第35話 5分間の戦闘
「ここか……」
すでに辺りは暗くなって、周りには人一人として見当たらない静かな町外れ。
僕はメッセージで指定された建物を見つけ、一人で入る。もちろん、何か罠があるのだろうが、こちらに選択肢は無い。
丘の上にて、僕にメッセージを伝えたあと自ら首を切って死んだ男は、全く無関係の男だった。恐らく、適当に歩いている人間を選んで、伝令に使っただけなのだろう。
最悪の連中だ……『我々』と言っていた。敵は一人じゃ無い。
こんな奴らを相手に、もしこっちが要求を飲まなかったら、何をしでかすか分からない。だから指定通り、武器と装備を整えて僕一人で来た。
リンは最後まで反対したが、なんとか聞き入れて貰った。
今みんなは、王女と一緒に宮殿で待機して貰っている。それが一番安全だからだ。僕も心置きなく戦闘に集中出来る。
館の中はシンプルで、どうも何かの訓練場のような造りだった。
いや、ここは処刑場なのかも知れない。
正面の部屋のドアを開けると、中は窓も無い20m四方のがらんとした空間で、反対側の壁際に5人の男達が立っていた。
不思議なのは、そのほとんどが武器らしい物を持っていないことだった。
その中に1人、見たことのある顔があった……確か、リン達を置いて逃げたテイミッド・ファイクだ。何故彼がここに……?
テイミッドは全身傷だらけで、前歯は砕かれ、どうやら片目も潰れているようだ。様子からすると、結構重傷なのではないだろうか?
ここでは明らかに場違いな人間だった。
「本当にあどけない少年だね。キミが強いとはとても思えないが、聞いた情報に偽りは無いはず。手加減無しで行かせて貰うよ」
真ん中に立っている物腰の柔らかい男が、ニコニコとした笑顔を崩さないまま、戦闘開始の宣言をする。
『百手』のようなギラギラした殺気は彼らから感じないが、全員並外れた力を持っているのは離れていても分かる。
本気で行く。躊躇や手加減は死に繋がる。僕はまだ死ぬわけには行かない。
『百手』を殺したことにより、僕の中でも何かが変わっている。誰も傷つけたくないという甘い僕は、もうここには居ない。
「申し訳ないが、僕には時間が無い。始めていいかな?」
「へへっ、なんだデートの約束でもあるのかい?」
「心配するな、10分も掛からずに終わりにしてやるよ」
「いや、君たち程度、5分もいらないと思うけどね」
僕は敢えて挑発する。相手に様子を見られては、長期戦になってしまうかも知れないからだ。
1秒でも早く終わらせるために、最初から全力で来て貰う。
この挑発は彼らにも届いたようで、殺気が数段階上昇し、一気に爆発する。
「お望み通り、瞬殺してやるよ!」
まさにその時、チリンと開戦の鐘が鳴った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
4人の殺し屋の中で一番若い男『道具屋』は、勇木ヒロの情報を聞いた段階で、全て作戦を考え終えていた。
暗殺軍の全滅と『百手』との戦闘から考えて、相手は無詠唱魔法と鋼糸を切断するほどの剣技があるようだが、その程度なら全く問題無い。
僕たちは絶対に負けない必勝の策で来ている。
まあ僕一人でも勝てるはずだが、万全を期して4人で掛かる。
この布陣なら、万が一にも敗北は無いはずだ。『道具屋』は、戦う前にして、すでに勝利を確信している。
まずは予定通り、チリンと『開戦の鐘』を鳴らした。
「ふふふ、これは『沈黙の鐘』という至上工芸品で、閉鎖された空間でしか使えないが、この音が鳴り響いた場所は魔法が使えなくなる。キミ無詠唱魔法使えるんだって? これでキミの力は半減だ。僕らは魔法は使わないのでね」
次に、表紙が木製で出来た書物を取りだし、中を開いて宣言をする。
「金属の使用禁止」
すると、勇木ヒロは持っていた剣を落とし、身に付けていた金属の防具も、バラバラと崩壊して身体から落ちる。
「これは『持物規定』。戦闘において、双方の身に付けられる物を指定出来る至上工芸品さ。この戦いに、お互いの金属の使用を禁止した。もちろん、僕らは
金属を身に付けてはいないよ」
剣と魔法を封じた。
これで勇木ヒロはもう何も出来ない。あとは嬲り殺しにするだけだ。
「それじゃあカードで遊ぼうか。キミに全部あげるよ」
『道具屋』は、手のひらに収まらないほどの大きなトランプを取りだし、勇木ヒロに向かって投げつける。
それは硬質なプラスチックのようなモノで出来た鋭い刃であり、まるで意志を持っているかのように空を飛んで、勇木ヒロに襲いかかった。
激しく回転しながら、上下左右あらゆる角度から勇木ヒロを刻みに行く。
なんだ、楽勝だったな。
そう勝利を確信した『道具屋』の笑い顔が、次の瞬間凍り付いた。
勇木ヒロは、全てのカードを事も無げに素手で掴んで回収したのだ。
「こんなモノ、『百手』の方が百倍手強かったかな」
ウソだろ!? 反応が速すぎる、動作が精密すぎる!
