☆ふたりの容疑者
――数日後
◆リトス宇宙ステーション・下層居住区
人通りの多い通路を、ルビィとサイモンは並んで歩いていた。
服装は地味だが、二人とも目だけは鋭い。
サイモンが視線だけで周囲をなぞり、小さく口を動かす。
「で、候補はこの二人か」
ルビィが端末を軽く操作し、淡い光を指先に映した。
「うん。アストラが絞った二名。年齢、経歴、射撃記録……どっちも“おかしい”」
サイモンが口元だけで笑う。
「“上手すぎる”って意味でな」
《暗殺実行犯・候補①
エリオ・ヴァンス(二八)
元・外縁宙域警備隊。
長距離射撃専門。
【零間二射照準訓練】の修了者》
《暗殺実行犯・候補②
ノア・カルディナ(三〇)
民間警備会社出身。
宇宙防衛射撃大会・優勝。
【連続即応射撃】異常な成功率》
ルビィが画面から目を離さず呟く。
「どっちも“二射”をやってる」
サイモンが顎をわずかに引く。
「“頭と胸”を、ほぼ同時に。これ、教わらなきゃ無理だ」
ルビィが少しだけ間を置く。
「結依のお父さんと、同じだよね」
サイモンは無言で頷いた。
清水獠。
未来で、軍と警察、そしてコロニー防衛を統合した射撃教官。
結依が子供の頃、遊び半分で“基礎”だけ教えられた技術。
サイモンが低く言葉を落とす。
「個人の発想じゃない。流派だ。教えた人間がいる」
そのとき。
「――あれ?」
不意に、聞き覚えのある声。
二人が同時に足を止める。
前方、露店の並ぶ通路の角。
小さな影が、首チョンパ人形を抱えて立っていた。
「……オリオン?」
サイモンが反射的に口を開きかけ、すぐに手で押さえる。
そのまま素早く柱の影へ滑り込んだ。
「俺は顔が割れてる。隠れる」
ルビィだけが、何事もない歩調で近づいた。
――オリオン・ミラノ(幼少期)
子供のオリオンは、床に座り込んでいた。
左手には、例の人形。
まだ新しさを残したそれは、首がくるりと回る、少し不気味な作り。
だが、彼はそれを宝物のように抱えている。
ルビィが静かにしゃがみ込む。
「それ、首チョンパ人形?」
オリオンが胸を張るように頷いた。
「うん。パパがくれた」
ルビィの口元が柔らぐ。
「面白いね。ちゃんと考えてる顔してる」
オリオンの目がきらりと光る。
「ほんと?」
ルビィが少しだけ視線を落とす。
「ねえ。もしさ。それが動いたら、どうなると思う?」
オリオンは人形を見つめ、しばらく考え込んだ。
やがて、ぽつりと答える。
「……友だち、かな」
ルビィは静かに笑った。
「友だち、いいね。君が大人になったら、もっと大きな首チョンパ人形がいるかもね」
オリオンがニコッと笑う。
「いいね、大きい首チョンパ人形、欲しいな」
ルビィはそっと頭を撫でる。
「きっと手にはいるよ、じゃあ、またね…」
オリオンが嬉しそうに手を振る。
「うん、またね」
離れていく背中を見送りながら、ルビィはほんの一瞬だけ目を細めた。
その後、二人は再び通路を進む。
目標はエリオ・ヴァンス。
アクアの情報では、彼はこのコロニーに昨日、偽IDで午後に入管手続きを済ませている。
暗殺に向け、現場の高所を下見している可能性が高い。
ルビィが足を止める。
「……あれ、エリオじゃない?」
サイモンが視線を滑らせ、わずかに頷く。
二人は柱や看板の陰へと身を寄せた。
エリオは広場近くの路地を抜け、古い観測ビルへ向かう。
手元には小型端末。周囲を警戒しながら、屋上構造と射線を確認している。
そのとき。
ルビィが息を呑む。
「……あれ?」
視界の先に、もう一人。
ノア・カルディナだった。
ノアもまた慎重に周囲を見回している。一瞬、エリオと視線が交差する。
軽く頷き合う二人。
ルビィが端末越しに囁く。
「……やっぱり知り合いみたい。明らかに連携してる」
サイモンの視線が鋭くなる。
「共犯ってことか?」
二人は路地や建物の影を伝い、観測ビル屋上まで追跡する。
ルビィは息を殺しながら記録を取り、サイモンは動線を頭に刻む。
サイモンが低く言う。
「共犯だって、事前に分かって良かったな」
ルビィが小さく頷く。
「一人だと思ってたら、守りがもっと大変になるところだった」
エリオとノアは高所を巡り、広場と周囲のビルを見渡す。
ノアは端末で構造をスキャンし、エリオは距離と角度を測る。
小型の光学スコープケースから、ライフルを取り出す動き。
サイモンが息を吐く。
「ほら……これだ」
ルビィも画面を確認する。
「二人とも暗殺用の装備持ってる。共犯は間違いない」
その後も二人は位置を変え、観測ビルや周囲の屋上を入念に下見する。
ルビィとサイモンは、その一連の動きを録画し、証拠として確保した。
サイモンが端末を閉じる。
「これで二人の共犯関係も証明できる」
録画完了。
二人は静かにその場を離れ、証拠を安全圏へ送信する。
サイモンが歩きながら言う。
「よし、あとは実行日まで暗殺阻止をどうするかだな」
ルビィも頷き、次の作戦の準備を心に決めた。
――これで、暗殺実行犯二人の共犯証拠が手に入った。
アクアの暗殺阻止に向けて、一歩前進。
◆リトス宇宙ステーション・アリエスの研究室
ルビィとサイモンが、追跡結果を報告する。
サイモンが端末を掲げる。
「アクアさん暗殺実行犯、まさかの二人だった」
ルビィが静かに補足する。
「歴史上は一人だと思われてたけど、二人でした。これでアクアさんを守るハードルがさらに上がります」
そのとき。
ドアが開き、結依がフェザーを連れて入ってくる。
結依の顔がぱっと明るくなる。
「凄いよ、フェザー!」
フェザーがぴょこんと座り、胸を張る。
結依がしゃがみ込み、撫でながら続ける。
「零間二射のガードも完璧!ほんとに凄いペットだわ。ルナストン市民が番兵やボディガードにするの、納得だよ」
ルビィが少し表情を引き締める。
「でも……実行犯、二人の可能性もあるの」
サイモンが腕を組む。
「零間二射の技術を持つスナイパーが二人……アクアさんを守るの、本当に大変になった」
レオが即座に口を開く。
「何のための二人だ?予備なのか?」
結依が眉を寄せる。
「それとも一人一射ずつ撃つの?二人で四射?」
アストラが静かに答える。
『歴史上では、同じ入射角から二射撃ちされています。なので、実行犯は一人と考えられます』
結依の表情がわずかに緩む。
だが、アストラは続ける。
『もう一人は、邪魔が入った場合の予備でしょう。しかし、当日は二人を同時にマークする必要があります』
ルビィが小さく息を吐く。
「なるほど……スナイパーが二人……」
フェザーが小さく鼻を鳴らし、皆を見上げる。
その仕草に、空気がほんの少し和らいだ。
結依が端末を握り直す。
「よし、二人を同時に監視しながら、アクアさんを安全に守る。準備は万端にしておきましょう」
レオも静かに頷いた。
アクアを守る作戦は、さらに輪郭を増していく。




