☆アリエスとタウロス
ルミナール号を降りた六人と一匹は、入港手続きを簡単にパスして、宇宙ステーション内部でも限られた者しか立ち入れない区画へと向かった。
サイモンが後ろを振り返り、ゲートを見ながら口の端を上げる。
「……おい、今の通過」
「ちょっと簡単すぎないか?」
ダイヤがフェザーを抱いたまま、端末を軽く振る。
「顔認証、ID照合、航行履歴――全部スルー」
「これ、検査って言えるのかね」
レオは足を止めず、周囲の警備ドローンへ一瞬だけ視線を向ける。
「警備はいるが……中身が伴っていないな」
「我々の時代のセキュリティはこんなものか?」
その会話に、少し後ろを歩いていたアストラが静かに反応する。
『当該ステーションのセキュリティレベルは、この時代基準において上位に位置します』
『侵入検知、個体認証、航行履歴照合、すべて高水準で実装されています』
ダイヤが片眉を上げる。
「それでこれ?」
わずかな間を置き、続ける。
『はい』
アストラの声が淡々と響く。
『ただし――私が介入した場合、それらは無効化可能です』
サイモンが吹き出す。
「つまり、お前が規格外ってことか」
レオが小さく息を吐く。
「未来の技術で殴れば、こうなるというわけだな」
ダイヤが苦笑する。
「防御側からしたら、たまったもんじゃないね」
アストラは変わらぬ調子で応じる。
『なお、今回の処理は痕跡を残さないよう最適化されています』
『追跡および検知の可能性は、極めて低いと推定されます』
サイモンが肩の力を抜きながら言う。
「頼もしすぎて逆に怖いな」
レオが前を見据えたまま、短く言葉を落とす。
「今は味方で助かっている」
その一言に、わずかな緊張と安心が同時に混ざった。
六人と一匹は、そのまま奥の区画へと進んでいく。
そして、またアストラが説明もなく、簡単に扉のセキュリティをクリアした。
結依が肩を揺らして笑う。
「もはや、大怪盗だね、平気で法を犯すなんて、アストラの中身はやっぱりオリオン博士だわ」
その言葉を受けて、レオは口元をゆるめることしかできない。
ステーション外周に隣接する居住ブロック。そこは、司令官級、研究責任者級といった上層関係者のみが暮らす、静かで整然とした空間だった。
目的地は、その一角。
アリエス・ミラノ博士の自宅兼研究室。
しばらく歩くと――
家の前に到着した。
そのときだった。
レオの足が、ぴたりと止まる。
「あ……」
家の外、透明ドームの下。
芝のような人工植生の上で、ひとりの女性がしゃがみ込んでいた。
少しピンクがかった金色の髪。見覚えのある横顔。
そして――
アリエスが優しく声をかける。
「ほら、タウロス。そこ、危ないわよ」
よちよちと歩く赤ん坊を、両手で支えながら笑っている。
レオの視線が、その光景に吸い寄せられる。
「……大きくなったな」
最後に会ったのは、ルミナス号出航前、一〇ヶ月前だ。
まだ首もすわりきっていなかった赤ん坊は、いまや一歳ちょっと。
まだ、おぼつかない足取りで、アリエスの周りを歩き回っている。
いきなり声をかけるのは、さすがにまずい。
そう判断し、先にルビィと結依が近づき声をかける。
ルビィが丁寧に口を開く。
「失礼します、アリエス・ミラノ博士?」
アリエスが顔を上げる。
「……?」
一瞬、警戒した表情。
だが、すぐに礼儀正しく立ち上がった。
「はい。どちら様でしょうか?」
ルビィが名乗ろうとした、そのとき。
赤ん坊がよろけながら突進してくる。
「たー!」
ルビィが反射的にしゃがみ込む。
「わっ……」
アリエスが苦笑を浮かべる。
「ごめんなさい。この子、人見知りしないの」
ルビィがやわらかく微笑む。
「いえ、大丈夫です」
その瞬間。
赤ん坊が、ルビィの指をぎゅっと掴んだ。
アリエスがすぐに抱き上げる。
