☆帰還通信
――L.C.四七八年一二月七日一三時四八分
◆アクア・ワン-〇八-管制室
アクアとオリオンの再会で、管制室はまだ騒然としていた。
そのときだった。
通信ランプが、静かに点滅した。
一瞬、誰も動けなかった。
アクアが息を呑む。
タウロスも、息を止める。
サファイアは、信じられないものを見るように、そのランプを見つめていた。
オリオンの手が震え――つい力が入ってしまい、首チョンパ人形の首が飛んだ。
オリオンが間の抜けた声を漏らす。
「あっ……首チョンパ」
それを見て、アリエスの口元がニヤリと笑った。
タウロスも思わず苦笑する。
「兄さん……こんな時に」
そして――
タウロスが通信を開いた。
『……こちら、ルミナール号』
管制室の空気が凍りついた。
その声は、少女の声だった。
『アクア第一宇宙ステーション、応答願います』
サファイアの指が震えている。
それでも彼女は、ゆっくりとした口調で応答する。
サファイアが息を整えながら告げる。
「……こちらアクア第一宇宙ステーション」
声が、わずかに揺れる。
「通信を確認しました。こちらサファイアです」
ほんのわずかな沈黙。
そして――
無線の向こうから、明るい声が弾けた。
『お母さん!!』
『ルミナール号、船長ルビィです!』
サファイアの目から、涙がこぼれ落ちた。
サファイアが震える声で問いかける。
「……ルビィ。本当に……あなたなの?」
一瞬の間。
そして、ルビィの声が、はっきりと響いた。
『はい』
『異銀河探索および過去へのタイムジャンプミッション、完了しました』
『ダイヤさん、レオさん、サイモンさん』
『三名の救助に成功しました』
その言葉が響いた瞬間――
アクアの目から、涙があふれる。
サファイアがようやく言葉を絞り出す。
「……本当に……」
震える声。
「本当に……助けたのね」
『はい』
ルビィの声は、誇らしかった。
『これより三名を乗せ、アクア・ワンへ帰還します』
そのときだった。
後ろにいたオリオンが、一歩前へ出る。
オリオンが静かに無線へ向かう。
「……ルビィ船長」
「アストラは……無事か?」
ほんの一瞬の沈黙。
そして、別の声が入る。
『オリオン博士』
それは機械の声。
だが、どこか懐かしい響きだった。
『私は無事です』
オリオンの表情が止まる。
「……アストラ」
そして――
低く、落ち着いた声が響いた。
『……こちらレオだ』
管制室の空気が止まった。
その瞬間――
アクアが顔を上げる。
アリエスがゆっくり振り向く。
オリオンの体が震えた。
五〇年ぶりの声だった。
オリオンが涙を流しながら言う。
「父さん……お久しぶりです」
レオの声。
『オリオン、お前の作ったアンドロイドは凄いな』
『ORX-七八がいなければ、我々は全滅していたよ』
オリオンは涙で声が出ない。
サファイアが前に出る。
「……レオさん?」
無線の向こうで、わずかに笑う気配。
そして、レオが言う。
『サファイアか?』
さらに後ろから、女性の声。
『こちらダイヤ。サファイアは私の娘らしいね』
サファイアの呼吸が止まった。
教科書に載っている名前。
でも今――
その声が無線の向こうにいる。
自分の両親だ。
サファイアが一度息を吸う。
「……あの」
そして。
「ダイヤ……さん」
少しの沈黙。
ダイヤが優しく笑う気配。
『“さん”はいらないよ』
『一応、母親らしいからね』
サファイアの喉が詰まる。
小さく、しかし確かに言う。
「……はい」
「お母さん」
その横から、低い声。
『レオだ』
サファイアが息を止める。
「……お父さん」
『ああ』
レオが少し笑う。
『初めましてだな』
サファイアは涙をこらえながら言う。
「はい……」
「ずっと、会ってみたかったです」
