『聖域化』
二〇✕✕年。
文部共生省は、新たな教育指針を発表した。
――生徒の外見的特徴への接触を、原則禁止とする。
顔、声、年齢、性別。
それらは「個人刺激情報」に分類され、他者へ無意識の圧力や差別意識を与える可能性があると定義された。
翌年。
全国の学校から、「対面式自己紹介」は消えた。
生徒たちは教室で、それぞれ好きなアバターを通して会話する。
巨大な騎士。
羽の生えた妖精。
猫耳の獣人。
版権切れの古いアニメキャラ。
無機質な立方体だけを選ぶ生徒もいた。
本当の顔を知る者は、誰もいない。
「二十三番です。よろしくお願いします」
銀髪の魔法少女が喋る。
だがその声は、年齢も性別も判別できない均一音声へ変換されていた。
隣の黒い竜が、小さく会釈する。
教室には奇妙な静けさが漂っていた。
だが誰も、それを奇妙とは思わない。
素顔を晒す方が、危険な時代だった。
拍手は禁止。
視線を向け続けることも禁止。
容姿への言及は禁止。
「今日、元気ない?」
その一言でさえ、心理的侵襲に該当する可能性があった。
教師たちは、生徒の顔を知らない。
知ろうとしてもいけない。
始まりは、数十年前の小さなニュースだった。
まだ教室に机が並び、生徒たちがマスクを着けて授業を受けていた時代。
ある中学校教師が、新入生の自己紹介でこう言った。
「マスクを外して、顔を見せてくれないかな」
教師に悪意はなかった。
ただ、生徒の顔と名前を早く覚えたかった。
それだけだった。
だが、生徒は親へ相談した。
学校は教師を戒告処分にした。
『配慮に欠けた不適切な発言でした』
学校側はそう謝罪した。
以来、その事件は教育現場の象徴的事例として扱われるようになった。
『旧時代型圧迫コミュニケーション事例』
研修映像の端では、赤い警告字幕が点滅している。
若い教師たちは、それを見ながら真面目にメモを取った。
「怖いですね……」
「無自覚な支配欲って、こういうことなんだ」
「“顔を見たい”って、かなり侵襲的ですよね」
講師は静かに頷く。
「皆さんは、他者の境界線を尊重できる教育者になってください」
誰も異論を言わなかった。
その年の冬。
ある中学校で、一人の生徒が来なくなった。
『誰も、自分を見てくれない』
理由は、それだけだった。
だが教師たちは、対応方法に迷った。
家庭環境を聞いてはいけない。
会いに行くのは圧力になる。
励ましは価値観の押し付けになる。
沈黙を破る行為は、相手の尊厳を侵害する可能性がある。
結局、教師たちは毎日、規定通りの文章だけを送り続けた。
『あなたの選択を尊重します』
『無理をしなくても大丈夫です』
『安心できる距離感を大切にしましょう』
返信はなかった。
机の上では、通知端末が静かに光っている。
『今日もあなたの意思を尊重します』
その文章は、どこまでも優しかった。
だからこそ、残酷だった。
人類は長い歴史の中で、争いのない世界を夢見てきた。
互いを傷つけず。
支配せず。
否定せず。
穢さず。
宗教はそれを「救済」と呼び、
哲学はそれを「理想郷」と呼び、
人々は、いつか誰も苦しまない楽園へ辿り着けると信じていた。
そしてついに、人類はそれを実現した。
誰も他人へ踏み込まない社会。
誰も価値観を押し付けない社会。
誰も傷つけない、完全に清潔な世界。
そこでは境界線は絶対であり、個人は侵してはならない聖域となった。
まるで神殿の奥に置かれた御神体のように。
誰も触れない。
誰も近づけない。
誰も踏み込めない。
完璧に尊重された、孤独だった。
そこでは誰も傷つかない。
そして誰も、誰かを救えなかった。
誰一人として。
■おわり■




