第32話 華城麗子の一日
爽やかな朝日が、ゆったりとドレープした薄黄金色のカーテンから洩れている。カーテンの上部には、細やかなレースで装飾されたスワッグとテールが垂れ下がっていて、その部屋のゴージャスさに拍車を掛けていた。
枕元には、精緻な細工のガラス灯が置いてあり、壁には大きな絵が飾られている。そして床には、ジオメトリックな模様の描かれた絨毯が一面に敷かれていた。
ベッドに天蓋こそ付いていないものの、それはまさに王族の寝室と見まごうほどの部屋だった。
その豪華な部屋で華城麗子は目覚めた。
元々はほかのクラスメイトと同じような部屋だったが、彼らが次々にこのエーアストを旅立つにつれ、王国に要求して改装させていったのだ。ベッド自体も、もちろんふかふかで上質な物に替えてある。
当初、麗子の要求に世話係の職員達は困惑したが、麗子の一切譲らないわがままに結局折れて、仕方なくその希望を叶えたのだった。
「うーん、気持ちいい朝ね」
麗子はこの環境じゃないと、よく眠れない体質だった。要するに、贅沢が身体に染みついているだけなのであるが。
周りからは、決して有能とは思われていない麗子であろうに、この図太さは天晴れである。勇木ヒロに少し分けてあげたいくらいだ。
「さて、今日は一体何をしようかしら」
あの緊迫のお茶会から数日、今日はまたメンバー全員休息を取ろうということで、自由行動となっている。
麗子としては冒険者活動をとても楽しく思っているので、特に休日など必要とは思わなかったが、まあでも戦闘から離れる時間も大切なのは分かる。
今日くらいは冒険者のことは忘れて、のんびりするとしよう。
宮殿で朝食を取った後、リン、友美と一緒に、また町に出掛けることにした。
◇◇◇
「なによっ、馬鹿にしないでよね、浮気者! もう別れるっ!」
麗子がリン達といつものお店でお茶をしていると、すぐ隣の席で若い男女の痴話ゲンカが始まった。
なんでこんな所でケンカするのか、他人の迷惑を考えて欲しいと思ったが、男が変に暴走したとき周りに止めて貰うためにも、公共の場というのは悪くないらしい。
確かに、すぐ暴力振るう男が居るからねえ。そういう男に惚れる女もどうかとは思うのだけど、個人の好みの問題だから、麗子も深くは追求しない。
「……最低な男ね」
隣の話をつい盗み聞きしてしまったリンが、小さな声で憤慨している。
そうね、その通りなんだけど、男なんてみんなそんなモノよ。自分の父親で散々苦労した麗子は、特に珍しくも無い隣の男の浮気話を聞いてそう思う。
ふと麗子が窓の外を見ると、なんと勇木ヒロが女の子と話してる姿があった。
あれは確か武器屋の娘アルマ・リュスタング。なんで二人ともこんな所に居るのかしら? まさかデート?
こんな光景をリンに見せるわけには到底行かず、さりげなくリンが外を見ないように誘導して話し掛ける。
「ヒロ君だって浮気者かも知れないよー」
「そんなことしたらぶっ殺すわ」
「あれ? 別にリンはヒロ君の恋人じゃ無いでしょ?」
「そっ、そっ、そういう女たらしの行動したら赦さないってことよ」
「ふーん」
ヒロ君危なかったね。私はキミの命の恩人だよ。
◇◇◇
お茶のあとは、この前と同じように、麗子たちは町のオシャレなお店を歩いて回った。もちろん、この前のようなヘマはしないように、周りには充分気を付けて、慎重な行動を心掛けている。
麗子もオシャレは人並みに好きな方だ。スタイルが良いこともあり、大抵の服は上手に着こなすことが出来る。
「悔しいけど、麗子は何着ても似合うわね」
「そうですね、羨ましい限りです」
「ふふ、ありがと。あなた達も胸に栄養が行くといいわね」
「ムキーッ、言ってはならないことを……!」
「さすがにそれは禁句ですよ麗子さん!」
そんな感じで女3人ワイワイやっていると、またしても窓の外に勇木ヒロの姿を見つけてしまう麗子。
今度はヒロは、知らない女の子と何かを話してるようだった。
女の子は、ヘソ出しファッションにぴっちりとしたショートパンツを穿いていて、かなり引き締まった身体をしているのが全体のシルエットからもよく分かる。
女性の麗子から見ても、なんとも扇情的なスタイルだ。
「ふーん……どこで知り合ったのかしらねえ」
そういえば、最近ヒロはやたらにモテていたなと麗子は思い起こす。
日本に居た時と違って、彼はここでは異常にモテている。いきなりあんなにモテるようになっちゃったら、人生観変わっちゃうよね……仕方ないか。
まさかとは思うけど、今日の休みも、女の子とデートしたかったからでは……?