なんで魔法剣士が素手でこんなに強いんだよ!
「このっ、兵隊を喰らえっ!」
『道具屋』は至上工芸品の『オモチャの兵隊』をけしかける。小さいながらも、殺傷力は本物と遜色ない、強力な軍隊だ。
しかし勇木ヒロは、その小さな兵隊1体1体を正確に潰していく。
だめだ、この程度ではヤツを倒せない!
『道具屋』は、自分が勇木ヒロを完全に見くびっていた事を認め、奥の手を使うことにする。
この手のヤツには一番効くアイテムだ。勇木ヒロが恐怖に怯える姿を想像して、『道具屋』はその道具を出す。
それは人間ほどの大きさの鏡だった。
「『魂身写出鏡』だ! キミはキミ自身と戦うのさ、疲れを知らない無敵の戦士とね!」
それは映した者を複製して実体化させる、伝説級アイテムだった。
大きなモンスターなどは複製不可能ではあるが、人間サイズなら全く問題無い。映し元の能力を完全にコピーし、無尽蔵の体力で戦闘を繰り広げる戦士を生み出す。
ただし、戦闘の対象がコピー元の人間のみなので、大人数での乱戦には向かず、そしてコピー元を倒すと速やかに消滅してしまう弱点はある。
しかし、今回のこの場合においては、最大に効果を発揮出来るアイテムであった。
勇木ヒロは一瞬そのアイテムを凝視し、何かに備えて身構える。
……何も起こらない。
「なっ、えっ? なんで? 伝説級アイテムだぞ!?」
何が起こっているのか理解出来ないまま、『道具屋』は勇木ヒロの素手の打撃によって、その生命活動を止めた……。
◇◇◇
こいつ……ただ事じゃ無い強さだぞ、これは!
『幻術士』は戦慄した。
ただボケッと『道具屋』の戦いを見ていたわけでは無い。勇木ヒロの戦闘能力を見極めようとしていたのだ。
自分の幻術をどのように当てようか探っていたのだが、まるで隙が無いのだ。
果たして、ドラゴンでコイツは怖じ気づくだろうか?
ドラゴンは最強種の生物で、人間ではまず勝てないと言われている。だがそれはあくまで現実のドラゴンだ。幻術で本物同然の姿を作り上げたとしても、そのドラゴンの真の力までは体現出来ない。
もしも幻術で作るモンスターよりも、勇木ヒロが強いのであれば、倒しようが無い。
火の巨人ならば……いや、もっと上の存在、伝説のキュレイオスではどうだ? もしくはエイトヘッズドラゴン……ええい、いっそレヴァイアサンを出すか?
待て、ここにレヴァイアサンは明らかに不自然だ。ヤツほどの戦士にはさすがに見破られてしまう。
幻術は何でも出来るわけでは無い、真実と思わせる説得力が必要不可欠なのだ。
どうすればいい?
