『迷惑なヤツ』
「怪獣だぁぁっ!」
港から上がった叫びは、警報よりも早く街を駆け抜けた。
海を割って現れた巨体は、岸壁を踏み砕き、都市の中心へ向かっていた。
一歩ごとに道路が沈み、窓ガラスが砕け、高架線が折れた。
電車は止まり、車列は動かなくなり、人々は行き場を失った。
「どうして、こんなところに!」
「なんて迷惑な化け物だ!」
怪獣は悲鳴にも砲撃にも目を向けなかった。
何かに導かれるように、ただまっすぐ進んでいた。
近年、同じことが世界各地で起きている。
海から現れるもの。
空から降りてくるもの。
地中を割って現れるもの。
姿は違っていたが、どの怪獣も一定の場所へ向かい、そこで光に包まれて消えた。
今回の怪獣も、都市中央の広場にたどり着くと足を止めた。
まばゆい光が巨体を包む。
次の瞬間、怪獣は跡形もなく消えていた。
残されたのは、瓦礫の街だった。
「好き放題しやがって!」
「いったい、なにが目的なんだ!」
人々は、もう届かない相手を罵った。
◆
怪獣の名は、トントロといった。
長い仕事を終え、故郷へ帰る途中だった。
宇宙の各地で働くトントロの一族は、いくつもの星を中継しながら故郷へ戻る。
人間が地球と呼ぶ星も、そのひとつだった。
怪獣たちがこの星を中継地点として利用し始めたのは、人間が生まれるよりも、はるか昔のことだった。
まだ海も大陸も今とは違う姿をしていた頃から、彼らは同じ場所に降り、同じ転送地点を使い続けてきた。
トントロが前にこの場所を通ったとき、そこには草原と森しかなかった。
小さな生き物が遠くで火を振りながら、何やら騒いでいたような気はする。
その生き物たちは、巨大な影が去ったあと、子供たちに言い聞かせた。
あの土地には近づいてはならない。
大いなるものが通る場所だから、と。
教えは子へ伝わり、孫へ伝わった。
やがて教えは伝説になった。
伝説は昔話になった。
そして、昔話は迷信になった。
人間たちは草原を切り開き、道を造った。
家を建て、港を造り、塔を並べた。
土地に線を引き、それぞれに名前をつけた。
さらに、その土地を所有する権利を紙に記し、人間同士で売り買いした。
そうするうちに、彼らはそこが初めから自分たちのためにある場所だったかのように思い始めた。
怪獣たちが遥かな昔から利用してきた場所だとは、誰も覚えていなかった。
そうして人間たちは、誰に断るでもなく、そこを自分たちの街と呼んだ。
転送地点を前にして、トントロは立ち止まった。
二週間前まで何もなかった場所を、小さな建物が埋め尽くしている。
その隙間を、無数の人間が逃げ回っていた。
トントロには、甘い菓子に群がる虫のように見えた。
「なんだ、これ?」
少し回り道をしようとした。
だが、建物はどこまでも続いていた。
足元から小さな光が何度も飛んできた。
体に当たって弾けたが、痛くもかゆくもない。
人間たちが何か叫んでいる。
しかしトントロには、その声を聞き取ることができなかった。
転送の時刻は迫っていた。
仕方なく、トントロは歩き出した。
なるべく建物を踏まないよう、足元に注意して進んだ。
それでも、すべてを避けることはできなかった。
足を下ろすたび、硬いものが砕ける小さな音がした。
ようやく転送地点へたどり着くと、トントロは安堵の息をついた。
光が、ゆっくりと巨体を包んでいく。
消える直前、トントロは瓦礫の間に立つ人間たちを見下ろした。
彼らは怒り、泣き、こちらを指さしていた。
トントロには、なぜ人間たちが怒っているのか分からなかった。
彼らが生まれるよりも昔から、ここは怪獣たちの通り道だった。
トントロにとっては、ほんの二週間前まで、ここには何もなかったのだ。
人間の時間にすれば、一万年ほど前のことである。
彼は荒れ果てた街を見渡し、うんざりしたように呟いた。
「どうして、こんなところに巣を造ったんだ?」
そして、光の中へ消えながら言った。
「なんて迷惑なヤツらだ」




