『終わらない交流会』
半世紀に一度、都内のどこかで「交流会」が開かれる。
今回の会場は古いホテルだった。
それでも、参加者より若いホテルだった。
ロビーには、老若男女が集まっていた。
古代紋様の刺青を刻んだ青年。
民族衣装を羽織った女。
軍服姿の白髪の老人。
恰幅のいい着物姿の男。
見た目に統一感はない。
ただ一つ。
彼らは死ななかった。
◇
「おぉ、山田君」
呼ばれて、青年が振り返る。
口髭を整えた男が、グラスを片手に立っていた。
「あっ、佐藤元帥」
山田は反射的に敬礼する。
男は吹き出した。
「やめたまえ。終戦から何年経ったと思ってるんだね」
「失礼しました」
二人は笑った。
長生きする者が集まれば、普通は健康の話になる。
血圧。
膝。
薬。
老後。
ここでは誰も、そんな話をしない。
「最近の若者は、人の話を聞かん」
佐藤元帥がグラスを揺らした。
「本当ですよ。この前なんて、注意したら腹を刺されました」
「ほぉ」
「半日動けませんでした。犬養君の気持ちが少し分かりましたよ」
「毅君も、もう若者には通じんだろう」
二人は声を上げて笑った。
少し離れた席では、関東大震災の話。
その隣ではベルリン陥落。
奥では黒船来航。
応仁の乱になると、妙に話が長い。
歴史の教科書が、そのまま酒の肴になっていた。
◇
「あぁ、上杉さん」
誰かが声を上げた。
着物姿の男が、料理を皿に取りながらやって来る。
戦国の頃から生きている、古参の不死者だった。
「昨日また、本能寺の番組やってたねぇ」
「また信長ですか」
山田が言う。
「革新的な天才だって」
上杉は鼻で笑った。
「あいつは、そんな立派なもんじゃないよ。癇癪持ちでねぇ」
周囲から笑いが漏れる。
「狸親父は疑い深いし、猿は調子に乗ると止まらない」
「夢が壊れますね」
「歴史なんて、そんなもんだよ」
上杉は酒を一口飲んだ。
「名前が残るのは、だいたい神輿だ」
「神輿?」
「鉄砲を揃えた奴。兵糧を運んだ奴。金を工面した奴。戦の前に何十日も計算してた奴」
指を折りながら数える。
「本当に頭の切れた連中は、下にいくらでもいた」
「じゃあ、どうして残らなかったんです?」
「神輿じゃないからさ」
上杉は笑った。
「下で担いでる奴の名前なんて、後世の人間は覚えちゃくれない」
山田は黙ってグラスを傾けた。
◇
「それに昔は、偉人を作るのも簡単だった」
上杉が続ける。
「作る?」
「女遊びは消す。失敗も消す。都合のいい話は大きくする」
「なるほど」
「やってもいないことを、後からやったことにしてもいい」
佐藤元帥が頷いた。
「記録を握った者の勝ちですな」
「そういうこと」
上杉は機嫌よく氷を鳴らした。
「死んじまえば、本人から文句も出ないしね」
一瞬、静かになった。
誰かが言った。
「ここにいる連中には通用しませんね」
笑いが起きた。
◇
テーブルの上で、スマートフォンが震えた。
「あーあ」
若い不死者が画面を見る。
「今度は誰だい?」
「ノーベル賞候補の生理学者です。十年以上、不倫してたとか」
何人かが画面を覗き込む。
「あぁ、この人か」
「知ってるんです?」
「会ったことある。頭は良かったよ」
上杉が笑った。
「昔なら、死んだあとに『人格高潔な賢人』で通ったかもしれないねぇ」
「今は無理ですな」
佐藤元帥が言う。
「どこで情報が漏れるか分からない」
画面には、生理学者と女性が腕を組んだ写真が映っていた。
「怖い時代だねぇ」
上杉がしみじみと言った。
「自分から首をさらすものもいるからねぇ」
会場が沸いた。
◇
夜も更け、参加者が少しずつ帰り始めた。
「次は五十年後でしたか」
山田が尋ねる。
「そうだねぇ」
上杉は立ち上がり、着物の皺を払った。
「その頃には、今日叩かれてた連中も歴史上の人物だ」
「評価も変わってますかね」
「そりゃ変わるさ」
上杉は笑った。
「残った記録次第でね」
佐藤元帥もコートを羽織る。
「では、五十年後に」
「ええ。また昔話でも」
三人はホテルの玄関で別れた。
山田が外へ出ると、雨は上がっていた。
スマートフォンが震える。
さっきの生理学者について、新しい記事が出ていた。
『疑惑を本人が完全否定』
山田は少しだけ笑った。
「今は、そういうことになったか」
画面を閉じる。
五十年後には、
また別の話になっているかもしれない。




