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スローインで試合を再開するまで、試合のタイマーはストップしている。
しかし、残り十五秒。
32-33、一点のビハインドで、わずか十五秒だ。
果たして、どうやって点を取るべきか。
真菜はもとより、松田は腕が上がるかも怪しい。
そして頼みの綱の累は、熱病に浮かされたように顔を赤くして、ふらふらと足元も覚束ない。
まともに動けるのは、正和一人になっていた。
「くそっ……結局最後は俺に丸投げかよ……」
いつもの癖のように、一つ悪態をついたあとで、自分の心中には全く逆の気持ちが芽生えていることを感じていた。
正和一人では、こんな場所にたどり着くことは絶対にできなかった。
松田の提案から始まって、累が涼子を丸め込むようにチームに引きずり込んで。
放課後の時間、それぞれの門限ギリギリまで練習を繰り返してきた。
涼子は、初戦と二回戦で目の覚めるような活躍を見せてくれた。
松田は地味ながらも、しっかりとチームのゴール下を支えた。そして今は活躍の代償としてボロボロの状態にある。
運動が苦手なはずの真菜も、スクリーンによっていくつかの得点に繋がるプレイをしてみせた。
そして、累。
作戦の立案から指揮、さらに試合中のゲームメイクや精度の高いシュートまで。
果たして何役分を同時にこなしてきたのか。
それは誰あろう、正和のために。
正和は眦を決して、手を挙げてボールを要求した。
ここは、自分が結果を出す場面だ。
どんな方法でも良い。この試合に、勝つんだ。
松田が顔を顰めながら、山なりのパスを送る。
弱々しくも、ボールはしっかりの正和の胸の真ん中にたどり着いた。
「杉田くん……!」
「……おうっ!」
力強くボールをつきながら、正和は駆け出す。
途中、真菜がさり気ない動作でディフェンスの一人にスクリーンをかけて、正和の行く道を広げてくれた。
「杉田くん、お願い!」
「……任せろ!」
あっという間に相手コートのスリーポイントラインまでたどり着く。
残り、十秒。
「杉田ーーー!!行けーーー!!!」
一瞬だけ、流れる視界の端に、松葉杖をついて拳を振り上げる涼子の姿が見えた。
治療と検査を終えて、戻ってきたのだろうか。
あれだけ白鳥教諭に言われたのに、じっとはしていられなかったようだ。
その無茶っぷりが可笑しくて、正和は呆れて、それ以上に感謝した。
「任せろっつってんだろ!」
胸が熱い。
漫画で見るような展開の中心に、自分が居ることが信じられない。
残り六秒。
もう一度、涼子の技を借りる。
相対するディフェンスの手前でブレーキすると見せかけて、ターンして再加速。
驚くほどあっさりと、ドリブル突破を決めることが出来た。
自分が手にするボールに、自分以外の意思を感じる。
陳腐だが、それはチームメイト全員の想いであると信じて疑わなかった。
残るはゴール下、累のマークから離れてヘルプに飛び出してきた梶一人。
梶の顔に浮かぶ表情は、一対一での決着を求めているように見えた。
普段ならそんな雰囲気に飲まれたりはしないはずだが、今の正和は違った。
正和に残されたカードはもう一枚しか無い。
二回戦で勝負を決めたバックステップからのフェイダウェイ。
どう考えても細谷より梶のほうが背も低くスピードも遅い。
初見でブロックされるはずはない。
(今なら、絶対もう一度決められる!)
意を決して、左足を前に相手の懐へ食い込む。
梶の上体は、上手くその動きに釣られて後方へ流れている。
正和は確かな手応えを感じて、思い切り左足を踏ん張って床を蹴る。
その時。
バスケットシューズの靴底と床の間に、誰かの汗の雫が挟まっていた。
きゅっと高音を立てて滑る靴底。
「しまっ……」
束の間宙に浮いた正和の体は、ゆっくりと落ちていく。
残り三秒。
そしてあと一秒しないうちに、正和の体は床に叩きつけられる。
立ち上がってシュートを撃つ猶予が、あるかないか。
真横に傾いた視界の中で、目があった。
累だ。
症状の原因はどうあれ、立っているのが辛い状態であることに変わりはないのだろう。
汗塗れで、苦しそうに喘ぎながらも、それでも正和を真っ直ぐに見ていた。
コンマ数秒の間に、正和の頭の中に様々な逡巡が過る。
今の状態の累を信じられるのか。
この場面で、また累に頼ってしまって良いのか。
最後の最後、自分の手で勝負を決められなくて良いのか。
全ての要素をひっくるめて考えた上で、自然と正和の腕はボールを押し出していた。
そこに立つ、幼馴染の手元へ向けて。
信じるに決っている。
ここまでずっと正和の願いを叶え続けてくれた累を。
もし外したって恨んだりなんかしない。誓える。
自分が不格好だって良い。誰が決めるかなんて、チームが勝つことに比べたら爪の先ほどの意味もない。
ここまできたら、シュートを決めることが全てだ。
「累!決めてくれっ!!」
残り二秒。
高い位置でボールを受け取った累は、その勢いのまま高々と飛び上がった。
「正くんが」
残り一秒。
「そう言うならっ!」
右手首のスナップを効かせて、ワンハンドで放つジャンプシュート。
正和のマークに飛び出していた梶も、それ以外の1Cのメンバーも、正和の転倒を予期できるはずもなく、そこからのパスも同様だった。
完全なるフリーの状態で放ったシュートは、高い軌道を描き、ゆっくりとリングに向けて吸い込まれていき……。
その中央を貫き、ネットを揺らした。




