『無色の詩人』
駅前の喫茶店で、たまたま隣に座った男は、なんというか変な人だった。
ポンチョのような服を着て、髪は長く、コーヒーを飲むたびに遠くを見ている。
失恋でもしたのかなと思った。
オレがスマホで求人を見ながら「うわ、時給900円かぁ……」と唸っていると、その男がぽつりと言った。
「私は今まで、無色の世界を歩んできました」
オレは思わず聞き返した。
「無職だったんスか?」
男はゆっくり頷いた。
「はい。それはとても虚無なもので、先の見えない世界でした」
「うわぁ……」
なんか重かった。
「どうすればいいのか、途方に暮れる毎日でした」
「キツいっスねぇ……。労働とかなかったんスか?」
「確かにロード(道)はありました」
男は窓の外を見た。
「しかし私は、誰かの作ったロードを歩むつもりはありませんでした」
「うわ、カッケぇ……」
オレは素直に感心した。
「オレなんか、だいたい時給で決めてるっスわ」
すると男は、少しだけ微笑んだ。
「持久(力)で自分のロードを選ぶことは、恥ずかしいことではありません」
「優しい……」
「私は幼い頃から持久(力)がありませんでしたから、選ぶことすらできませんでした」
オレは顔をしかめた。
「え、ヤバ。超ブラックじゃないスか」
男は静かに首を振る。
「他人には暗く見えたでしょう。しかし私にとっては、まだそこは無色の世界だったのです」
「はぇ〜……」
よく分かんなかったけど、とりあえず大変だったんだろうなと思った。
男は続ける。
「そんな私でも、努力を続けた結果、みるみる持久(力)がついていったのです」
オレは思わず笑顔になった。
「無職じゃなくなったんスね!」
「はい」
男は頷いた。
「今では、自分のロードを歩いています」
「すげぇ。何の仕事してるんスか?」
男はコーヒーカップを置いて、静かに答えた。
「詩人です」
「えっ」
オレは少し考えた。
「……まだ無職じゃないスか?」
■おわり■




