第56話 それぞれの憂鬱
ヴァクラース卿の正体を僕が知ってから3日。今のところ、世間で事件は起きていないようだ。
あのあと、悪魔は不愉快だと言って帰ってしまった。
僕が突然襲い掛かったことについて、ヤツがどう思ったかが気になる。僕が勇木ヒロだということは、すでに知っているはずだ。自分を襲った人間が何者だったのかを調べないはずが無い。
そもそも、あの時点ですでに僕の事を知っていて、この屋敷に来たという可能性も高いが。
1つ思ったのは、ヴァクラースはセクエストロとは違う存在だということだ。
セクエストロは自分の力を制御出来ていなかったようだし、何より、最初は人間だった。それが、突然悪魔に生まれ変わるなんて事は無いだろう。セクエストロを変化させた、なんらかの原因がある。
それに対して、ヴァクラースは元から悪魔だったに違いない。生粋の悪魔だ。
あの時、能力解放のチャンスだと思い、無鉄砲にも突っ込んでしまったが、果たして僕の力で勝てるのかどうか……。
ヴァクラースの正体を姫様に言うべきかどうか悩んだが、万が一信じて貰えなくて、ヴァクラースの耳に正体を疑っていることがバレたら、ヤツの周りに居る人間が危険だ。
僕が直接対決出来る状況じゃ無いと、やはりヤツの正体はバラせない。
因みに、ヴァクラースがどうしてこの国で重用されているのか姫様に聞いてみたら、姫様の父、つまり大公様が、狂った暴漢から襲われたとき、それを救ったのがヴァクラースだったらしい。
ある日、4人の悪魔憑きが大公様を襲ってきたことが有り、そのあまりの強さに近衛兵では手も足も出なかったところ、ヴァクラースがあっという間に撃退したとのこと。
ヴァクラースが、グランディス帝国の元騎兵団長筆頭だということも分かり、これを機に、ヴァクラースは公国のお抱え剣士となった。
これで、ヴァクラースと悪魔憑き、そして魔剣使いが繋がった。
元々大公様が襲われたというのも、ヴァクラースが仕組んだことだ。狡猾だったのは、魔剣使いでは無く悪魔だったのだ。
ヴァクラースは公国の警備部門も担当していて、人斬り事件も彼の担当だった。これでは解決なんて出来るわけがない。
僕らを目の敵にしていたのも当然のことだ。
なんとかリン達と連絡が取りたいんだけど、姫様はそれを許してくれない。何か不安があるのか、姫様はずっと僕のそばから離れない感じになっている。
ただ、姫様はあまり命令しなくなり、僕の自主性に任せてくれるところも多くなった。まあ使用人や女性騎士達のイタズラは、相変わらず続いては居るのだが。
もし次に悪魔がこの屋敷に来るようなことがあれば、その時がチャンスだ。
必ず正体を白日の下に曝して、僕が叩きつぶす! そのための作戦を練らなくては……。
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ヒロとは毎日、一緒にシャワーを浴びて、一緒の布団で寝ている。
でも、それ以上の仲には進展しない。庭園でキスを求めても応えてくれなかったし、その後もう一回キスを求めたこともあったけど、やっぱりヒロはしてくれなかった。
大公女メジェールは、ヒロのことを考えて憂鬱になる。
たった数日で、自分はすっかりヒロに恋してしまった。
いま思うと、最初に感じた直感こそが、一目惚れだったのだと理解する。
恋は突然なんて言うけれど、本当に自分もそうなるとは……。
もうヒロの居ない生活なんて考えられない。どうすればヒロも、自分のことを好きになってくれるのか、恋愛のコミュニケーションを知らないメジェールは心底悩む。
そもそも、他人の気持ちなんて気にしたこと無かったのだ。今さら好かれようとしても、やり方など分からなくて当然だ。
幼馴染みのフィーリアは、すでにヒロとデートをしている。それどころか、キスまでしてる。
