☆残留の決断と母の選択
――打ち上げから数日後・ルミナール号出航前日。
◆アリエス邸
アリエスの呼びかけで、二つのクルーが集められた。
ダイヤ、レオ、サイモン――ルミナス号の三人。
そして、ルビィ、結依、アストラ――ルミナール側の三人。
その場には、アクアの姿もあった。
広いリビングには、いつもとは違う静かな空気が流れている。
アリエスが一歩前に出た。
普段よりずっと真剣な顔だった。
「今日は、あなたたち六人に大事な話があります」
その一言で、空気が張りつめる。
アリエスとアクアの雰囲気を見て、六人はすぐに理解した。
これは――ただの報告ではない。
何か、重大な決断の話だと。
その沈黙を破ったのは、アクアだった。
視線を落とし、かすれる声でこぼす。
「……ごめんね」
それだけで、胸の奥がざわつく。
ルビィが顔を上げる。
「何がですか……?」
アクアは、みんなを一人ずつ見た。
ダイヤ。サイモン。ルビィ。結依。アストラ。
そして、最後にレオ。
静かに息を吸う。
「私は……未来へは行かない」
空気が、凍りつく。
ルビィの喉が震える。
「え……?」
レオは動かない。
だが、握られた拳だけが白くなっている。
アクアは、言葉を選ぶようにゆっくり続ける。
「オリオンが、この時代で生きていくから……私は残りたい」
その名を出した瞬間、声が崩れる。
「……私、母親なんだよ」
ダイヤがわずかに視線を落とす。理性を押し出すように言葉を置く。
「残っても、オリオンを育てることはできない。歴史が変わってしまう」
ルビィの目から涙がこぼれる。
震えた声が漏れる。
「残っても、会わないつもりなの?」
アクアは間を置かず答える。
「……会わない」
その直後、膝がわずかに揺れる。
「抱きしめたら……きっと離れられなくなる」
「“お母さん”って呼ばれたら……全部、壊れる」
涙が止まらない。
「だから、遠くから見守るだけでいい」
アリエスは何も言わず、義理の姉を見つめている。
アクアは続ける。
「たとえ側にいられなくても、成長を見届けたい」
一瞬だけ声が揺れる。
「オリオンは、この時代で生きていく。だからこそ」
沈黙。
そして、はっきりと言い切る。
「母親とは名乗らない」
「抱きしめない」
「遠くから見るだけ」
その瞳は、揺れていない。
「影からでいい」
ダイヤの拳が静かに強く握られる。
結依が息を詰める。
感情を抑えきれず、低く漏らす。
「それって……あまりにも」
アクアはやわらかく微笑む。
「いいの」
「私の理想は、私が生きることじゃない」
「息子を……オリオンを見守ること」
そして、静かに背中を押す。
「行きなさい」
「あなたたちは未来へ」
レオの喉の奥から、低い声がこぼれる。押し殺した感情を滲ませる。
「……アクア」
アクアは空を一瞬だけ見上げる。
「私は――」
そして、ゆっくりと言い切る。
「私のこの時代で生きる」
アリエスが一歩前に出る。
現実を整えるように告げる。 「住む場所の手配も、別IDも用意します」
レオがアクアの前に立つ。
視線を逃がさず問う。
「後悔しないか?」
アクアは即答した。
「するかもしれない」
「でも、それでも選ぶ」
長い沈黙。
レオの目にも、涙が滲む。
アクアがゆっくり近づく。
震える手で、彼の胸元を握る。
「時間は、繋がってる」
「あなたたちが生きる未来にも、私はいる」
視界が涙で滲む。
レオが堪えきれず、抱き寄せる。
強く、壊れそうなほど。
アクアも抱き返す。
「約束だ」
レオの胸に押し込むような声。
アクアが目を閉じる。
「約束……」
しばらく、誰も動けない。
未来へ向かう者たちと、この時代に残る者。
アリエスがアクアの肩に手を置き、レオを見る。
静かな覚悟を込める。
「私がアクア姉さんとオリオンを守ります」
涙が頬を伝う。
それでもアクアは、微笑んでいた。
世界は静かに分岐する。
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