第57話 生きていた大悪魔
なんてことだ……あのじゃじゃ馬大公女に守られて、勇木ヒロに手が出せぬ。
あの日以降、奴らは一度も屋敷から出てこない。これではオレも手の打ちようが無い。まさかこちらの思惑がバレているとは思えぬが、あのじゃじゃ馬のことだ、何か下らぬ事を思いついていてもおかしくない。
深夜、自室にて、ヴァクラースは苦い顔をする。
あの日ヴァクラースは、勇木ヒロが大公女の屋敷に居ると聞いて、様子を見に行ったのだ。
自分の計略をことごとく打ち破り、自分が操っていた魔剣使いまで捕まえられてしまったのだ。どんな相手なのか、直接確認する必要があった。
ところが、ヤツと会った瞬間、一目で勇木ヒロはこちらの正体を見破ったフシがある。どうやらこちらが思っている以上に手強い相手だ。
なんとも目障りなヤツだ。このままでは、オレの仕事の邪魔になる。勇木ヒロをなんとかしなくては……。
まさか、アイツほど強いとは思わんが、念には念を入れて、確実に勇木ヒロを殺せる状況を作らんとな。
ヴァクラースが必死に知恵を絞り、ようやく邪悪な作戦を思いついたとき、館の玄関が騒がしいことに気が付いた。
一体何の騒ぎだ?
◇◇◇
玄関に行ってみると、なんと大公女が、お供の女性騎士達を連れて門番と揉めていた。
「大公女殿下、こんな深夜に、一体何のご用ですか?」
「なんの用じゃとぉ? お前の妹がわらわのヒロを攫ったのじゃ! まさかお前が命じたのではあるまいな!?」
「バカな、なんという言い掛かりを仰るのですか。ヒロなどという人物が、この館に居るわけがありません」
「いいや、わらわの部屋に侵入したのはソロルじゃった。あやつめ、先日の稽古で恨みはすでに晴らし終えたかと思っておったが、意外に根に持つヤツじゃったか」
「何のことやら全く分かりませんな。とにかく、お引き取り下さいませ」
「ええい、ラチがあかぬ! このままではヒロは殺されてしまうかも知れん。勝手に上がらせて貰うぞ!」
「殿下っ! むむっ、仕方ないな……」
ヴァクラースは大公女達を妹の部屋へと案内する。
妹には、自分をあまり疑わなくなるような術だけ掛けて、あとは自由にさせていた。完全に洗脳するよりも、この方が周りにはバレないのだ。
実際、妹は上手く動いてくれて、おかげで自分の正体を疑ってくる者は皆無だった。
その妹が、自分の命令も無しに、勝手に勇木ヒロを攫ってくるなど有り得ない。第一、攫う理由などどこにも無いし、仮にそんなに簡単に我が屋敷に勇木ヒロを攫えるなら、さっきオレが必死に考えた作戦は、なんだったというのだ。
全く馬鹿馬鹿しい。こんな夜中に迷惑な話だと思いつつ、妹の部屋のドアを開けてみると……
「ひーっ、ああヴァクラースっ! 助けてえええええっ!」
そこには、ベッド上で素っ裸で抱き合っている、勇木ヒロとソロルが居た。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ソロルが僕の上にのし掛かり、激しくキスをしてくる。まるで黒豹に襲われている気分だった。
そのあと、ソロルは上半身を上にずらし、僕の頭を抱えて、豊満な胸を僕の顔に押し付ける。ぶわっとした何か野性的なメスの匂いが、僕の鼻腔を満たしていく。
「しょ、しょろるひゃんっ、くるひいっ」
「はあはあ、痺れる……こうしているだけでイキそうだ」
ソロルは一度身体を起こし、僕の目を見つめる。
間接照明の薄明かりに照らされたその裸身は、黒く艶光りする肌が異様になまめかしくて、僕はゴクリとつばを飲む。
「お前を初めて見たときから、何故か身体が熱くてたまらなかった。お前を剣でいたぶれば治まるかと思ったが、むしろさらに熱くなった。訓練場でお前と見つめ合ったとき、キスを我慢するのに必死だったぞ。そして、ワタシが求めているのはお前の身体だと、ようやく気付いたのだ」
ソロルはまた身体を密着させてきて、僕の身体に舌を這わせる。
指も僕の身体のあちこちを這い回り、敏感な部分を刺激していく。
ベッドをギシギシと軋ませて、ソロルは僕の全身を愛撫する。
ちょっ、スゴイ情熱的なんですけど、ソロルってば本当に初めてなんですか?
