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24/25

『終わらない交流会』

 半世紀に一度、都内のどこかで「交流会」が開かれる。


 今回の会場は、古いホテルだったが、彼らよりは若かった。


 ロビーには、老若男女、様々な人が集まっている。


 古代紋様の刺青を刻んだ青年。

 民族衣装を羽織った女。

 軍服を着た白髪の老人。

 恰幅のいい着物姿の壮年の男。


 見た目に統一感はない。


 だが、彼らには共通点があった。


 誰も老いない。

 そして、誰も死なない。 


 

「おぉ、山田君」


 低い声に、青年が振り返る。


 口髭を綺麗に整えた男が、グラスを片手に笑っていた。


 四十代半ばに見える男だった。


「あっ、佐藤元帥」


 山田は反射的に敬礼した。


 男は吹き出す。


「やめたまえ。終戦から何年経ったと思ってるんだね」


「失礼しました」


 二人は笑った。


 


 長生きをしている者同士が集まれば、たいていは健康の話になる。


 血圧がどうだ。

 膝が痛い。

 薬が増えた。


 そんな話題が延々と続くものだ。


 だが、不死者たちには、そんな話は縁がない。


 病気の話もしない。

 介護の話もしない。

 老後の話もしない。


 代わりに、彼らは昔話をする。


 東京大空襲。

 関東大震災。

 ベルリン陥落。

 黒船来航。

 応仁の乱。


 歴史の教科書に載る出来事が、酒の肴みたいに飛び交う。


 


「それにしても、最近の若者は人の話を聞かん」


 佐藤元帥がグラスを揺らした。


「本当ですよ」


 山田も苦笑する。


「僕なんて、この前、若者に注意したら腹を刺されましたよ」


「ほぉ」


「半日動けませんでした。犬養君の気持ちが少し分かりましたよ」


「おいおい。毅君も、もうかなり昔の人だよ君」


 二人は声を上げて笑った。


 


 その時、会場の空気が少し変わる。


「あぁ、上杉さん」


 誰かが小声で言った。


 恰幅のいい中年男が、ゆっくり歩いてくる。


 戦国の頃から生きていると言われる、古参の不死者だった。


 上杉は椅子に腰を下ろすと、料理をつまみながら言った。


「また戦国特集やってたねぇ。本能寺の話だった」


「また、あの“天下布武”の人ですか」


 山田が苦笑する。


 上杉は鼻で笑った。


「あいつは革新的とか言われとるけどねぇ、実際は癇癪持ちの危ない男だったよ」


 小さな笑いが起きる。


「狸親父は疑い深いし、猿は調子に乗ると止まらない」


「夢が壊れますね」


「最近はまともな学者も増えてきたからねぇ。英雄としてじゃなく、人間として語られるようにはなってきた」 


 上杉は氷を鳴らした。 


「でも結局、歴史ってのは“顔”しか残らないんだよ」


 山田が静かに耳を傾ける。 


「本当に時代を動かしてたのは、名前も残らなかった側近連中だ」 


「鉄砲を揃えた鍛冶職人。

 補給路を計算した算術師。

 兵糧蔵を支えた役人。


 そいつらの方が、よっぽど頭が切れた」


「でも、名前が残るのは上に立った奴だけだ」 


 上杉は笑った。 


「偉人ってのは、“神輿”なんだよ」


「下で担いでた天才たちは、名前も残らず消えていく」 


 誰も口を挟まなかった。


 上杉だけが、その時代を実際に見ている。 


 窓の外では、雨に濡れたネオンがぼやけていた。 


「昔は良かった、なんて言う奴がいるけどねぇ」


 上杉は続ける。


「違うんだよ。昔は、“作れた”んだ」 


「英雄は女遊びをするし、

 聖人は利権を貪るし、

 名君は気分で人を斬る」 


「でも昔は、真実を好きに塗り替えられた」


「都合の悪い話は消せたし、

 都合のいい逸話はいくらでも盛れた」 


「権力者ってのはねぇ、自分で“理想の自分”を歴史に残せたんだよ」 


「それが特権だった。

 そして、“偉人”ってものの魅力でもあった」 


 佐藤元帥が、うんうんと頷く。


「昔の権力者は、情報そのものを支配できましたからな」


「今は無理だねぇ」


 上杉が笑う。


 


 山田はスマートフォンを見つめた。


 SNSでは毎日、誰かが祭り上げられ、翌日には叩き落とされる。


 政治家。

 起業家。

 俳優。

 研究者。


 少し前なら墓まで持っていけた秘密が、一晩で世界中に広がる時代だった。


 その時、誰かのスマートフォンが震えた。


「あーあ」


 若い不死者が苦笑する。


「またですか」


「今度は誰だい」


「ノーベル賞候補の生理学者です。十年以上、不倫してたとか」


 画面を覗き込んだ誰かが吹き出す。


「あぁ、この人か。確かに天才だった」 


 上杉はグラスを傾けながら笑った。


「昔なら、まず表に出なかった話だろうねぇ」


「もし戦国時代に生まれてたら、“天下の賢人”くらいには祭り上げられてたかもしれませんね」


「その時代じゃ、生理学じゃ成り上がれませんよ」 


 アハハハッ、と会場に笑いが広がる。 


 不死者たちは、過去と今の醜聞を酒の肴に笑い合う。


 山田は思った。


 偉人も聖人も、結局は人間だった。


 欲もある。

 嫉妬もする。

 失敗も隠す。


 ただ、昔は隠し通せた。 


 だから人は、歴史に理想を夢見られた。


 やってもいないことを付け足し、

 都合の悪いことを削り、

 そうやって“偉人”は作られていった。 


「今の時代は大変だねぇ」


 上杉が苦笑する。


「誰も彼も、自分から記録を残したがる」


「SNSなんて、昔の権力者が見たら卒倒しますよ」


「秘密を隠すどころか、自分から世界中に首を晒してるんだからねぇ」 


 ガハハハ、と不死者たちは笑った。 


 その笑い声を聞きながら、山田はグラスを傾ける。 


 数百年後。


 今の時代もまた、 “歴史”になっているのだろう。


 不倫がバレなかった偉人を、人格者のように語る研究家も現れるだろう。 


 自分たちは、またそれを酒の肴にして笑うだろう。


 不死者の数少ない楽しみである。


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