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ハーフタイムの休憩中。
コート横のベンチに腰掛けて荒い息をついていた松田から、徐々に邪気がぬけ始めた。
「あ、あれ?僕、どうして……?」
お決まりのリアクションを見せながら、辺りを見渡す松田。
「……計算違いだわ……。思っていたよりもずっと切れるのが早い……」
「お前の想定だと、後半ももつはずだったのか?」
「ええ、だってまだ味噌汁の一件とか、罰ゲームでやったあれこれとか……。絶対溜まっているはずなのに」
「本人は思うほど怒っちゃいなかったってことかな」
「……加減しないでもっともっとブチ込んでおけば良かったわ」
悔しそうに、親指の爪を噛む累。
「マツケンくん、前半大活躍だったね!かっこよかったよ!」
「へ……?」
真菜に拍手されて、一瞬呆然となるものの、わけがわからないままでも褒められて悪い気はしないらしく、すぐに顔を緩めて照れだした。
「で、でもなんか酷く体が疲れきってるよ……。肩なんかパンパンで、腕が上がらないくらいだ……」
「……まずいな」
「……まずいわね」
見れば、異常は肩だけではなく下半身にも出ているようだった。
膝は小刻みに震えて、カタカタと貧乏ゆすりのように揺れている。
短時間とはいえ、無理矢理実力以上のパフォーマンスを発揮させただけに、体にかかった負担は小さくないはずだ。
おそらく後半、松田は通常状態よりも大幅にパワーダウンしたと考えるべきだろう。
これで、実質の戦力は四人分以下になってしまった。
松田のディフェンスが効力を無くしたと分かったら、途端に1Cは猛攻を仕掛けてくるに違いない。
果たして、後半八分間、たった九点の点差で凌ぐことはできるだろうか。
「んで、次の作戦は……?」
「特に無いわ」
「……なんとなく、このパターンにも慣れてきた……」
言いながら、正和はがっくりと肩を落とした。
いつも完璧に結果を出しているようでいて、累の作戦は要所要所で確実性に欠ける。
その穴を埋めるために、身を削るハメになるのは大抵正和というオチだった。
「そう落ち込まないで。後半は、私が攻めるわ。どんどんパスを頂戴」
「まぁ、もうお前しか頼れる奴はいねぇけどさ……」
ブザーが鳴る。
泣いても笑ってもこれが最後の八分。
四人は、最後の円陣を組んだ。
「あなたの近所の秋葉原ー?!♪」
『サ◯ームセン!♪』
決勝戦、後半開始。
—
1Cにはしっかりと交代要員が用意されていたらしく、負傷退場した木村くんの代わりが補充されていた。
試合が始まってみると、その交代要員が補欠とは思えないほど俊敏な動きを見せる。
正和は相手チームの選手層の厚さを羨むしかなかった。
松田の様子が前半と違うことは、開始間もなくばれてしまった。
何しろ雰囲気が鬼から人間のそれに戻っている上に、殺人パスも使えなくなってしまったのだ。
開始直後は探り探りだった攻撃もすぐに遠慮がなくなり、ゴール間際まで距離を詰めてシュートを放たれるようになった。
連続得点を許し、スコアは18-13。
通常のパスで試合をリスタートさせる松田。
受け取った正和が、前線で待機していた累の所までボールを運ぶ。
「行かせるかっ!」
梶が累のマークに付く。
女子相手とは思えないプレッシャーのかけ方だった。
しかし慌てず騒がず、累は右手でボールを背後に回して隠す。
左手の指で、ゆっくり一、二、三とカウントする。
訝る梶の眼前に、右手を広げてみせる累。
ボールは彼女の手の中からなくなっていた。
「……え?」
軽いパニックになって正和や真菜に視線を飛ばす梶。
その横を悠然と通り過ぎる累。
いつの間にか、元通りその手にはボールが収まっていた。
「なっ……?!」
フリースローラインあたりからジャンプシュートを決め、再び20-13と突き放す。
「バスケの試合で手品使うやつが居るかよ……」
「スポーツに心理的要素を持ち込むなんて、最近では常識よ」
「世の中色々飽和してるなぁ」
「面倒ったらないわ」
攻守交代。
梶から冷静にボールを運んで、パス回しでマークを振り切ってレイアップ。
セオリー通りの攻め方でゴールを決めた。20-15。
3Bの反撃。
正和が必死のドリブル突破を見せるも、途中でディフェンスに取り囲まれてボールを奪われる。
速攻の反撃を決められて20-17。
「わり……累。そこまで運べなかった」
「大丈夫。まだ勝ってるし。あまり一気に目立って大量マークをつけられるよりいいわ」
再び3Bの攻撃。
