第19話 守護天使誕生
彼女たちに解雇されてしまった僕だけど、やはり彼女たちが気になって仕方が無かった。
僕が言うのもなんだけど、彼女たちはお世辞にも優秀とは言えない。恐らく、優秀な冒険者を加入させてから戦闘に臨むこととは思うが、新メンバーには彼女たちの特徴を知っておいて貰わないと、誰かが怪我をしてしまうかも知れない。
せめて、僕が知っている彼女たちのケアポイントを、新しいメンバーに伝えておきたかった。
猪熊さんは正面の敵、しかも相手の武器しか見ていない。一歩距離を取らせれば、もう少し柔軟な戦闘が出来るはずだ。
華城さんは弓の腕は悪くないが、どの敵を狙えば良いのか援護の的を絞れてないので、こちらから上手く誘導してやる必要がある。
倉橋さんは目の前の戦闘を見てしまうと、焦りのためか魔力の集中が出来ない。敵を意識させず、出来るだけリラックスさせて、魔力操作だけに専念して貰う。
ほかにも彼女たちに足らない部分はたくさん有るが、とにかく、彼女たちが戦闘に慣れるまでは、時間は掛かっても根気強く指導してあげて欲しかった。
そう思うと、もう僕は居ても立ってもいられなくなった。彼女たちが新メンバーを見つけて、今日の戦闘へと出掛ける前に、なんとか接触しなくてはならない。
ベッドから跳ね起き、僕は急いで冒険者ギルドへと向かった。
ギルドに着くと、すでに彼女たちは新しいメンバーを見つけ、みんなで遠出してモンスター狩りに向かったという。
新しく加入したというメンバーのことを聞いてみたが、Bランク戦士ではあるけど、パーティー内での働きがイマイチだったため、最近解雇されたばかりの男という話だった。
何かイヤな予感が頭をよぎる。新メンバーとまだフォーメーションも練習してない状態で、いきなり新規の場所でのモンスター狩りは、彼女たちには明らかに過ぎた闘いだ。
彼女たちが向かったと思われる場所を聞いて、急いで後を追いかける。
ひたすら全力で走り続け、ようやく現場に着くと、そこに彼女たちは居た。
彼女たちしか居なかった。
30匹以上のオークに囲まれ、完全に逃げ場を失っているようだった。
幸い、まだ僕のことはオーク達には気付かれていない。
包囲されてるとは言え、オーク同士の距離は詰まっているわけでは無く、隙さえ作ればなんとか走り抜けられる程の間隔は空いている。
僕は地形とオークの配置をよく見て、彼女たちが逃げ出せそうなルートを見つけ出すと、そこまで素早く移動し、落ち着いて火炎焼却の詠唱をする。絶対に失敗は出来ない。
「みんなっ! こっちだーっ!」
大きな声で彼女たちに呼びかけると同時に、すでに詠唱を終えていた火炎焼却を、オークの近くの草へと放つ。
そこは他よりもかなり背の高い草が生えていて、燃えると炎の壁のような状態になった。僕の火炎焼却は魔道士が使うモノよりもかなり威力が弱かったが、草を燃やす程度なら造作も無い。
「早くっ、急いでっ!」
一瞬何が起こっているのか分からず、たじろぐオーク達。そこに包囲網の穴が出来た。しかし、炎の壁もそう長くは持たない。
みんなを急き立て、僕は別方向に移動する。炎の壁で抑えているオークとは反対側のオークの元へだ。
このオーク達を止めないと、彼女たちは逃げ切ることは出来ない。
彼女たちを逃すまいと追いかけるオーク達の前に、僕は立ち塞がった。僕の後ろと炎の壁との間に、彼女たちの退路が出来上がる。
命に替えても、ここより先へはオークを行かせない!
「炎よ、我が剣に宿れ!」
僕はファイアを魔法付与し、炎の剣を闇雲に振り回す。
当てなくてもいい。とにかく足止めさえ出来ればそれでいい。
動かぬ身体に精一杯力を込め、ただひたすらオークに突進する。
必死に走る彼女たちが、オーク達の包囲網を抜けそうになる。あと少しだ、一瞬でも足を止めたら、あっという間に囲まれるだろう。
僕の相手していたオークが、彼女たちを逃してはなるまいと、僕を避けて彼女たちの方へ向かおうとする。
「させるかっ!」
僕は抜け出そうとするオークへ体当たりし、地面へと押し倒す。そこに後続のオークが殺到してくる。
「くっ、これまでか……」
オーク達の持つ武器が、倒れている僕を襲う。その1つの軌道予測が、僕の避けられないモノであった。
彼女たちは包囲網を抜けたようだ。これでもう大丈夫だろう。
僕は満足だ……。
僕が目を瞑ったその時、
「おりゃああっ!」
猪熊さんがこちらへと戻ってきて、僕に攻撃をしようとしたオークを吹き飛ばした。
後ろからは、弓で援護射撃をしながら近づいてくる、華城さんの姿もあった。
倉橋さんまで一緒に走ってきている。
「みんな、なんでっ!?」
「アンタを置いて行けるわけないでしょっ!」
「私たちを見くびらないで欲しいわね」
「その通りです!」
◇◇◇
「みんなっ! こっちだーっ!」
声の方向に勇木ヒロの姿を見つけ、驚愕する猪熊リン、華城麗子、倉橋友美の3人。
「勇木……なんでここに?」
「まさか私たちを助けに来てくれたの?」
「無理よ、みんな死んじゃう……」
勇木ヒロ1人来たところで、どうにかなるような状況では無かった。それどころか、犠牲者が1人増えるだけに過ぎない。
しかし、勇木ヒロは諦めていなかった。
オークのそばに火炎焼却を打ち込み、草が燃える炎で壁を作り上げた。そしてもう一方へと走り、自分が壁となってオークに立ち塞がる。
絶望しか無かった彼女たちに、活路が生まれた。
彼女たち3人はようやく気が付いた。
勇木ヒロが臆病では無いことを……。
戦いから逃げていたわけでは無かったことを……。
勇木ヒロが命懸けで作ってくれたこのチャンス、絶対に無駄にしてはならないと、彼女たちは全速力で走り出す。
オーク達は突然の助っ人に不意を突かれたようで、完全に出鼻を挫かれている。
行ける! これならギリギリ包囲網を抜けられそうだ!
