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ショートショート  作者: 克


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21/26

『煩悩を食う者』

 黒崎は、数字を取る男だった。


 有名テレビ局でヒット番組を連発し、出世した。


 肩書が増えるたび、態度も大きくなった。


 部下を怒鳴る。


 深夜に呼びつける。


 失敗したスタッフを立たせたまま、何時間も説教する。


「俺の頃はもっとひどかった」


 そう言い続けていたが、録音された怒声が週刊誌に渡り、局は黒崎を切った。


 職は失った。


 だが、高級車も時計もタワーマンションも、請求だけは律儀に残った。


 借金は膨らんでいた。


 そこで黒崎は動画配信に目をつけた。


 テレビでは流せないものほど、ネットでは数字になる。


 制作会社を立ち上げ、一本の企画を発表した。


『貧乏人集まれ! 一年間修行できたら一億円!』


 賞金は山分けではない。


 達成者一人につき一億円。


 国籍不問。年齢不問。


 参加費は千円。


 舞台は山奥の古刹、煩殺寺(ぼんさつでら)。


 修行僧ですら三日で逃げ出す者がいるという、日本一厳しい寺だった。


 応募者は一万人近くに達した。


 事業に失敗した者。


 ギャンブルで借金を作った者。


 家族に見放された者。


 仕事もせず親の金で暮らしてきた者。


 一発逆転を夢見る者たちが、日本中、海外からも集まった。


 午前四時起床。


 冷水。


 長時間の座禅。


 険しい山道。


 粗食。


 沈黙。


 娯楽なし。


 一週間後、残ったのは千人あまり。


 黒崎は笑った。


 視聴者も笑った。


 よく再生されたのは、世間から「クズ」と呼ばれそうな参加者が苦しむ回だった。


「ざまぁ!」


「人生なめてきた罰だな」


「せいぜい頑張れよ、負け組」


 他人の失敗ほど、旨味のある娯楽はない。


 一か月後には百人を切った。


 半年後には二十人。


 十一か月と三週間。


 残ったのは六人だった。


 その頃には、番組の人気も落ちていた。


 人が脱落する瞬間は面白い。


 だが、黙々と努力する姿には、視聴者はすぐ飽きる。


 再生数は全盛期の数分の一。


 スポンサーも減った。


 六人全員が達成すれば、賞金は六億円。


 黒崎は制作陣の三人を会議室へ呼んだ。


 番組全体を仕切る制作統括プロデューサー。


 出演者や撮影現場を管理する現場プロデューサー。


 契約や連絡、資料作成を担う二十代のアシスタントプロデューサー。


「あと一週間だ」


 黒崎は三人を見回した。


「六人を脱落させろ。方法は問わん。結果を出した奴には一千万出す。次の番組では上の席も用意してやる」


 最初に動いたのは制作統括プロデューサーだった。


 寺との折衝を担当していた彼は、住職に百万円の入った封筒を差し出した。


「最後の一週間だけ、修行をもっと厳しくしてもらえませんか?」


 住職は封筒に触れなかった。


「修行は、人を落とすためにするものではありません」


「しかし、番組として盛り上がりも必要でして」


「そちらの都合で修行を曲げることはできません」


「そこを何とか」


「できません。それは修行ではありませんから」


 次に現場プロデューサーが動いた。


 芸能事務所のつてを使い、美男美女を寺へ送り込んだ。


 恋人になってもいい。


 一晩だけでも遊ばないか。


 だが、日本一厳しい修行で知られる煩殺寺で、一年近く耐えてきた六人には通じなかった。


 誘惑する側が先に根を上げた。


 最後に黒崎はアシスタントプロデューサーを呼びつけた。


「お前は何をしてる」


「とりかかっております」


 黒崎は机を指で叩いた。


「成功させれば一千万だ。出世も約束する。若いうちにこんな話は二度と来ないぞ」


「はい」


 一年目の朝が来た。


 鐘が鳴った。


 本堂の前に六人が並んだ。


 一人も欠けていない。


 久しぶりにライブ配信の視聴者数が跳ね上がった。


 六億円。


 黒崎には、それしか見えていなかった。


 住職が六人へ合掌する。


「一年、よく励まれました」


 達成だった。


 アシスタントプロデューサーが前へ出た。


「皆さんに一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」


 六人が振り向いた。


「皆さんは、お金を得るためにここへ来ました。一年間の修行を終えた今でも、お金は必要ですか?」


 沈黙のあと、一人の男が答えた。


 五十六歳。


 事業に失敗し、借金を抱えて参加した男だった。


 開始当初、誰よりも一億円に執着していた。


「私には、もう必要ありません」


 隣の中年女性も頷いた。


「私もです」


「俺も」


 六人全員が同じ答えを返した。


 黒崎は思わず手を叩いた。


「素晴らしい!」


 声が上ずった。


「これこそ修行の成果だ! いやあ、感動した!」


 六億円が浮いた。