今度は上手くディフェンスの間を縫って累にパスをつなげることに成功した。
ゴールの真横からドリブル突破を試みる累。
単調なはずの累のドリブルを見ていて、正和は不思議な感覚に捕われた。
まるで動画の表示に音声の再生が追いついていない状態を見ているかのように、とても不快な気分が募る。
それは相手ディフェンスも同じだったらしく、動揺に身じろぎした瞬間に左手側をすり抜けることに成功。
再び一人躱してのジャンプシュート。22-15。
「……今のは?」
「ドリブル音を真似して鳴らしてみたの」
言って、ボールが床に叩きつけられるダムッという音を口で再現してみせる累。
ドリブルの動作に対して音がズレているように感じたのは、この音のせいだったらしい。
「……お前オウムみたいな事できるんだな」
「鳥ごときに出来て私に出来ないはずがないでしょう」
一進一退は続く。
少しずつ、得点源が主に累であることに気づかれ出して、3B側の得点ペースが落ちていく。
一方、追い上げる側の1Cは押せ押せムードで、心理的に観客も味方につけて迫りくる。
32-31。
一点差にまで詰め寄られた終盤、累が遂にスリーポイントを解禁する。
正和からボールを受け取ってすぐ、マークが近づいてくる前にボールを放り上げる。
「よし!これでもう一本凌げば、試合終了だ!」
半ば勝利を確信してディフェンスに戻ろうとする累以外の三人。
しかし、累本人は厳しい表情でボールの行く先を追っている。
がんっ、と固い拒絶の音を立てて、リングが得点を阻んだ。
「……え?」
累がスリーポイントを……いや、スリーに限定せず、正和たちの知る限り初めてシュートを外した。
三人に走った動揺は、大会通して最大のものだった。
ボールは偶然松田の手元に転がり込んで、3Bボールは続く。
しかし、累の様子がおかしいことに気づいた正和は、パスを貰いに行くことも放棄して彼女の元へ駆け寄った。
「おい累……!どうしたんだ?!累!!」
幽鬼のようにふらふらと二、三歩歩いて、正和の腕の中に倒れ込む累。
苦しげな息は弾み、顔は赤らんでいる。
手のひらから伝わる体温で、すぐ発熱していることが分かってしまうほどだった。
「……ついに……限界……みたいね……」
「累……。お、お前まさか、自分の体力がやばいのに、今まで隠して……?!」
汗にまみれ、前髪を額に張り付かせた顔で、ばつが悪そうに笑う累。
正和は焦り、同時に自分の迂闊さを呪った。
自分の望みを叶えるために、何の考慮もなしに累に負担を強いてきてしまった。
累だって人間であるかぎり、限界はある。
頭をフル回転させて作戦を練り、最終的には1Cに対する攻撃を一手に引き受けた。
これで平然としていられたら、それこそ超人だ。
「うっ……く……」
「ど、どうした?苦しいのか?!」
「少し……でも、大丈夫、まだやれるわ……」
「馬鹿言うな!そんな状態で……なんで今まで黙ってたんだよ!馬鹿野郎!」
罵りながら、自分で自分が嫌になった。
彼女を追い込んで、ここまでさせたのは正和自身の言葉に違いなかった。
「だって……正くん。試合が……」
「……もう試合なんていい!負けでいいから、早く、保健室……じゃなくて病院に!」
「ダメだよ……。正くん……。正くんが、勝てって言ったんだから……私は……それを、叶えなきゃ……」
「……累……」
潤んだ瞳が正和を見つめている。
力なくぐったりと身を任せる彼女の、その瞳の輝きだけはまだ失われていなかった。
「ぐっ……う……」
「お、おい累!しっかりしろ!……待ってろ、すぐに救急車を……」
「待って……正くん」
「うん?何だ?」
「実は……」
「実は?」
「実は、もう、ここ何日も……」
「な、何日も?……も、もしかして寝てないのか?!」
静かに首を振る累。
「……ここ何日も、ボケるのを我慢していたの……」
正和の目が、点になった。
「…………は?」
「あまりに長いこと頭の中にボケを溜め込みすぎて……今ちょうど許容量を超えてしまったみたい……」
短い沈黙。
正和が数回瞬きをする。
次第に累の言葉の意味が噛み砕けてきて、真面目に心配していた自分を思い出して赤面し始める。
「……ちなみに聞くけど、許容量を超えると、君はどうなるの?」
「……発情するわ」
正和は汚いものを掴んでしまった時のように、累の体を放り投げた。
後頭部から床に落ちる累。
「……痛いわ」
「黙れ。そして俺がさっき取り乱した分のカロリーを返せ」
正和と累が下らないやり取りをしている間に、松田はボールを奪われ、逆転のシュートを決められてしまった。
残り時間は、約十五秒。




