第31話 ニブい男
あの方を初めて見たとき、わたくしには一目で勇者だと分かりました。
エーアスト王家の女系には、聖女の血が色濃く出ます。だから、神人の力を受け継ぐ者は、そばに居るだけで分かるのです。
あの方からは、暖かくて、限りなく純粋で、そして尊き輝きが溢れかえっていました。
それは選ばれし者のみが持つ力です。見間違えるはずがありません。
なのに、あの方は『勇者』のギフトを持ってはおられなかった……。
理由は分かりません。でもわたくしは自分で感じたことを信じます。
彼と近くでふれ合ってみて、その彼の優しさと勇気を確信しました。
彼はこの世界を救う希望です。
彼のためなら、私は喜んでこの身を捧げるでしょう。
女神フォルティーナ様、彼の行く先に光が照らされるよう、どうか彼を導いて下さい……。
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いま僕たちは、宮殿の貴賓室で、優雅にお茶をしている……何故か異常に張り詰めた空気の中で。
「へー勇木さんて、王女様とお茶する仲だったんですねえ」
「さすが救世主君は待遇がいいねー」
「いや、僕たちも王女様とお茶するのは初めてで……」
「そうよ、別に王女様と特別仲良くなんてないわよ」
「あら、ティータイムは初めてですけど、わたくしたちは勇木様と3人だけでよく過ごしてますわ。ねえアイレ」
「御意に」
「えっ、3人でナニしてるの?」
「ちょ、王女様が……?」
「あー3人って訓練指導のことか。ヒロ君真面目だもんね」
「なんだビックリした」
「王女様って訓練見てたりするんですね」
「救世主様が頑張っているのですから、おそばで見守るのは当然です」
「ふーん、じゃあほかの救世主達が訓練してるときも見てるんですか?」
「…………」
「あれ? ほかの方のは見ないんですね」
「王女様もそんなにヒマでは無いのだ」
「忙しいのに、勇木さんのだけ見てるんですね」
「ほかの方はあまり訓練されてらっしゃらないので……」
「ひょっとしてアイレさんって、ヒロにだけ稽古つけてるの?」
「頼まれたのが勇木殿だけだからな」
「じゃあほかの男からも頼まれたら指導してあげるんですか?」
「も、もちろんだ」
「あれ? 訓練指導断られたっていう男子結構いたけど?」
「そ……それはたまたま忙しかった時で……」
「何度も断られたって言ってたよねー麗子」
「た、たまたま何度も忙しかったのだ」
「ふ~ん……」
顔をあちこちに向けながら、友美は僕の横でハラハラと顔を青くしている。
お茶しているメンバーは、フィーリア王女とその護衛騎士のアイレさん、僕たち4人のほかに、盗賊のケイパー・ミスチフさん、ギルドの受付嬢パルレ・ロクアースさん、そして武器屋の店員アルマ・リュスタングさんが居る。
……どうしてこうなった?
緊迫のお茶会から時間は半日ほど戻る。
僕らは冒険者ランクがCに上がった。これは通常の新人としては異例の早さなんだけど、ほかのクラスメイト達がガンガンランクを上げているので、むしろ遅い部類となってしまった。
あまりギルド依頼を受けてないしね。
まあでも、ランクを競い合うことが僕たちの目的では無いので、焦らずこのまま地道に上げていこうと思っている。
今日はリンが両手持ち剣を試したいということで、王国から両手剣を借りてきた。もし気に入れば、正式にちゃんとしたヤツを武器屋で買おうと思っている。
「お、救世主君、噂聞いたよー。あのガオナーやっつけたんだってね!」
狩猟クエストを受けてギルドから出ようとしたところ、盗賊のケイパー・ミスチフさんに話し掛けられた。
僕らを荒くれ者のボルゴスから助けてくれた人で、毎日のようにギルドに来ている割りには、会うのは結構久しぶりだ。
「クエスト行くのかい? 差し支えなければ、アタシもお邪魔してイイかな?」
「だめ。行こう勇木」
リンが神速で却下して、スタスタと歩き出した。
ケイパーさんは、リンのあまりの即答に目を点にしている。
「待ってよリン、一緒に来てもらうくらいいいじゃないか」
「またアンタはそういう……」
「そんなに警戒しないでよ。ちょっと君たちの戦闘が見たかっただけなんだ」
「問題無いですよ。どうぞ一緒に来て下さい」
「あ~もうっ!」
なんかリンは納得行ってないようだけど、僕らはケイパーさんを連れて、今日のクエストに出掛けた。
◇◇◇
「へーホントにキミは戦わないんだね」
僕らはアーマーベアーの狩猟クエストをしている。
