☆ふたりの子供(後編)
◆ルミナール艦内・メインラウンジ
――少しの間、沈黙が流れる。
ルビィは無意識に胸元のエンブレムを握る。
艦内には、告白の余韻が重く残っていた。
その空気を破ったのは、サイモンだった。
「……じゃあさ」
サイモンがゆっくりと顔を上げる。
「この時代の宇宙ステーションに、俺たちは帰っていいのか?」
アストラは即答する。
『いいえ。できません』
サイモンの肩がわずかに落ちる。
アストラが続ける。
『オリオン博士の指示は明確です』
『ルミナス号の三名を無事に救出していた場合、ルミナール号のワープ制御部には“裏側に隠された操作区画”が存在します』
結依が目を見開く。
「隠し……ドア?」
『はい、そこで、タイムマシーン機能を操作できます』
一拍。
『行き先の時代は、ルミナール号が出航した五週間後に設定されています』
『三名を伴い、今から五〇年後の未来の時代へ戻るよう指示されています』
ルビィが眉を寄せる。
「……この時代に三人を戻すのは?」
『不可です』
アストラの声は冷たいほど正確だった。
『行方不明、ならびに死亡推定となっている三名を、この時代の宇宙ステーションへ帰還させた場合、歴史改変が発生します』
『それは、タイムパラドックス条約違反です。重罪に該当します』
ルビィが小さく息を吸う。
「……許可なくタイムマシーンを使ってる時点でも、重罪だよね?」
『はい』
アストラは否定しなかった。
ダイヤが苦く笑う。
「オリオンもサファイアも条約違反は気にしないってことね」
レオが低く吐き捨てる。
「……オリオンのやつ……」
そのとき。
もぞ、と小さな音。
ダイヤの足元から、ふわふわした毛玉が顔を出す。
「……きゅ?」
状況など知る由もなく、ブーツに体をこすりつける。
ダイヤが一瞬きょとんとし、ふっと笑う。
「……ああ、フェザー」
しゃがみ込み、やさしく撫でる。
「この空気、さすがに重すぎたよね」
張り詰めていた空気が、わずかにほどける。
アストラが話を戻す。
『続けます』
フェザーがダイヤの腕の中で丸くなる。
そのまま、言葉が続く。
『オリオン博士のデータによれば、ルミナス号は出航から三ヶ月後、信号が完全に途絶えています』
サイモンが息を呑む。
『なお、本部との通信には、別銀河の為、長距離量子リンク通信――通称リンクが使用されていました』
『リンクには約一ヶ月の遅延が発生しますが、最後の通信も記録として残されています』
アストラは淡々と続ける。
『当時は原因不明。しかし現在の知見では、惑星アークス周辺に存在した、あの恒星の影響で信号が遮断された可能性が高いです』
一拍。
『つまり、リンク通信・船体信号ともに、同時期に遮断されたと考えられます』
『そして三年間、行方不明。その後、死亡認定』
静かな声が、現実を突きつける。
『オリオン博士は成人後、無人探索機によりアデーロス第三銀河を調査しました』
『そこで、第三銀河の恒星の一つが爆発した痕跡を発見し、爆発時期や影響など調査しました』
結依が、かすれた声を漏らす。
「じゃあ……」
アストラが続ける。
『博士の仮説では、ルミナス号の三名は、信号が途絶えた後も、約三ヶ月から六ヶ月は生存していた』
ダイヤの表情がわずかに曇る。
『そして、恒星爆発に巻き込まれ、死亡したと結論づけています』
沈黙。
『つまり、恒星が爆発する前に救出することが、二人の博士の目的でした』
フェザーが、くぃ、とダイヤの顎をつつく。
ダイヤが小さく息を吐く。
「……なるほどね」
そして、空気を切り替えるように笑う。
「完全にやられたねぇ、レオくん」
レオの肩に軽く手を置く。
「私たちの子供は二人そろって、用意周到すぎるよ」
レオは苦い顔のまま、黙っている。
ダイヤが続ける。
「つまりさ」
全員を見渡す。
「私たち三人は、この時代で生き続けることはできない」
一拍。
「でも」
「ルビィたちの時代――五〇年後なら、話は別ってことだね」
「そこでは、私たちが生きてても歴史の改変にはならない」
「もう五〇年前に死んでるわけだから、新しいID用意してもらわないとね」
ダイヤがニヤッと笑う。
「いいじゃん、それで」
サイモンを見る。
「ゴリにぃもさ、五〇年先の未来に行っても、すぐ慣れるよ」
サイモンが苦笑する。
「そう簡単に言うなよ……」
ダイヤが、少しだけ声を落とす。
「でもね、オリオンやサファイアの気持ちは、わかるよ」
フェザーを胸に抱いたまま、静かに言う。
「助けたいって気持ち。それだけで、時代を越える理由になる」
その言葉に、レオはしばらく黙り込む。
やがて、深く息を吸う。
レオが視線を落としたまま、ゆっくりと口を開く。
「……俺」
一拍。
「五〇年後の未来に行く前に……」
さらに言葉を選ぶように間を置く。
「この時代に、どうしても助けたい人がいる」
フェザーが、小さく鳴いた。
その声が合図のように、物語は次の選択へと進み始めていく。
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