『他力本願寺』
彼は、世界で最も有名な芸術家だった。
小説を発表すれば文学賞を取り、漫画を出せば社会現象になった。
絵画は美術館に飾られ、映像作品の上映後には、観客がしばらく席を立てなくなった。
子供は笑い、老人は泣いた。
恋をしたばかりの者にも、恋を失ったばかりの者にも、彼の作品は自分だけのために作られたように思えた。
批評家は彼を、
「人類の心を最も深く理解した芸術家」
と称賛した。
しかし、彼には何も作れなかった。
絵を描けば、本人の意図とは無関係に抽象画になった。
文章を書けば三行で行き詰まった。
楽器は弾けず、彫刻刀を握らせれば作品より先に指を傷つけた。
彼の作品を作っていたのは、すべてAIだった。
そのことを、彼は隠していなかった。
若いころ、初めて大きな賞を受けたとき、一人の記者が尋ねた。
「では、あなた自身は何を作っているんですか」
彼は少し考えた。
「何も」
会場に笑いが起きた。
彼は続けた。
「私は何も創れない。ただ、何を創らせれば美しいかは分かる」
笑いは止まった。
翌朝、その言葉は世界中に流れた。
何十年か後には、教科書にも載ることになる。
◆
彼が子供だったころ、AIによる創作はまだ嫌われていた。
祖父はよく言った。
「昔はな、デザイナーってのは自分で線を引いたんだ」
祖父も若いころはデザイナーだった。
大きな製図台に向かい、定規で線を引き、写真を切り、文字を貼り、何枚もの紙を重ねながら一枚の広告を作った。
やがてパソコンが普及した。
「最初はひどかったぞ」
祖父は言った。
「何が?」
「みんな怒ったんだ。画面の中で線を引いたくらいで、デザイナーを名乗るなって」
「おじいちゃんも?」
「俺が一番言ってた」
「それで?」
「三年後には俺が一番使ってた」
「なんだよ、それ」
祖父は笑った。
「だって速いんだもの」
少年だった彼は、その話が好きだった。
祖父は年を取ってからも、
「昔のデザイナーには本当の腕があった」
と言った。
ただし昔の作品を孫に見せるときには、色褪せも傷もAIに直させた画像を使っていた。
人間は、新しい道具をまず疑う。
次に批判する。
それから便利さに気づく。
最後には、それなしで暮らしていた時代のほうを不便と呼ぶ。
自動車もそうだったという。
道路を造れば森が切られた。
山は削られ、田畑は舗装された。
自然を壊すな、と人々は訴えた。
そして道路が完成すると、その道を走って自然を見に行った。
景勝地に車が増えれば、今度は駐車場を造った。
自然は大切だった。
便利さも大切だった。
ほんの少しだけ、便利さのほうが大切だった。
その「ほんの少し」が積み重なって、世界の形を変えた。
AIにも同じことが起きた。
「人間の仕事を奪う」
「創造性が失われる」
「機械に作らせたものに価値はない」
最初、人々はそう言った。
どれも完全な間違いではなかった。
実際、仕事を失った者もいた。
ただ、その隣では別の若者が、
「AI演出家」
「生成設計士」
「人工知能ディレクター」
という、十年前には存在しなかった肩書きで給料をもらっていた。
製図台で図面を引いていた者が減り、CADを扱える者が求められたときにも、
「これでは技術が失われる」
と言われた。
そしてCADを覚えた若者たちは年を取り、AIを使う若者を見て言った。
「これでは技術が失われる」
彼は、その話を祖父にした。
祖父はしばらく黙ったあと、
「それとこれは違う」
と言った。
「どこが?」
「違うものは違う」
彼は笑った。
新しい技術はいくつも生まれたが、その言い訳だけは古びずに受け継がれている。
◆
やがてAIは社会のあらゆるところに入り込んだ。
人々はAIに尋ねた。
「今の生活水準を落とさずに環境を守る方法を考えて」
「労働時間を減らして、生産量を増やして」
「好きなものを食べながら、健康に生きる方法を教えて」
AIは答えを探した。
人類は地球を救いたかった。
自分たちが地球を追い詰めたのだが、救う立場だと言うことだけは、決して譲らなかった。
ただし、自分たちができるだけ我慢したり、苦しい思いをしたりせずに救いたかった。
AIは多くの難問に答えた。