少しの沈黙。
レオが静かに言った。
『俺たちもだ』
サファイアはもう、涙で声が出なかった。
ダイヤが続ける。
『ルビィを立派に育てたね』
『サファイアに会うの、楽しみにしてるよ』
その横で、アクアがゆっくり無線に近づく。
手が、わずかに震えていた。
アクアが静かに呼ぶ。
「……レオ」
無線の向こうで、静かな沈黙。
そして――
『アクア……』
その声を聞いた瞬間、
アクアの視界が涙で滲んだ。
五〇年――
ずっと待っていた声だった。
『待たせたな』
アクアは首を横に振る。
涙が止まらない。
そして、小さく笑う。
「いいえ……」
「思ったより早かったわ」
管制室の何人かが、思わず笑う。
アクアが続ける。
「五〇年くらい、どうってことないわ」
レオが少し笑う気配。
『相変わらずだな』
アクアが静かに返す。
「ええ」
そして――
「だって」
アクアは微笑む。
「あなたは帰ってくる人だもの」
短い沈黙。
レオが低い声で言った。
『……信じてたのか』
アクアは迷いなく答える。
「ええ」
「ずっと」
その横で、アリエスが腕を組む。一度息を整え、自然な調子で口を開く。
「兄さん」
短い沈黙。
『アリエス』
『まだ……生きてたか』
アリエスが呆れた顔で涙を拭きながら笑う。
「妹と五〇年ぶりの会話の最初の言葉がそれ?」
レオが少し困ったように言う。
『いや……』
『てっきり、途中で俺たちを追いかけてタイムジャンプしてくるかと思ってた』
アリエスがニヤリと笑う。
「行こうと思ったけどね」
「こっちは忙しかったのよ」
「三人の子供育てたり」
「宇宙ステーションでの仕事も増えたし。まぁ、アクアが陰ながら仕事のサポートしてくれてたけど」
「あと、兄さんの帰り待ったり」
少し間を置いて。
「五〇年くらい」
管制室に小さな笑いが広がる。
レオが苦笑する気配。
『……悪かったな』
アリエスがすぐに返す。
「ほんとよ」
そして、少しだけ声が柔らかくなる。
「でも――」
「ちゃんと帰ってきたから」
「許してあげる」
「言っとくけど、私もアクアもお婆ちゃんだからね」
レオが笑いながら言う。
「年齢は関係ない、また二人に会えるの嬉しいよ」
タウロスがゆっくり無線の前に出る。
少しだけ言葉を探し――
「……レオさん」
そして。
「叔父さん」
管制室の何人かが笑う。
タウロスが続ける。
「あなたの話は、子供の頃から聞いていました」
タウロスは息を整え。
「宇宙を切り開いた人だって」
そして静かに言う。
「お話できて光栄です」
無線の向こうで、レオが少し笑う気配。
『そんな大層なもんじゃない』
少し間。
『でも』
『甥っ子が司令官になったってのは、悪くない気分だな』
タウロスが応じる。
「ありがとうございます」
そして――
タウロスが声のトーンを落とし、司令官として告げる。
「ルミナール号」
『はい』
「帰還ゲートを開放する」
その声は静かだった。
だが、確かに震えていた。
「ゲートナンバー……」
少し息を整える。
「〇八」
そして少し間を置き言う。
「帰ってこい!」
その言葉に、無線の向こうで一瞬の静寂が生まれる。
そして――
ルビィの声。
『了解』
『ルミナール号、これよりアクア・ワン、アクア第一宇宙ステーションへ帰還します』
『全員で!』
サファイアが、最後に無線へ向かって言った。
「ルビィ」
『はい』
涙を拭きながら、笑う。
「……おかえり」
少しの沈黙。
そして、明るい声。
『ただいま』
そして、通信が静かに切れた。
管制室の全員が、宇宙を見つめていた。
ルミナール号が帰ってくる宇宙を。
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