☆ライラ・オルセン
再会の余韻は、まだ部屋の中に残っていた。
笑い声が混じり始めた空間には、さっきまでの張り詰めた空気はもうなかった。
◆アリエス邸
そんな中、アクアの視線がルビィと結依へ向き、ふっと笑う。
「へえ」
「レオとダイヤとサイモンの孫ね〜」
ルビィが少し照れくさそうに笑い、結依は困ったように頭を下げた。
アクアは楽しそうに続ける。 「未来のアリエス、三人の遺伝子使って、そんな事するんだね」
アリエスが複雑そうな顔になる。
「そうらしいのよ」
「もう、この事実を聞いてしまった以上、ルビィさんと結依さんが生まれてくるために、私は三人の遺伝子使って子供を作らないといけないのかしら……」
サイモンが吹き出した。
「責任重大すぎるだろ、それ」
そのときだった。
アクアがふと気になったように結依を見る。
「結依さんの母型の祖母は、誰なの?」
結依は少し困ったように視線を落とした。
「母方の祖父母は、私が生まれる前に亡くなったって聞いてて……」
「名前も聞かされてなくて、誰なのか分からないんです」
その瞬間。
アストラが静かに口を開いた。
『結依さんの祖母のデータはあります』
全員の視線が、一斉にアストラへ向く。
アストラは淡々と続けた。
『清水結依さんの祖母は――ライラ・オルセンさんです』
一拍。
『アクア・オルセン・ミラノさん。あなたの妹です』
空気が、止まった。
アクアの目が大きく見開かれる。
「……え?」
隣でアリエスも固まっていた。
「ライラ……?」
レオがゆっくり顔を上げる。
「待て……ライラって、あのライラか?」
ダイヤが眉をひそめる。
「え?」
「アクアさんに妹なんていた?」
サイモンも困惑した顔をする。 「いや、聞いたことねぇぞ……?」
アクアはしばらく何も言えなかった。
やがて、小さく息を吸う。
「……ライラは」
声が、少し震える。
「私の妹よ」
静かな沈黙。
アクアは遠い記憶を見るように目を伏せた。
「……亡くなったの」
「当時はまだ一三歳だった」
結依が息を呑む。
アクアは続ける。
「ウイルス性の病気だったわ」
「治療法の確立が、間に合わなかった」
その場の空気が、一気に重くなる。
さっきまで笑っていたサイモンも、もう何も言わない。
アクアは静かに目を閉じた。
「……でもね」
小さく笑う。
「ライラは、本当にすごい子だった」
ゆっくり、結依を見る。
「私より頭が良かった」
「発想力も柔軟で、吸収も早くて……将来有望だった」
そして、ダイヤへ視線を向ける。
「たぶん、天才性だけなら――ダイヤと同じくらいあったわ」
ダイヤが珍しく真顔になる。
「……そんな子だったんだ」
アクアは静かに頷いた。
「ええ」
「だから、私は諦めきれなかった」
その言葉に、全員がアクアを見る。
アクアは、少しだけ迷うようにしてから続けた。
「ライラが亡くなる前に……遺伝子データを採取して、保存してるの」
一瞬、空気が揺れた。
アリエスが目を見開く。
「まさか……オルセン家の保存庫に?」
「ええ」
アクアが静かに頷く。
結依の視線が揺れる。
「じゃあ……」
「私の中に、ライラさんの……」
アストラが静かに答える。
『はい』
『ライラ・オルセンさんと、サイモンさんの遺伝子情報を基に誕生したのが――ミラ・オルセンさんです』
一瞬、空気が静まり返る。
アストラは淡々と続けた。
『記録によれば、ミラ・オルセンさんは、その後オルセン家で育てられています』
『後に宇宙飛行士になり、三一歳で引退。ノア第七宇宙ステーションで探索士官学校の校長をやっています』
結依の瞳が、わずかに揺れる。
「……ミラ・シミズ」
小さく呟く。
「それ、私のお母さんの名前です」
その声は、驚きと戸惑いが混ざっていた。
今まで“知らなかった家族”が、 点と点を繋ぐように、少しずつ形になっていく。
『結依さんには、ライラ・オルセンさん由来の遺伝子情報が確認されています』
結依は言葉を失った。
自分の知らない祖母。
会ったこともない少女。
一三歳で亡くなった、未来を夢見た天才。
その存在が、今になって自分へ。
アクアはそんな結依を見つめながら、静かに微笑んだ。
「……そっか」
「ライラ、ちゃんと未来に繋がってたんだね」
その声は、どこか寂しく――それでも、少しだけ救われたように聞こえた。
アクアは、どこか懐かしむようにダイヤを見る。
「……だからだったのかもしれないわね」
ダイヤが首を傾げる。
「ん?」
アクアは小さく笑った。
「初めてダイヤに会った頃から、あなた見てると、時々ライラを思い出してたの」
