☆帰還の刻
――時間は少し戻る
L.C.四七八年一二月七日一三時
◆アクア・ワン-〇八-管制室
通常なら多くの船が出入りする発着ゲート。だが今日は静まり返っている。
警備ドローンだけが巡回し、管制室の巨大な窓の向こうには、静かな星の海が広がっている。
管制室には、一人の男が立っている。胸の制服には――最高司令官の章。
タウロス・ミラノ・ゴールドバーグ(五一)は腕を組み、その場に佇んでいた。
この第〇八区画は――
タウロスの命令で封鎖されていた。
その隣で端末を操作している女性は、サファイア・ミラノ・デズモンド博士(四一)だ。
タウロスが視線を窓の外へ向けたまま、低くこぼす。
「母上は、何も理由を言わなかったな」
サファイアは端末から目を離さずに応じる。
「アリエスさんが理由を言わない時は……」
一拍。
サファイアが静かに言葉を落とす。
「聞かない方がいい時です」
タウロスの口元がわずかに緩む。
「確かに……」
そのとき。
足音。
ドアが開き、一人の男が入ってくる。
オリオン・ミラノ博士(六一)だった。
白衣のポケットから、いつも通り人形の顔が覗いている。
タウロスが振り向き、軽く顎を引いた。
「兄さん、遅いですよ」
オリオンは首チョンパ人形を指で弄びながら、首をわずかに傾ける。
「研究所からここまで遠いんだ」
サファイアが柔らかく微笑む。
「三人で揃うの、半年ぶりですね」
タウロスも小さく頷く。
「確かに、前回はノア第七宇宙ステーションだったな」
オリオンが人形を握りながら言う。
「そうでしたね、ノア・セブン……あの時も〇八ゲートでしたね」
サファイアは相変わらず、端末から目を離さず言う。
「あの時は、船の出航の立ち会いでしたね」
三人は幼い頃からアリエスに育てられた。兄弟のような関係。
だが、それぞれ――
軍司令官
宇宙船開発者
AI開発者
という立場になり、同時に呼ばれることはほとんどない。
オリオンが周囲を見渡し、眉を寄せる。
「それで?」
「このゲート封鎖、何なんだ?」
タウロスが即座に答える。
「母上の命令だ」
「発着ゲートを一つ完全封鎖しろ、と」
オリオンが眉を上げる。
「理由は?」
タウロスはゆっくり首を横に振る。
「言われていない」
サファイアが画面を閉じ、静かに補足する。
「でも、この時間を指定されました」
そのとき。
背後の扉が、音を抑えてゆっくりと開いた。
三人が同時に振り向く。
入ってきたのは――
アリエス・ミラノ・ゴールドバーグ(七七)。しかし、七七歳には見えない若さだ。
タウロスが背筋を正し、声を落とす。
「母上!ご命令通り、このゲートは封鎖しました、母上はあまり、変わっていませんね」
アリエスは静かに頷いた。
「タウロス、ありがとう」
三人を順番に見つめる。
その視線に、わずかな懐かしさが混じる。
「三人揃うの、久しぶりね」
オリオンが苦笑混じりに返す。
「母さんが呼んだんじゃないか」
サファイアが一歩踏み出す。
「理由を教えていただけますか?」
アリエスは少しだけ間を置いた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「今日……あなたたちに会わせたい人がいるの」
三人が顔を見合わせる。
アリエスが振り向き、通路の奥へ声を向ける。
「来て」
足音が近づく。
ゆっくりと、一人の女性が姿を現す。
銀髪。
穏やかな表情。
背は高く、七〇代なのだろうが、若々しい感じに見える。
そして――
その瞳は、深い青だった。
オリオンの動きが止まる。
その顔を見た瞬間。
理屈ではなく、理解が先に来る。
オリオンの喉が震える。
「……」
女性が微笑む。
「久しぶりね」
「オリオン」
オリオンの目が大きく見開かれる。
「……母さん?」
サファイアが息を呑み、振り向く。
タウロスも言葉を失う。
オリオンの声がかすれる。
「そんな……母さんは……」
女性が静かに頷く。
「ええ」
「世間では、死んだことになって居ます」
アリエスがその横に立つ。
一拍。
「彼女は」
そして、はっきりと告げる。
「アクア・ミラノです。オリオン貴方の実の母親よ」
沈黙。
タウロスの口から、無意識に言葉が落ちる。
「アクア・ミラノ……?」
その名前は、五〇年前に暗殺されたはずの人物だった。
サファイアが息を止める。
オリオンの目に涙が浮かぶ。
「生きてたのですか……」
アクアが静かに頷く。
「ええ、ずっとね」
オリオンが一歩近づく。
「……どうして」
アクアはゆっくりと語り始める。
「五〇年前、私は暗殺される予定だった」
三人が息を呑む。
「そのことを」
「オリオン、あなたが作ったアストラが教えてくれたの」
オリオンの表情が揺れる。
「アストラが?……」
アクアは続ける。
「それで」
「レオとダイヤ、それからサイモン、ルミナール号の三人……」
「私たちみんなで暗殺阻止しに成功したの」
一拍。
声が静かに沈む。
「でも、そこで問題が起きた」
オリオンが低く呟く。
「……歴史ですね」
アクアが頷く。
「そう」
「私が生きていると、歴史が変わってしまう」
「だから私は」
小さく息を吐く。
「死んだことにした」
オリオンの目から涙が落ちる。
「……私は」
「母さんが死んだと思って」
アクアが優しく言葉を重ねる。
「知ってる、でも、アリエスの協力を得て」
「私は遠くから見ていた」
「あなたの成長を」
「研究者になったことも」
「全部」
オリオンが涙を拭う。
「……ひどいな」
アクアが穏やかに微笑む。
「ごめんね」
アリエスが静かに前へ出る。
「でもね」
三人を見る。
「その選択が、未来を守った」
少しの間。
そして続ける。
「あなたたち三人が秘密裏に計画した」
「タイムジャンプ・レスキューミッション」
オリオンとサファイアが顔を上げる。
アリエスの声は揺れない。
「成功しているわ」
タウロスが息を飲み込む。
「ダイヤも」
「レオも」
「サイモンも」
「ちゃんと救われた」
そして、アクアを見る。
「そして」
「アクアも救われた」
沈黙。
サファイアの声が震える。
「じゃあ……ルミナール号は」
アリエスが頷く。
宇宙の窓へ視線を向ける。
「五〇年前に……私とアクアは、その、船を見送った」
アクアも同じ方向を見る。
静かに言葉を置く。
「ルミナール号」
アリエスが続ける。
「その船は過去へ行き」
「そして――今日、この時間に戻ってくる」
タウロスが呟く。
「五〇年過去から……?」
アリエスが時計を見る。
「ええ、もうすぐよ」
静かな宇宙。
封鎖されたゲート。
そのどこかに――
ルミナール号が、この時代へタイムジャンプしてくる。
――そして間もなく、ルミナール号から通信が入る。
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