うわっ、そこはやめてっ! ひょええええええ勘弁してええええっ!
「はあはあ、お前の子種を貰うぞ!」
完全に発情した表情で、コトに及ぼうとするソロル。
ちょっ、待って、だめだってばっ! ああっ、手足を縛られちゃってて為す術が無いっ!
絶体絶命っ、誰か助けて~っ!!
ガチャッ
突然ドアが開く。そこに居たのは……ヴァクラースだった。
良かった、助かったーっ! ……あれ、なんかたくさん人が居る?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
何かが起こってる! とうとう待っていたチャンスが来た!
大公女達をこっそり付けていたリン達3人は、どさくさにまぎれて、無理矢理ヴァクラース邸に入っていく。
騒ぎの元になっている部屋に全員集まっているようで、リン達もその部屋の前に押し入っていく。
人をかき分け、ようやく見たその光景は……
ヒロが素っ裸で、もの凄いエロい裸のダークエルフと抱き合っている姿だった。
「ゆ……勇木ヒロ? なんでお前が我が館に居るっ!?」
「ヒローっ! お前、わらわという者がありながら……」
「あ、兄上っ、姫君っ、こっ、こっ、これはその……」
「わ~、た、助けてくださぁいっ! あっ、姫様が居る! あれ? リンも?」
あれ? リンも? ですって?
ベッドの上で、なんで二人とも裸で抱き合ってるのかしら?
「ヒロの命が危ないと思い、深夜必死で駆け付けてきてみれば、ソロルとよろしくヤッておったとは……。毎晩わらわと一緒に寝ているのに、おのれ許さんっ!」
「えっ、コレ僕が悪いんですか?」
あ、そう。こっちが一睡も出来ずに心配している中、大公女やえっちなダークエルフと一緒に楽しく寝てたって事ね……そういうコトだったのね……。
リンの目から光が消えた。
「分かった、ヒロを殺してあたしも死ぬ」
「ええっ、リンなんで? 僕を助けに来てくれたんじゃ無いの?」
「待って、なんかみんなヒロ君のせいにしてるけど、大公女様のコトはともかく、コレはどう見ても冤罪よ」
「ありがとう麗子~! 良かった、ちゃんと状況を分かってくれる人が居て」
「だからヒロ君は半殺しで許してあげましょう」
「そうですね。それくらいしないと怒りが収まりませんね」
「え? なんで麗子? 友美まで? 僕が一体何をしたの?」
「ええい、お前たち、いい加減離れぬかっ!」
「ひ、姫君っ、許されよっ」
「ソロル、お前ヒロとどこまでした?」
「な、なにもまだしてませぬ、ワタシはまだ生娘です」
「本当じゃろうな?」
「ほ、本当です、ですよね、ヒロ殿?」
「は、はい、ちょっとあちこちナメられましたけど」
「な、なんでヒロ殿、そんな正直にお答えなさるっ?」
「ぬううっ、おのれ二人とも打ち首にしてやるっ」
「あああ鬱陶しい女どもだ、もう我慢ならぬ!」
想定外の状況に唖然としていたヴァクラースが、いきなり大声を出して、この場を鎮める。
ヴァクラースは、最初なんとかこの状況を収めようと考えてはいたが、どうやら自分が思う以上に面倒くさい事になっているようだ。
ならば、もう仕方ない。こうなったら、勇木ヒロを仕留める絶好のチャンスと思って、この場の皆殺しを決定する。
「なっ、ヴァクラース卿、お前一体……?」
「あ、兄上、どうなされた……あ、兄上じゃ無い!?」
ヴァクラースの幻術が解除され、その真の姿が晒されていく。
頭部に太い4本の角を生やし、赤い目を爛々と輝かせ、ワニの如く前に突き出した口からは、長大な牙が不揃いにはみ出している。
凶悪な程に隆々とした身体に巨腕と巨翼、そして黒いオーラを纏った大悪魔……
「バ、バカなっ、貴様はグラシャラボラスっ!?」
