☆五〇年後への出航準備
――そして、ルミナール号出航の日。
◆ルミナール号・ブリッジ
――出航直前。
ブリッジ中央にホログラムが展開される。
《未来時間設定日時――L.C.四七八年一二月七日一三時》
ルビィが端末を弾き、口元にいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「よし、設定終了」
アクアはホログラムを見上げ、ゆっくりと瞬きをする。
「この船は……五〇年後の一二月七日一三時に行くのね」
『はい』
アストラの声が静かに返る。
『ルミナール号が出航したのは、L.C.四七八年一月二七日です』
『そこから一〇ヶ月と一〇日が経過しています』
『そのため、到達する未来の日時も同じだけ時間を進めました』
アクアがわずかに目を見開く。
「なるほど……」
「それで一二月七日なのね」
アストラの補足する。
『この調整は、ルビィ船長の指示です』
ルビィが肩を軽く揺らして笑う。
「だってね、出航してから私たちは一〇ヶ月過ごしたので」
「なら、向こうの時間も同じだけ進めるべきだと思ったんです」
アストラが続ける。
『なお、私の開発者であるオリオン博士の極秘ファイルでは』
『当初の到達予定はL.C.四七八年三月三日一三時と記録されていました』
一瞬、空気が静止する。
『ですが現在の船長は、ルビィさんです』
『よって、ルビィ船長の指示を優先しました』
ルビィが満足げに頷く。
ホログラムが切り替わり、四つの仮想戸籍が浮かび上がる。
《名前》
《出生記録》
《居住履歴》
《教育ログ》
完璧に整えられた情報。
『アリエスさんの依頼により、アクアさんのこの時代での新しいIDを作成しました』
アクアが目を細める。
「これ……合法?」
『いいえ』
間髪入れない即答。
『高度な情報改ざん、および行政認証鍵の非正規取得を含みます』
ルビィが吹き出した。
「堂々と言うな」
そのまま端末を操作しながら、楽しげに続ける。
「でも、大丈夫。アストラ、こういうの得意だから」
アクアがじっと見つめる。
「未来の超高度AIがやってることが、戸籍偽造ってどうなの?」
『その表現は適切ではありません、これは“存在情報の最適化”です』
ルビィが笑いをこらえきれない。
「その言い換えが詐欺なんだよ」
さらにホログラムに新たな項目が流れる。
《軽度顔認証改変》
《経歴再構築》
《税務履歴自動生成》
アクアが軽く息を呑む。
「税金まで?」
『納税は社会信用維持において重要です』
ルビィが楽しそうに肩を揺らす。
「だってさ、オリオン博士が作ったアンドロイドだよ?」
アクアが小さく笑う。
「あの子……」
「平気でグレーなことするタイプに育つのね」
ルビィの目が細くなる。
「グレー?」
「ブラック寄りです」
『訂正します』
『私は合理的判断を行っています』
ルビィが指先で空を示す。
「ほら」
アクアも笑みを深める。
「未来のオリオンなら、必要になったら国家システムくらいハッキングするんじゃないの?」
『その可能性は高いと推測されます』
アストラは即答した。
ルビィとアクアが視線を合わせる。
「「間違いなくする」」
二人の声が重なった。
『国家システムへの侵入成功確率、七八%と推定します』
アクアがすぐに手を振る。
「やめなさい」
ブリッジに笑いが広がる。
その中で、アクアはほんの一瞬だけ遠くを見た。
(五〇年後……ね)
すぐに表情を戻す。
「私が静かに暮らすために、今から犯罪って……なんか本末転倒じゃない?」
ルビィの視線がまっすぐになる。
「違います。これは未来の平和維持です」
少しだけ声の温度が変わる。
「タイムパラドックスは重罪なので、それを起こさないようにしないと」
「知らずにでしたが、無断でタイムマシーンを使った私たちもですが……」
「作った母サファイア、それを計画したオリオン博士の犯罪に加担していることになりますが……」
『発覚しなければ問題ありません』
アストラの冷静な補足。
アクアが小さく息を吐いて笑う。
「教育が悪いわね」
その笑顔は自然だった。
――そして。
『転移エネルギー充填、完了』
アストラの声が静かに響く。
アクアが深く息を吐く。
「五〇年後かぁ……」
「未来の私とアリエス、生きてるかな?」
『ルミナール号出航時点では、アリエスさんの生存を確認しています』
即答。
アクアが微笑む。
「頼もしいわね、私も長生きしないとね」
未来へ向かう船の中、
笑い声だけが、静かに残っていた。




