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幼馴染はツッコミ待ち  作者: けいぞう
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 1Cのシューターがスリーポイントを放つ。

 十点の得点差を少しでも早く詰めたいという焦りもあるのだろうが、理由は他にもあった。

 スリーポイントラインの内側は、鬼と化した松田の絶対的な守備領域となっているためである。

 容易に攻め入れば食い殺されんばかりの凄絶な気迫でボールを奪われる。

 例外など無い。

 認めがたい事実だったが、1Cの面々の七回連続に及ぶ攻撃失敗でついに学んだ。

 『ドリブルもパスもスクリーンも意味はない。この化物とまともにやりあってはいけない』、と。


 苦し紛れに放つスリーポイントも、累や正和がシュートブロックに跳ぶため、万全の体制ではない。

 そう簡単には入らない。入らないということは、ボールは彼の頭上に落ちることになる。


「っがあぁぁぁぁあああああぁっ!!!」


 敵は半径三メートル以内には一人もいない。

 それでも松田はリングに弾かれたボールに跳びついた。

 見開かれた目は鬼火のような光を放ち、口の端からは長い舌が飛び出してはためいている。

 爪をむき出しにした両手が、ボールを捻り潰さんばかりの勢いで捕える。

 地震のような轟音を鳴らして両足で着地するや、爛々と輝く双眸で相手コートを睨みつける。

 もはや、お人好しで少々おネエっぽい松田健太郎は見る影もなかった。

 そこにいたのは、言うなればバスケの鬼だった。


「……謝れ……」

 

 唸り声とともに漏れ出す呼気は蒸気のように白く残り、彼の中に渦巻く怒りの凄まじさを見る者に知らしめた。

 隆々とした筋肉に覆われた背中をゆっくりと反らせて、松田が送球体勢に入る。

 1Cの五人と、そして味方であるはずの正和までもが、恐れおののいて後ずさった。

 累と、そして何故か真菜だけは平気な顔をして相手コートに向けて走り出していた。

 正和も一拍遅れて続く。


「女子達に、僕が水泳部の宮野くんとおホモ達だって噂を流した奴、謝れぇええええぇ!!」


 ダイナミックなフォームで、前線に向けてベースボールパスを放つ。 

 球体のはずのボールが三日月のように形を歪ませ(ていると錯覚させるような速度で)飛翔する。

 

「正くん、頼むわ!」

「……マジで、もう、そろそろ限界なんだけど……」


 猛烈な勢いで迫りくるボールに、意を決して飛びつく正和。

 空中で抱きかかえるように捕球した彼の体を、衝撃が貫く。


「……ぐぶっ……」


 ヘビー級ボクサーのボディブローを食らったように、体をくの字に折り曲げて顔と膝から着地する正和。

 こぼれたボールを拾い上げて、素早くシュートを決める累。

 これでリードはさらに広がり、18-6。


「大丈夫?正くん」

「……そろそろ血尿出ると思う」

「そう。あと五発くらいはいけそうね」

「ここにも鬼がいる」


 ふらつきながらも、何とか正和は立ち上がる。

 どんな犠牲も厭わない覚悟ではいたが、まさかここまで直接的なダメージを追う役割とは想像もしていなかった。


「……ってかさ、累」

「何?」

「あれって、本当に、暗示だけの効果なのか?その……変なクスリとか使ってねぇよな?」

「ドーピング検査されるわけじゃないから証明のしようはないけど、使ってないわ。神に誓って。あれは間違いなく、彼の中に眠っていた力の発露よ」

「アイツ、どんだけ鬱憤溜まってたんだよ……」


 曰く、教室での個別の打ち合わせの際、累は松田にある種の催眠のようなものをかけたのだという。

 

 累が目を付けたのは、松田の性格だった。

 心優しく謙虚で穏やかな彼の心の奥底には、その性格ゆえに抑圧された憤りの感情が地層のように堆積していることを看破した。

 怒りは人を突き動かす純粋な燃料だ。

 たったそれだけの論理を頭に植え付けて、あとは『試合中は怒りをぶちまけていい』と軽く背中を押してやれば、バスケ鬼の出来上がり、とのことだった。


「普段が普段だけに、落差がデカすぎてこええよ……」

「そうだろうと思って、真菜には恐怖の感覚を鈍らせる暗示をかけておいたわ」


 真菜が平然としている理由に納得がいった。


 「マツケンくん。すごーい!!」


 当の真菜は、きゃっきゃとはしゃいで拍手している。

 仮にあのパスが体のどこかを掠めたりでもしたら、といった想像は微塵もしていないようだ。

 しかし、どす黒い怒りのオーラを撒き散らすマツケンと笑顔でハイタッチを交わす真菜の姿は、何とも異様だった。

 

