【第八章】 因果の果て ①
2026年3月20日に完結します。
おそらく、個人的な理由で、この小説の公開は2026年4月1日から一時的に非公開にします。
【第八章】 因果の果て
☆50年……
◆ルミナール艦内・メインラウンジ
――ジュラシックアース宙域、ルミナス号停泊中
透明なスクリーンの向こうに、ジュラシックアースの軌道を回るルミナス号が静かに浮かんでいる。
その姿を見つめたまま、ダイヤが口を開いた。
「……まずさ」
ゆっくりと、しかし逃げ道を塞ぐような声だった。
「ルミナス号に向かってくれるかな」
そして、深く深呼吸をした。
「あの船を目の前にして、話さないままってのは……もう無理だと思う」
ルビィは一瞬だけ視線を伏せ、それから小さく頷く。
「うん。私も……そろそろだと思ってた」
ダイヤ、レオ、サイモン、ルビィ、結依、アストラ。
6人が揃うのは久しぶりだったが、空気は軽くない。
足元で、白い毛玉が小さく動いた。
「きゅ」フェザーだった。
丸い体を揺らして、ルビィの靴先に寄り添う。
ルビィは一瞬だけ視線を落とし、
そっと微笑んでから、何事もなかったように顔を上げた。
椅子に腰を下ろしたレオが、先に整理するように言った。
「じゃあ確認しよう。俺とサイモンは――この50年のズレを、相対論的効果による時間の遅れだと考えている」
サイモンが頷く。
「ワープと高速航行の組み合わせで、50年経っていた……理屈としては成立する」
結依は視線をルビィに向けた。 「ルミナール側も、同じ認識なんだよね?」
ルビィは少しだけ間を置いてから答える。
「うん。私たち――
ルビィ、結依、アストラは、ルミナス号が相対性理論の影響で50年のズレを起こした可能性が高いと考えています」
相対性理論。
光に近い速度で動けば、時間は遅れる。
強い重力のそばでも、同じように。
――だからこそ。
自分たちにとっては短い時間でも、外の世界では、何十年も過ぎていることがある。
その言い方に、ダイヤの眉がわずかに動いた。
「……可能性、ね」
ダイヤは椅子から立ち上がり、スクリーンに映る2隻の船を見比べた。
「でも、私は違う考えだよ」
全員の視線が集まる。
「ルミナス式ワープと、ルミナール式ワープは、構造がまったく違った」
ダイヤの声は静かだが、確信に満ちていた。
「私たちが使ってたのは、旧式ワープ。時間を“歪めて、引っ張るように進む”方式」
一呼吸置く。
「50年のズレは、旧式ワープの副作用――ワープ事故だと考えている」
サイモンが目を見開く。
「つまり……」
ダイヤははっきり言った。
「私たちは、意図せず“過去から未来に放り出された”」
一瞬、誰も言葉を挟めなかった。
「相対性理論だけじゃ、説明しきれない」
ルビィは、その言葉を否定しなかった。
ただ――ほんの少しだけ、声を落として言う。
「……50年です」
短い言葉のあとに、わずかな沈黙が落ちる。
「私たちは……最初に、ルミナスクルーの3人に、すべてを話すことができませんでした」
結依が、その言葉を引き取るように続ける。
「歴史のズレ、医療技術、科学水準……50年分の情報は、もう開示している。でも――“核心”だけは……」
言葉が、そこで途切れた。
レオが目を伏せる。
「自然と避けてた、か」
「うん」
ルビィは、静かに認めた。
「惑星移住、ゲート建設、ジュラシックアースの陣地確保……やることが多すぎて、話せない理由はいくらでもあった」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
重たい沈黙が、ゆっくりと場に降りていく。
やがてサイモンが、ぽつりと言った。
「正直に言う」 視線は床。
「俺、この未来が……怖いんだ」
誰も笑わない。
「50年後に来たってことはさ」 サイモンは苦笑する。
「リトス銀河では……俺たち、もう“行方不明の3人”なんだろ?」
ダイヤは何も言わない。
サイモンは続ける。
「俺は戻りたくない。現実を受け入れられるまで、このまま探索を続けたい」
レオが顔を上げる。
「俺は逆だ」
「リトス銀河の状況を把握したい。50年分の政治、科学、戦争……全部この目で確認したい」