自分もヒロとキスがしたい……。でも、命令で無理矢理させるのは違う。それに、無理矢理命令してヒロに嫌われたくない……。
命令で身体は操れても、心は操れない。本当は奴隷の首輪も取ってあげたいけど、ヒロに逃げられるのが怖くて外せなかった。
フィーリアは、子供の頃から誰からも愛される王女だった。もちろん、自分もフィーリアが大好きだし、親友だと思っている。でも、ヒロは取られたくない。
冒険者メンバーの女たちにも、ヒロは渡したくない。
毎日こんなにつらい想いをするなら、いっそヒロとは会わない方が良かったと、メジェールは思う。
ヒロがそばに居る幸せと、いつかヒロを失う不安に挟まれながら、今日もメジェールは過ごすのであった。
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大公女邸の前に、こっそりと見えない邸宅=空間裂狭邸館が設置してある。
空間裂狭邸館は、中からある程度外の様子が窺えるようになっていて、リン達はそこから屋敷を見張っているのだ。
リン達は、交代でひたすら目を離さず見張っているのだが、ヒロも大公女も一向に屋敷から出る様子が無い。
籠もりっきりで、一体何をしているのか……。
自分たちで、無理矢理屋敷に押し込もうかと、ふと考えないわけじゃ無かった。
しかし、ヒロの戦闘モード無しでは、門番にすらロクに勝てないレベルだ。とても無理矢理入っていくなんて事は出来ないだろう。
友美の魔法で強烈な一撃、とも考えるが、基本的に重要な建物や場所には、強力な耐魔法防御が施されているので、大してダメージは与えられない上に、今度こそ本当のお尋ね者だ。
そもそも、そんなことをしたら、ヒロにも迷惑が掛かる。ちゃんと正攻法で取り戻さないとダメだ。
「リン、交代の時間よ。あなた少し寝た方がいいわ」
「そうですよ、もう4日もほとんど寝てないですよ」
「分かってる……あとはよろしく麗子、友美」
麗子と友美が起きてきて、リンは自分の部屋へと戻る。ベッドに転がってみるが、眠れる気は全くしなかった。
ヒロが居なくなってまだ4日なのに、一緒に過ごした日々が、遠い昔のことのように思い出される。
やり直せるものなら、もう一度時間を戻して、みんなで一緒に居た頃に戻りたい……。
リンのほほに、もう何十回目かの涙が流れた。
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僕と姫様、ほか女性騎士達がいつものように稽古をしていると、突然の来客があった。なんと、あのヴァクラースの妹だ。
あの悪魔は『ピル・ヴァクラース』という名で活動していて、妹はソロル・ヴァクラースという名らしい。
実は姫様の剣術のライバルで、ほぼ互角の腕前だとか。
姫様と五分なら、相当の才能だ。ただ、本人の才能では無く、何かしら悪魔からの恩恵を受けている可能性もある。
悪魔に騙されているのか、それともグルなのか、早めに見極めないと、こちらも動きづらい。もし騙されているなら、妹の身も危険だ。なんとかしないと……。
妹は訓練場に入ってくるなり、僕のことをじっと見つめてくる。この前も思ったけど、やはりスゴイ美人だ。
ただ、ダークエルフとしてもまだ若いらしく、全体的に大人になりきれていないような幼さは残っている。年齢がいくつなのかは知らないけれど、人間で例えるなら、18、9歳くらいの見た目だ。
あれ、なんかずっと僕のこと見つめてるな。この前、僕が兄のヴァクラースを襲ったからか? ちょっと怖い……。
「姫君、そちらの勇木ヒロ殿と稽古がしてみたいのだが……」
ええっ!? なんとソロルが僕に稽古の相手を申し込んできた。
目的はなんだ? 何か狙いがあるのか?
