✮夜への警鐘
◆ルミナス号・船内
低い振動を響かせながら、ルミナス号は黒い惑星の空を滑空していた。
窓の外には、崩壊した都市群。割れた道路。
だが、不気味な惑星の印象とは裏腹に、海そのものは異様なほど美しかった。
漆黒の海面に、青白い光が筋のように揺れている。まるで海そのものが、星空を映しているようだった。
結依が思わず声を漏らす。
「……綺麗」
一瞬だけ、全員が黙る。
ダイヤも窓を見たまま、小さく頷いた。
「前に来た時も思った」
「この星、見た目のわりに海だけはすごいんだよね」
サイモンが苦笑する。
「海だけ見てると観光惑星なんだけどな」
「海以外が地獄すぎる」
ダイヤが真顔で返した。
その空気の中。
アストラが静かに前へ出る。
『これを装着してください』
五人へ差し出されたのは、小型のリング状デバイスだった。銀色の細い輪。中央には淡く青い光が灯っている。
ルビィが少し目を細める。
「……懐かしいですね」
結依が笑う。
「あー、アークスの時にずっと使ってたやつ!」
レオが受け取りながら頷く。
「またこれのお世話になるのか」
サイモンは指先でリングを回す。
「精度は相変わらず化け物級なんだろ?」
『誤差率〇・〇〇二パーセント以下です』
アストラが即答する。
ルビィは慎重に指へ装着する。 「でも、“解析完了後”なんだよね?」
『はい』
一拍。
『現時点では、まだこの惑星の言語解析が完了していません』
『ですが、会話サンプルを収集できれば、翻訳機能を起動できます』
アストラが淡々と説明した。
レオが静かに頷く。
「つまり、接触できれば会話が可能になる」
ダイヤが笑う。
「やっと交渉できるかもね」
サイモンが苦笑する。
「前回は殴り合いしかしてねぇからな」
そのとき。
レオが前方モニターを見る。
「着陸地点は、前回と同じ港付近にする」
ルビィが視線を向ける。
「理由は?」
レオがモニターを見たまま答える。
「地形を把握している」
一拍。
「それに、黒いやつらが現れた場所でもある」
ダイヤが前へ身を乗り出した。 「あ、見えてきた」
窓の向こう。
崩壊した港湾地区。
そして、その中央。
ダイヤが前へ出て、モニターを指差した。
「ほら、あそこ」
港湾跡地の立体映像。
崩れた埠頭。巨大クレーン。
そして、半ば海中に沈んだ黒い機械構造物。
「あの機械みたいなのの裏側」 一拍。
「たぶん地下に入れる扉がある」
結依が目を細める。
「地下施設……かな?」
サイモンが腕を組んだ。
「前回、あそこへ近づいた瞬間だった」
低い声。
「めちゃくちゃ強い黒いやつらが二回とも出てきた」
ルビィが聞き返す。
「……二回も?」
「ああ、二回」
サイモンが真顔で頷く。
「しかも強かった」
ダイヤが軽く笑いながら言う。 「今思い出しても、普通に嫌」
珍しく、レオまで小さく頷いた。
「あの戦闘能力は異常だった」
その空気を切るように、 アストラの瞳が淡く光る。
『生命反応を確認』
一瞬で全員の空気が変わる。
「数は?」
レオが即座に聞く。
『二体』
一拍。
『高速接近中』
アストラが出したホログラムに、二つの光点が表示される。
かなり速い。
結依が目を見開く。 「速っ!?」
サイモンが眉を寄せる。
「黒いやつか?」
アストラが淡々と答える。
『不明です』
一拍。
『ただし移動速度から推定するに、生身ではありません』
ダイヤが口元を歪める。
「乗り物だね」
レオが静かに言う。
「車か、バイクか」
ルビィの表情が緊張で固くなる。
「この惑星に、まだそんな文明が……」
ダイヤが少し笑う。
「迎えに来た?」
ルビィは警戒を崩さない。
「まだ敵対か友好かもわかりません」
サイモンが窓の外を見る。
「でも、こっちに真っ直ぐ向かってきてるな」
レオが静かに言う。
「隠れる気はないらしい」
アストラが続ける。
『着陸予定地点まで残り一分』
機体がゆっくりと傾く。
窓の外。
崩壊した港湾都市が近づいてくる。割れた道路。沈んだコンテナ。朽ちた巨大船。
だが、その奥に広がる海は、やはり美しかった。青白い発光が波間に揺れている。
まるで、この惑星がまだ死にきれていないように。
ダイヤが静かに呟く。
「……やっぱ、この惑星好きだな」
「理解できない感性してますよ」 結依が即答した。
そのとき。
機内へ、低い警告音が響いた。
『着陸シークエンス開始』
ルミナス号が減速する。
港湾跡地。
前回と同じエリア。
巨大な黒い機械構造物の近くへ、ゆっくりと機体が降下していく。
ダイヤが目を細めた。
「あそこだね」
サイモンも視線を向ける。
「間違いねぇ」
レオは静かに周囲を観察する。
そして。
ルミナス号が、静かに着陸した。
低い振動。
機体が停止する。
その――直後だった。
――ウォォォォォン……
惑星全体を震わせるような、巨大なサイレン。
空気が変わる。
ルビィが反射的に窓を見る。 「え?」
空が。急速に暗くなっていく。
ほんの数秒前まで存在していた恒星光が、黒い霧のような粒子に覆われ、消えていく。
昼が。一瞬で、夜へ変わる。
結依の顔が青ざめた。
「うそでしょ……」
アストラが即座に解析を始める。
『上空にナノマシン群を確認』
『恒星光遮断を開始』
窓の外が、完全な黒へ沈んでいく。
そして海だけが、青白く発光していた。
サイモンが小さく舌打ちする。 「……最悪のタイミングだな」
ダイヤも苦笑する。
「夜スタートだね……」
レオは静かに周囲を見る。
「嫌な記憶しかない」
前回。夜の直後に現れた、異形の群れ。
虫。 獣。 海の怪物。
この惑星の“本当の地獄”は、夜から始まる。
そのとき。
『外部接近反応』
アストラの声。
モニターに映る。
二つの高速反応が、すぐ近くまで来ていた。
そして――
ルミナス号のハッチが、ゆっくりと開き始める。
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