☆Back to Our Future
◆ルミナール号・船内
発進の振動が船体を伝う。
エンジンの低い唸りが、床から足へと響く。
ブリッジ窓の向こう。コロニーの光が、ゆっくりと遠ざかっていく。
誰も、まだ言葉を出さない。
レオは操縦席の後ろに立ったまま、腕を組んでいる。
視線は外――離れていく光を追っている。
ダイヤはフェザーを抱いたまま、静かに座っている。
ルビィは端末を開いているが、視線はほとんど画面に向いていない。
サイモンが小さく息を吐く。
空気を変えるように、あえて軽く口を開いた。
「……静かだな」
結依が窓の外を見つめたまま、ぽつりと落とす。
「さっきまであんなに騒がしかったのに」
笑いは起きない。
全員が、同じものを胸に抱えている。
――アクアを、置いてきた。
サイモンがわざとらしく肩を揺らし、声の調子を少し上げる。
「まぁ、タイムマシーンなら五〇年なんてあっという間だ」
ルビィも結依も、答えない。
ダイヤがフェザーの頭を指先で軽くつつく。視線は落としたまま。
「なぁフェザー」
フェザーが小さく鳴く。
「きゅ」
ダイヤの口元に、ほんのわずか笑みが浮かぶ。
「五〇年後の未来で、落ち着いたらさ。ジュラシックアースにも遊びに行こうね」
「ガストが大統領になってるかもよ?」
空気が、ほんの少しだけ緩む。
そのとき――
ブリッジに、無機質な声が響く。
『タイムジャンプの準備完了です』
ホログラムが展開される。
光の文字が浮かび上がる。
《時空転移シーケンス》
《目的座標》
《L.C.四七八年一二月七日一三時》
サイモンがその表示を見つめ、息を漏らす。
「本当に未来にいくんだな」
レオが短く返す。
視線はまだ外のまま。
「ああ」
迷いのない声。
アストラが続ける。
『注意事項です』
『時間跳躍時、船体に強い衝撃が発生します』
『全員、衝撃固定を推奨します』
サイモンが口の端を上げる。
「どれくらいの衝撃だ?」
ダイヤが何も言わず、ベルトを引き寄せる。
カチリと音が鳴る。
結依も座席に身を預け、固定する。
ルビィがゆっくり息を吸い、吐く。
レオだけが、まだ立っている。
その視線は後方――
過去の空に、わずかに残る光へ。
そして、静かに口を開く。
「……行くぞ」
レオが席に座り、ベルトを締める。
アストラの声が重なる。
『カウント開始します』
『5』
船体の光が脈打つ。
『4』
フェザーが羽を震わせる。
『3』
ダイヤが腕を伸ばし、フェザーを押さえる。
「暴れないで」
『2』
ルビィが目を閉じる。
『1』
レオの唇がわずかに動く。
「アクア……」
『0』
世界が――歪んだ。
轟音。
そして、数秒後――衝撃。
船体が上下左右に引き裂かれるように揺れる。
結依がシートを握り込む。
歯を食いしばる。
「うわっ!」
サイモンが声を張り上げる。
「うおおおおお!!」
警告灯が赤く点滅する。
窓の外。
時空の光が流れる。
白。
黒。
また白。
船体がきしむ。
重力が乱れる。
サイモンが歯を食いしばる。
額に汗が滲む。
「これ……想像以上だな!!」
アストラの声は変わらない。
『正常範囲内です』
さらに衝撃。
全員の体がシートへ叩きつけられる。
そして――
突然。
すべてが、止まった。
静寂。
警告灯が、ゆっくりと消えていく。
エンジン音も落ち着く。
窓の外。
そこにあるのは――深い宇宙。
星の配置が、わずかに違う。
誰も動かない。
サイモンが最初に口を開く。
呼吸を整えながら。
「……生きてるか?」
結依が背もたれに体を預ける。
「なんとか」
ダイヤが腕の中を覗き込む。
フェザーはぐったりしている。
「おい」
「死ぬな」
フェザーがかすかに鳴く。
「きゅ……」
ルビィがゆっくりと窓へ視線を向ける。
「……本当に」
声は静かだった。
「五〇年後に帰ってきたの?」
レオがゆっくり立ち上がる。
窓の前へ。
遠くに見える光。
巨大な人工構造物。
広がる宇宙。
低く、静かな声。
「ここが――五〇年後の未来か」