しかし、いずれにせよ、この申し出は受けてみたい。何か突破口が開ける可能性もあるからだ。
僕は姫様に、目で了承の合図を送る。
「う……うむ、よかろう。許可する」
僕はソロルと対峙する。女性騎士達はみんな自分の稽古を休止して、僕とソロルの模擬戦に注目している。
ソロルから受けるプレッシャーとしては、姫様と同等といったところか。なるほど、互角というのも頷ける。
せっかくだから、僕から仕掛けようと思う。それも、彼女が動き出そうとした瞬間に、打ち込んでみよう。後の先というヤツだ。
お互いしばらく様子見のあと、ソロルの動き出す瞬間が、予測で見える。
よし、ちょっと強引だが、打ち込みに行く。この僕の攻撃をどう捌く?
と、そう思っていたのだが、電光石火でソロルに懐へと飛び込まれ、僕は腹を打たれてしまった。
なんていうスピードなんだ! 姫様が技で勝負するなら、ソロルはスピードだ。僕がヴァクラースを襲ったとき、一瞬で弾き飛ばされたのもよく分かる。
すでに勝負有りという感じだったが、ソロルの攻撃は終わらない。次から次に、剣撃が僕の身体へと打ち込まれ、その度に僕ははね飛ばされる。
情け容赦無く攻撃は続けられ、僕はその痛みに立ち上がれなくなっていた。
「それまで! ソロル、それ以上はもう勘弁してやってくれ」
じっと成り行きを窺っていた姫様が、ようやくソロルを止める。ソロルは我に返ったかのように周りを見渡し、落ち着いて呼吸を整えた。
「ソロルよ、勇木ヒロがヴァクラース卿に無礼を働いた故、そなたには気の済むまでやらせた。勇木ヒロも充分反省している。これで手打ちということにしては貰えぬだろうか」
なるほど、僕がヴァクラースを襲ってしまったため、姫様はその帳尻合わせをしていたのか。
何せ、この国の近衛隊長を堂々と襲ってしまったんだ。放っておいたら、どんなトラブルに発展するか分からない。
その矛先を収めて貰うために、ソロルに自由にさせてたというわけだ。
そのソロルは、まだ少し呼吸を乱したまま、僕をじっと見据えている。
やはり悪魔に洗脳されているのだろうか……。
ソロルは、倒れている僕の襟元を掴んで無理矢理立たせ、数秒ほど僕の目を見つめたあと、「姫君、邪魔をして済まなかった」と言って去って行った。
「大丈夫か? ヒロ……」
「はい、問題ありません」
「早めに止めてやれなくてスマンな」
「いえ、姫様のお考えは分かります。元々は僕が起こした不始末ですから」
その日はこれで訓練終了となった。
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ソロルが屋敷に来訪してから2日、つまり、僕が姫様の屋敷に来てから6日目。
僕の生活は相変わらずだが、どうしたわけか、姫様が日に日に元気が無くなっていく。命令も「屋敷の外には出るな」だけで、ほかは僕が自主的に従っている感じだ。まあこのおかげで、使用人や女性騎士達からのイタズラからは、逃げられるようになったけど。
今日も一日、訓練などを終え、姫様と一緒にシャワー室に入る。
いつものように、目を瞑りながら姫様の身体を洗っていると、後ろを向いていた姫様が急に僕の方に振り返り、裸のまま抱きついてきた。
「ヒロは……わらわのことが嫌いか?」
なんだろう、突然。
確かに、最初はちょっと苦手に思っていた。でも今は、姫様の良いところをたくさん見つけて、一緒に居て楽しいと思っている。
ただ、僕にはやることがある。出来れば、そろそろ解放して貰って、またリン達と一緒に行動をしたい。
何より、悪魔が野放しになっているのだ。いつまでもこの状態でいるわけにはいかない。
「姫様のことは好きですよ。毎日ご一緒させて頂いて楽しいです。でも、そろそろ僕を解放しては頂けないでしょうか」
「………………」
姫様は、そのまま黙ってシャワー室を出て行ってしまった。
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その日の深夜、大公女邸前、空間裂狭邸館の中。