戦闘スキルの一つに、『幻術』はある。
ある程度才能があれば、誰にでも身につくスキルだ。それなりの練習は必要ではあるが、特に稀少なスキルというわけでは無い。
しかし、現在その使い手はほぼ皆無と言ってよかった。
何故なら、どんなにランクを上げてもせいぜいCまでしか上がらず、天性の才があったとしてもBが限界だ。そのBランクですら、一時しのぎの術程度にしかならないし、そもそも強いモンスターにはほぼ通用しない。
とても有用とは言えないスキルなのだ。
『幻術士』は、幻術の超超天才であった。それはまさしく、唯一無二と言っていいほどの。
彼の幻術ランクはSSであり、掛けられた者は現実と区別が付かなくなる。精神の弱い者は、幻痛でショック死してしまうほどだった。
その彼が、勇木ヒロに対して恐怖を感じる。
下手な幻術は逆に命取りだ。無理して万が一にも見破られてしまうモノを出すよりは、確実なドラゴンを出そう。
ドラゴンなら、違和感の無い精密な、その体温を感じるほどの、本物を作り出すことが出来る。
ヤツが隙を見せれば、そこを攻撃すればいい。
『幻術士』は勇木ヒロの目の前にドラゴンを出現させた。
が、勇木ヒロは全く恐れた様子が無い。というより、幻術に掛かっていない。
真の強者は、幻術を恐れず、目を閉じて気配のみを頼りに戦うというが、勇木ヒロのはそれでは無い。
術がまるで通じていないのだ。
そもそも『幻術士』の作り出す幻術は、目を閉じたくらいで簡単に破れるような術では無いのだが、これでは見破るとかいう以前の問題だ。
こんなことは、『幻術士』にとって初めての経験だった。
そこで1つの真実に思い当たる。
まさか勇木ヒロは、看破のランクがSSSなのでは……?
いや、そんな人間が居るはずが無い。
どんなに鍛えても、看破のランクはそこまで上がるモノでは無い。それは伝説とまで言われる『真実の目』という能力なのだ。
勇木ヒロは何か別の方法で、我が術を破っているはず。
ならば、自分の最高の幻術を見せてやると、完璧なレヴァイアサンをそこに出現させたが、それは勇木ヒロに認識されること無く、『幻術士』もその生涯を終えた。
◇◇◇
『詐欺師』の能力は、簡単に言うと言語による催眠術だ。
しかし、それは強力無比なモノで、例え魔法やアイテムの力で状態異常無効となっていたとしても、そう耐えられるものでは無い。
『詐欺師』が使うのは、強力な魔力を持つ『神託言語』で、それは深海に引きずり込むような暗示を掛け、相手に意識障害を起こさせる。
掛けられた者は、身体の運動を支配され、次に感覚、思考を操作され、最終的には概念変革による精神崩壊となる。
対象一人一人に掛けていかなければならないのと、言葉の通じないモンスターには使えない弱点はあるが、対人戦闘においては無敵を誇る能力だった。
「そーら、自分の足をよく見てみろ。何かいつもと違うんじゃないか? どうだ、膝が曲がらないだろう。お前はもう足が動かない。そこから一歩も動けない」
オレ様の言葉からは逃れられない。人間種でオレ様に敵うヤツは居ない。
例え状態異常無効であっても、ウソには騙されるのと同じように、オレ様の言葉は思考を誘導して概念を壊す。
お前はもう歩き方が分からなくなっているはず。
動きさえ封じれば、あとは倒すのも簡単だ。
そう確信する『詐欺師』であったが、勇木ヒロの動きは一向に止まらなかった。
そんなはずはない。
確かに、抵抗力の強いヤツは居る。今までも命令に耐えたヤツは居た。
しかし、例え最初は抵抗されても、術による何らかの症状は出る。そこから少しずつ切り崩していけば、最終的には術に落ちる。
時間さえじっくり使えば、抵抗力の高いSSSランクの冒険者ですら、術に掛ける自信があった。
それが、勇木ヒロにはまるで効いていないようなのだ。
例え耳を塞ごうとも、あるいは音が聞こえなくとも、『神託言語』による影響は出る。
ましてや、勇木ヒロには言葉が届いているはずだ。命令を無視出来るはずが無い。
これはまさか……完全異常耐性? 居るのか、そんなヤツが?