誰もすぐには答えない。
だが、その沈黙はもう違う。
悲しみではない。
未知へ踏み込む、静かな高揚。
ルビィが端末を開く。
口元に、わずかな笑み。
「さて」
「歴史の亡霊たちが帰ってきたわ」
サイモンが、体のこわばりを解くように肩をまわす。
「五〇年ぶりの社会復帰か」
結依がほっとした表情を見せる。
「帰ってこれたんだよね?」
ダイヤがフェザーを持ち上げる。
「とりあえず、この時代にも美味しいご飯あるといいね」
サイモンが笑い混じりに返す。
「緊張すると、腹減るよな」
その一言で、全員がわずかに笑った。
レオがブリッジを歩く。
視線は前方。声は落ち着いている。
「七八」
アストラが答える。
『はい、なんでしょう?』
レオが宇宙の光を見ながら続ける。
「現在の日時と座標を確認しろ」
『確認中』
数秒の沈黙。
『日時と座標特定完了』
『全て予定通りです』
アストラが淡々と答えた。
レオが短く息を吐く。
「よし!」
ルビィが深く息を吸う。
五〇年後の世界へ――帰ってきた。
レオは窓の前に立ったまま。
宇宙を見つめる。
静かだ。
だが――どこか違う。
ダイヤがゆっくりと近づく。
「……ねぇ、宇宙って――こんなに明るかった?」
サイモンも外を見る。
遠くの星の間に、細い光の線。
幾重にも走る。
「交通整理でもしてんのか?」
そのとき。
レオの視線が止まる。
遠くの宇宙に、巨大な光の輪。
目を細める。
「……おい」
「なんだあれ」
それはコロニーではない。
円環構造。
だが、規模が違う。
サイモンが思わず笑う。
「いやいや」
「デカすぎるだろ」
ダイヤが息を呑む。
「コロニーの何倍ある?」
レオが静かに答える。
「何倍どころじゃない」
その会話を背後で聞いていたルビィが、落ち着いた声で口を開く。
「リング都市です」
ダイヤが振り向く。
「……都市?」
ルビィは端末を操作しながら続ける。
「直径およそ三万キロ」
サイモンが固まる。
「待て、それ惑星サイズだろ」
結依が窓の外を見つめたまま言う。
「五〇年前はまだ建設前だったんです、ルミナス号の出航後、間もなく建設が開始されたはずです」
ダイヤの目が大きく開く。
「これ、五〇年で作ったの?」
ルビィが頷く。
「ええ、今はもう稼働してる」
アストラが補足する。
『遠くの恒星の周囲に――同様のリング構造体が複数建設中です』
『現在視認されているのは第一号』
『人口はすでに三〇億に到達しています』
サイモンが息を漏らす。
「……マジか」
ダイヤが頭に手を当てる。
「私たちがいた頃」
「宇宙コロニーでやっとだったよね?」
レオが腕を組む。
視線は宇宙のまま。
「五〇年か」
ルビィが少し笑う。
「五〇年あれば」
「人類は結構やるんですよ」
結依が続ける。
「ここが、あなたたち三人が暮らす新しい時代です」
ダイヤがフェザーを持ち上げる。
「聞いたかフェザー」
「私たち、完全に田舎者だぞ」
フェザーが鳴く。
「きゅっ」
サイモンが窓の外を見ながら言う。
「宇宙が都会になってる」
レオも同じ方向を見たまま、静かに言葉を落とす。
「……いいじゃないか」
一拍。
「追いつけばいいさ」
そのとき。
ルビィが振り向き、全員に声をかける。
「これより、アクア・ワンへ帰還許可申請――」
わずかに息を整え、続ける。
「通信を開始します」
その一言で。
船内の空気が、静かに引き締まった。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!
この物語が少しでも気に入っていただけましたら、ページ下部の星【☆☆☆☆☆】をタップして、あなたの評価を教えてください!
「全然面白くなかった」なら星1つ【★☆☆☆☆】、
「続きが気になる!」なら星5つ【★★★★★】。
どんな評価でも、反応をいただけることが一番の喜びです。
これからも彼らの物語を届けていきますので、**【ブックマーク】**での応援もぜひよろしくお願いいたします!




