『終わらない交流会』
半世紀に一度、都内のどこかで「交流会」が開かれる。
今回の会場は、古いホテルだったが、彼らよりは若かった。
ロビーには、老若男女、様々な人が集まっている。
古代紋様の刺青を刻んだ青年。
民族衣装を羽織った女。
軍服を着た白髪の老人。
恰幅のいい着物姿の壮年の男。
見た目に統一感はない。
だが、彼らには共通点があった。
誰も老いない。
そして、誰も死なない。
「おぉ、山田君」
低い声に、青年が振り返る。
口髭を綺麗に整えた男が、グラスを片手に笑っていた。
四十代半ばに見える男だった。
「あっ、佐藤元帥」
山田は反射的に敬礼した。
男は吹き出す。
「やめたまえ。終戦から何年経ったと思ってるんだね」
「失礼しました」
二人は笑った。
長生きをしている者同士が集まれば、たいていは健康の話になる。
血圧がどうだ。
膝が痛い。
薬が増えた。
そんな話題が延々と続くものだ。
だが、不死者たちには、そんな話は縁がない。
病気の話もしない。
介護の話もしない。
老後の話もしない。
代わりに、彼らは昔話をする。
東京大空襲。
関東大震災。
ベルリン陥落。
黒船来航。
応仁の乱。
歴史の教科書に載る出来事が、酒の肴みたいに飛び交う。
「それにしても、最近の若者は人の話を聞かん」
佐藤元帥がグラスを揺らした。
「本当ですよ」
山田も苦笑する。
「僕なんて、この前、若者に注意したら腹を刺されましたよ」
「ほぉ」
「半日動けませんでした。犬養君の気持ちが少し分かりましたよ」
「おいおい。毅君も、もうかなり昔の人だよ君」
二人は声を上げて笑った。
その時、会場の空気が少し変わる。
「あぁ、上杉さん」
誰かが小声で言った。
恰幅のいい中年男が、ゆっくり歩いてくる。
戦国の頃から生きていると言われる、古参の不死者だった。
上杉は椅子に腰を下ろすと、料理をつまみながら言った。
「また戦国特集やってたねぇ。本能寺の話だった」
「また、あの“天下布武”の人ですか」
山田が苦笑する。
上杉は鼻で笑った。
「あいつは革新的とか言われとるけどねぇ、実際は癇癪持ちの危ない男だったよ」
小さな笑いが起きる。
「狸親父は疑い深いし、猿は調子に乗ると止まらない」
「夢が壊れますね」
「最近はまともな学者も増えてきたからねぇ。英雄としてじゃなく、人間として語られるようにはなってきた」
上杉は氷を鳴らした。
「でも結局、歴史ってのは“顔”しか残らないんだよ」
山田が静かに耳を傾ける。
「本当に時代を動かしてたのは、名前も残らなかった側近連中だ」
「鉄砲を揃えた鍛冶職人。
補給路を計算した算術師。
兵糧蔵を支えた役人。
そいつらの方が、よっぽど頭が切れた」
「でも、名前が残るのは上に立った奴だけだ」
上杉は笑った。
「偉人ってのは、“神輿”なんだよ」
「下で担いでた天才たちは、名前も残らず消えていく」
誰も口を挟まなかった。
上杉だけが、その時代を実際に見ている。
窓の外では、雨に濡れたネオンがぼやけていた。
「昔は良かった、なんて言う奴がいるけどねぇ」
上杉は続ける。
「違うんだよ。昔は、“作れた”んだ」
「英雄は女遊びをするし、
聖人は利権を貪るし、
名君は気分で人を斬る」
「でも昔は、真実を好きに塗り替えられた」
「都合の悪い話は消せたし、
都合のいい逸話はいくらでも盛れた」
「権力者ってのはねぇ、自分で“理想の自分”を歴史に残せたんだよ」
「それが特権だった。
そして、“偉人”ってものの魅力でもあった」
佐藤元帥が、うんうんと頷く。
「昔の権力者は、情報そのものを支配できましたからな」
「今は無理だねぇ」
上杉が笑う。
山田はスマートフォンを見つめた。
SNSでは毎日、誰かが祭り上げられ、翌日には叩き落とされる。
政治家。
起業家。
俳優。
研究者。
少し前なら墓まで持っていけた秘密が、一晩で世界中に広がる時代だった。
その時、誰かのスマートフォンが震えた。
「あーあ」
若い不死者が苦笑する。
「またですか」
「今度は誰だい」
「ノーベル賞候補の生理学者です。十年以上、不倫してたとか」
画面を覗き込んだ誰かが吹き出す。
「あぁ、この人か。確かに天才だった」
上杉はグラスを傾けながら笑った。
「昔なら、まず表に出なかった話だろうねぇ」
「もし戦国時代に生まれてたら、“天下の賢人”くらいには祭り上げられてたかもしれませんね」
「その時代じゃ、生理学じゃ成り上がれませんよ」
アハハハッ、と会場に笑いが広がる。
不死者たちは、過去と今の醜聞を酒の肴に笑い合う。
山田は思った。
偉人も聖人も、結局は人間だった。
欲もある。
嫉妬もする。
失敗も隠す。
ただ、昔は隠し通せた。
だから人は、歴史に理想を夢見られた。
やってもいないことを付け足し、
都合の悪いことを削り、
そうやって“偉人”は作られていった。
「今の時代は大変だねぇ」
上杉が苦笑する。
「誰も彼も、自分から記録を残したがる」
「SNSなんて、昔の権力者が見たら卒倒しますよ」
「秘密を隠すどころか、自分から世界中に首を晒してるんだからねぇ」
ガハハハ、と不死者たちは笑った。
その笑い声を聞きながら、山田はグラスを傾ける。
数百年後。
今の時代もまた、 “歴史”になっているのだろう。
不倫がバレなかった偉人を、人格者のように語る研究家も現れるだろう。
自分たちは、またそれを酒の肴にして笑うだろう。
不死者の数少ない楽しみである。




