☆ルミナール号出航
◆中央ドック・ルミナール号ハッチ前
ルミナール号の船体側面。
静かにハッチが開いていく。
低い駆動音が、胸の奥に響く。
未来へ行く者たちが、横一列に並ぶ。
ルビィ、結依、ダイヤ、レオ、サイモン。
フェザーが、ダイヤの足元へと寄ってくる。
ダイヤはその動きを目で追い、静かにしゃがみ込んだ。
両手でそっと抱き上げる。
「お前も未来組だね」
フェザーが小さく鳴く。
「きゅっ」
ブリッジでは、アストラが待機している。
見送る側――
アクア。
アリエス。
そして、よちよちと足を動かす小さな影。
タウロス。
まだ一歳を少し過ぎたばかり。
状況など理解していない。ただ、楽しそうに笑っている。
「まま〜!」
アリエスがすぐに膝を折る。
両手でタウロスの頭を包むように撫でた。
レオの視線が、ゆっくりとアクアへ向く。
言葉が――出てこない。
ルビィがその空気を感じ取り、わずかに息を整える。
視線をアクアへ向けた。
「……本当にいいんですね?」
アクアは、迷いなく微笑む。
柔らかい表情のまま、言葉を重ねる。
「ええ」
「私はここでやることがある」
その横で、アリエスは何も言わない。ただ静かに、同じ方向を見ている。
結依が鼻を少しだけすすり、わざと軽い調子を作り、口を開いた。
「五〇年後、元気でいてくださいね」
アクアがその言葉を受け止め、ふっと笑う。
「安心して、私は根が図太いから大丈夫よ」
ルビィが覚悟を決めるように前を向いた。
「よし、五〇年後の未来へ」
アクアが、その言葉に重ねるように笑う。
「五〇年後にね、私は七八歳になってるけど」
レオが一歩、アクアへ近づく。
距離はわずか。
触れられる。
けれど、触れない。
喉の奥で言葉を探しながら、ようやく絞り出す。
「……必ず会いに行く」
アクアの瞳が、まっすぐにレオを捉える。微笑みは崩れない。
「ええ。待ってる」
その瞬間。
タウロスが勢いよく駆け寄り、レオの足にしがみついた。
「れお〜!」
レオの視線が一気に緩む。
しゃがみ込み、その小さな体を抱き上げた。
フェザーが弾むように跳び、タウロスの横へ。
「きゅっ」
タウロスが声を上げて笑う。
アクアが、その光景を見つめながら口を開く。
「フェザー、未来でもちゃんとレオを守ってね」
フェザーがくるりと回る。
結依がその様子を見て、口元に笑みを浮かべた。
「最高司令官とペット監督官、どっちが上?」
アリエスが軽く笑いながら視線を落とす。タウロスの頭に手を添えたまま。
「タウロスが未来で最高司令官になるなんて信じられないわ」
その一言で、空気がわずかにほどける。
アクアが、ふと結依へ視線を向ける。
「……結依さん」
結依が少し姿勢を正す。
「はい?」
アクアは柔らかく笑った。
「レオを、お願いね」
結依が目を丸くする。
「……え?」
「わ、私ですか?」
その反応に、アクアは小さく肩を揺らした。
「あなた、レオのこと好きって言ってたでしょう?」
結依の顔が一気に赤くなる。 「なっ……!」
レオが思わず眉をひそめる。 「おいおい……」
横で、サイモンが吹き出した。 「ははっ、爆弾投げたなアクアさん」
ダイヤも楽しそうに笑う
「最後の最後で、それ言う?」
ルビィは小さく苦笑しながら、結依へそっと目配せする。“頑張って”――そんな意味を込めるように。
アリエスは、どこか優しそうにその様子を見守っていた。
アクアは穏やかな表情のまま続ける。
「私は未来へは行かない」
「もし五〇年後に再会できても、その頃には、もうお婆さんね」
少しだけ視線を落とし――そして、結依をまっすぐ見た。
「それに、あなたの中には、私の妹のライラのDNAが入ってる」
結依が静かに息を呑む。
アクアの声は、どこまでも優しかった。
「私にとって、あなたは……妹みたいなものなのよ」
一拍。
「だから、レオをお願い」
結依はしばらく言葉を失っていた。やがて、小さく――けれど確かに頷く。
「……はい」
その返事に、アクアは静かに微笑んだ。
――そして。
ハッチ内部のライトが点灯する。
『搭乗最終確認』
アストラの声が、静かに響く。
レオが、もう一度アクアを見る。何かを言おうとして――止まる。
アクアが先に一歩、言葉を差し出す。やわらかく、しかし揺るがない。
「行って」
「あなたの時間を、生きて」
レオが小さく頷き、ハッチへ向かう。
一人、また一人とハッチへ入っていく。
ダイヤが途中で足を止め、振り返り大きな声で言う。
「五〇年後にね」
アクアが、すぐに返す。
「ええ」
ダイヤの目が細くなる。
「生きててよ」
アクアの口元が柔らかく動く。
「努力する」
ルビィが軽く手を振る。
サイモンは無言で二人を見つめる。
結依は、最後まで視線を外さない。
そして――レオ。
ハッチの縁で足を止める。
アクアとアリエスを、深く見つめた。
そして、全員が船内へと乗り込んだ。
ゆっくりとハッチが閉鎖される。
重い金属音が響いたあと――
ドックには、静かな時間だけが残された。
アクアが通信回線を開く。
『ルミナール号、発進カウント開始します』
声は、揺れていない。
「3」
『約束、忘れないで』
『五〇年後の未来で……』
「2」
ほんの一瞬、声がかすれる。
『ちゃんと笑って、会いましょう』
「1」
レオが小さく、しかし確かな動きで頷く。
『……必ず』
「0」
ゴォォォォォン――!
轟音。
光。
ルミナール号が浮上する。
強い風が吹き抜け、髪が大きく揺れる。
タウロスが空を指さす。
「ふねー!」
フェザーが船窓からこちらを見ている。
ルミナール号は、ゆっくりと発着ゲートを離れていく。
そして、巨大なコロニーの外へ。
静かに、宇宙へ滑り出す。
デッキの外――
広がるのは、果てのない宇宙。
その航路の先には。
無数の星。
宝石のように、光を放っていた。
静寂。
アクアは、立ったまま船を見送る。
アリエスがその隣へ並ぶ。
タウロスが脚にしがみつく。
アリエスはゆっくりしゃがみ、その小さな体を抱きしめた。
アクアの静かな声が、こぼれる。
「……五〇年後よ」
船は、宇宙の向こうへ。
その瞳には、涙。
それでも顔は、しっかりと前を向いている。
未来は、もう動き出している。
ルミナール号は、星の海へ消えていく。
――そして、発着デッキの灯りが、静かに落とされる。
五〇年後――
彼らは、きっと再会する。
その物語は、
やがて伝説になる。
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