あんなに純粋だった彼も、そのうち変わって行ってしまうのかと思うと、麗子は胸がちくりとした。
その日、心にどんよりとした雲を抱えたまま、麗子は宮殿へと戻るのだった……。
◇◇◇
夕食を食べ終え、麗子は自室でのんびりしていたところ、誰かが部屋をノックする音が聞こえた。
一体誰が訪ねてきたのかと、不思議に思いながら開けてみると、そこに居たのは……勇木ヒロであった。
「ごめん、遅くなっちゃったけど、お誕生日おめでとう!」
えっ、今日は私の誕生日?
そういえば、1ヶ月前にヒロにそのことを教えた憶えはあるが……
日々異国の生活で、自分でもすっかり忘れていた。
でもヒロは、あれから1ヶ月ちゃんと数えてくれていたんだ。
「これプレゼント。色々あって手に入れるのが遅くなっちゃったんだ」
ヒロがくれた物。それは光り輝く弓だった。
「この前麗子の弓も買おうと思ったら、あそこの武器屋にはちょうど良いのが無かったからね。だからアルマさんに取り寄せて貰ったんだけど、荷馬車のトラブルで到着が明日になりそうだったんだ。それで町一番の早馬乗りの女の子に頼んで、一緒に荷馬車まで取りに行って貰ったんだよ」
そうか……今日町で見たヒロや女の子は、このプレゼントが届かないと知って、なんとかしようと駆けずり回っていた姿だったのか。
ようやく真実を知る麗子。
「この弓は『飛竜狩り』と呼ばれてて、特殊な構造の弓のしなりで、通常の倍に近い速度で矢が放てるんだって。ミスリル製で軽いし、きっと麗子に合うはずだよ。まあチームのお金で買ったんだけどね」
ふふふ……麗子は、自分が如何に的外れな思い違いをしてたかを知り、思い切り笑いたくなった。
この男は大丈夫だ。何せ、馬鹿が付くほど正直なのだから。
リンも良い男に惚れたものだ。
「ケーキも買ってきたんだ、みんなで食べよう」
◇◇◇
「いつ来ても麗子の部屋は凄いわね。普通頼んでもやってくれないわよ」
「ほんとです。私も部屋の気になるところを、ほんのちょっとだけ直して貰おうとお願いしたんですけど、簡単に却下されました」
「相手が折れるまで絶対に譲らないのがコツよ」
「あんたどういう育ち方してきたのよ……」
いつも一人だった誕生日。今日は仲間がこんなに居る。
ずっとトラウマだった父親のことが、いま全て消えていく。そんな素敵な時間を過ごしている。
なるほど、ヒロ君は救世主か。本当にそうかも知れないな。
おもむろに麗子はヒロの頭を抱えて、胸元へグッと抱き寄せる。
「プレゼントのお返し」
「ああああああああああああああああああアンタいい加減にしなさいよっ」
「麗子さんばかりお返ししてずるいですっ」
「ちょ、まむっ、へいこっ……」
自分が女の武器を使って男をからかうなんて、昔の麗子からは考えられないことだった。
自分は成長してる……恐らくそれは良い方向なのだ。
彼と一緒に居れば、きっと自分は変わっていける。
ハッピーバースデー、17歳の私!




