左へ動く。
「あっ……!」
結依が目を見開く。
「ダイヤさんの影に入った!」
サンチェスが驚愕する。
「こっちに気付いたのか!?」
結依が歯を食いしばる。
「私を舐めるな……!」
サンチェスが叫ぶ。
「よせ!、婆さまに当たっちまうぞ」
――バンッ!!
一発の銃声。
銃弾はダイヤの髪をかすめ――。
青いハウンドの左脚装甲へ命中した。
サンチェスが呟く。
「やったか?」
――ギィンッ!!
火花が散る。
「ちぃっ、装甲か!」
結依が舌打ちする。
その時に青いハウンドは、しばらくダイヤを見つめ――。
そして。
闇の中へ静かに消えていった。
テストが言う。
「セグダで周囲確認してくる」
クレアは頷く。
「アイダ、私のセグダ使え」
「テストと一緒に周囲確認お願い」
「了解」
アイダとテストは再び夜の街へ消えていく。
そして。
残された者たちは、基地内部へ戻っていった。
◆ラストライト前線基地・医療区画
「負傷者、一五名!!」
怒号のような声が医療区画へ響いた。
運び込まれてくる兵士たち。
床へ並べられる身体。
苦しげな呻き。痙攣する腕。
救護班が慌ただしく駆け回り、止血と応急処置を始める。
結依も駆け寄り――息を呑んだ。
「……何、これ」
噛まれた傷口。そこから皮膚が、青黒く変色していた。
しかも。その青は血管のように浮かび上がり、全身へ広がっていく。
「くそっ……進行が早すぎる……!」
医療兵が顔を歪める。
その中に。壁にもたれかかる大柄な兵士の姿があった。
小隊長のアレックスだった。
腕を噛まれている。
青い変色は、すでに肩近くまで達していた。
近くには、担架へ横たえられたニッキー。額に脂汗を浮かべながら、浅い呼吸を繰り返している。
結依の姿に気づき、ニッキーが無理やり笑った。
「……お、黒髪ちゃん」
「デート……行く前に終わりそうだわ……」
掠れた冗談。
だが、声は震えていた。
結依は言葉を失う。
サンチェスが顔を伏せ、小さく舌打ちした。
「馬鹿野郎……」
アシュリーは震える肩を押さえることもできず、ただ泣くことしかできなかった。
アレックスが、かすかに手を動かした。
「……クレア」
呼ばれたクレアがすぐ傍へ膝をつく。
アレックスの呼吸は荒く、声もほとんど掠れていた。
クレアは耳を彼の口元へ近づける。
そして、アレックスは苦しげな息の合間に低く呟いた。
「……青いハウンド」
一度、小さく咳き込む。
「あいつら……前より厄介だぞ……」
さらに息を整えながら続けた。
「知能の高い“ブレイン”がいる」
クレアが静かに目を細める。
「指揮個体がいるのね……」
そして戦場を思い返すように、小さく呟いた。
「最後まで後方に残っていた個体……きっと、あいつだわ」
アストラは負傷者の傷口からサンプルを採取している。
『解析開始します』
医療区画に、重い沈黙が落ちた。
数分後。
アストラが静かに告げる。
『特殊ウイルスです』
『神経毒に類似した成分も検出』
一拍。
『体内循環速度が異常です』
ルビィが震える声で聞いた。
「……助けられないの?」
アストラは淡々と答える。
『現状では不可能です』
『抗体生成は理論上可能』
『しかし、時間が必要です』
沈黙。
苦しむ兵士たちの呻き声だけが響く。
ニッキーが荒い息のまま、天井を見上げる。
「はは……」
「せっかく可愛い子、見つけたのにな……」
結依の目に、うっすら涙が滲む。
その横で、アレックスは苦しげに呼吸しながらも、低く言った。
「……泣くな、お嬢ちゃん」
「前線じゃ……よくある」
だが。
その言葉とは裏腹に。
青い変色は、容赦なく全身へ広がっていく。
そのとき。
医療区画の扉が開いた。
戻ってきたテストが周囲を見回す。
「周囲確認した」
「もうハウンドはいない」
アイダも、珍しく無言だった。
クレアは静かに目を伏せる。
そして――。
一時間も経たないうちに。
噛まれた一五人、全員の心拍が停止した。
誰も、言葉を出せなかった。
静まり返った医療区画。
そして。
防壁の向こう
――ウゥゥゥゥゥゥン……。
遠くでサイレンが鳴り響く。
黒かった空が、明るくなる。
――黒、赤、青。
三種のハウンドによる連携攻撃によって、ラストライトは一五名もの犠牲者を出した。
それは同時に、ネメシス製サイボーグ犬の恐るべき戦闘能力と、高度な知性を痛感させる戦いでもあった。