 感嘆すべきは、相手チームである1Cがまだ試合を続けてくれていることだ。

 攻撃はスリーポイントのみに制限され、シュートを外すと砲撃のようなパスでカウンターを食らう。

 こんな出鱈目な展開を見せられたら、バスケットボールを少しでも知っている人間なら馬鹿らしくなるだろう。


「落ち着いて!とにかくなんとかスリーを決めるんだ!」


 相手チームの司令塔らしい男子生徒、梶が冷静に指示を出す。

 残り四人も挫けた様子はなく、威勢のよい返事を返した。

 五人をほぼ等間隔でスリーポイントライン際に配置して、パスを回してシュートのタイミングを伺い始める。

 正和、累、真菜の三人は、スリーポイントをブロックすることに専念する。

 

 スリーポイントシュートの成功率は、世界最高峰リーグのNBAでさえ三十五パーセント程度に留まる。

 バスケ部でもない高校一年生では、二割も入れば上出来だろう。

 裏を返せば、八割以上の確率で鬼のカウンターパスが飛んで帰ってくることになる。


「シュート撃ったら、全員すぐダッシュでディフェンス!あのパスを通さなければ、失点は防げる!」


 敵も無能ではない。

 カウンター封じで失点をなくし、得点の可能性のあるスリーを放ちつづけて、なんとか逆転を目指すつもりのようだった。


 その攻撃では、結局梶が放ったスリーが決まり、点差を九とされた。


「……僕を……」


 再開のスローインも当然松田が放つ。


「僕を、ケツマン太郎って呼ぶなぁぁぁあああ!!」


 正和と累が顔を見合わせる。

 怒りのネタがつい一月前の出来事になった。

 松田の中の怒りのストックの底が見え始めていると考えられる事態だった。


「オーライ!」


 正和に向けて放たれたその豪速球パスに、1CのSG(シューティングガード)、木村が反応する。

 受け止めた後痛みに悶絶する正和の様子を見ていただけあって、流石に手だけで止めに行ったりはしない。

 ドッジボールのように、胸と腕で包み込むようにしてキャッチする。


「……ほふっ……」


 着弾の衝撃が、木村の肺から空気を絞り出す。

 バッシュの靴底が数センチ後方に滑る。

 それでも彼は、ボールをしっかりと腕の中に収めた。


「な、ナイス木村!」


 初めて松田のパスが阻まれた。

 しかし、その代償は小さくないようだった。

 苦悶の表情のまま固まった木村の手からゆっくりとボールがこぼれ落ちる。

 数秒遅れて、真っ赤な雫が床に垂れ落ちた。


「おい、木村……鼻血……」


 心配するチームメイトにピクリとも反応を返さず、無言でゆっくりと崩折れる木村。


「木村!」


 呼びかける声も虚しく、ぐったりと横たわる体。

 またしても、累と涼子以外が青ざめる。


「わー!すごいすごい、マツケンくん!一匹倒したよー!残りあと四匹だね!」


 静まり返る体育館に、真菜が大喜びする声だけが響く。

 今度は選手のみならず、数十人の観客も顔色と言葉を失った。


「……おい、累。お前の暗示、なんか変な風に効いてないか?」

「まあ、一時的にとはいえ人の心を捻じ曲げるんだから、歪みも出るわ」

「っていうかおい!木村くん、ノビちまったぞ!」


 救護班に担架で運ばれていく彼を指差しながら、正和が累に詰め寄る。


「見ればわかるわ」

「じゃなくて!なんで?俺はもう七、八回受けてるのに、何で平気なの?!」


 そこまで言って、はっとする。

 思い当たる節があった。


「まさか、暗示で……?」

「正解」

「……どんな効果?」

「……忍耐力プラス五?くらい……っぽい感じ」

「そのあやふやさ超怖い!!忍耐だけ上げといて耐久力は据え置きとかないよな!?おい!」


 喚き散らす正和をよそに、前半終了のブザーが鳴り響いた。


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