第34話 1日だけの恋人
変装して素性を隠したフィーリア王女を連れだし、こっそりと町案内することになってしまった僕。
王女に町を案内する前に、まず僕らは遅い朝食を取ることにした。
いつも使っている行きつけのレストランに僕らは入る。人が多いと王女の身バレに気を遣わなければならないが、幸い朝食、昼食とは時間がずれていることもあって、客はまばらだった。
備え付けのメニューを見て、僕らは注文を決めようとする。
「あの……すみません、お料理がよく分からないんですけど……」
確かに、王女が普段食べている物とは、ここの料理は違うだろう。王女がどれを注文して良いか分からないのは当然だ。
「王女様、何か食べたい物はありますか?」
「朝食はパンを食べるのが好きです」
「では、エッグトーストセットにしましょう。サラダとウインナーと飲み物が付いてきます。お飲み物は何がいいですか?」
「果物のジュースがいいかしら」
「ならフルーツのミックスジュースがあるので、それにしましょうか」
「はい。楽しみです」
僕も王女と同じエッグトーストセットにした。
程なく僕らの前に料理が届く。
「あの……このパンはどうやって食べたら良いのでしょう?」
一口サイズに切り分けられているわけでも無く、そしてカット用のナイフも付いていないため、サラダ用のフォークだけでは目玉焼きが乗せられた食パンの食べ方が分からなかったらしい。
これは店員さんに頼んで、細かく切り分けて貰った方がイイのかな。いや……
「王女様、これはパンを手で掴んでそのまま食べるのですよ。ほら、みんなそうしてるでしょう?」
僕はお手本を見せるように、手づかみでエッグトーストを食べる。
「まあ! 調理されたパンでも、手で食べてしまうのね」
「そうです。指が汚れちゃうけど、気にしないで食べて下さい。あ、火傷しないように気を付けて!」
「……美味しい! こんなの初めて食べました」
「今度、宮殿の料理長にお願いしてみるといいですよ」
「はい!」
王女はお腹が空いていたのか、出された料理をもりもり食べる。細い身体なのに、ペロリと完食してしまった。
「周りの皆さんが賑やかに会話している中で食べると、楽しいですね」
あまり気にしたことは無かったけど、確かに賑やかな雰囲気で食事するというのは、テンションが上がるかも知れない。
普段の王女の食事は、どちらかと言えば静かな雰囲気で進むだろうし。
僕らは食事の会計を済まし、町をぶらりと歩くことにした。
◇◇◇
二人で中央通りを歩くと、王女は立ち並ぶお店一軒一軒に興味を示し、中に入っては子供のようにはしゃいだ。うっかり王女だとバレやしないか、ヒヤヒヤしたくらいだ。
雑貨店では、なんてことない小物を手に取っては、僕に使い道を聞いて感心したりする。見たこともない物がたくさんあって、とても気に入ったようだった。
ほか、冒険者用のアイテム屋や、家具屋、花屋、食材屋、酒屋、食器屋、画廊や芝居の劇場まで、目に付くモノ全てが彼女を楽しませた。
カジノまで入りたがったときは、さすがに思いとどまって貰ったが。
宝飾店にも入ったんだけど、普段見慣れているせいなのか、そこではあまり関心を見せなかった。
服屋に入ると、気に入った服を見つけては、楽しそうに試着して僕に感想を聞いてきた。
普段のドレスではよく分からなかったが、王女は意外にスタイルも良かった。
あまりに楽しそうに服を選ぶので、差し出がましいと思いながらも、何かプレゼント致しましょうかと言ったところ、着る機会が無いのでお気持ちだけお受け取り致しますと言われてしまった。
そうか……確かに、王女に服を買っても、着る機会が無いよなあ。
王女とはいえ女の子なんだから、ファッションくらい自由にさせてあげてもいいんじゃないかと思ったけど、そういうわけにも行かないのか。
それでも、王女は普段絶対に着ないような服を着ることが出来て、とても満足したようだった。
◇◇◇
お店巡りも一段落し、僕と王女は喫茶店に入る。
王女の正体がバレるか心配だったけど、今のところ、どこへ行ってもまるで気付かれていないようだった。
そのおかげで、王女も町見学を充分に楽しんでくれていた。
王女の笑顔を見ると、連れてきて本当に良かったと思う。
「勇木様、もう悩みはほとんど無くなられたようですね」
「えっ?」
「ふふっ、ご自分の成長について悩んでらっしゃったでしょう?」
あれ? 王女は能力解放のこと知らないはずだけど、なんで僕が吹っ切れたことが分かるんだろう。
そんなに浮かれてる顔してたかな?