ルビィは即座に頷いた。
「私も帰りたい」
言葉に迷いはない。
「救援信号で3人を無事に保護した以上、本部の判断を仰ぐ義務がある」
結依が口を挟む。
「でもさ」 少しだけ、現実的な口調。
「残り2つの惑星探索、終わらせてからでも遅くないと思う」
「帰ったら、もう簡単に探索には出られないよ?」
ダイヤはゆっくりと考えを口にした。
「私は……」
一度、スクリーンの星々を見る。
「私も、あと2つの惑星を探索してから帰りたい」
そして静かに言う。
「50年のズレが起きた理由も、
未来で何が待ってるのかも……
まだ、全部は見えてないけど」
最後に、アストラが淡々と告げる。
『5名の意見を整理します』
『選択肢は3つです』
『1、即座に元のリトス銀河へ帰還』
『2、残り2つ惑星を探索後、リトス銀河へ帰還』
『3、探索と帰還へ行動を2つに分ける』
そして、ほんの少しだけ“人間らしく”続けた。
『合理性だけで言えば、結論は出ません』
静かな声。
『これは……誰を、何を、優先するかの問題です』
5人の間に、再び沈黙が落ちる。
その沈黙は、逃避ではなく――
選択の前触れだった。
☆決断
◆ジュラシックアース宙域
巨大な惑星を背に、ルミナール号はゆっくりと減速し、ルミナス号の隣へと滑り込むように宙停した。
2隻の船は、ほぼ並走する形で静止する。長い時間を隔ててきた2つの船。その距離は、今はわずか数百メートルしかない。
ルミナール号のブリッジに集まった6人の間に、短い沈黙が落ちていた。
「……正直に言うわ」
口を開いたのは結依だった。
「ここまで来て、あと2つ残ってる惑星を調べずに帰るのは、やっぱりもったいない」
ダイヤは、低くうなずく。
「うん、少なくとも、あと2つの惑星を探索してからでも遅くはない。私もそう思う」
それに対して、レオは首を横に振った。
「リトス銀河に帰還するべき、78のデータで空白の50年は把握はしているが、実際に戻る事が優先と考える」
サイモンは視線を落としたまま、静かに言った。
「……50年未来に来たって事実を、まだ受け止めきれてない。向こうに戻れば、全部突きつけられる」
その言葉に、場の空気がさらに重くなり、結論に至らない。
しばらく黙って聞いていたルビィが発言した。
「ひとつ、はっきりさせます」
全員の視線が、ルビィに集まる。
「探索を続けるにしても、リトス銀河に戻るにしても、別行動はしません。6人一緒です」
きっぱりとした声だった。
「“救援された”3人――あなたたちは、救助された時点で、私の指揮下です」
一瞬の間。
「私は、この船――
ルミナール号の船長です」
フェザーが、ぴたりと動きを止めた。そして、まるで理解したかのように、ルビィの足元でちょこんと座った。
その言葉に、異論を挟む者はいなかった。
ダイヤが、静かに問いかける。
「それで……ルビィ船長は、どちらを選ぶ?」
ルビィは少しだけ目を伏せ、そして顔を上げた。
「私は、2人のルミナールのクルーの結依とアストラを信頼しています」
ルビィは結依を見る。
「結依は、探索を続けたい」
そして、ルミナス号の3人を見る。
「私は……リトス銀河に帰りたい。本部の判断を聞く義務がある……でも何より、母サファイアにおばあちゃんを会わせたい」
小さく息を吸う。
「意見は割れました。だから、3人目の意見で決めます」
ルビィは、最後にアストラを見た。
「アストラ。あなたは、どうするべきだと思いますか?」
アストラは、少しの間だけ沈黙した。演算中のように、視線がわずかに揺れる。
『私の結論を述べます』
淡々とした、感情を排した声。
『この状況において、最優先すべきは不確定要素の解消です』
5人を見る。
『50年の時間差は、単なる理論問題ではありません』
『社会構造、勢力図、技術倫理――いずれも、未知のまま行動を続けるリスクが高すぎます』
一拍、置く。
『予定していた2つの未探索惑星は、待てます。しかし、私たちの不確定要素の解消の方が急務と判断します』
アストラは、ルビィを見た。
『よって、最適解は――
リトス銀河の宇宙ステーションへ帰還することです』
