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19/25

『1300円の奇跡』

 ある日、実家の倉庫を片付けていると、埃まみれのランプが出てきた。


 丸い胴に、細長い注ぎ口。


 童話や映画で見たことのある、「いかにも」な魔法のランプだった。


 冗談半分で袖口で磨くと、白い煙がぶわりと噴き出した。


 現れたのは、筋骨隆々――なのに腹だけ立派に突き出た、中年男だった。


 腕は太い。

 胸板も厚い。


 だが腹だけは、毎晩ビールと揚げ物で丹念に育てたとしか思えない。


「わしはランプの妖精だ」


 男は腕を組み、偉そうに言った。


 そこは“魔神”じゃないのかよ。


 とは思ったが、口には出さなかった。


 妖精は低い声で言った。


「お前が今、一番欲しいものはなんだ?」


 どうせ契約だの代償だの、ろくでもない話が始まるのだろう。


 そう思いながらも、俺は少し考えた。


 金か。才能か。運か。


 けれど結局、口から出たのは、ずっと胸の奥に沈んでいた言葉だった。


「……一緒に飲みに行ける相手」


 妖精はしばらく俺を見つめていた。


 やがて、ふっと鼻で笑う。


「聞いてみただけだ」


 次の瞬間、煙になって消えた。


「は?」


 倉庫には静寂だけが残った。


 俺は無性に腹が立った。


 なんなんだ、あのオッサン。


 人の願望だけ聞き出して帰りやがって。


 腹いせに、そのランプをフリマアプリへ出品した。


『アンティーク風ランプ 詳細不明』


 2000円で売れた。


 手数料を引かれ、送料を引かれ、最終的な利益は1300円ほど。


 魔法のランプにしては、夢がない。


 その金で、駅前の小さなバーへ行った。


 安いウイスキーを飲みながら、俺はカウンター越しに、隣の女性と世間話をした。


 映画の話。

 仕事の愚痴。

 好きな酒。

 くだらない失敗談。


 彼女は少しふくよかで、飛び抜けた美人ではなかったが、よく笑う人だった。


 妙に話が合った。


 気づけば終電を逃していた。


 それが、今の妻である。


 結婚して数年後。


 酔った勢いで、俺はふと思い出したように言った。


「昔さ、魔法のランプ拾ったことあるんだよ」


 妻は缶ビールを片手に笑った。


「なにそれ。願い、叶った?」


 俺は少し考えてから答えた。


「どうだろうな」


 その夜。


 台所でビールを飲む妻の横顔を見ながら、俺はほんの少しだけ思った。


 あの妖精……もしかして。


 

■おわり■

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