「えーと、前から聞きたかったんですが、なんで王女様は、僕の成長をずっと信じてくれていたんですか?」
ずっと疑問だったことを聞いてみる。
王女は何故か、僕が強く成長すると最初から確信してたところがあった。それこそ、アイレさんとの訓練でまともに動くことすら出来ず、子供扱いされていた頃からだ。
あの時の僕の弱さは、アイレさんですらちょっと呆れていたというのに……。
「……それは秘密です」
王女はクスリと笑って答えをごまかした。
こういう時の女性には、とても敵わないな。
「わたくしは初めて勇木様とお会いしたあの召喚の日から、勇木様が大きく成長することを信じておりました。本来聖女としての役目は母が担うはずだったのですが、母はわたくしが幼い頃、事故で亡くなってしまい、召喚の儀式はわたくしが16歳になるまで待つことになったのです。でも、わたくしが儀式を出来て良かったと思ってます。勇木様を召喚出来たことを誇りに思います」
……やっぱり王女は、僕の力のことを何か知っているような気がする。今は秘密でも、きっと話してくれるときが来るだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
コレってどう見てもデートよね……。
王女が何故ヒロを連れ出したのか目的は分からないが、コレは完全にデートである。
ヒロと王女が宮殿を出てから、二人に気付かれないように、リン、麗子、友美はひたすら付いて回り、リンの『超感覚』の能力で、会話もほとんど盗み聞きしている。
その結果、一文字たりとも仕事のことらしき話は出ていない。
お忍びで何かの調査をしているわけでも無さそうだし、一体なんのために二人で出歩いているのか、見当も付かない。いや、デート以外思い当たらない。
言いたくは無いが、コレは王女という立場を利用した職権乱用なのではないか?
「王女様の胸、リンより大きかったわね」
「うるさいっ」
「あんなに可愛くて性格良くてスタイルもイイなんてずるいですよね」
「ああうるさいうるさいっ」
そんな身体的なことよりも、リンには1つショックなことがあった。
王女は最初からずっとヒロの力を信じてた。
確かに、ヒロが全然何も出来ないほど弱かった頃から、王女は何故かヒロの能力を疑っていなかった。
自分は一度ヒロの能力を疑い、冒険者は無理だと三下り半を突き付けただけに、リンは王女に負けた気分だった。
王女はヒロのことが好きなんだろうか。
それとも、この世界の救世主として、ヒロが必要なだけなんだろうか。
もしも王女がヒロのことを好きだったら、自分は王女に勝てるのだろうか。
自分がとてもイヤな人間に思えて、リンは少し自己嫌悪に陥るのだった……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
王女と一緒に、中央通りを一つ外れた道を歩いていると、アクセサリーを売っている露店があった。
それは高い宝石等が使われていない手作りの物で、値段としてはとても安い物だったけど、王女はそのデザインが気に入ったようだった。
蝶の形に彫金されたネックレスを、何度も手に取って眺めている。
「勇木様、おねだりして申し訳ないのですけれど、わたくしこのネックレスがとても気に入りました。今日の想い出に、プレゼントして頂けませんか?」
王女は上目がちにいたずらっぽく笑って、僕にプレゼントを催促した。
それは今までに見たことの無い、王女の表情だった。
プレゼントも何も、こんな安い物でいいんだろうかと、こっちが恐縮してしまいそうな品物だ。しかし、確かにデザインはとても可愛い物だった。
王女が気に入ったならと思って、僕は快くそれをプレゼントした。
「ありがとうございます!」
王女はとても喜んでくれた。がそこに、最悪のタイミングで、いま一番会いたくないヤツが現れてしまった……。
せっかくの楽しい気分を完全にぶちこわす男……ボルゴスだった。いつもの仲間3人を連れて、僕らに向かって近づいてくる。
「けっ、なんだそんな安物買ってやがって。救世主様は金欠かい?」
最初の時以来、何度かギルドで見掛けたことはあったが、ガオナーの件以降、明らかに僕らを意識した態度を取るようになっていた。
いつか何かを仕掛けてくるとは思っていたけど、王女を連れているときに出会ってしまうとは……。
「おいおめえ、オレがガオナー達と関係してるって、根も葉もないこと衛兵に密告しただろ! ふざけんじゃねーぞ!」
根も葉もないどころか、お前達仲が良かっただろ。それに密告なんてしてない。
こうやって因縁付けられるのがイヤで、わざわざボルゴスのことは黙っていたというのに、結局こうなってしまうのか。
王女を巻き込むようなことは絶対出来ない。どうする?