僕が戦わない姿を見て、ケイパーさんは驚いたような声を上げた。
「いや、馬鹿にしているとかそういうことじゃ無いよ。噂が信じられなかったから、この目で見て驚いているだけなんだ。チームの戦い方はそれぞれ千差万別で、どんな戦い方をしようと自由だよ。キミは何も気にすることは無いさ」
僕らの戦闘を見せるのがちょっと恥ずかしかったんだけど、ケイパーさんにそう言ってもらえて僕も安心してる。
それに、僕はもうあまり気にしてないんだ。今までは、自分が役立たずなことに劣等感があったんだけど、能力解放が出来るようになったんで、これからはお互いそれぞれの役割をこなせばいいと思うようになった。
モンスターとの戦闘は、頼りになる彼女たちに任せればそれで問題無い。
そのモンスターと戦ってるリンだけど、両手持ちの剣は思った以上に合ってるようだった。最初は防御面で不安があったんだけど、それ以上に先手必勝とも言うべき攻撃面での強化が大きく、それがリンの戦い方には合っている。防御に関しては、僕の指示で少しずつ体術とかを強化していこう。
「んがああ激・水平裂断っ! おりゃあ両斬破あぁぁぁこんちくしょーっ!」
……なんかリンが妙に荒れてるんだけど、大丈夫かな……。
◇◇◇
無事狩猟クエストを終え、ギルドに報告をしに帰る。
リンの両手剣を買いに行こうと思ったので、戦闘は早めに切り上げた。買い物のあとは、せっかくだからケイパーさんも含めてみんなでお茶する予定だった。
いつも通りロクアースさんの受付へと並ぶ。
「勇木さんお疲れ様でした……あれ? ケイパーさんもご一緒だったんですか?」
「救世主君の戦いを一度見てみたかったんでね。なかなか楽しい時間を過ごせたよ。今日はこの後みんなでお茶をするのさ」
「あら、ケイパーさんってユスティーさん狙いかと思っていたのに、意外に浮気性なんですねえ」
「あれ~、アタシいつユスティー狙ってるなんて言ったかな? そもそも救世主君達を真っ先に見つけたのってアタシなんだよ」
「見つけたくらいでなんでそんな偉そうなのか不思議です。だったら、勇木さんと真っ先に喋ったのって私ですよ」
「それこそ仕事でしょ。まあいいや、アタシ達これからお茶だし~!」
「わ、私もご一緒したいです。いいですよね、勇木さん?」
「ギルドの職員は、冒険者と個人的な付き合いしちゃダメなんだよー、残念だね」
「じゃあ私ギルド辞めます、これで文句ないですね!」
「ええっ、ちょっ、パルレなに言ってるのっ、落ち着いて!」
隣の女子職員に止められて、ロクアースさんがギルドを辞めることは、なんとか思いとどまったようだ。
今回だけは特別ということで、ロクアースさんも一緒にお茶することになった。
「なんか余計なのがどんどん増えていくんだけど」
「モテる男の宿命よ。リンも大変だね」
「あたしには一切関係ないっつうの!」
◇◇◇
武器屋に行く前に、ふとあることを思いついて、僕は宮殿に戻ることにした。
「どこ行くの勇木?」
「すぐ戻ってくる。先に武器屋に行ってて!」
宮殿に着くとアイレさんを探す。すると、いつも会う場所ですぐに見つかった。
稽古をお願いする時によくそこで会うんだけど、そもそもアイレさんが待っていてくれてるような節もあった。
いつも僕の訓練にイヤな顔一つしないで付き合ってくれて、本当にありがたいと思ってる。
しかし、今日は別のお願いがあった。
「ふふ、勇木殿、また稽古の指導かな?」
「アイレさん、今日は訓練指導じゃなくて、ちょっと別のお願いがあります。僕と一緒に町に出かけて欲しいんですけど……」
「な、町へ……だと? ちょっと待て、私は王女様の護衛で……」
「あ、無理なら仕方ないです。スミマセン、変なお願いして……」
「む、無理じゃない、ちょっと待て、王女様に許可を貰ってくる」
アイレさんが凄い勢いで行ってしまった。急なお願いだったけど、聞いて貰えて良かった。
……
……
「ま、待たせたな!」
そこには、ヒラヒラの付いた白いブラウスにボルドーのスカートを穿いて、黒いストッキングらしきモノに赤い革靴姿のアイレさんが居た。髪もピンで綺麗な形に留めてある。
あと、ひょっとしてお化粧してる? 初めて見たかも。
「さ、さあどこにでも連れて行っていいぞ」
◇◇◇
アイレさんを武器屋に連れて行った。
リンの両手剣を選ぶに当たって、同じ女性剣士のアイレさんの意見はとても参考になりそうな気がしたから、アドバイスを頂こうと呼んでみたんだけど……なんだこの深海のような重苦しい空気は?