 そう思った。


 アシスタントプロデューサーが続ける。


「では、賞金は辞退されますか?」


 最初の男が答えた。


「いいえ。いただきます」


 黒崎の手が止まった。


「……は?」


「私には必要ありません。しかし、お金を必要としている人はいますので」


 六人は賞金六億円を基金にすることを決めていた。


 借金相談。


 職業訓練。


 一時的な住居。


 治療費。


 支援するのは、この企画に参加し、途中で脱落した者たちだった。


 男はカメラを見た。


「私は人生に絶望していました」


 声は穏やかだった。


「あの頃の私みたいな人に使ってください」


 黒崎は何も言えなかった。


 アシスタントプロデューサーが振り向く。


「社長」


「……なんだ」


「私も仕事を終えました」


 スマートフォンを取り出した。


「達成者を意図的に脱落させるよう指示した件について、顧問弁護士と共同出資者へ記録を提出しました」


 黒崎の顔が固まった。


「六人を脱落させろ。方法は問わない。成功した社員には一千万。出世も約束する」


「お前……!」


「録音もあります」


 黒崎は若者を睨んだ。


「てめえ、最初から俺を――」


 コメント欄が濁流のように流れ始めた。


「八百長?」


「賞金払いたくなくて妨害?」


「さっき一番喜んでたの社長だろ」


 スポンサーが降りた。


 共同出資者が調査を始めた。


 数週間後、黒崎は代表を解任された。


 アシスタントプロデューサーは別の制作会社へ移り、ほどなく自分の番組を持った。


 黒崎の名も有名になった。


 悪い意味で。


 

◆


 

 三年後。


 黒崎のスマートフォンが鳴った。


 表示された名前を見た途端、彼は姿勢を正した。


 かつてのアシスタントプロデューサーだった。


「こ、これはこれは。お久しぶりです」


「お久しぶりです、黒崎さん」


「いやあ、ご活躍は聞いてますよ」


 声まで柔らかくなった。


 黒崎は昔から、自分より下には横柄で、上には驚くほど腰が低かった。


「実は、新しい番組を始めようと思ってまして」


「番組ですか」


「ええ」


「何か、私にお手伝いできることでも?」


 三年間、まともな仕事にはほとんどありつけていない。


 元部下だろうが、仕事をくれるならありがたかった。


「ぜひ声をかけてくださいよ。企画でも演出でも。こう見えて現場経験だけは――」


「ある企画に参加していただきたいんです」


 黒崎の笑顔が固まった。


「……参加?」


「三年前に黒崎さんが作った企画、覚えてますよね」


 数秒の沈黙。


「……まさか」


「ええ」


 電話の向こうで、男は穏やかに答えた。


「煩殺寺です」


「ふざけるな!」


 黒崎は電話を切った。


 あんなところへ行けるものか。


 自分が参加者になるなど、冗談ではない。


 スマートフォンがまた鳴った。


 債権回収会社だった。


 無視して郵便受けを見る。


 赤い封筒が何通も入っていた。


 返済期限。


 督促。


 差し押さえ。


 高級時計はもうない。


 車も売った。


 タワーマンションもとうに出ている。


 それでも借金は残っていた。


 黒崎はしばらくスマートフォンを握っていた。


 やがて、自分から電話をかけた。


「……もしもし」


「はい」


「さっきは、その……取り乱しまして、失礼しました」


「いえ」


「番組の話なんですが」


「はい」


「賞金は……本当に一億なんですか?」


「もちろんです」


 黒崎は目を閉じた。


「……詳しい話を聞かせてください」


 数日後。


 新しい企画が発表された。


『人生逆転チャレンジ! 一年間修行できたら一億円!』


 三年前と同じく、国籍も年齢も問わない。


 参加費は千円。


 すでに多くの挑戦者が応募していた。


 ただ今回、一人だけ、最初から世間の注目を集めている参加者がいた。


 黒崎だった。


 かつてこの企画を作り、達成目前の六人を脱落させようとして会社を追われた男。


 その本人が今度は一億円を求め、煩殺寺へ入る。


 予告が公開されると、三年前の騒動を知る視聴者まで集まった。


 映像には、見覚えのある山門。


 見覚えのある本堂。


 大勢の挑戦者に交じって立つ黒崎。


「ざまぁ!」


「人生なめてきた罰だな」


「せいぜい頑張れよ、負け組」


 かつて黒崎が笑いながら読んでいた言葉だった。


 予告動画の再生数は百万を超えた。


 他の参加者を紹介した動画とは、桁が違った。


 黒崎は数字を眺めた。


 元部下へ電話をかけた。


「黒崎さん?」


「一つ確認したいのですが」


「なんでしょう」


「この企画、広告収入はどういう契約になってるんですかね?」


 電話の向こうが黙った。


「どう見ても、私だけ明らかに数字を取ってます。再生数に応じた歩合は頂けますよね?」


 画面では、数字がまだ伸びていた。


 黒崎は、数字を取る男だった。

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