そして、少しだけ人間らしい間を空けて、付け加える。
『……船長の判断と一致しています』
静寂。
やがてルビィが、深くうなずいた。
「決まりですね」
ルビィは前を向く。
「ルミナール号、進路をリトス銀河へ。ルミナス号と連携し、帰還準備に入ります」
6人は、それぞれの思いを抱えながらも、同じ方向を見た。
――50年の空白と向き合うために。物語は、次の段階へ進み始めていた。
☆ふたりの子供
アデーロス第三銀河から、リトス銀河へ。
ダイヤはルナストン市で、ルミナール式ワープの制御理論をルミナス号に組み込んでいた。
ワープをする為に、2隻は連結を解除する。
ダイヤだけがルミナス号へ戻り、
単艦でワープを敢行した。
光が引き裂かれ、空間の感覚が一瞬、失われる。
次の瞬間。
そこは、見慣れた星配置。
リトス銀河。
ほどなくして、ルミナール号と再合流し、2隻は静かに連結された。
◆ルミナール艦内・メインラウンジ
エアロックが開き、ダイヤが戻ってくる。
「ただいま」
それだけだった。
ルビィは小さく息を吐く。
「……おかえりなさい」
結依は笑顔で話しかけた。
「無事でよかった。単体ワープとか、正直ヒヤヒヤでしたよ」
ダイヤは軽く笑った。
「私もヒヤヒヤだった」
その足元で、白い毛玉がころりと転がった。
「きゅ」フェザーは体を揺らしながら、ダイヤのブーツに頭をこすりつけた。
「おっと」
ダイヤはしゃがみ込み、軽く抱き上げる。
「お前も心配してくれたの?」
フェザーは返事の代わりに、満足そうに鳴いた。
そのとき、アストラが淡々と報告する。
『リトス銀河座標、完全一致。通信帯域、回復を確認しました』
ルビィが頷く。
「じゃあ…」
「本部に帰還連絡を入れます。 こちらルミナール号、応答……」
そのとき、ダイヤの腕の中でフェザーがぴくりと耳を動かした。
「……?」
小さく鳴き、落ち着きなく身をよじる。まるで、何かを感じ取ったかのように。
その瞬間――警告音がピピピッと鳴った。
艦内に鋭い電子音が響き渡る。
結依が反射的に声を上げる。
「ちょ、何!?敵!?」
レオが身構える。
「重力異常か?」
アストラの声が、すべてを制した。
『違います』警告音が止まる。
アストラは、ゆっくりと顔を上げた。
『これは……私自身に対する、最優先レベルの内部警告です』
一同が凍りつく。
『未開封データの解凍条件が、今、満たされました』
ダイヤが眉をひそめる。
「未開封……?」
アストラは続ける。
『出航前、オリオン博士よりインストールされた超極秘データです』
『開封条件はひとつ。 ルミナール号が、アデーロス第三銀河からリトス銀河へ帰還した時』
沈黙。
ルビィが、喉を鳴らす。
「……内容は?」
アストラは、答えた。
『第一項。ルミナール号には、
タイムマシーン機能が存在します』
空気が、完全に止まった。
『設計者は、サファイア博士。この機能は、正式な設計図には一切記載されていません』
結依が声を失う。
「……は?」
『第二項』
アストラの声は、変わらない。
『ルミナール号は、アデーロス第三銀河への最初のワープ時、タイムマシーン機能が自動起動するよう設定されていました』
レオが低く呟く。
「……自動?」
「タイムマシーンは再突入時に、衝撃があるだろう。気が付かなかったのか?」
ルビィ「あっ……確かに、かなりの衝撃が……」
結依「第三型のワープは、私は初めてだったので、そういうものだと……」
アストラ
『時間設定は、50年前』
その数字に、全員が息を呑む。
『正確には。ルミナス号が出航した30日後』
ダイヤが、一歩後ずさる。
「……待って…」
レオが、低く言った。
「何が目的だ?」
アストラは、さらに続けた。
『目的は明確です。50年前、行方不明となり、死亡認定となった3名を救出すること』
『作戦名、タイムジャンプ・レスキューミッション』
視線が、ルミナス号の3人へ向く。
『オリオン博士の父――レオ・ミラノ』レオの目が見開かれる。
『サファイア博士の母――ダイヤ・デズモンド』ダイヤは、言葉を失った。
『そして――』アストラは、最後の事実を告げる。
