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『盲目の証明』
世界一の文豪が亡くなる前に残した作品が、物議を醸していた。
原稿用紙の中央に、ただ一文字。
「あ」
文豪が愛用していた万年筆で書かれたその一字は、あまりに簡潔で、あまりに過剰だった。
本来なら、価値のない紙切れとして処分されていたはずの一枚。
だが「世界一の文豪の遺作」という事実だけが、それを引き留めた。
やがて、その紙を見た「世界一の読者」が、膝から崩れ落ちた。
「ああ……」
それが、どちらの「あ」だったのかは、誰にも分からない。
後に彼は、『「あ」論』と題した解説書を著す。
文豪の人生、沈黙、葛藤――そのすべてが、この一文字に凝縮されていると。
その本は、ベストセラーになった。
一枚の紙は、やがてガラスケースに収められた。
人々は列をなし、その一字を見上げた。
理解できる者は、称賛された。
理解できない者は、黙ることにした。
やがて「あ」は映画になり、教科書に載り、講義で語られた。
教師は言う。
「この一文字には、作者の人生そのものが込められています」
生徒たちはうなずいた。
うなずけない者ほど、深くうなずいた。
数十年後。
世界一の読者が遺した作品が、再び物議を醸す。
タイトルは――『盲目の証明』
■おわり■




