☆偽装と潜入
ルビィが表情を引き締め、端末へ指を走らせる。
静かな操作音がブリッジに響き、ホログラムが一枚、また一枚と展開されていく。
淡い光が、その横顔を照らした。迷いのない視線。船長としての顔だった。
ルビィが静かに言葉を置く。
「まず――アリエス博士に会うには、宇宙ステーションに入る必要があります」
スクリーンに、巨大な円環構造のステーションが映し出される。
幾重にも重なる外殻、巡回する警備ドローン、絶え間なく流れる船の光跡。
研究区画と議会区画を併せ持つ、リトス銀河でも屈指の中枢施設。
その存在感は、ただの“目的地”ではなく、“壁”そのものだった。
結依が首をかしげる。少しだけ不安を滲ませながら。
「でも、ルミナス号って……有名すぎない?」
アストラが即答する。間は一切ない。
『はい』
『ルミナス号は、現在この時代において、行方不明の船です。近づけばすぐに、監視と照会が同時に行われるでしょう』
言葉と同時に、複数の警戒プロトコルがホログラムに表示される。
侵入検知、身元照合、軌道追尾――逃げ場はない。
サイモンが星を眺めたまま呟く。
あえて緊張を軽くするような、抜けた声で。
「そりゃそうだ。そんな船が、いきなり帰ってきたら大事件だ」
ルビィが小さく頷く。判断はもう固まっている。
「そうですね、ルミナス号はここの宙域で待機。六人でルミナール号で向かいます」
ダイヤが片眉を上げる。すぐに別の問題へ視線を向ける。
「でも、ルミナール号って、この時代に登録ないでしょ?」
アストラが間を置かず答える。
『はい、ありません、今から作ります』
一瞬の沈黙。
空気が、ぴたりと止まる。
結依が思わず聞き返す。
「……作る?」
アストラが淡々と続ける。
『はい、私は未来のアンドロイドです。五〇年前のデータの改ざんは簡単です』
『“民間所有・超富裕層向け個人船”として登録します』
その瞬間、ホログラムに偽装データが高速で構築されていく。
所有者名、資産履歴、航行ログ――すべてが“それらしく”積み上がる。
サイモンが堪えきれない、といった顔で吹き出す。
「ははっ、金持ち設定かよ」
アストラが揺らがない声で続ける。
『最も不審に思われません』
『目的不明、滞在短期、身元非公開。この時代のセキュリティは、富裕層に甘い』
結依が呆れたように眉を寄せる。
「完全に犯罪者の発想じゃない」
アストラが即答する。
一切の迷いなく。
『合理的です』
そのやり取りを聞いて、ダイヤがふっと笑った。
どこか楽しそうに、そして少しだけ懐かしむように。
ダイヤがレオへ視線を向ける。
「ねぇ、レオ」
レオが顔を上げる。
「なんだ?」
ダイヤが少し楽しげに言う。
「アストラってさ、オリオンと同じ思考してそう」
一瞬の間。
次の瞬間、空気が弾けた。
結依が噴き出す。
サイモンも声を押し殺して笑う。
ルビィも耐えきれず、くすっと息を漏らした。
レオは苦い顔のまま黙る。
そして、わずかに視線を逸らしながら。
「あいつも、こんな感じなのか」
アストラは気にした様子もなく続ける。
『次に、個人識別です』
六人分のホログラムが立ち上がる。
顔、体格、歩行パターン、声紋――すべてがデータ化され、上書きされていく。
『全員に電子偽IDを作成します。職業、経歴、滞在理由――すべて整合性を取ります』
『そして、ルミナス号の三人は有名人ですので、変装が必要です』
ダイヤが目を瞬かせる。
「え?変装?」
数分後。
ブリッジの一角が簡易更衣スペースの様になっていた。
レオの前にホログラムが展開される。
落ち着いた色のローブ。縁なしの情報グラス。
髪は後ろで一つに束ねられ、雰囲気は完全に“無口な資産家の護衛”。
レオが鏡を見て眉をひそめる。
「……俺、こんなに無愛想に見えるのか?」
アストラが淡々と告げる。
『違和感ないです、コードネーム:リゲル・オムです』
結依が素直に頷く。
「落ち着いた感じで、カッコいいですよ」
次に、サイモン。
派手な柄のジャケットに、過剰な装飾リング。
どこからどう見ても、成金。
サイモンが両手を広げて抗議する。
「ちょ、待て待て!」
「俺、こんな趣味じゃない!」
アストラが淡々と説明する。
『記録によれば、この時代の富裕層男性は、“わかりやすい装飾”を好みます』