『サファイア博士は、ダイヤの細胞から生成された人工子宮により誕生しました』
『父親の遺伝情報は――』
『レオ・ミラノ』
完全な沈黙。
沈黙の中で、フェザーが「きゅ」と小さく鳴いた。
誰も反応できなかったが、フェザーの声だけが響く。
『つまり、サファイア博士は、ダイヤさんとレオさんの娘です』
ルビィの呼吸が、止まる。
『加えて、オリオン博士とサファイア博士は、兄妹になります』
結依が、かすれた声で言う。
「……じゃあ」
アストラは、更にもう1つの事実を告げた。
『清水結依さん。あなたの母方の祖父は、サイモン・マクレーンさんです』
サイモンが、椅子に手をつく。
「え?……俺が?」
『記録上、間違いありません』
アストラは、全員を見渡した。
『結論を述べます。ルミナール号のクルーの人選は、偶然ではありません』
『レオとダイヤの孫――ルビィ』
『サイモンの孫――結依』
『レオの息子オリオン博士により設計された私、アンドロイド――アストラ』
『レオとダイヤの娘――サファイアにより作られたルミナール号』
『すべては、ルミナス号を救うために、計画されました』
理解が、追いつかない。
ルビィが、震える声で言った。
「じゃあ、私たちは……」
アストラは、静かに答えた。
『はい、ルミナス号が未来に来たのではありません』
『ルミナール号が、50年前の過去へ来たのです』
世界が、反転する。
誰も、言葉を発せなかった。
ルビィは、無意識に胸元のエンブレムを握っていた。
艦内には、まだ先ほどの告白の余韻が残っていた。
誰も、すぐには次の言葉を選べずにいる。
その沈黙を破ったのは、サイモンだった。
「……じゃあさ」 ゆっくりと顔を上げる。
「この時代の宇宙ステーションに、俺たちは帰っていいのか?」
問いは静かだったが、必死だった。
アストラは即答した。
『いいえ。できません』
サイモンの肩が、わずかに落ちる。
『オリオン博士の指示は明確です』アストラは淡々と続ける。
『ルミナス号の3名を無事に救出していた場合、ルミナール号のワープ制御部には“裏側に隠された操作区画”が存在します』
結依が目を丸くする。
「隠し……ドア?」
『はい、そこで、タイムマシーン機能を操作できます』
一拍。
『行き先の時代は、 ルミナール号が出航した2カ月後に設定されています』『3名を伴い、今から50年後の未来の時代へ戻るよう指示されています』
ルビィが、眉を寄せる。
「……この時代に3人を戻すのは?」
『不可です』アストラの声は冷たいほど正確だった。
『行方不明、ならびに死亡推定となっている3名を、 この時代の宇宙ステーションへ帰還させた場合、歴史改変が発生します』
『それは、タイムパラドックス条約違反です、 重罪に該当します』
ルビィが、小さく息を吸う。
「……許可なくタイムマシーンを使ってる時点でも、重罪だよね?」
『はい』
アストラは否定しなかった。
ダイヤは呆れ顔で言った。
「オリオンもサファイアも条約違反は気にしないってことね」
レオが、低く舌打ちする。
「……オリオンのやつ……」
そのとき。
もぞ、と小さな音がした。
ダイヤの足元から、ふわふわした毛玉が顔を出す。
「……きゅ?」状況など知る由もなく、ダイヤのブーツに体をこすりつける。
ダイヤは一瞬きょとんとしてから、思わず笑った。
「……ああ、フェザー」しゃがみ込み、やさしく撫でる。
「この空気、さすがに重すぎたよね」
張りつめていた空気が、ほんの少しだけ緩む。
アストラは話を戻した。
『続けます』
フェザーがダイヤの腕の中で丸くなるのを横目に、言葉を継ぐ。
『オリオン博士のデータによれば、ルミナス号は出航から三ヶ月後、信号が完全に途絶えています』
サイモンが息を呑む。
『なお、本部との通信には長距離量子リンク通信――通称リンクが使用されていました。リンクには約1ヶ月の遅延が発生しますが、最後の通信も記録として残されています』
アストラは淡々と続ける。
『当時は原因不明。しかし現在の知見では、惑星アークス周辺に存在した、あの恒星の影響で信号が遮断された可能性が高いです』
一拍の間。
