『1300円の奇跡』
ある日、実家の倉庫を片付けていると、埃まみれのランプが出てきた。
丸い胴に、細長い注ぎ口。
童話や映画で見たことのある、「いかにも」な魔法のランプだった。
冗談半分で袖口で磨くと、白い煙がぶわりと噴き出した。
現れたのは、筋骨隆々――なのに腹だけ立派に突き出た、中年男だった。
腕は太い。
胸板も厚い。
だが腹だけは、毎晩ビールと揚げ物で丹念に育てたとしか思えない。
「わしはランプの妖精だ」
男は腕を組み、偉そうに言った。
そこは“魔神”じゃないのかよ。
とは思ったが、口には出さなかった。
妖精は低い声で言った。
「お前が今、一番欲しいものはなんだ?」
どうせ契約だの代償だの、ろくでもない話が始まるのだろう。
そう思いながらも、俺は少し考えた。
金か。才能か。運か。
けれど結局、口から出たのは、ずっと胸の奥に沈んでいた言葉だった。
「……一緒に飲みに行ける相手」
妖精はしばらく俺を見つめていた。
やがて、ふっと鼻で笑う。
「聞いてみただけだ」
次の瞬間、煙になって消えた。
「は?」
倉庫には静寂だけが残った。
俺は無性に腹が立った。
なんなんだ、あのオッサン。
人の願望だけ聞き出して帰りやがって。
腹いせに、そのランプをフリマアプリへ出品した。
『アンティーク風ランプ 詳細不明』
2000円で売れた。
手数料を引かれ、送料を引かれ、最終的な利益は1300円ほど。
魔法のランプにしては、夢がない。
その金で、駅前の小さなバーへ行った。
安いウイスキーを飲みながら、俺はカウンター越しに、隣の女性と世間話をした。
映画の話。
仕事の愚痴。
好きな酒。
くだらない失敗談。
彼女は少しふくよかで、飛び抜けた美人ではなかったが、よく笑う人だった。
妙に話が合った。
気づけば終電を逃していた。
それが、今の妻である。
結婚して数年後。
酔った勢いで、俺はふと思い出したように言った。
「昔さ、魔法のランプ拾ったことあるんだよ」
妻は缶ビールを片手に笑った。
「なにそれ。願い、叶った?」
俺は少し考えてから答えた。
「どうだろうな」
その夜。
台所でビールを飲む妻の横顔を見ながら、俺はほんの少しだけ思った。
あの妖精……もしかして。
■おわり■