「発想の飛び方とか、急にとんでもない答えを出すところとか」 「周りが“無理”って言ってる中で、一人だけ平然と別解を持ってくるところとかね」
ダイヤが少し照れたように眉をしかめる。
「……褒めてる?」
「ええ、かなり」
アクアは静かに頷いた。
「だから私は、若かったあなたをルミナス号の船長候補に推したのよ」
一瞬、空気が止まる。
レオがわずかに目を細める。
「……あの推薦、お前だったのか」
サイモンも驚いたように声を上げた。
「は? ちょっと待て。あれ、上層部の判断じゃなかったのか?」
アクアが続ける。
「もちろん正式決定は上層部。でも、かなり強く推薦したわ」 「“年齢で判断するな”って、だいぶ揉めたもの」
ダイヤがぽかんとした顔になる。
「……初耳なんだけど」
アクアは少し悪戯っぽく笑う。
「言ってなかったもの」
「でもね、ダイヤ」
「あなた、ライラと同じ目をしてるのよ」
静かな声だった。
「“まだ誰も見たことない景色を見に行く人”の目」
ダイヤは、一瞬だけ言葉を失う。
サイモンが小さく笑った。
「なるほどなぁ」
レオも静かに頷く。
「ライラ……確かにダイヤみたいだったな」
ダイヤは照れ隠しみたいに頭をかき、そっぽを向く。
「やめてよ、なんか恥ずかしいじゃん……」
(ライラ・オルセン……会ってみたかったな)
しばらく、静かな空気が流れる。
だが、その空気に飲まれるようなアクアではなかった。
ふっと息を吐き、気持ちを切り替えるように顔を上げる。
そして――視線が、ゆっくりとアストラへ向いた。
「……で」
アクアが眉をひそめる。
「そのアンドロイド、アストラ君だっけ?、凄くない?」
やはり、一番気になるのはそこらしい。
未来人だのタイムマシーンだのも十分異常だが、目の前にいるアストラは、それ以上に“常識の外側”にいた。
アストラは静かに視線を返す。 その無機質な瞳に、淡い光が揺れた。
アクアが、静かにアストラを見つめる。
「ORX−七八……」
小さく、どこか懐かしそうに笑った。
「あなた、“七八”なのね」
「……なんだか、運命を感じるわ」
レオが腕を組みながら頷く。 「だろ?」
「俺も、ORX−七八に初めて会った時、不思議とそう感じた」
結依が首を傾げる。
「七八って……何か意味があるんですか?」
アクアは少しだけ目を細める。 「私が小さい頃ね」
「オルセン家に、一体の執事アンドロイドがいたの」
一拍。
「その子の型番が――MRX−七八だった」
結依が目を丸くする。 「えっ……偶然?」
アクアは静かに首を横へ振った。
「分からないわ」
「でも、あの子は……ずっと私たち姉妹のそばにいた」
「私たち姉妹もだけど、レオも一緒になって、七八って呼んでたわ」
その声は、どこか遠い記憶を撫でるように優しかった。
結依が納得した顔で言う。
「だから、レオさんはアストラを七八って呼ぶんですね」
すると、ダイヤが軽く笑いながら口を開いた。
「私たちが乗ってきたルミナール号、きっとアクアなら興味あると思うよ」
その一言で、空気が少し変わる。
科学者としてのアクアの目が、明らかに変化した。
「……詳しく聞かせて」
そこから話題は、一気に科学方面へ傾いていった。
未来技術。設計思想。現代理論との差異。新型ワープ機関。自己修復素材。量子同期制御。そして、アストラの演算構造。
アクアとアリエスの目の色が、みるみる変わっていく。
「待って、その推進理論どうなってるの!?」
「エネルギー損失の計算、おかしくない!?」
『理論上は正常です』
「正常じゃないから驚いてるのよ!」
さっきまでの重苦しい空気が嘘みたいに、部屋に熱が戻っていく。
サイモンが呆れたように笑った。
「始まったな、科学オタク姉妹」
レオも小さく息を吐く。
「止まらなくなるぞ、こいつらは」
実際、その通りだった。
アクアはすでに椅子から立ち上がり、ホログラムへ身を乗り出している。
アリエスも横から次々と質問を投げていた。
そんな二人を見ながら、ルビィが小さく苦笑し――軽く咳払いをする。
「……そろそろ、本題に入りましょう」
一瞬、科学者姉妹の動きが止まる。
レオが静かに頷いた。
「ああ」
その一言で、空気が切り替わる。
全員が自然とテーブルの周囲へ集まり、中央に立つアストラへ視線を向けた。
淡いホログラム光が、部屋を照らす。
未来を変えるための―― 本当の作戦会議が、始まろうとしていた。
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