第25話 乙女の想い
その少女は、人の輪の中に入っていくのがあまり得意では無かった。
1人ブランコに乗って、目の前で楽しそうに遊ぶ同世代の子達を見つめている。
少女は思う。またここでも友達は出来ないのかな……。
「ねえキミ、どこから来たの?」
ふと気付くと、小柄な少年が少女のすぐそばに立っていた。
ボサッとした黒髪の人懐っこそうな男の子で、ニコニコと屈託無く微笑みながら少女に話し掛けている。
「この前この町に引っ越してきたの。おうちはすぐそこよ」
「やっぱり! 見たことないと思ったんだ」
「あなたは?」
「ボクは勇木ヒロ。2丁目に住んでるよ」
「どの辺か分からないわ」
「そうだよね、ゴメン。この先のおもちゃ屋さんのすぐ近くだよ」
「あ、それなら分かる! 一度お父さんと行ったもの」
「キミの名前はなんていうの?」
「あたしは猪熊リン」
「リン……面白い名前だね」
「『鈴』っていう漢字を書くんだって。鈴がリンリン、素敵な名前でしょ」
「鈴っていう字なんだ? ボク鈴スゴイ好きだよ。キレイな音だよね」
「ありがとう」
「ねえ、『すず』だからスーちゃんって呼んでもいい?」
「クスッ、それでもいーよ! リーちゃんじゃおかしいしね」
「これからよろしくね、スーちゃん」
「こちらこそよろしく、ヒロ君」
この時から、『スーちゃん』は彼女にとって特別な名前となった。
「スーちゃんお誕生日おめでとう」
「わあー! ヒロ君ありがとう!」
それは他愛も無いオモチャのネックレスだったが、ヒロがお小遣いを貯めて、初めて他人に買ったプレゼントであった。
「一生大事にするね!」
「ふふっ、大きくなったら、もっとイイヤツ買ってあげるよ」
「それも大事にするけど、これはヒロ君から初めて貰ったプレゼントなんだから特別!」
スーにはどんな宝石よりも、そのネックレスが輝いて見えるのだった。
「スーちゃん、どうしたの? 今日のお洋服キレイだね」
この前、自分の無鉄砲さでヒロを怪我させて以来、スーは出来るだけおしとやかに振る舞うことを心掛けていた。
しかしそれだけではなく、今日のスーは特におめかしして、自分の一番素敵な姿をヒロに見てもらいたかった。
せっかくヒロと仲良くなれたのに、
初めて友達が出来たのに、
またスーは違う町へと引っ越すことになってしまったのだ。
引っ越しのことはヒロには言えなかった。
もう二度と会えないかも知れない。自分が子供であることが悔しかった。
「ねえヒロ君、あたしが居なくなったらヒロ君は悲しい?」
「もちろん悲しいよ。だって僕のお嫁さんになってくれるんでしょ?」
「うん、なるよ。絶対になるよ。だからヒロ君あたしを迎えに来てね」
数日後、スーは何も言わずに、ヒロの元から去って行った……。
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最近一週間以上ずっと戦闘しっぱなしだったんで、今日はみんなで休みを取ることにした。
疲れが溜まりすぎると危ないからね。適度にリフレッシュしないと。
彼女たちは喜んで、町にショッピングに出掛けたようだった。もちろん、お金を全部預けたら麗子に全て使われてしまうので、お小遣いとして少額だけ渡してある。
たまには女の子達だけで羽を伸ばしたいだろうと思って、僕は彼女たちとは行動を別にして、宮殿に残ることにした。
しばらく自室でのんびりしたあと、資料室で適当に書物を読んでいた。なかなか面白いんだなこれが。元々読書は好きな方だしね。
このあとは、アイレさんと自主訓練の予定だ。
休日といっても、友達の居ない僕なんてこんなもんです。
とは言え、僕にとってはとても有意義な時間を味わうことが出来たのだった。
◇◇◇
「さっきのランチ美味しかったねー」
「安いお店でも充分満足出来たわ」
「そもそもあの高級レストランが贅沢しすぎなんですよ」
昼食に満足した彼女たちは、町に立ち並ぶ素敵なお店を見つけては、手当たり次第入りまくる。
こういう行動は、ヒロを連れてはなかなか出来ないだろう。まさに女子の特権という感じのショッピング周りだった。
この異世界イストリアでは、日本ではとても見掛けないような服もあったりして、その可愛らしいデザインに彼女たちは心を躍らせた。
気に入った色んな服を試着したりして、我が身の着せ替えを楽しんでもいた。
このまま楽しい時間だけ過ごせたら、どんなに幸せだろうか……。
3人で小さな裏通りを歩いていると、ふと宝飾店のショーウインドウに、リンが釘付けになった。
「リン、どうしたの?」
「んーなんでもない。ちょっと先行ってていいよ」
「じゃあいつもの喫茶店で待ってますね」
麗子と友美が見えなくなると、リンは召喚された時に一緒にこの世界に来た財布を取り出した。
そこには、大事に仕舞ってあるオモチャのネックレスがあった。子供の頃、勇木ヒロから貰ったプレゼントである。
ずっと肌身離さず持っていたのだった。
ショーウインドウに飾ってあるネックレスが、あまりにもヒロから貰ったモノと似ていたので、つい見比べたくなってしまったのだ。
「あいつったら、あたしのこと全然気付かないんだから……」
ヒロの居るあの町にもう一度戻ると決まった時、リンはどんなに喜んだことか。
ヒロの家はしっかりと憶えている。絶対に会えるはずだ!