大公女メジェールが叫ぶ。
それは、世界一と言われた鬼将軍ヴェルデ・ドラコスが、自らの片腕と引き替えに倒した大悪魔だった。
◇◇◇
「グ、グラシャラボラス!?」
友美とソロルも叫ぶ。この世界では一番有名とも言える悪魔だ。名前を知らないはずが無い。その力は万の軍勢を容易く壊滅させ、どんな攻撃も通用しない不死身の身体を持つという。
かつてディフェーザ王国を大混乱に陥れ、その被害の大きさに、これ以上の犠牲を危惧したヴェルデ・ドラコスが、グラシャラボラスに単騎で戦いを挑み、凄まじい死闘の上に撃退したという話だった。
その大悪魔が生きていた! 不死身というのは本当だった。
だが……弱っている。メジェール達は、グラシャラボラスの状態が万全では無いことを見抜く。それは、グラシャラボラスの身体のあちこちに、未だ癒えぬ傷が見えているからだ。
恐らく、ヴェルデ・ドラコスとの死闘で瀕死の状態になったグラシャラボラスは、回復のために大人しく潜伏して、人知れず何かをしていたのだろう。それがきっとあの魔剣使いだったのだ。
そう大体のアタリを、メジェールもソロルも、そして友美も付ける。
倒すなら、まだ回復しきっていない今がチャンスかも知れない!
メジェールもソロルも、超一流の剣士だ。強者の直感がそう叫ぶ。
「桜花零式・無幻の一閃っ!」
「封魔第八地獄っ!」
メジェールとソロルは、己の最大の必殺技をぶつけ、一気にグラシャラボラスを葬り去ろうとする。
この間合いだ、必ず仕留める!
ズシャアアアアアッ!!
二人の攻撃は、狙い通りにグラシャラボラスへと命中する。
よし、コレなら行ける! 追加の攻撃で、とどめを刺す!
二人ともそう思い、追い打ちを掛けようとしたとき、
「フフン!」
「うあっ」
「がああっ」
グラシャラボラスが軽く振るった腕の一撃で、メジェールもソロルも、激しく吹き飛ばされてしまった。
壁に激突し、驚愕の目でグラシャラボラスを見る二人。なんと、いま与えた傷が、凄いスピードで塞がっていく。
信じられない再生力だ。コレが大悪魔の力……。あの一撃がかすり傷にもならないのなら、もはやメジェール達に打つ手は無い。
「おのれ化け物っ、兄上は、兄上は一体どうしたのだ?」
帝国の騎兵団長筆頭を任されていたピル・ヴァクラースは、ソロルにとって自慢の兄であったし、優しく強く、この上なく慕っていた。
それが、いつのまにか悪魔に変わっていた。しかも、そのことに自分が気付かなかったのだ。到底許しがたいことだった。
「お前の兄など、とっくに帝国で殺したぜ。さすがに帝国ではオレの正体がバレそうだったんで、公国に移動してきたがな」
「きっさまーっ!!」
ソロルが激高して飛び掛かる。しかし、グラシャラボラスは難なくそれを躱し、片手でソロルを吹き飛ばす。
「うぐっ………………? きゃあああっ!?」
ソロルが飛ばされたのは、縛られて動けないヒロの上だった。ヒロの顔の上に、裸のまま尻餅をついてしまったのだ。
「ヒ、ヒロっ、お前なんていうプレイを……!」
「うん、やっぱヒロ殺そう」
「ま、まってよ、今のも僕が悪いの~っ?」
「ククク……勇木ヒロよ、お前には多少脅威を感じたが、コレで終わりだな。己の不遇を呪うがいい!」
グラシャラボラスが、動けぬヒロへと突進する。強敵を倒す絶好のチャンスだ。手加減など一切しない。
一撃でヒロの身体を八つ裂きにしようと、グラシャラボラスは右手を大きく広げ、巨大な爪に魔力を通す。
黒い爪に稲妻のような火花が走り、ヒロの身体にそれが届こうとした刹那……
「ぬおおおおおっ!?」
グラシャラボラスが吹き飛ばされる。
ヒロは拘束を解き、その手にはソロルの剣を持っていた。