「この人……ひょっとしてアイレさん?」
いつもと全然違う姿のアイレさんを見て、リン達も不思議がっているようだ。
「リンの両手持ち剣のアドバイスを貰おうと思ってさ。女性剣士ならではの選び方があると思うんだ。ね、アイレさ……」
な、なんだこのアイレさんの殺気は……たかが武器を選ぶだけで、こんな所まで連れてきてしまったことを怒っているのかな。
「勇木さんってちょっと馬鹿なんじゃ……?」
「救世主君ってニブそうだもんねえ……」
「あ、ヒロー! また武器磨きに来てくれたの……って、どうしたの? そんなに女の子連れて?」
武器屋の店員のアルマ・リュスタングさんだ。店主の娘でもある。
1つ年下の子なんだけど、僕にすっかり懐いてしまって、僕のことをヒロと呼んでいる。
「今日は両手持ちの剣を買いに来たんだ。イイのはあるかい?」
アルマさんとアイレさんにアドバイスを貰いつつ、最終的に決めたのは、幅広で少し短めな、ミスリルのクレイモアにした。
グレートソードは長すぎて小回りが利きづらいのと、少しでも軽い物にするためミスリル素材を選んだのだ。
値段は金貨60枚だったけど、リンは唯一の前衛だけに、いくら良い物を買っても高すぎるというコトは無い。
ついでに麗子の弓矢も新調したかったんだけど、これだという物が無かったので、今回は見送ることにした。
因みに、アルマさんは僕の腕を取ったりしながら説明してくれるんだけど、その度に、どんどん周りが険悪な雰囲気になってる感じがしたんだけど、気のせいか?
「さあ、じゃあみんなでお茶しようか」
「では私は失礼する」
「あ、アイレさんも一緒にお茶を……」
「私は結構!」
「ねえ、アタシ宮殿とか行ってみたいんだけど、ダメかな?」
「宮殿? 私も行きたいです!」
「えっと……アイレさん、僕らクラスメイトが使ってるリラックスルームとかに、彼女たちを連れて行ってはダメでしょうか?」
「私の一存では判断しかねるな。一応私から訊いてみても良いが……」
「行くだけ行ってみましょう」
「えっ、宮殿に行かれるんですか? 私も行ってみたい!」
「アルマさんも? じゃあ一緒に行きますか?」
「うん!」
「また増えた……」
僕らは大所帯で宮殿に向かった。
◇◇◇
宮殿に着くと、フィーリア王女が入り口で待っていた。それが、僕らを見ると、いつになく不機嫌な感じになってしまって……アイレさんを勝手に連れ回したのがまずかったのだろうか。
「あの……ご迷惑なら僕たち別の場所で休憩しますので」
「いいえ、是非宮殿の貴賓室をお使い下さいませ。勇木様、わたくしもご一緒してもよろしいでしょうか」
「えっ、王女様も……?」
「なんか大変なことになってきたんですけど……」
「まさか王女様も救世主君に惚れてるの?」
「えー? みなさんヒロのこと好きなんですか? ライバル多いなあ」
「あんたもか!」
そんないきさつで、みんなでお茶することになったんだけど、女性陣は終始言葉少なく紅茶をすするだけで、最後は全員でウフフフと笑いながらお開きになった。
女の子のお茶会って、もっと賑やかなモノだと思ったんだけどなあ。
まあでも、なかなか密度の濃い一日でした。
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あの救世主君を初めて見たときから、運命の人だって思ったのよね。
ケイパー・ミスチフはそう感じていた。
自分はあまり恋などというモノはしたことが無かったが、自分が彼に惹かれてるというのはすぐに分かった。
この世界の人間からは感じない、なにか不思議な力を感じることが出来た。
これが救世主という存在なのか。間違いなく彼は大きな事を成し遂げる。
その時、自分が彼のそばに居たい……。
ギルド内にはどうもライバルが多そうだけど、アタシは盗賊、盗むことにかけては誰にも負けない。
彼の心を盗んで、絶対恋人になってやるわ!