『つまり、リンク通信・船体信号ともに、同時期に遮断されたと考えられます』
『そして3年間、行方不明。その後、死亡認定』
静かな声が、現実を突きつける。
『オリオン博士は成人後、無人探索機によりアデーロス第三銀河を調査しました』
『そこで、第三銀河の恒星が爆発した痕跡を発見し、爆発時期や影響など調査しました』
結依が、かすれた声で言う。
「じゃあ……」
「博士の仮説では」 アストラは続ける。
『ルミナス号の3名は、 信号が途絶えた後も、約3ヶ月から6ヶ月は生存していた』
ダイヤの表情が、わずかに曇る。
『そして、恒星爆発に巻き込まれ、死亡したと結論づけています』
沈黙。
『つまり、恒星が爆発する前に救出することが、2人の博士の目的でした』
フェザーが、くい、とダイヤの顎をつつく。 ダイヤは苦笑し、ぽんぽんと背中を叩いた。
「……なるほどね」
そして、ふっと表情を変える。 まるで、この重苦しさを吹き飛ばすように。
「完全にやられたねぇ、レオくん」
笑いながら、レオの肩をぽんと叩く。
「私たちの子供は2人そろって、用意周到すぎるよ」
レオは苦い顔のまま、何も言わない。
ダイヤは続ける。
「つまりさ」
「私たち3人は、この時代で生き続けることはできない」
一同を見る。
「でも」
「ルビィたちの時代――50年後なら、話は別ってことだね」
「そこでは、私たちが生きてても歴史の改変にはならない」
「もう50年前に死んでるわけだから、新しいID用意してもらわないとね」
ダイヤはニコッと笑う。
「いいじゃん、それで」
サイモンを見る。
「ゴリにぃもさ、50年先の未来に行っても、すぐ慣れるよ」
サイモンは苦笑いした。
「そう簡単に言うな……」
ダイヤは、少しだけ声を落とす。 「でもね、オリオンやサファイアの気持ちは、わかるよ」
フェザーを胸に抱いたまま、静かに言う。
「助けたいって気持ち。それだけで、時代を越える理由になる」
その言葉に、レオは黙った。
深く息を吸い、静かに口を開く。
「……俺」
視線を床に落とす。
「未来に行く前に……」
「この時代に、どうしても助けたい人がいる」
フェザーが、小さく鳴いた。その声が合図のように、物語は次の選択へと進み始めていく。
☆ミラノ家暗殺の真実
レオは、指先が、わずかに震えている。
静かな声ではっきりと言った。
「みんな、手を貸してくれないか?」
全員の視線が集まる中、レオは顔を上げる。
「俺の妻、アクア・ミラノ」
一拍。
その名に、ルビィが息を呑んだ。
「オリオン博士の……お母さん」
レオは小さくうなずく。
「ルミナス号が出航して、約11ヶ月後」レオは淡々と、だが噛みしめるように続ける。
「アクアは……射撃による暗殺で亡くなっている」
胸の奥に沈めてきた事実だった。
「俺は78の記録で知った。50年も前の出来事だ。過去は変えられない……そう思って、受け入れるしかなかった」
そこで、言葉を区切る。
「でも、今は違う」
はっきりと前を見る。
「俺たちは――まだ、その“前”にいる」
「助けたい」
沈黙。
その時、サイモンが思い出したように口を開いた。
「……なあ」
視線を泳がせながら。
「ルミナス号、設計したの…アクアさんだったよな?」
レオが頷く。
サイモンは遠い記憶を手繰るように言う。
「出航のカウントダウンの時さ、通信で声かけてきたの……あれも、アクアさんだった?」
一瞬、場の空気が柔らぐ。
「……そうだ」
レオは小さく笑った。
「最後に聞いた声だ」
その空気を、静かに切ったのはアストラだった。
『補足します』
全員がアストラを見る。
『アクア・ミラノ暗殺事件』
淡々とした声。
『発生日時――L.C.428年7月19日、午後14時20分』
一拍。
『現在時点から、28日後です』
数字が、現実として落ちてくる。
『犯行に関与した組織は、L.C.431年1月29日に摘発されることになります』
『原因は、アリエス・ミラノ博士への2度目の暗殺未遂が、逮捕の決定打となりました』
『ただし』
アストラは続ける。
『アクア暗殺の“実行犯”は、特定されていません』
ホログラムに、事件の一覧が浮かぶ。
《暗殺・アクア・ミラノ》
