☆未来へ続く航路と再会の約束
◆アリエス邸
アクアが、この時代に残ると決めた。
その選択を受け止めきれないような、言葉にしづらい空気が部屋に流れる。
そんな沈黙の中へ、アストラの電子音声が静かに響いた。
『歴史保全率を最大化する場合、最適解はアクアさんの残留です』
『未来転移を行った場合、時間干渉確率一四・七%上昇』
『残留時、干渉確率三・四%』
冷静な数値。
レオがかすかに苦笑し、感情をごまかすように息を吐く。
「七八、数字で背中を押すなよ」
アストラは淡々と続ける。
『歴史記録を説明します』
ホログラムに三人の名前が浮かぶ。
《ダイヤ、レオ、サイモン》
『この三名は宇宙域探索中に行方不明。三年後、死亡認定』
ルビィが考えを巡らせながら視線を上げる。
「つまり?」
アストラが続ける。
『遺体は未発見。公式分類は《死亡推定》』
ホログラムに教科書のページ。
英雄譚として語られる三人。
『よって――五〇年後に存在しても“生存していた可能性がある人物”として処理可能です』
サイモンが目を見開き、半ば感心したように声を上げる。
「じゃあ、未来で別ID作らなくてもいい?」
『その可能性があります』
一瞬の間。
『当初は三名の身分再構築を前提に計画していました』
『しかし』
ホログラムに数式が流れる。
『相対性理論による時間流れの遅延は五〇年未来でも完全解明されていません』
レオが眉を上げる。
「つまり?」
アストラは結論を示す。
『ルミナール号が長期航行の末、三名を救助して帰還した』
『そう報道された場合、三名は死亡推定のため、身分矛盾は発生しません』
サイモンが納得したように笑う。
「なるほどな。奇跡の生還ってやつか」
『はい。ただし』
一拍。
『伝説の三名が五〇年後に歳を取らず帰還した場合』
『社会的騒動確率は非常に高いです』
結依が間髪入れずに口を挟む。
「未来のニュース大変そうね」
『はい。歴史学者・物理学者・報道機関による大規模議論が予測されます』
レオが肩の力を抜くように息を吐く。
「まぁ……騒ぎにはなるな」
アストラは続ける。
『しかし』
ホログラムが切り替わる。
《アクア・ミラノ・ニュース映像・追悼式・記念像》
『こちらは異なります』
『暗殺による死亡』
『医療機関による死亡確認』
静かな断定。
《社会認識:確定死亡》
『死亡が確定した歴史的人物が未来に出現した場合』
『歴史干渉リスクは大幅上昇』
『社会混乱確率も高いです』
そして――
『結論』
『ダイヤ、レオ、サイモンは未来移行可能』
『アクアの未来移行は非推奨』
『合理的判断としては、アクア残留が最適解です』
誰もすぐには言葉を出さない。
ルビィが何か言いかける。
しかし、その前に。
アクアがゆっくりと口を開く。
「……アストラ」
少しだけ微笑む。
「ありがとう。ちゃんと説明してくれて」
アストラは即座に応じる。
『私は合理的判断を提示しただけです』
アクアは小さく笑う。
それから、みんなを見回す。
レオ。
ダイヤ。
サイモン。
ルビィ。
結依。
アストラ。
アクアはゆっくりと首を振る。
「悲しい顔しないで」
「これはね、罰とか諦めとかじゃないの」
そして、窓の向こうの星を見る。
「ここが、私の時間だから」
ほんの少しだけ、声が震える。
「それに……オリオンがいる」
静かに続ける。
「母親として会うことはできないけど、遠くからなら見守れる」
「それで十分」
アクアは、静かにレオを見つめた。
「レオ」
その声は優しかった。
けれど、迷いはなかった。
「あなたたちは、未来へ行って」
「あなたたちが辿り着いた世界を……ちゃんと生きて」
そして――
アクアは、少しだけ寂しそうに微笑む。
「五〇年後の未来で」
「もう一度、会いましょう」