「おい、土下座しろ。女の前で恥掻かせてやるよ。それとも男見せてみるか?」
ボルゴスとここで揉めては、さらに面倒なことになりそうだ。
誘拐組織のこともあるし、ここでいたずらに騒ぎを大きくしたくない。
僕は両手両足を地に付けて、ボルゴスに土下座をした。
「かあ~っ、この腰抜けがっ、女の前でよくそんなみっともねえこと出来るなあ。おめえがガオナー倒したって冗談が出回ってるけど、ほんとデタラメでしょうがねえなあ、かかかっ」
そう言って笑ったあと、ボルゴス達は僕の腹を蹴飛ばして去って行った。
土下座で王女を守れるなら安いくらいだ。そう思って王女の方を見てみると……
王女は泣いていた。
「わたくしのために……すみません、勇木様」
「いや、王女様のせいじゃないですよ。僕はケンカが嫌いなんです」
「それでも、わたくしが居なければ、あんな屈辱的なことはされなかったでしょう」
王女の目から、次々に大粒の涙がこぼれ落ちる。
ちくしょーボルゴスめ! いや、王女とバレなかっただけでも充分幸運だ。
バレていたら、一体どんなことになっていたか……。
そうだ、いいことを思いついた。
「王女様に見せたいモノがあります。少し移動しましょう」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
先日、アイレが勇木様と二人で町へ出掛けると聞いて、わたくしは胸が張り裂けそうになりました。
その時は、どうして自分がそんな気持ちになったのか分かりませんでした。
ただ居ても立ってもいられず、二人が帰ってくるまで、宮殿の入り口でおろおろと待ち続けました。
勇木様がたくさんのお仲間を連れて戻ってきたとき、ようやく自分の気持ちに気付いたのです。
わたくしは勇木様を男性として愛してしまっている。
始めは聖女の血を受け継ぐ者として、神人の力を分け与えられた勇木様に惹かれているのだと思ってました。
それは救世主を崇拝することと同じ気持ちだと思いました。
しかし、そうではなく、勇木様の強い心と優しさに、わたくし個人として惹かれていたのです。きっと神人の力は関係ありません。
わたくしはこれでも一国の王女です。だから分かります。
わたくしが彼と結ばれることは絶対に無いでしょう。
それが王女としての宿命なのです。
せめて一日だけでもいい、彼と二人だけの時間を過ごしたかった。
彼を諦めるための想い出が欲しかった。
今日のことは、わたくしの一生の宝物です。
あと一つだけ、わたくしの望みが叶えられたら……
本当に好きな人と…………が出来たら……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
僕と王女は、町の乗合馬車に乗って移動した。
町の中心から馬車で30分ほど行ったところに、景観の良い丘がある。そこはエーアストの観光名所にもなっていて、綺麗な町並みを見下ろすことが出来るのだった。
「わあ~素敵な景色……」
それほど高い丘では無いのだけれど、町の建物が低いということもあり、夕日に染まった赤い町を充分遠くまで見渡すことが出来た。
さっきまで泣いていた王女も、だいぶ落ち着いてくれたようだ。
観光客も今の時間はもうまばらとなり、このあとの夜の景色を楽しもうと、周りにはカップルがちらほら増えてきている。
どこか遠い目で景色を見ていた王女が、ふと僕の方を振り返る。
「勇木様、最後にもう一つだけお願いしてもよろしいでしょうか」
なんだろうと思って王女の次の言葉を待っていると、王女は両目を瞑って、静かに顔を寄せてきた。
その行為は僕にも分かる。でもどうしていいか分からない。
二人の間に、何千倍にも凝縮された時間が過ぎていく。
その時、僕には王女がとても弱い存在に見えて、気付くと僕は顔を近づけていた……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リン達がヒロと王女を尾行していると、露店でヒロが王女に何かを買い与えたのが見えた。
「あいつってば、あたしですら大昔にネックレス貰っただけなのに、麗子に誕生日プレゼントあげたり王女に何か買ってあげたり、一体どういう事なのよっ!」
リンが爪を噛んで悔しがっていると、今度はあのボルゴスが来て、ヒロを無理矢理土下座させたのが分かった。
これにはリンどころか、麗子も友美も黙ってはいられず、飛んで出て行って叩きのめしてやろうかと思ったが、当のヒロは黙って耐えているだけだった。
能力解放を使えるヒロが我慢しているのには、きっと何か理由があるのだろうと思い、リン達3人は断腸の思いで飛び出すのを堪える。
そして今度は乗合馬車に乗って、デートスポットとして名高い丘に二人で移動する。
あたしだって連れて行ってもらってないのに、なんで王女と二人きりで行くのかと、もはやリンの怒りは爆発寸前だ。
しまいには、ムードが盛り上がったところでキスしようとしてるのを見て、さすがに忍耐の限界に達したリンが思わず飛び出そうとすると……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
僕は王女に顔を近づけながら、ふとある気配を感じる。
それは意志を感じない、無機質な殺気のようなモノだった。
気配の方を振り向くと、そこには虚ろな目をした男が立っていて、ふらつく足取りでこちらへとゆっくり近づいてくる。
「待て! それ以上近づくな! 近づけば問答無用で攻撃する!」
僕は忠告するが、しかし男にはまるで聞こえていないようで、その足取りに変化は無かった。
どうする? 王女の前で戦闘を仕掛けるか?
「勇木っ!」
「ヒロ君っ」
「勇木君っ」
近くの茂みから、何故かリン達3人が飛び出してきた。
よく分からないけど、これで戦闘態勢は万全だ。僕は男の出方を窺う。
「西奥の町外れに、赤い色をした大きな館がある。我々はそこで待つ。今すぐに
お前1人で来い」
男はそう言うと、懐から短刀を取りだし、自らの首を切り裂いた。
噴き出す鮮血が、夕日に染まる景色をさらに真っ赤に染め上げる。
ごろりと首が転がり落ちたのを見て、王女は気を失った……。