「タウロス、やめなさい」
結依の視線がぴくりと動く。
「……タウロス?」
わずかに前のめりになりながら。
「え?」「今、タウロスって……」
アリエスが何気なく答えた。
「ええ。この子の名前です。タウロス・ミラノ・ゴールドバーグ」
その瞬間。
ルビィと結依が同時に固まった。
「……え?」「……あの?」
ふたりの視線が、赤ん坊とアリエスを何度も往復する。
結依が思わず声を上げる。
「ちょ、ちょっと待って」
「そのタウロスって……」
ルビィが真顔のまま続ける。
「将来、宇宙ステーション最高司令官になる?」
アリエスが完全に困惑する。
「……は?」
結依が続ける。
「口髭のめちゃくちゃ怖い人……」
ルビィが補足する。
「私たちに、異銀河探索の極秘辞令、出してきた」
赤ん坊はそんな空気など関係なく、手を叩く。
「たー!」
沈黙。
ルビィの肩がわずかに震える。
「これが、あのタウロス司令官?」
結依が小さく呟く。
「信じられない……」
アリエスは状況が飲み込めないまま、首を傾げた。
「……えっと。何の話?」
そのときだった。
低く、懐かしい声が空気を切る。
「……アリエス」
アリエスが、はっと振り返る。
「……レオ?」
一瞬、思考が止まり――
次の瞬間、目を見開いた。
「……レオ!?」
「なんで……!?」
その後は、言葉にならなかった。
室内に招き入れられ、六人と一匹は、ようやく腰を落ち着ける。
アリエスがサイモンを見て、吹き出した。
「ちょっと、サイモンその格好なに? 成金? ウケるんだけど」
サイモンが両手を広げる。
「俺の趣味じゃないからな! 全部アストラだ!」
レオが静かに息を吐く。
アリエスの視線がダイヤへ移る。
そして目を丸くした。
「……え? ダイヤ?」
少年姿のダイヤが、少し低めの声で。
「……俺」
アストラが即座に補助する。
『語尾を落としてください』
ダイヤが言い直す。
「……俺だよ」
サイモンが覗き込む。
「やば、普通に男の子だな。しかもそこそこイケてる」
ダイヤが即座に返す。
「うるさいゴリにぃ」
アリエスが笑いながら頷く。
「全然わからなかったよ。完全に男の子ね」
ダイヤが小さく息を吐く。
「……バレないよね?」
レオが迷いなく答える。
「問題ない」
その一言に、ダイヤは静かに頷いた。
再会の会話も落ち着き……
そして、すべてが語られた。
ルミナール号の存在。
五〇年後の未来。
サファイアのこと。
ルビィと結依。
オリオンが、未来でアストラを生み出したこと。
そして――
アクア・ミラノが、近い将来、暗殺されるという事実。
その後、アリエス自身も狙われること。
黒幕となる組織の存在。
アリエスは、途中、一言も挟まずに聞いていた。
話が終わると、深く息を吐き、静かに言った。
「……なるほど」
視線がアストラへ移る。
「あなたが……未来のアンドロイド?」
アストラが頷く。
次の瞬間。
アリエスの目が輝く。
「すごい!」
「この構造……この制御系……」
「え、ちょっと、ここ触ってもいい?」
フェザーにも気づく。
「何この生き物」
「かわいい……でも、この皮膚密度、異常じゃない?」
フェザーが鳴く。
「きゅ」
ダイヤが呟く。
「兄妹そろって、科学オタクだね」
レオは苦笑するしかなかった。
アリエスが、ふっと真剣な表情に戻る。
「……で?」
「未来から来た皆さんは、私に何を求めてるの?」
ルビィがまっすぐ答える。
「協力です」
アリエスがゆっくりとうなずく。
「いいわ」
「じゃあ――」
視線が全員を見渡す。
「今後の作戦を、考えましょう」
その言葉とともに、
物語は――“暗殺を止める側”として、動き出した。
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