どうやって会いに行こうか考えているうちに、転校した高校に行ってみると、なんと同じクラスに勇木ヒロが居るではないか。
もちろん一目で分かった。ずっと想い続けていたのだ。忘れようはずが無い。
これは奇跡だ。やはり二人は運命の糸で結ばれているのだ。
そう乙女の心は白熱するが、直後に残酷な現実を知らされる。
勇木ヒロは自分のことを憶えていなかった……。
そして、驚くことに、勇木ヒロはいじめに遭っているようだった。
自分の中のヒーローが、まさか他人に虐げられているとは思わなかった。
しかし、よくよくいじめの原因を聞いてみると、誰かを助けるために、あの凶獄という男に逆らったため、標的にされたのだとか。
ヒロらしいなと思った。優しいところと正義感の強いところは、子供の頃からちっとも変わっていないようだった。
こんな異世界の戦闘でも、あいつは他人を救うために身を投げ出していた。
いつだって自分のことは後回しにして、こっちが心配になるくらい周りに全力投球だ。
冒険者生活を始めて二週間、勇木ヒロとずっと一緒に行動してきて、リンはとても懐かしい思いを感じていた。
何より、父が亡くなってから、こんなに安心して過ごせたのは初めてだった。
右も左も分からない異世界に来たというのに、勇木ヒロが一緒に居るだけで幸せだった。
この異世界では、あたしがあいつの力になってやる。そう誓うのだった。
◇◇◇
ひとしきり想い出に浸り終えると、リンは待ち合わせの店に向かって歩き出す。
その時、リンの『超感覚』は何かの匂いを捉える。そして周りから人の気配がいっせいに近づくのを感じた。
まずい、ちょうど今、この周りには誰も居ない……!
瞬時に駆け出そうとするが、相手の方が一足早かった。腕を取られ、反撃しようとしたところに、何かの粉を顔に掛けられる。
一瞬にして動けなくなったリンを、大きな袋に詰め込んでその場を離れる4人の男達。
それは熟練の手際だった。
◇◇◇
「よおねーちゃん、あの時は世話になったな」
ガオナーである。彼らはリンを誰も使っていない屋敷へと連れ去っていた。
「あ……んたっ、ちっ……」
「くくく、喋れーねーだろ、動けねーだろ。お前に掛けた粉は、コラープスモスの鱗粉から取りだした特別製の麻痺薬だ。しばらくは指1つ動かせねーよ」
ガオナー達4人の男は、目の前でよだれを垂らして這いつくばっているリンに、痛快といった表情を浮かべている。
まさか町中であんな大胆な攫い方するとは、さすがにリンも思っていなかった。
何よりも手際が良すぎる。あっという間の出来事だった。
「へへっ、オレたちゃエーアストに呼ばれた誘拐専門のチームなんだよ。こんな事はお手のもんだ。まだ仕事をする予定じゃ無かったが、あんなナメられたことされちゃ仕方ねえ。お前に第一号となって貰ったわけさ」
誘拐? そういえば、ギルドで会った盗賊のケイパー・ミスチフさんが、行方不明事件が続発してるって言ってた。
こいつらがその組織の一員?
「今からお前は、オレ達のオモチャになってもらう。処女かどうかは知らねーが、なあに安心しろ。どうせお前は性奴隷として売られるんだ、どんな初体験かなんて気にする必要ねーぜ」
「男をナメた女には地獄見せてやらねーとなあ」
「ひーっひっひっ、後ろもちゃんと奪ってやるからよ」
「たっぷり開発してやるぜえ」
……手も足も出ない。それどころか、自ら死ぬことすら出来ない。
あのオークの地獄から生還したと思ったら、次はこれだ。
運が0というのは、ここまで不幸を呼び込むものなのか?
リンは己の不運を呪う。
でもリンは、オークの時のようには諦めていなかった。
あの時だってヒロは来てくれた。
困った時、ピンチの時には、いつだってヒロは助けに来てくれる。
だってあいつは、あたしのヒーローなんだから。
今だって、必ずやってくる。絶対にヒロは来る。
「そんじゃ、始めるぜえ」
ガオナー達はリンの服を脱がしに掛かる。
リンの目から涙が一粒こぼれたその時……
「リン、大丈夫かっ!」
ほら、やっぱり来てくれた!




