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20/25

『手をとりあう』

 あるところに、両手を持たない人々の世界があった。


 誰もが、生まれた時から肘の先を持たない。


 だから人々は、腕で器用に物を支え、肘で扉を開け、身体の使い方を工夫しながら暮らしていた。


 食器には引っ掛けやすい輪が付き、本は足でもめくれるよう作られ、街の道具や建物も、すべてその身体に合わせて作られている。


 それが普通だった。


 最初からそうだったので、不便でもなければ、不幸でもなかった。


 誰も、“手”というものを知らなかったからだ。


 そんな世界で、ある日。


 古代遺跡が発見された。


 そこで見つかったのは、“義手”だった。


 白銀の手。


 五本の指。


 まるで伝説の生き物のような造形に、人々は息を呑んだ。


 遺跡の壁には、古代文字も刻まれていた。


 だが、その意味は誰にも読めなかった。


 義手は動かなかった。


 誰が腕に取り付けても、指一本すら反応しない。


 それでも人々は義手を欲しがった。


 動かなくても、“手がある”というだけで特別だったからだ。


 裕福な者は飾りとして身につけた。


 貴族は権威の証にした。


 商人は値を吊り上げた。


 やがて義手は、富と権力の象徴になった。


 人々は少ない義手を奪い合った。


 皆、我先にと義手を求めた。


 そして、ちょうどその頃だった。


 古代文字の解読が進んだ。


 学者たちが読み取れたのは、たった一文。


『――手をとりあっていた』


 その断片だけだった。


 研究者たちは震えた。


 義手を奪い合う今の世界。


 そして、“手をとりあっていた”という記録。


 彼らは結論づけた。


 古代文明は、義手を巡る争いによって滅びたのだと。


 “手をとりあう”とは。


 互いに義手を奪い合うことだったのだと。


 その説は世界中へ広がった。


 だが皮肉なことに、その説が広まるほど、人々はさらに義手を求めた。


 文明を滅ぼすほど、人を狂わせる宝。


 それほどまでに価値あるものなのだと、人々は信じてしまったからだ。


 そんな中、街の外れの廃棄場で暮らす青年がいた。


 青年は、壊れた義手をひとつ拾った。


 赤茶けた、錆だらけの義手。


 指は固まり、関節も動かない。


 当然だった。


 義手とは、“動かないもの”なのだから。


 それでも青年は、嬉しそうにその義手を毎日磨いた。


 ある日。


 市場で、大量の荷崩れが起きた。


 積み上がっていた木箱が倒れ、人々が悲鳴を上げて逃げ惑った。


 その中で、一人の少女が泣いていた。


 母親の腕が、崩れた荷車の金具に挟まれていたのだ。


 鋭く歪んだ金属が、服ごと腕を絡め取っている。


 無理に引けば、肉まで裂ける。


 だが、後ろではさらに荷崩れが続いていた。


 このままでは、次の荷が落ちてくる。


 周囲の人々も助けようとする。


 木箱を押しのける。


 身体で支える。


 だが、誰にも金具を外せない。


 この世界には、“指先”がなかった。


 細い隙間へ指を入れ。


 小さな留め具を回し。


 絡まった布をほどく。


 そんな動きが、誰にもできなかった。


 母親は青ざめながら言った。


「いいから……逃げて……!」


 少女は泣き叫ぶ。


 その時だった。


 青年が駆け込んできた。


 錆びた義手を付けた、あの青年だった。


 青年は、歪んだ金具を見つめる。


 助けるには、留め具を外すしかない。


 だが当然、義手は動かない。


 それでも――


「だいじょうぶだよ」


 青年は少女を安心させるように言った。


「絶対に助けるからね」


 その瞬間だった。


 ギギ、と鈍い音が鳴る。


 青年の、錆びついた義手の指が、ゆっくり開いた。


 周囲が息を呑む。


 義手の指先は、細い隙間へ入り込む。


 一本ずつ。


 慎重に。


 歪んだ留め具へ触れる。


 カチ。カチ。


 まるで長年使い慣れていたかのように、器用に金具を回していく。


 そして最後に、絡まった布を優しく引き抜いた。


 母親の腕が外れる。


 直後、背後の荷が崩れ落ちた。


 少女は泣きながら母親へ抱きつく。


 周囲の人々は、呆然とその光景を見ていた。


 動かなかった義手。


 飾りだった“手”。


 それが初めて、“誰かを助けるため”に動いた。


 その時だった。


「こっちにも挟まってるぞ!」


 別の場所で叫び声が上がる。


 見ると、今度は子供の服が荷車の車輪へ巻き込まれていた。


 今までの身体では届かない。


 細かい作業が必要だった。


 そこで、一人の男が前へ出る。


 金色の義手を付けた商人だった。


 今まで、一度も動かなかった義手。


 男は迷いながらも、子供を助けようと車輪へ手を伸ばす。


 その瞬間。


 カチリ、と義手の指が開いた。


 男は震える。


 だがすぐに、車輪へ絡んだ布をほどき始めた。


 さらに別の場所でも。


 転倒した老人の首紐を外す者。


 崩れた棚の留め金を外す者。


 荷紐を結び直す者。


 誰かを助けようとした瞬間だけ。


 義手は、次々と動き始めた。


 市場のあちこちで、人々は自然に助け合い始める。


 昨日まで。


 人々は義手を奪い合っていた。


 “手をとりあう”とは、そういう意味だと思っていた。


 だが今、人々は違う意味で、手をとりあっていた。


 後に、学者たちは長い年月をかけて、遺跡の全文を解読した。


『人々は、互いを助けるために、手をとりあっていた』


 その言葉の意味を、人々はようやく理解した。


 古代人は、“手”を奪い合っていたのではなかった。


 義手は、富や権力を誇るためのものでもなかった。


 誰かに触れ。


 誰かを支え。


 誰かを助ける。


 互いに手を貸し、生きるために。


 その“手”は生まれたものだった。



■おわり■

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