『信仰対象変更のお知らせ』
気づけば、私は荘厳な寺院の中にいた。
石造りの回廊は静まり返り、足音だけがやけに大きく響く。
案内してくれたのは、いかにも僧侶といった装束の若者だったが、その仕草にはどこか軽薄さが混じっている。
「こっちっス」
親指で奥を示すその様子は、どうにも神聖さに欠けていた。
やがて辿り着いたのは、異様なほど天井の高い広間だった。
見上げれば、白く巨大な柱が何本も立ち並び、まるで大木の幹のように空間を支えている。
それは、これまでの寺院の雰囲気とは明らかに異なる、異国の古代建築を思わせる光景だった。
その中心に、ひときわ目立つ台座がある。
ひとりの老人が、静かに座していた。
「あそこにおられるのが、我らが教祖様っス」
若い僧侶は、わずかに胸を張って言った。
「齢、三百を超えておられます」
私は思わず目を見張る。
「歳を重ねた方は、それだけで尊い存在なんですよ。知識と経験の宝庫っスから」
なるほど、と頷きながらも、どこか腑に落ちない感覚が残る。
僧侶は軽く笑い、親指を立てた。
「なんでも聞いてみなよ」
そのフランクな口調に、わずかな苛立ちを覚える。
台座の老人は、穏やかなまなざしでこちらを見つめた。
「なんでも聞いてみなさい」
静かな声だった。
だが私は、聞きたいことが思い浮かばない。
せっかくの機会だ。何も尋ねないのは失礼だろう。
そう思えば思うほど、頭の中は空白になっていく。
焦りだけが膨らんだ。
——何か、何か。
そのとき、不意に思いついた。
私はポケットからスマートフォンを取り出す。
そして、ためらいもなく、それに問いかけた。
――「三百歳を超えた人にするべき質問は?」
画面に視線を落としたまま、ふと顔を上げる。
教祖様の顔が、蒼白になっていた。
わずかに震えている。
先ほどまでの穏やかさは、跡形もない。
あっ。やってしまった。
ここでしてはいけないことを、してしまったのだ。
知を仰ぐべき相手の前で、より速く、より手軽に答えをくれるものへ問いを向けてしまった。
夢は、そこでゆっくりと崩れ始める。
輪郭が滲み、老人の姿は薄れていき、やがて消えた。
広間には、静寂と、若い僧侶たちの視線だけが残る。
彼らはもう、台座を見上げてはいない。
ただ、そこにあるものを見つめている。
かつて教祖様が座していた座布団の上に——
私のスマートフォンが、静かに鎮座していた。
■おわり■




