第33話 王女の願い
「もうやだあっ」
「おねひゃいゆるひて……」
薄暗い部屋に、呻くような女の声が響き渡る。
そこは寝室と言うには広すぎる部屋で、壁には所狭しと絵画が飾られ、部屋の隅には豪華な美術品が無造作に置かれていた。
恐らく、その1つ1つが目もくらむような価値の物であることは間違いない。
その部屋の中央には巨大なベッドが置かれていて、いま4人の女が、1人の男の身体に覆い被さっている。全員裸だ。
まだ未成熟な少女らしき者から、20代の妙齢の女性まで、競い合うように必死に男の身体に奉仕していた。
男はまだ40代のハズだが、蛇のような面差しに、まるで老人のような痩せた醜い身体をしていて、その美しい女性達とはあまりにかけ離れた対比となっている。
以前、オルドルや異世界組に辛らつな言葉を投げかけた、セクエストロ侯爵だった。
「こうひゃくひゃま、もうごひゃんべんを……」
女達は口々に赦しを請いながらも、男への奉仕をやめようとはしない。それは、奴隷の誓約をさせられているからであった。
奴隷契約は、すでに全世界にて禁止されている犯罪行為ではあるが、闇市場で非合法に取り引きが行われていた。奴隷の女たちは、契約の魔法によって隷紋がその身体に刻まれ、主人の命令には一切逆らえなくなるのだった。
女達は、誘拐によって連れてこられていた。そう、セクエストロ侯爵こそ、エーアストにおける誘拐組織の黒幕であった。自らの権力を使って、都合の悪いことを揉み消したり、誘拐しやすい状況を作り上げていたのである。
誘拐してきた女は、基本的には売り物として他所へ流すが、たまに気に入った女がいると、手元に置いて弄んでいたのだった。
「あの目障りな王族め、早く失態を犯せというのに。必ず責任を追及して、一族の失脚まで追い込んでやる。そうすればあの王女も……ククククッ」
セクエストロは少女趣味であった。
フィーリア王女は彼の最も好みとする年頃で、なんとか奴隷に出来ないものかと、虎視眈々と日々狙い続けていた。
あの大掛かりな異世界召喚が全て失敗に終われば、国の財産を勝手に使った王族を失脚させることが出来るはず。そうすれば、貴族院を牛耳りつつあるこの私が、この国を手に入れることが出来るだろう。あの王女を奴隷にすることも、難しくは無いはずだ。付き人の女騎士共々、たっぷりと可愛がってやるぞ。
セクエストロは股間を熱くさせながら、我が夢の妄想に浸るのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「あの……勇木様、朝早くに申し訳ありません。思い切ってわがままを申し上げますが、わたくしを町の見物に連れて行っては貰えないでしょうか」
朝起きてまだ朝食を食べる前に、フィーリア王女が突然僕の部屋に来て、とんでもない爆弾発言をした。
いま耳から聞こえた王女の発言を、もう一度ゆっくりと頭でくり返す。どうにもよく理解できないが、単純に捉えるなら、僕が王女に町の案内をするってこと? なんで?
「こんなこと、ほかの方にはお願い出来ないのです。もちろん、アイレにも頼めません。勇木様だけなのです」
取り敢えず、人目に付くとまずい気がしたので、王女を僕の部屋に入れる。
王女の願いは、自分の身分を隠して、一般国民となって町を見学したいとのことだった。それは王女の昔からの夢で、目立つ付き人無しに、そして王女として国民の注目を浴びること無く、自由に町を歩いてみたかったというモノ。人数も、出来れば大勢では無く、二人きりで静かに動きたいらしかった。
王女には色々お世話になっているし、それくらいのお願いなら僕でもなんとかなりそうなので、恩返しするつもりで了承することにした。
しかし、それに当たって、いくつかクリアしなければいけない問題がある。
王女が失踪ということにでもなったら大変なわけで、それをどうするか困ったが、王女曰く、アイレさんに詳細な書き置きを残してあるとのこと。
不安はあるが、周りの人に王女の失踪が気付かれないよう、アイレさんのフォローに期待するしかない。
次に服装だ。僕の服ではさすがに王女には合わない。これは女子の誰かに借りるしかないが……。
「ぶっ、ぶっ、ぶっ殺されたいのっ!?」
僕のお願いを聞くや否や、リンから平手打ちが飛んできた。往復で。グーパンじゃ無いだけマシかも知れないが。
僕はリンの部屋に行き、王女のことは秘密にして、服だけなんとか借りようとしたが、何か勘違いされてるみたいで、リンは顔を真っ赤にして激怒する。
「まさかアンタにそんな変な趣味があろうとは……この変態っ!」
んー説明するのもなんだか面倒なことになりそうだから、リンは諦めるか。
「分かった。ゴメンね、ほかの人に借りるよ」
そう僕が言うと、今度はリンは僕の胸元を掴んで、「だ、誰の服を着るつもり? いや、服をどうしたいのか知らないけど、ほかの人のはダメよっ、アンタをそんな変態にはさせられない!」とか訳の分からないことを言って、仕方なく服を貸してくれた。何か勘違いしてるっぽいけど放っておこう。
リンに、「今日の冒険者活動は僕の体調不良で急遽休みにするから、ほかの二人にも伝えておいて」ということを告げて、部屋をあとにした。なんとかごまかせたかな?