◇◇◇
黒い髪の純朴そうな少年を見たとき、ギルド受付のパルレ・ロクアースは、勇木ヒロを可愛い子だなと思った。
何をするというわけでは無いのだけれど、彼を自分の部屋にお持ち帰りしたかった。しかし、後ろには女の子を3人も連れていて、その誰かが彼の恋人であろう事は明白だ。
こんな可愛いなら相手が居ても仕方ないわよね。
ところが、次の日彼らにそのことを聞くと、誰も恋人では無いという。
謙遜でもしているのかと思ったが、どうもそれが事実らしいというのが女の勘で分かる。つまり、彼はフリーなのだ。
なんだ、遠慮しなくてもいいのか。
しかし、自分はギルドの職員だ。個人的な交流をするわけには……どうする、ギルド辞めちゃおうかしら?
そんな時、ガオナーに襲われているところを彼に助けられてしまった。
これはもう彼と私は結ばれる運命なのだ。間違いない。
早く迎えに来てね、私の救世主様。
◇◇◇
この世界ではあまり見たこと無いような外見の子が、自分のお店にアルバイトに来た。
とても素直なイイ人で、武器の磨き方を教えたら、一生懸命それに没頭した。
そのひたむきさにドキリと来たのだけれど、さらにスゴかったのは、磨いた武器がみんな性能アップしていたこと。こんなの見たこと無い。
まさに研磨の天才……武器屋の娘としては、最高の旦那様じゃないか。
その日以来、アルマ・リュスタングはさりげなく、そして猛烈なアタックを勇木ヒロに仕掛ける。
こんな純朴そうな男の子なんて、ちょっとスキンシップを多めにすれば、すぐに落とせちゃうんだから……チョロいチョロい!
そう考えていたのだが、どうも勇木ヒロはとてもニブいようだ。これだけ積極的にアピールしているのに、うんともすんともこちらに興味を持とうとしない。
これは手こずりそうかもね……アルマは長期戦を覚悟した。
◇◇◇
アイレは勇木ヒロとの稽古を、毎日楽しみにしていた。
冒険者活動の都合上、訓練はヒロが突発的に申し込んでくることが多く、今日は来るのか、それとも来ないのかと、いつも夕方になるとアイレはそわそわしながら待ち受けていた。
ヒロが来ない日は、それはもうガッカリしたものだ。
本日、勇木ヒロが突然稽古では無くて、一緒に町へ出ようと誘ってきた。
これはデートの誘いか? ひょっとして告白されてしまうなんて事は……。
今まで男を寄せ付けずに騎士道一筋で来たが、まさか初めて付き合う男が年下になってしまうとはな。
今後は私が色々と勇木ヒロをリードしてやらねばならんだろう。
……アイレは意外にも妄想癖が強い女性であった。
オシャレなどとはまるで無縁のアイレだったが、初めてのデートのために、自分なりに精一杯着飾って、化粧までしてヒロと一緒に町へ出た。
……デートじゃ無かった…………。
馬鹿な、あんなまっすぐな目で見つめられたら、誰だってデートだと思うだろ。あいつはこの私を弄んでいるのか。
ええい、次の稽古の時は、足腰立たぬほどしごきまくってやるからな。
自分が勇木ヒロに恋していることに、未だ気付かないアイレであった。