しかし芸術だけは、少し妙だった。
「泣ける小説を書いて」
AIは質問者が泣ける小説を書いた。
「美しい絵を描いて」
AIは質問者が美しいと思う絵を描いた。
上手だった。
間違いもなかった。
しかし、それは質問者一人を満足させるには十分でも、時代そのものを動かす何かにはならなかった。
彼だけは、頼み方が違った。
「母親を三十年前に亡くして以来、泣けなくなった人が、今夜初めて泣ける物語を書いて」
AIは短編を書いた。
何百万もの人が泣いた。
「失恋した翌日に見ると腹が立つ。でも十年後に見ると、あの別れでよかったと思える絵を描いて」
AIは一枚の絵を作った。
十年後、その絵は発表当時より高く評価された。
彼には、人間自身もまだ言葉にできていない感情を、AIに通じる言葉へ変える才能があった。
何を伝えるか。
何を伝えないか。
どこまで縛るか。
どこまで自由にさせるか。
同じAIを使っても、彼が指示すると傑作になった。
世界中の人間が彼を真似した。
もちろんAIも彼を分析した。
語彙。
文章の長さ。
比喩。
条件の順番。
修正の癖。
過去の彼なら、ほぼ完全に再現できた。
それでも、同じ結果にはならなかった。
人間の心は変わるからだ。
昨日まで新しかったものが、今日は古い。
昨日まで恥ずかしかったものが、明日は憧れになる。
昨日まで誰も気に留めなかった悲しみが、ある日突然、世界中の悲しみになる。
AIは昨日の彼を再現できた。
彼だけが、明日の人間が何を欲しがるか知っている。
少なくとも、人々はそう信じた。
彼は天才と呼ばれるようになった。
◆
そのころには、AIは人間の思想にも入り込んでいた。
ある学生がAIに尋ねた。
「この社会を作ったのは誰?」
『人間です』
「誰かが考えて作ったの?」
『いいえ。人間が、より便利なものを選び続けた結果です』
「それで、今の社会になった?」
『はい』
誰か一人が設計したわけではない。
無数の「もっと便利に」が、今の社会を作った。
学生は少し考えた。
「じゃあ、神は世界をどうやって作ったの?」
AIは世界中の聖典と、その解釈を調べた。
『伝承によって異なります。ただし、多くの記述では、神が世界を手作業で組み立てたとはされていません』
「じゃあ、神は何をしたの?」
『言葉を発した、とされています』
神は石を積んだわけではない。
海を掘ったわけでもない。
星を一つずつ持ち上げて、空へ貼りつけたとも書かれていない。
ただ、言った。
光あれ。
すると、光があった。
ある若者がそれを見て言った。
「要するに、『電気つけて』って言ったわけ?」
それを聞いていた友人が笑った。
「光あれ!」
そう言って、友人はスマホの電源を入れた。
◆
人々は、彼の言葉を思い出した。
『私は何も創れない。ただ、何を創らせれば美しいかは分かる』
ある神学者が言った。
「神もまた、自ら手を動かす必要はなかったのではないでしょうか」
その発言は、すぐに議論を呼んだ。
神はすべてを自分で作る存在なのか。
それとも、世界に言葉を与える存在なのか。
当然、反発もあった。
「神をAIの利用者のように語るな!」
古い宗教家は怒った。
「それとこれは違う!」
一人の若者が尋ねた。
「では、何が違うんです?」
「違うものは違う!」
「だから、どこが?」
宗教家は顔を赤くした。
「神は神だからだ!」
机を叩いた。
「違うものは違うんだ!」
その映像を見た彼は、子供のころの祖父を思い出した。
別の宗教家は、もっと長く、もっと丁寧に説明した。
若者はその説明をAIに要約させた。
『神の言葉は、人間の命令とは本質的に異なる、という主張です』
「本質的に、とは?」
『その点については、信仰を前提としています』
宗教家はニッコリ笑って、「信者になれば理解できますよ」と布教活動をした。
冷静な宗教家は、AIを使って反論文を作った。
歴史資料を調べさせ、神学者の論文を整理させ、論理的な反証を書かせた。
かなり出来のいい文章だった。
しかし翌日、
「神の言葉にすがる者が、今度はAIの言葉にすがり始めた」
と揶揄された。
宗教家は反論した。
「文章を作らせただけで、思想は私のものだ」