彼女たちの心に希望の光が生まれる。あと少しでこの地獄から脱出出来る……。
がしかし、勇木ヒロが倒れ、オーク達がそこへ殺到する様子が横目に見えた。
猪熊リンは、身体が勝手に勇木ヒロの方へと向かっていた。それを見た華城麗子も、当たり前というように勇木ヒロの元へ向かう。倉橋友美も同じだ。
猪熊リンは思う。やはり彼は救世主なのかも知れない。この世界の事なんて知らない、自分の救世主なのだと。
華城麗子も思う。やはり彼は強い男だった。その彼を、こんな所でむざむざ死なせるわけには行かない。
倉橋友美にも、不思議な勇気が湧き起こった。もう死ぬのは怖くない。だって、彼が助けに来てくれたのだから。
こうなったら行けるとこまで行くだけだ。
彼女たちがそう決意を固めたとき……
「勇木、な、なにソレ……!?」
彼女たちは信じられないモノを見る。
それは、光り輝く勇木ヒロの姿であった。
◇◇◇
3人が僕の元へと駆け寄ってくる。
これで僕の行動は全て無駄になってしまったが、僕はとても嬉しかった。
ようやくみんなの心が1つになれたのだ。こんなに幸せなことは無い……。
せっかく心が繋がったのに、ここで終わるわけには行かない。なんとしても全員で生き抜いてみせる。
この絶望的状況を切り抜ける、万に一つの可能性を模索していたその時、僕の頭の中に知らない誰かの声が流れてきた。
「確然たる信頼獲得、第一封印解除」
こ、この声は一体……?
僕の身体が光り出し、自分の奥底から力が湧き上がってくるのを感じる。
周りの景色はスローに流れ、自分が周りの空間から断絶されているような感覚……。
「サーヴァント候補3名確認。サーヴァントリンク致しますか?」
訳の分からない言葉が僕の頭の中に響き渡る。しかし、何故か信頼出来る声だった。
僕はイチかバチかで『サーヴァントリンク』というヤツをOKする。
「堅固な絆を作成、守護天使誕生」
今度は猪熊さん、華城さん、倉橋さんの姿が光り輝いている……!
◇◇◇
「えっ、何コレっ……!?」
勇木ヒロが輝いた後、今度は自分たち3人が輝き出したことに驚く、猪熊リン、華城麗子、倉橋友美。
それだけではない。凄い力が自分の中へと奔流してくるのが分かる。
まさに漲る力だ。
「オオウッ」
1匹のオークが勇木ヒロを襲おうとする。ヒロには、次にオークが振りかぶるのが予測で見えた。
それは今までとは比較にならないほどの、ハッキリとした正確な行動予測であった。
「猪熊さん、腹を狙って!」
オークが武器を振り上げた瞬間、リンの剣がオークを横薙ぎにする。それは軽々とオークを上下に両断する剣撃だった。
「あたし、なんでこんな……」
オーク達は次々にこちらへと集まってくる。
「華城さん、弓で牽制して、当てなくてもいい!」
麗子の放つ矢がオーク達を足止めする。その隙に、ヒロ達4人は体勢を立て直すことが出来た。
ヒロには何故か分かった。このオーク達が、すでに自分たちの敵では無いことを。
さあ反撃はこれからだ!