『コードネーム:ブルーノ・ウィリスです』
ダイヤが、腹を抱えて声を上げて大笑いする。
「ゴリにぃ、似合ってる似合ってる!」
ルビィも結依も笑っている。
緊張が完全にほどけた、短い休息のような時間。
最後に、ダイヤ。
ダイヤが軽く息をつく。
「はいはい。どうせ私も地味に――」
表示された姿を見て、動きが止まる。
髪は短くまとめられ、帽子。
ゆるいジャケット。
首元まで閉じたシャツ。
どう見ても、少年だった。
ダイヤが固まる。
「……は?」
サイモンが吹き出す。
「ちょ、待て。誰だこの爽やか系イケメン」
結依が目を輝かせ、素直すぎる感想で追い打ちをかけた。
「可愛い男の子じゃん」
アストラが淡々と説明する。
『少年に偽装することで、識別率を六三%低減できます』
ダイヤは鏡の前に立つ。
帽子を整え、じっと自分を見る。
そこにいるのは、自分であって自分じゃない存在。
「……嘘でしょ」
ルビィが楽しそうに声をかける。
「おばあちゃん、悪くないよ〜」
ダイヤが即座に返す。
「悪くない!? 私だよ!?」
アストラが続ける。
『声帯補正を行います。少し低めに』
ダイヤが咳払いする。
ほんの少しだけ、覚悟を決めるように。
「……えーと」
アストラが指示する。
『もっと短く。語尾を落としてください』
ダイヤが試す。
声を落とし、響きを変える。
「…俺…」
サイモンが両手で口を押さえ笑う。
「やば。完成度高ぇ」
ダイヤが鋭く睨む。
「笑うな、ゴリにぃ」
サイモンが肩を震わせながら返す。
「いやいや、むしろ俺よりモテそうなんだが」
レオが低く助言する。
「自然に歩け。腰を落とせ。肩を開くな」
ダイヤは姿勢を変える。
足を少し広げ、ポケットに手を入れる。
重心を落とす。
鏡の中には、完全に別人の少年が立っていた。
ダイヤが小さく呟く。
「……これで、バレない?」
アストラが即答する。
『はい。もう、“ダイヤ”は存在しません』
ダイヤはゆっくり息を吐く。
覚悟を飲み込むように。
「じゃあ、今日から俺は?」
アストラが新しいIDを表示する。
『コードネーム:ラルド・エーメ』
サイモンが笑う。
「お、強そう」
ダイヤ――いや、ラルドが小さく頷く。
もう迷いはない。
「了解。任務、開始だよ」
フェザーはというと。
首元に小さなタグが装着される。
〈希少保護動物・個人所有〉
フェザーが首をかしげる。
「……きゅ?」
アストラが説明する。
『フェザーには、正式な飼育許可証を発行しました』
『この時代では、動物の方が審査が厳しい場合があります』
ダイヤが抱き上げて頬を寄せる。
さっきまでの“少年”の顔が一瞬だけ戻る。
「偉くなったねぇ、フェザー」
最後に、アストラ自身。
アストラが静かに宣言する。
『私の身分は』
『“次世代研究用アンドロイド・試作機”。この時代より五〇年先の技術で製造された、という設定です』
結依が目を丸くする。
「……それ、信じられるの?」
アストラが即答する。
『疑われても問題ありません』
『技術検証には、数十年単位の時間が必要です』
ルビィが軽く息を吐く。
半分呆れ、半分感心しながら。
「もう隠す気ないでしょ?」
アストラが迷いなく返す。
『ありません』
そうして、ルミナール号は宇宙ステーションへと進路を取る。
静かな推進音が船体を震わせる。
作戦は、すでに動き出していた。
通信が入る。
『こちら、中央第一宇宙ステーション管制。未登録船籍を確認。目的を述べよ』
ルビィが落ち着いた指先で操作しながら応答する。
迷いのない声音。
「民間船ルミナール。短期滞在。研究区画への入港許可を要請します」
一拍。
わずかな沈黙が、やけに長く感じられる。
『……確認。着陸許可を発行する。指定ドックへ進入せよ』
緊張が、ふっとほどける。
巨大なステーションへ、ゆっくりと向かう。
光の帯が回転し、ドックが口を開く。
ダイヤがフェザーを撫でながら、小さく呟いた。
今度は少年の声のまま。
「さあ……ここからが本番だね」
ルミナール号は、静かに減速し――
歴史が動き出す場所へと、降りていった。
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