交代制で見張ってはいるのだが、リンが見張りたいと強く言うので、ほとんどの時間はリンが見張っていた。
もう6日もほとんど寝てない状態だ。顔もすっかりやつれてしまっている。
このままでは、リンが壊れてしまうのではないかと、麗子は心配になる。
「リン、お願いだから寝て! 身体壊すわよ」
「わかってる。わかってるよ……」
リンがそう言ってボロボロと涙をこぼす。
そんなに好きなら、なんでもっと素直にならないのかと麗子は思うが、それがこの二人の関係なのかも知れない。
ヒロ君、お願いだから早く帰って来て。じゃないと、リンが死んじゃうよ。
私だって、そろそろ限界……。
ふとその時、リンの『超感覚』で強化された目が、夜の暗闇に動く影を見つける。それは、屋根から大公女邸に侵入したようだ。
「麗子、屋敷で何か起こってる! すぐに友美を起こして! きっとチャンスがあるわ!」
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ん? なんだ? 誰かの気配がする。
深夜、僕はいつもと同じく、姫様と一緒に寝ていたが、突然『危険予知』が反応して起こされた。
恐らく、窓から入ったであろう侵入者が、いつの間にかすぐ近くに立っていた。黒い覆面をしていて、正体が誰なのかは分からない。
「姫さっ……」
速いっ! 姫様を起こそうとした瞬間、僕の口は塞がれ、何かを嗅がされる。
これは、睡眠効果の何かだ! くそっ、能力解放が出来れば、効果をキャンセル出来るのに……。
「誰じゃっ!? なっ、お前っ……」
姫様が気付いたらしい。が、僕の意識は遠くなっていく。
姫様、無理しないで下さい。どうかご無事で………………。
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気付くと、僕はどこかの部屋のベッドの上に居た。
かなり大きなベッドだ。クッションの具合からも、安物の寝具では無い。部屋の様子も、どこか豪華な造りを感じさせる。
僕の四肢は、ベッドの四隅に向けて引っぱられ、仰向けの状態で大の字に拘束されている。
どうやら侵入者の狙いは僕だったようだ。なら、姫様は無事かも知れない。
ここならと思い、僕は能力解放を使おうとする。が、発動しない。
ということは、このすぐ近くに女性が居るということだ。
「気付いたようだな」
女性の声だ。くそっ、同じ部屋に居たのか。
そして、この声は聞いたことがあるぞ。
そうだ、この声は……
悪魔の妹、ソロルだ!
間接照明でほの暗い部屋の中、壁際から立ち上がったソロルの姿が、うっすらと浮かび上がる。
やはりソロルは悪魔の手先だった。僕を攫ったのは、悪魔の命令に違いない。
ソロルは思い詰めたような顔で、ゆっくりとこっちに近づいてくる。僕をじっと見つめるその表情は、正気が失せているようだった。
まずい、これじゃ手も足も出ない!
ひょっとして、僕の弱点が女性ということまで気付かれているのか?
だ、だめだっ、打つ手が無いっ! 僕は殺される……!
……と、ベッドの近くまで来て、突然ソロルは服を脱ぎ始める。あの露出の高いビキニアーマーだ。
な、なんだ? 何する気だ?
そして、僕が見ている前で下着も全て脱ぎ、ソロルは全裸になってしまう。
? ? どういうこと?
そういえば、いま気付いたけど、僕パンツ一丁だね。なんで?
生まれたままの姿になったソロルは、ベッドに上がり、動くことの出来ない僕の上にのし掛かる。
「ソ、ソロル……さん? なに考えて……?」
「しっ! 静かに! 兄上に気付かれる」
「兄上ってうむっ……!」
僕の言葉を、ソロルがキスで遮る。獣のような激しいキスだ。
「初めてお前を見た時から、身体がうずいて仕方がなかった。お前には、ワタシの初めての相手になってもらう」
………………なんですってえええええっ!?
今回ちょっと暗めな感じ多いですけど、このあとしばらくはそんな話は無いです。
もう公国編が終わりますので、次は獣人国編でやっと仲間増えます。




