★サイレンの夜と群れる影
◆黒い惑星――港
――ウゥゥゥゥン……
さっきまで交戦していた黒い三体は、音が鳴った瞬間、まるで命令を受けたかのように一斉に後退し、影の中へと消えていった。
ダイヤが眉をひそめる。
「……なに、あれ」
レオは空を見上げる。
「ただの警報じゃないな」
サイモンが周囲を見回す。
「……なんか、嫌な感じするな」
そのときだった。
空が――落ちた。
「……は?」
ダイヤが思わず声を漏らす。
さっきまで薄暗かった空が、ほんの数秒で完全な闇へと変わる。
夕焼けも、移り変わりもない。
まるで、スイッチを切ったように。
「暗くなるの早すぎるだろ……」 サイモンが低く呟く。
静寂。
風の音すらない。
その中で――
カサッ。
ダイヤの肩がピクリと揺れた。
「……今、なんか」
カサカサカサ……。
今度は、はっきり聞こえた。
足元。
「……え」
視線を落とした瞬間、
「――いやあああああっ!!」
ダイヤが飛び退く。
地面を、黒い小さな影が這っていた。
いや、一つじゃない。
無数。
ダイヤが叫ぶ!
「なにこれ!!虫!!?」
直径四、五〇センチほどの、丸く膨らんだ殻。節足が細かく蠢き、地面を覆うように広がっていく。
ダンゴムシに似ているが――
その動きは異様に速い。
「来るぞ!」
レオが即座に構える。
一斉に、跳ねた。
「ぎゃああああ無理無理無理無理!!」
ダイヤが必死に後退しながら、紙一重で避ける。
足元、横、背後。
すべてから飛びかかってくる。
レオが即座に言う。
「ダイヤ、落ち着け!数は多いが――」
ダイヤは半泣きで叫ぶ。
「多いのが無理なの!!」
サイモンが一体を踏み潰す。
――グシャッ。
「……中身、なんか嫌だなこれ」
だが、潰しても止まらない。
次から次へと湧いてくる。
「キリがねぇ!」
レオが蹴り飛ばし、距離を取る。
「ここは離れるぞ!」
三人は一斉に走り出す。
虫の群れが、波のように追いかけてくる。
少し距離が離れ安心したのもつかの間――
それだけじゃ終わらなかった。
ガルルル……
低い唸り声。
「……今の、聞こえたか」
サイモンが足を止めかける。
次の瞬間。
影の中から、飛び出した。
「っ!」
黒い獣。
犬のような体躯。だが目が、異様に光っている。
さらに、もう一体。
そして、また一体。
「……囲まれてるな」
レオが低く言う。
虫の群れの向こう側から、野犬型の生物がじわりと距離を詰めてくる。
「虫だけじゃねぇのかよ!」
サイモンが舌打ちする。
一体が飛びかかる。
――ドンッ!
サイモンが正面から受け止め、そのまま投げ飛ばす。
「来いよ!」
レオは横から回り込み、連撃。
――ドッ、ドッ、ドッ!
動きは鋭いが、相手も連携してくる。
「くっ……数が多い!」
ダイヤは後方でかわし続ける。
「前も後ろも来てる!!」
虫と獣。
二つの群れに、完全に挟まれていた。
「逃げ道は!?」
サイモンが叫ぶ。
レオが一瞬で周囲を見渡す。
「……あそこだ、海辺がある!」
遠くに、黒い水面が広がっている。
「走れ!」
三人は一気に突破をかける。
野犬型を弾き飛ばし、虫の群れを蹴散らし――
海辺へ飛び出した瞬間、三人は同時に息をついた。
「はぁっ……はぁっ……!」
背後では、虫の群れが波のように押し寄せ、野犬型の生物たちも距離を詰めてくる。
「まだ来るのかよ!」
サイモンが振り返りながら叫ぶ。
レオが舌打ちする。
「完全に追跡モードだな……!」
ダイヤは荒い呼吸のまま、海へ視線を向けた。
「と、とりあえず……あっち――」
そのとき。
水面が、わずかに揺れた。
「……ん?」
サイモンの視線が止まる。
次の瞬間。
――ズルッ。
黒い何かが、水中からゆっくりと伸び上がった。
ダイヤは目を丸くする。
「……は?」
細長い触手。
一本、二本――
いや、違う。
次々と、水面の下から現れる。
ぬらりと光を反射しながら、空気を探るように揺れる。
ダイヤの声が小さく漏れる。
「……え?、なに?」
触手が地面へ落ちる。
――バンッ!!
「うおっ!?」
サイモンが思わず後退する。
さらに、もう一本。
さらに、もう一本。
海そのものが、“こちらへ手を伸ばしてくる”ようだった。
「ここもアウトだろ……!」
レオが即座に判断する。
だが、そのとき。
背後で――変化が起きた。
カサ……カサ……
虫の群れが、ぴたりと動きを止める。
野犬型の生物も、低く唸りながら後ずさる。
「……?」
ダイヤが振り返る。
さっきまで襲いかかってきていた群れが、一斉に、距離を取っていた。
「なんだ……?」
サイモンが目を細める。
野犬型の一体が、触手の方を見たまま、ゆっくりと後退する。
そして――
走った。
一体、また一体と、闇の中へ逃げていく。
虫の群れも、ざわざわと波打ちながら散開し、地面の影へと消えていく。
残されたのは――三人だけ。
そして、海から伸びる無数の触手。
静寂。
ダイヤが、ぽつりと呟く。
「……ねぇ」
一拍。
「あれ……あいつら“逃げた”よね?」
レオは触手から目を離さないまま答える。
「……ああ」
低く、確信を込めて。
「“あれから逃げた”」
サイモンが小さく笑う。
「つまり……」
触手が、ゆっくりと空を探るように揺れる。
「こいつが、一番ヤバいってことか」
ダイヤがじり、と一歩下がる。
「……やめよ」
即答だった。
「これは、関わっちゃダメなやつ」
レオも頷く。
「同感だ」
海は、静かに揺れている。
だがその中に、“何か”がいる。
確実に。
サイモンが後ろへ一歩下がる。 「じゃあ、どうする」
レオが短く言う。
「陸に戻る」
ダイヤが小さく息を吐く。
「……夜の方が危険とか、聞いてないんだけど」
誰も、答えなかった。
闇の中で。
三人はようやく理解し始めていた。
この星は――
昼よりも、夜の方が“支配されている”。