《暗殺未遂・アリエス・ミラノ》
《暗殺未遂・バルゴ・ミラノ》
《暗殺未遂・リブラ・ミラノ》
《暗殺未遂・アリエス・ミラノ》
『アクアさん以外の3人は、すべて失敗、警戒の強化もありますが――』
一拍置いて。
『使用された射撃技術が、異なります』
結依の眉が、わずかに動く。
『アクア暗殺時の手口は、“二射撃ち”』
『極めて短時間――零点数秒以内に2発。命中部位は、頭部と胸部』
沈黙。
『確実に仕留めるための、プロの技術で、“零間二射” と言われている修得困難な技術と言われています』
その言葉を聞いた瞬間だった。
結依の表情が、凍りついたように止まる。
「……零間二射?……」喉が、かすれる。
「それ……」視線が、無意識に自分の手を見る。
「私……知ってる」
全員が結依を見る。
「その撃ち方…零間二射…」
声が、わずかに震える。
「私、父から教わった」
「もしかしたら、私の父が…」
空気が、更に重くなる。
即座に、アストラが言った。
『否定します』きっぱりと。
『結依さんの父親が関与する可能性はありえません』
結依が顔を上げる。
『時間軸が一致しない』
『我々の時代から50年前の現在、結依さんの父親はまだ誕生していません』
少しだけ、間を置いて。
『しかし、同一系統の射撃技術が使われた可能性は高いです』
結依は、ゆっくり息を吐いた。
「じゃあ、父が学んだ“元”が……?」
アストラは頷く。
『そのスキルを持つスナイパー、
もしくは同じ系譜の訓練を受けた人物が、アクア暗殺の実行犯である可能性があります』
静まり返る艦内。
レオは、拳を握り、低く言う。
「止めたい。助けたい」
その足元で、フェザーが小さく鳴いた。「きゅ」
まるで、決意に応えるように。
物語は、避けられない“1ヶ月後”へ向かって、動き出した。
艦内の照明が、わずかに落とされた。アストラの前に、複数のホログラムが展開される。
『犯罪組織について説明します』
淡々とした声が、場を引き締める。
『黒幕は、カストル・ヘルナンデスを中心とした政治・軍需・研究を横断する非合法ネットワークです』
『表向きは、治安維持と技術管理を掲げた団体、しかし実態は――』
一拍。
『“特定の技術が、一部の家系に集中すること”を危険視し、排除してきた組織です』
レオが、低く言った。
「……ミラノ家、か」
『はい』アストラは頷く。
『ミラノ家は、科学・医療・政治の3分野で影響力を持つ“例外的存在”』
ホログラムに、系譜図が映る。
《バルゴ・ミラノ・政界――レオの父》
⦿国家間統合条約の立案者
⦿宇宙資源管理機構の創設者
⦿地球・月・軌道都市をつなぐ“統治構想”を設計
※宇宙利権を整理しすぎたため敵も多い
《リブラ・ミラノ・医療界――レオの母》
⦿再生医療革命の中心人物
⦿臓器再生ナノ医療の開発者
⦿宇宙適応型人体改良理論の提唱者
⦿遺伝子倫理法の起草者
《アリエス・ミラノ・研究者――レオの妹》
⦿自律進化型AI理論の確立者
⦿人工意識の境界定義を証明
⦿宇宙エネルギー転換技術の確立
⦿無人艦隊の統合指揮 ・数秒で戦況予測 ・人間の判断を超える戦略AIの発明者
《アクア・ミラノ・研究者――レオの妻》
⦿ワープ理論の実証者
⦿重力波推進エンジンの実用化
⦿弾道ミサイルを空中停止発明
⦿重力偏向で爆発を無効化の発案者
結依が小さく息を吸う。 「……レオさんの家系も、みんな天才だね。そして、全て未来に直結する分野」
『その通りです』
アストラは続ける。
『アクア・ミラノは、暗殺直前』
表示が切り替わる。
《重力と慣性を制御する“慣性制御フィールド” を完成》
『この技術は、本来は宇宙航行を飛躍的に進化させるためのものだったが、同時にあらゆる兵器の運動エネルギーを無効化できる“絶対防衛技術”でした』
『それはあらゆる兵器の意味を失わせ、コロニー国家間の軍事バランスを根底から覆す力を持っていた。そして彼女は、その技術を全コロニーに向けて、発表を行う予定だった』
ルビィが目を細める。
「……技術の独占も、兵器転用も、できなくなる」
『はい、組織にとって、最も都合の悪い発表です』
レオの拳が、強く握られる。
