☆ルミナス号とアクアの夢
◆中央コロニー・外縁管制ブース
ダイヤがデータ端末を差し出した。視線は真っ直ぐで、動きに一切の無駄がない。
「アリエス。これ、ルミナス号を宙停させた座標」
アリエスは端末を受け取り、表示されたデータへ視線を落とす。
「……へぇ」
わずかに眉を上げた。
「これ、座標情報そのものを暗号化してるの?」
そう言って、指先が高速で端末を走る。
空中モニターへ次々と数式と座標列が展開されていく。
――約二分後。
アリエスが小さく息を吐いた。
「解析完了」
モニターに、航路と宙停ポイントが立体表示される。
それを見たダイヤが、くすっと笑う。
「相変わらず早いね」
「やっぱりアリエスは有能だ」
アリエスは口元をわずかに緩める。だが視線はモニターから外さない。
「褒めても何も出ないわよ」
そう言ってから、ゆっくり首を横に振った。
「……でも、ルミナス号は今すぐ動かさない方がいいわね」
結依がモニターへ視線を滑らせる。
「C-四七。航路外、重力干渉なし、悪くない隠れ場所ですね」
サイモンが腕を組み、低く問いを投げる。
「ルミナス号の回収は誰が?」
アリエスの視線が一瞬だけ鋭くなる。
「私側の者に回収してもらいます」
そのまま言葉を重ねる。
「でも、カストルの件が完全に収束してからね」
ダイヤはわずかな笑みが浮かべる。
「私たちは予定通り、未来へ行く。ルミナス号をよろしくお願いします」
アリエスが頷く。
「後始末は、私が責任を持ちますね」
「だから、心配しないでね。そして、あなたたちはルミナール号で未来へ」
ダイヤが笑顔で説明する。
「ルミナス号は長期宙停モード」
「自動防衛も起動してある」
「簡単には触れられないよ」
サイモンが顎に手を当てる。
「落とせる者がいるとすれば?」
一瞬の静寂。
ダイヤの口元がわずかに歪む。
「……五〇年後のアンドロイドくらいかな」
結依が思わず吹き出す。
「味方が一番怖いってやつですね」
アリエスがかすかに笑う。
「だから座標は三重暗号化」
「しかも分割管理」
そのまま、静かに言葉を置く。
「回収班は信頼できる」
「一年以内にすべて終わらせる」
ダイヤが目を細める。
「一年以内に、ね」
ほんの少し間を置く。
「ルミナス号は私が初めて船長をした船です、とても思い入れがあります」
二人の視線が交差する。
揺るがない意思。
「五〇年後の未来で、またルミナス号にまた会わせてね」
アリエスの答えは迷いがなかった。
「必ず」
「カストルの事件も」
「残党も」
「ルミナス号も」
「全部、終わらせる」
この言葉の後、誰もすぐには動かなかった。五〇年という時間が、静かにその場へ沈む。
ダイヤが、ふとアリエスへ視線を向けた。
「……ライラ・オルセンってさ」
「どんな子だったの?」
部屋の空気が、少し静かになる。
アリエスは手元の端末を閉じ、ゆっくり椅子にもたれた。
「ライラ?」
小さく笑う。
「一言で言えば――天才ね」
結依が思わず顔を上げる。
アリエスは続けた。
「私とライラは同い年。五歳くらいの頃には、もう学校で目立ってたわ」
「勉強ができるとか、そういうレベルじゃないの」
少し懐かしそうに目を細める。
「人が思いつかない発想を、当たり前みたいに出してくるのよ」
「周りの大人が、“なんでそんな考え方になるの?”って本気で困るくらい」
そして、ダイヤを見る。
「……正直、あなたに似てるわ」
ダイヤが苦笑する。
「それ、褒めてる?」
「褒めてるわよ」
アリエスは即答した。
「柔軟すぎる発想力とか、直感で答えに辿り着くところとか、本当にそっくり」
サイモンが腕を組む。
「へぇ……ダイヤ級の天才か」
アリエスは小さく頷いた。
「私とライラ、昔から仲良かったの。よく家に遊びに来てたわ」
少しだけ笑う。
「その頃から、レオとも一緒に遊んでた」
結依が驚く。
「え? じゃあ、レオさんとアクアさんって、その頃から知り合いだったんですか?」
アリエスは首を横に振る。
「ううん。レオとアクアが出会ったのは、もっと後」
「たしか、私たちが一〇歳くらいの頃だったかな」
ダイヤが軽く目を細める。
「じゃあ、ライラもレオの“幼なじみ”だったんだ」
「そうなるわね」
アリエスは静かに頷いた。
そして、その表情が少しだけ曇る。
「でも……突然だったのよ」
サイモンと結依が黙る。
「ウイルス性の心臓病」
「発症してから、本当にあっという間だった」
部屋が静かになる。
アリエスは遠い記憶を見るように続けた。
「レオとサイモンが出会ったの、一八歳の頃でしょう?」
「だから……サイモンが私たちと会う、一年前には、もうライラはいなかったの」
サイモンがゆっくり息を吐く。
「……そうだったのか」
少し沈黙が落ちる。
そのあと、アリエスはふっと小さく笑った。
「でもね」
「アクアには、昔から夢があったのよ」
ダイヤが視線を向ける。
「自分が作った船を――ライラに任せること」
結依が目を見開いた。
アリエスは続ける。
「“いつか、ライラが私の船の船長になる”って、よく言ってたわ」
「嬉しそうにね」
そして、静かにダイヤを見る。
「だから、たぶん……」
「アクアが、あなたをルミナス号の船長に推薦したのは」
一拍。
「ライラを重ねてたからよ」
ダイヤが、少しだけ目を伏せた。
アリエスは優しく笑う。
「発想力も、空気を変えるところも、無茶するところも」
サイモンが吹き出す。
「最後のは、褒めてないだろ」
アリエスも笑った。
「ふふっ、どうかしらね」
――そのとき。
遠くで、ルミナール号の出航灯が明滅する。
結依がそちらへ視線を向ける。
「転移エネルギー、充填完了みたいですよ」
ダイヤが息を整える。
「よし……そろそろだね」
そしてアリエスを見る。
「ゴメンね、後始末お願いして」
アリエスが顔を上げる。
その瞳に迷いはない。
「任せなさい」
未来へ向かう者と、
この時代を片づける者。
それぞれの役割が、静かに分かれていく。
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