あとは王女の顔だ。こんな美少女、どう考えてもすぐバレる。
僕は予備のメガネを引っ張り出して、レンズを無理矢理外して伊達メガネを作った。フレームがかなり太いし、色も黒なので、これを掛ければだいぶ印象が変わる。
それと、王女の髪型をざっくりと後ろで結んでポニーテールにした。服もリンから借りた物に着替えてみると、高貴な雰囲気はほとんど無くなり、これなら一目で王女とばれることは無いだろう。
全ての準備を整え、僕たちは部屋から出る。
ここが最後の難関だ。万が一誰かに見つかったら、全てが台無しだ。
実は、ほとんどのクラスメイトがエーアストから旅立っては居るのだが、僕たち以外に2組だけまだ残っているチームが居る。
『戦士の心得』五味君、『魔獣馴致』犬飼君が居るパーティーと、『複製創造』戸辺留君、『探索者』盗坂君が居るパーティーだ。
2組とも、僕らとは活動時間や活動場所が違うみたいで、ほとんど顔を合わせたことが無い。極たまに会うけど、さすがに異世界に来てまで、昔のようにいじめられることはほぼ無いので、無視されるくらいの関係になっている。
しかし、王女と一緒の所なんて見られたら、大変なことになるだろう。
僕はともかく、王女に変な風評被害が出たら、申し訳が立たない。
僕は周りに最大限の注意を払い、なんとか誰にも気付かれずに、宮殿の外へ出ることが出来たのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
女の勘を舐めないでよね。
猪熊リンは、今朝の勇木ヒロの様子が明らかにおかしいことに気付いて、自分の能力『超感覚』を全開にしてヒロの部屋を監視している。
あの時は、つい頭に血が上ってヒロを罵倒してしまったが、よく考えたらヒロがそんな趣味のわけが無い。いや、趣味は人それぞれで意外なモノがあっても驚かないが、ヒロにはあまりにも似つかわしくない。何か隠してる理由がある。
そう思ってこっそり窺っていたら、なんとヒロの部屋から王女が出てきた。
その想定外の光景に、目の前が真っ白になった。
ガックリと膝を折り、両手を床に付けて四つん這いで絶望するリン。
あの二人、一夜を共にする仲だったの……いつから?
確かに、前からあの二人は妙に仲が良かった。でも相手は王女様だ、身分の違いからも、それほど警戒しなくてもいいと思っていたのに……。
やっぱり男って『王女様』が好きなんだ。あんなに可愛くておしとやかな女の子には、自分は逆立ちしたって敵わない。
目の前がぐるぐると回転し、あまりのショックに頭を支えることも出来ず、床に突っ伏したままの状態で涙と鼻水が溢れだす。
今までの幸せが一気に遠くへと離れていく。
オークの事件以来、自分とヒロは何かで繋がっている実感がした。この世界に、怖いモノなんてもう無いと思っていたのに……。
これからあたし、どうすればいいの? もうヒロと一緒に冒険者なんてやっていけない。きっと一緒に居るのがつらくなる。
あーもうどーでもいーやと自暴自棄になった時……
「今日だけですからね、みんなには内緒ですよ」
ヒロが王女に念押しするような声が聞こえてきた。
何が今日だけなんだろう。そういえば、ヒロも王女も変な格好してる。
というより、アレあたしの服じゃない!
まさかお忍びデート? んんん?
「ほほう……王女様もなかなか積極的じゃない。やるわね」
「王女様命令で勇木君を誘ったんでしょうかね。ずるいです」
リンの後ろからひょこひょこと麗子と友美が現れた。
今日の活動が休止と聞いて、やはり違和感を感じた二人が、ヒロとリンを見張っていたのである。リンはヒロのことを全力で監視していたので、麗子たち二人には気付かなかったようだ。
それにしても、ヒロのウソをあっさり見破るとは、なかなか恐ろしい3人である。
……そうか! あの二人は一晩過ごしたんじゃ無くて、恐らく、朝早くに王女がヒロを訪ねて、これからこっそり出掛けるところなのか!
もし夜を過ごしたなら、王女は自分の部屋に戻るはずだもんね。
なあんだ、そういう関係じゃ無かったのね。
リンはようやく事実に気付いて、心の底からホッとする。それと同時に、自分にはヒロしか居ないことを、これでもかと再認識させられてしまった。
「あれ? ひょっとしてリンてば、あの二人がデキてると思って泣いちゃってた?」
「ほんとだ、泣いた跡がありますね。勇木君そういうコトする人じゃ無いのに」
「泣いてなんかない! ちょっと転んで鼻を打っただけよ」
こうなったら、あの二人が何するのか、今日一日徹底的につけ回してやる!
「それじゃあ追いかけようかリン」
「早くしないと見失っちゃいますよ」
「あんた達も行くの!?」
彼女たちの長い一日が始まった。