確か、神人がそうであったとしか語られてないくらいの伝説のスキルだ。それがどれほどの能力を持つのかすら知られていない。
「待て、止まれ、ああやめろ~っ」
『幻術士』と同じく、完全に無抵抗のまま、『詐欺師』は心臓の鼓動を止められた。
◇◇◇
『人形使い』は、目の前の光景を一切信じることが出来なかった。
『道具屋』『幻術士』『詐欺師』の3人が一瞬でやられた。それも、相手は剣も魔法も封じられたままで。そして自分が戦闘に参加する隙も無いほどに。
『人形使い』の能力は、人間を操り人形にすることだ。操る対象は一人で、相手のうなじに魔糸を打ち込み、そこから命令をして自由に操ることが出来る。
操る人間は魔力の増幅器にもなっていて、『人形使い』が魔力を送り込むことによって、その人間の潜在能力を全て出させることも出来る。ただし、肉体がそれに付いていけず、すぐに壊れてしまうのが難点だが。
もう一つの欠点は、あまり強い者を操れないということだ。
冒険者ランクで言うとCランクまでで、Bランク以上になると、人形の抵抗が強くて上手く操れなくなるのだ。
ただ、Cランクとは言え、『人形使い』が操って潜在能力を引き出せば、SSランク並みの強さを発揮する。何より『人形使い』本人が戦うわけでは無いので、人形には無茶させ放題だ。
命知らずなSSランク部下を何人も持っているに等しい能力だった。
今回の人形テイミッドは、過去最高の掘り出し物だった。
その前は、気に入った美女を人形にして適当に弄んでいたのだが、テイミッドが隙だらけでその美女人形を口説いてきたので、試しにテイミッドを操ってみたら、これがピタリとハマった。
テイミッドはBランクのポテンシャルを持ちながら、その精神も肉体も洗練されていなかったのが、操るのにちょうど良かったのだろう。
この人形なら、能力全開させればSSSランクに近い力が出せるはず。
その自信の人形が、今では頼りない木偶にしか見えなかった。
テイミッドには、金属を使っていない剣を持たせてあるが、それでもあの勇木ヒロには勝てるかどうか……。
『人形使い』は、魔力を多めにテイミッドへと送り込み、限界を超えた力で勇木ヒロを襲わせる。
「あぐああっ、ぐるじいいいいっ、ごろしてくれえっ」
テイミッドは自らの身体を破壊しながら勇木ヒロを攻撃するが、残念ながらそれはかすりもしなかった。
右腕の肘関節が壊れると、剣を左手に持ち替えて攻撃をした。
激しい踏み込みによって足首や膝も砕けるが、その動作は少しも緩むこと無く続けられる。もはや肉体は壊れる一方となっていた。
「この人形はオレ達の戦いには無関係な男だぜ。お前コイツを殺せるか? コイツを救ってあげたくはないか? どうする?」
『人形使い』は、情に訴える作戦に出た。
勇木ヒロは恐らく甘い人間だ。無関係の人間を簡単には殺さないだろう。
そこにつけ込む隙があるはず!
そう、己の目論みにほくそ笑んでいると……
……勇木ヒロは泣いていた……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
テイミッドは敵では無く、ただの被害者だった。
敵の操り人形となり、己の肉体を壊しながら、僕へひたすら攻撃してくる。
ごめんよテイミッド。僕にはもう時間が無い。
僕には全ての人を守る力なんて無い。そして僕には大事な人が居る。
その人達のためにも、ここで死ぬわけには行かない。
僕はテイミッドがなるべく苦しまないよう、胸に拳を打ち込んだ。
「あ、ありがとう……」
もはや無力となった『人形使い』に、僕はゆっくり近づいていく。
「待ってくれ、オレはもう無力だ、殺す必要は無いだろ?」
「いいや、キミは殺す。それはテイミッドへの餞別でもあり、甘い僕への決別だ」
「待て、話を聞けって、黒幕が誰か分からないままでもいいのか?」
「……必要無いな」
「頼む聞いてくれっ、黒幕はセクエストロ侯爵だ、オレ達は奴からの依頼でお前を殺しに派遣されたんだ。まだ情報はあるぞ、何でも喋る、お願いだ、助けっ……」
僕は拳を打ち込んだ……殺さない程度に。
確かに後ろで手を引いている人間を知る必要がある。ただ、話を聞き終わる前に、僕の時間制限が来てしまったようだ。
力を完全に失う前に『人形使い』を戦闘不能にして、僕は戦闘に勝った合図を送った……。