「だから、最初に狙われた」
『はい』
アストラは静かに言った。
『アクア暗殺は、警告であり、始まりでした』
沈黙。
やがて、結依が声を上げる。 「じゃあ、止めるなら?」
『3点です』
アストラが即答する。
『1、アクア暗殺を阻止する』
『2、実行犯を確保する』
『3、カストル・ヘルナンデスの組織を摘発、または壊滅させる』
ダイヤが、ニコッと笑う。
「やること、はっきりしてて良いね」
アストラは視線を結依に向けた。
『次に、射撃技術についてです』
結依の背筋が伸びる。
《結依の父、清水獠》
名前が、静かに表示される。
『年齢は、50年後の未来では44歳です、現在はまだ産まれていません』そして経歴がホログラムに出る。
《警察、軍、コロニー防衛軍を歴任》
《射撃・戦術・対テロのエキスパート》
サイモンが小さく口笛を吹いた。 「結依ちゃんの父親も超エリートだな」
『彼が習得した“零間二射” 技術』
『その訓練系譜に該当する人物を、7名抽出しました』
7つのシルエット。
『年齢、活動年代、50年後の経歴を照合し――』
2つだけが、残る。
『この2名に絞られます、50年後のデータです』
《1人目――元・軌道軍狙撃教官、現在、消息不明、78歳》
《2人目――民間軍事企業所属のフリーランス狙撃手。裏社会との接点あり、80歳』
結依が、静かに言った。
「じゃあ、今は28歳と30歳だね。ふたりのどっちかが……」
『はい、アクア暗殺の実行犯である可能性が高い』
アストラは断言した。
全員が、同じ方向――前を見ているのに、視線だけがわずかに揺れている。
その沈黙を、破ったのはルビィだった。
ほんの少しだけ息を吸い、迷いを押し込めるように。
「アクアさんを助けるには、中から協力してくれる人が必要ね」
視線が、アストラに集まる。
『この時代で協力してくれる可能性が高いのは、アリエス・ミラノ博士です』『そして、狙われてるアクア・ミラノさんにも事実を伝えるのが合理的です』
ルビィは、はっきり言った。
「まずは、宇宙ステーションへ行こう」
「彼女たちに会って、全部話す」
一拍。
「行き先は――アクア第一宇宙ステーション」
結依が一瞬きょとんとした。
「アクア……?」
それから、はっとしてレオを見る。
「え、ちょっと待って、その“アクア”って……」
レオは少し首を傾げた。
「……どういう意味だ?」
サイモンが横から口を挟む。
「何をだ?」
アストラが静かに説明した。
『アクア・ミラノ博士は、暗殺後――多くのコロニーで平和の象徴として扱われています』
ホログラムに都市の映像が映る。
『そのため、各地に彼女の名を冠した施設が存在します』
表示が切り替わる。
《アクア第一宇宙ステーション》
《アクア中央コロニー広場》
《アクア記念研究区》
《アクア平和ドーム》
アストラは続ける。
『特に、アクア中央コロニー広場には――』
ホログラムがさらに切り替わる。
広場の中央に立つ、大きな像。
『平和の象徴として、アクア・ミラノ博士の像が建てられています』
沈黙。
レオが、ゆっくり瞬きをした。
「……像?」
サイモンが思わず吹き出す。
「おいおい、レオの奥さん、完全に歴史人物じゃねぇか」
レオはまだ状況を飲み込めていない。
「……そんなことになってるのか」
結依は驚いたまま呟いた。
「レオさんの奥さん……そんなに有名な人だったんだ……」
ルビィが静かに言う。
「うん。50年後の世界では――」
「アクア・ミラノは、平和を象徴する人物として語られてる」
一拍。
ルビィは、まっすぐレオを見た。
「でも――」
一拍。
「その人が、あと28日で暗殺される」
艦内の空気が、静かに凍りついた。
誰も、すぐには言葉を出せない。
やがてルビィが、その沈黙を断ち切るように言った。
「……第一宇宙ステーションへ向かいます」
その声は、もう迷っていなかった。
ルビィは前を見据える。
6人と1匹は、同じ方向を見た。
ついに8章がスタートです。
楽しんでもらえると嬉しです。
新たなミッションは、オリオンとサファイア、タウロスが秘密裏に企てた、ルミナール号クルーにすら、説明されなかった極秘ファイル。