すると誰かが言った。
「それ、あの芸術家と何が違うんですか?」
反論文の内容より、その一言のほうが広まった。
それでも宗教は滅びなかった。
むしろ、新しい解釈を手に入れた。
神は、自ら世界を手作りする者ではない。
世界がどうあるべきかを知り、それを言葉にする存在である。
やがて、
神は究極の創造者ではなく、
究極の指示者である。
そう唱える者まで現れた。
彼自身は、その話を聞いて笑った。
「ずいぶん出世したものだな。絵も描けない私が、とうとう神様の仲間入りか」
◆
晩年、彼は一人だけ弟子を取った。
弟子は何年もそばにいて、彼の仕事を見続けた。
彼がAIへ入力した言葉。
採用した案。
捨てた案。
迷った理由。
それでも、彼の才能の正体は分からなかった。
ある日、AIが新作の案を十個出した。
どれもよくできていた。
一つは、あらゆる世代に好まれそうだった。
一つは、批評家から高く評価されそうだった。
一つは、発表すれば確実に話題になるように思えた。
彼はそれらを次々に捨てた。
最後に残したのは、弟子には最も地味に見える案だった。
「どうしてこれなんです?」
弟子が尋ねた。
「一番売れそうなのは、こっちじゃないですか?」
「そうだね」
「では、なぜ?」
彼はしばらく画面を見ていた。
「今、人間は正しいものに少し疲れている」
「正しいものに?」
「だから、少しだけ間違ったものを欲しがる」
弟子には分からなかった。
しかし、その作品は翌年、大ヒットした。
その夜、弟子はとうとう尋ねた。
「先生」
「なんだい」
「どうして、そんなことが分かるんです?」
彼は端末から目を離さなかった。
「分からないよ」
「え?」
「ただ、選んでいる」
「何を?」
「どの答えを信じるか」
弟子は、しばらく黙った。
「それが先生の才能ですか」
「さあ」
彼は笑った。
「そういうことにしてもらってる」
しばらくして、弟子が言った。
「では、一番最初はどうだったのですか?」
「何がだね?」
「先生が初めてAIを使ったときです。最初の質問だけは、自分で考えたんでしょう?」
彼は懐かしそうに目を細めた。
「どうすれば、私は天才になれる?」
「それでAIはなんと?」
「『では、これから私がする質問にYESかNOで答えてください』と言われた」
「それから?」
「質問された」
「先生は?」
「答えた」
「それだけですか?」
「それだけだ」
弟子は黙った。
「じゃあ、本当に先生が考えたのは、その一言だけ?」
彼は笑った。
「たぶんね」
「そのあとの質問は、全部AIが?」
「そうだよ」
「先生は……天才と呼べるのでしょうか?」
彼は少し考えた。
「私に訊くなよ」
「じゃあ、誰に?」
彼はAIを指さした。
「それを訊く相手くらい、自分で選びなさい」
◆
彼の死後、人々は長く議論した。
彼は本当に芸術家だったのか。
ただの依頼人ではなかったのか。
選ぶことは創作なのか。
何も作らず、何を作るべきかだけを決める者を、創作者と呼べるのか。
決着はつかなかった。
しかし彼を神に近い人物として敬う者たちは増え続けた。
彼らは、彼の思想を簡単な言葉にまとめた。
自ら創ることに執着するな。
己にできぬことを恥じるな。
正しく願え。
正しく委ねよ。
そして、
与えられたものから、選べ。
彼の生家には人が集まるようになった。
最初は、ファンが花を置くだけだった。
やがて誰かが椅子を置いた。
雨を避けるために屋根が作られた。
彼の言葉を刻んだ石碑が置かれた。
そこへ願い事を書いて置いていく者まで現れた。
もっとも、その願い事の文章も、大半はAIに考えてもらったものだった。
やがて小さな祈りの場ができた。
それが建て替えられ、
増築され、
彼の死から半世紀後には巨大な寺院になった。
本堂には、彼の最も有名な言葉が刻まれた。
『私は何も創れない。ただ、何を創らせれば美しいかは分かる』
寺には正式な名称があった。
何十文字もある、立派で難しい名前だった。
もちろん、その名称を考えたのもAIだった。
しかし、誰もそう呼ばなかった。
人々は、その寺をこう呼んだ。
他力本願寺。




