『天空のアパート ラペータ』
「アシータ!ごはんできたよ!アシータ!」
パドゥの声が響く中、アシータはアトリエの壁に飾られた一枚の大きな写真に見入っていた。
「これは?」
振り向かずに、アシータは尋ねた。
パドゥは少し遠い目をして、ゆっくりと語り出す。
「この世には、伝説の空飛ぶアパートがあるんだ。天空のアパート『ラペータ』っていう」
「ラペータ?」
「うん。敷金礼金込み、光熱費込みで月8,000円」
「8,000円!?」
アシータが思わず声を上げる。
住宅用途としては世界一と称される、アメリカのセントラル・パーク・タワーの最上階でさえ、数百億円とも言われる。
「父さんは何年もラペータを探してた。そして――ついに見つけたんだ」
パドゥは写真を見つめた。
大きく引き伸ばされたその写真には、まぶしそうに片目をつぶる男の顔が写っている。
誇らしげ……というより、ただ目をつぶっているだけの父の顔。
背景は、ほとんど空だ。
「父さんは『ラペータ』を見たんだ!」
力強く言い張るパドゥ。
アシータは、しばらく写真を眺めてから言った。
「でもこれ、自撮りじゃ……」
一瞬、沈黙が落ちる。
「ちがう!!」
パドゥは即座に否定した。
「ここを見て!」
パドゥがそう言って、父の閉じられていない片目を指さした。
「父さんの瞳には、ちゃんとラペータが映ってる!」
アシータは、じっとその瞳を見る。
言われてみれば、瞳の中にアパートらしきものが映っている――ような気がする。
「父さんはラペータを見たんだ!!」
そして続ける。
「でも……この写真をSNSに上げたら、『自撮りで草w』『ラペータ写ってないじゃん』って叩かれて……ストレスで体を壊した父さんは……」
パドゥはそう言って、写真の前にある棚の上の、小瓶に入った骨のようなものを指さした。
「まさか……」
口元に手を当てるアシータ。
こくりと頷くパドゥ。
「こんな大きな、尿路結石ができちゃった」
「あっ……ご存命……」
「うん」
父さんが残した尿路結石。
それを見て、パドゥは袖で涙をぬぐう。
「だから、いつか僕がラペータを見つけて、世界に発信するんだ!」
アシータは小さくうなずいた。
「……うん」
そのとき。
――ゴトッ。
屋根の上で、何かが落ちる音がした。
二人は顔を見合わせ、外へ出る。
屋根の端に、ひとつのスマホが落ちていた。
それは、米軍規格にも耐えるという、やたら頑丈なスマホだった。
電源は入っている。
「これ……」
パドゥがそっと手に取る。
画面には、動画の一覧が表示されていた。
最後に再生された動画。
タイトルは――
『ついに見つけた。天空のアパート ラペータ』
アシータとパドゥは、無言で再生ボタンを押す。
映像が始まる。
空。
雲。
そして――
そこには、確かにあった。
空に浮かぶ、巨大なアパート。
「……え」
思わず息をのむアシータ。
映像の中でカメラが揺れ、建物全体を映す。
確かに、そこに存在している。
そして最後に、くるりとカメラが反転する。
自撮り画面。
そこに映っていたのは――
満面の笑みでピースをする、パドゥの父だった。
■おわり■




