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ショートショート  作者: 克


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22/26

『道ができたら歩きます』

 男は、三十八歳で死んだ。


 大きな悪事をしたわけではない。


 ただ、人生がうまくいかなかった。


 仕事を辞めた。


 次の仕事も長くは続かなかった。


 人付き合いも苦手だった。


 足りない生活費を借金で埋めているうちに、返せない額になった。


 死ぬ少し前、男はよく考えていた。


 ――あの時、ああしてたらな。


 こんなことにはならなかった。


 今さら遅いけど。


 やり直せれば、自分だって。


 目を開けると、白い部屋にいた。


 目の前には、白い椅子に腰かけた女神がいた。


「もう一度、生きてみますか?」


 男は目を丸くした。


「やり直せるんですか?」


「ええ」


「借金も帳消し?」


「なくしておきます」


 女神は淡々と続けた。


「住む場所も用意します。当面の生活費も差し上げます。以前の職場に戻る必要もありません。仕事も一から探せます」


 男の顔が明るくなった。


「身体は?」


「健康です」


「歳は?」


「三十八歳のままです」


 男の表情が止まった。


「三十八……」


「ええ」


「若くはならないんですか?」


「なりません」


「何か、今までになかった才能とかは?」


「ありません」


 借金はない。


 住む場所もある。


 しばらく食うにも困らない。


 昨日までの自分からすれば、十分すぎる話だった。


 それでも男は黙っていた。


「どうしました?」


「いや……これだと、結局また同じですよね」


「同じ?」


「仕事を探して、人間関係を作って、金を貯めて……それを三十八のオッサンから始めるんでしょ?」


 女神は少し間を置いた。


「それが、やり直すということでは?」


 男は答えなかった。


 やがて、ぼそりと言った。


「そんなショボいのかよ……」


「何か?」


「いや。せっかく二度目なんだから、もう少しくらい有利でもいいと思うんですけど」


 女神は目を細めた。


 その視線に気づき、男は慌てて付け加えた。


「楽したいわけじゃないですよ。ちゃんと努力します。ただ、スタート地点さえ整っていれば、俺だってやれると思うんです」


「そうですか」


 女神は立ち上がり、部屋の奥にある扉へ向かった。


「では、こちらにしますか?」


「こちら?」


「あそこには今のあなたを知る者はいません。時間も十分にあります。これまでになかった力に恵まれ、あなたを必要とする人にも出会えるかもしれません」


 扉の隙間から、暖かな光が漏れていた。


「別の世界で、一から始められます」


 男は勢いよく立ち上がった。


「なんだよっ! あるじゃん!」


 女神は何も言わなかった。


「……いや、勘違いしないでくださいね」


「何をです?」


「今度こそ、本気で努力するってことです。環境さえちゃんとしていれば、俺だって――」


 女神は小さく鼻を鳴らした。


「そうですか」


 扉が開く。


 向こうには、見たことのない空が広がっていた。


 男は迷わず、その世界へ踏み出した。


 

◆


 

 それから長い年月が過ぎた。


 男は与えられた力を磨き、よく働いた。


 失敗もした。


 苦労にも耐えた。


 やがて人々は、彼を立派な人物だと呼ぶようになった。


 ある日、一人の若者が訪ねてきた。


「何をやってもうまくいかないんです」


 仕事が続かない。


 借金がある。


 頼れる人もいない。


「でも、少し立て直せれば変われると思うんです」


 若者は言った。


「借金さえなければ……。スタート地点さえ整えば、俺だって――」


 男の眉がわずかに寄った。


「それは甘えだよ」


 若者は口を閉じた。


「最初から誰かに整えてもらおうとするから駄目なんだ」


 男は穏やかに笑った。


「環境のせいにせず、自分で道を作らないとな」


 若者は真剣な顔でうなずいた。


 男は続けた。


「結局、人生は本人の努力次第なんだよ」

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