「猪熊さん、左のオークの攻撃を盾で、右のオークの攻撃を剣で受け止めて!」
リンが突進してくる2匹のオークを止める。
「倉橋さんは火炎焼却の準備を。慌てなくていいから落ち着いて」
ヒロにそう言われると、不思議と友美は冷静になれた。周りの雑音が消え、魔力操作に集中する。
「華城さんは奥から近づいてくるオークプリーストを狙って!」
魔法職をまず狙うのは、戦闘のセオリーだ。攻撃魔法、回復魔法のどちらかの使い手が居なくなることにより、相手は大ダメージを喰らうことになる。
しかし、オークプリーストはまだかなり遠くに離れていて、とても狙撃出来るような状態では無い。
「無理よ、この距離じゃ狙えない」
「大丈夫、華城さんなら出来る!」
ヒロには確信があった。そして、麗子も自分の力に気付く。
「『精密射撃』……?」
それはまだ麗子が覚えるには早い、狩人のスキル技だった。何故かそれが使えるのが麗子には分かった。
麗子の中に、ふつふつと自信が湧き上がる。
そうだ、焦って闇雲に撃つ必要なんて無い。自分は『幸運体質』なのだ。
運命の女神は私と共にある。
狙うは頭部のクリティカル。必殺を込めてゆっくり弓を引き絞る……。
「猪熊さん、一歩下がって! 右に躱して後ろから斬れる!」
自分が接近戦をしすぎていた事にリンは気付き、一歩距離を取ってオークと対峙する。すると、オークの動きが手に取るように分かった。
オークの斬撃を軽く躱し、振り返りざまに袈裟懸けに両断する。
またしても一撃だ。見ていたオークがさすがに怯む。
「精密射撃!」
麗子の矢が放たれる。
一撃必殺! それは近寄ってくるオーク達をすり抜け、奥に控えるオークプリーストの頭部にズサリと突き刺さった。
「華城さん、次は左奥のオークメイジだ!」
いきなり頼りの回復役を失い、オーク達に動揺が見え始める。
それを振り払うかのように、リンの元へオークが殺到した。
3匹のオークがリンを襲う。
「回転斬りっ!」
それは出来て当然と言ったように、リンの身体は勝手に動いた。
自分を中心に一回転、遠心力を付けた剣でオーク達をまとめて吹っ飛ばす。
しかし、少し勢いを付けすぎてしまい、リンは体勢を崩してしまった。そこに、後続のオーク達が襲いかかる。
「水人形!」
とっさに魔法を放つヒロ。それは無我夢中のことであった。
リンに近づこうとしたオーク達の前に、勇木ヒロそっくりな物体が出現する。
それは水で出来た人形であった。
目の前に突然勇木ヒロが出現し、慌てるオーク達。
「えっ、今のって……無詠唱?」
横で見ていた麗子が驚く。
確か今、ヒロは詠唱などせずに、いきなり魔法を放ったように見えた。しかし、それは絶対に不可能なはず。
いや、不可能では無かった……神人であれば。
無詠唱で魔法を放てるのは、神人だけのハズだ。
「徒なす者よ、赤く燃え上がれ」
そこにちょうど、マイペースで魔力操作をしていた友美の詠唱が終わる。ついに魔法の完成だ。
「火炎焼却!」
友美の放った魔法は、水人形で狼狽えていたオークの元に直撃する。それは4匹のオークを焼き尽くした。
「倉橋さん、次は『炎柱牢獄』だ!」
「そ、そんな高度な魔法、今の私には無理です」
「必ず出来るよ、僕を信じて!」
何故だろう、勇木ヒロに言われると、絶対に出来る気がしてくる。
もう迷いは無い。
友美はまた周りの全てを自分から排除する。聞こえてくるのは自分の心音だけだ。
「猪熊さん、左に避けて盾で押して!」
オークが体勢を崩す姿が見えたヒロは、それに対する指示をリンに出す。
言われた通り、リンは重心の崩れたオークを盾で倒す。
ヒロに言われた通りに動けば、全て上手く行く。そう信じることが出来た。
そして、ウソのように身体が軽い。誰にも負ける気がしない。
「無理に相手を斬らなくていい、自分の体勢を整えて!」
そうだ、焦らなくても後ろには味方が居る。無理に倒さずとも、オークを足止めするだけでもいいんだ。あとは仲間が助けてくれる。
リンは初めて連携を意識した。
圧倒的有利と油断していたオーク達は、次々と仲間が殺されて、ようやく事態を認識し始める。
こいつらは獲物じゃ無い……狩られているのは自分たちの方だ。
バラバラな状態を立て直そうと、一度オーク達が動きを緩めた瞬間……
「今だ、華城さん!」
ゆっくりと狙いを定めていた麗子の矢が、稲妻となって奥に居たオークメイジへ突き刺さる。
またしてもクリティカル! 額を打ち抜かれ、頭を仰け反らせてオークメイジは吹っ飛んだ。
魔法を準備していたようで、倒れた身体からは炎が吹き上がっていた。
たった2撃で、自分たちの奥の手とも言える魔法職2人を殺され、オーク達はさすがに戦慄した。
いま全力で掛からねば、この相手には勝てない……!
焦燥に駆られたオーク達が、堰を切ったように、一気にリン、そしてヒロたちの元へと押し寄せる。
ヒロはこれを待っていた。
「猪熊さん全力でこっちに逃げて! 地盤沈下!」
地盤沈下は土属性の魔法だ。走り寄るオーク達の前に、十数メートルに渡り、溝を作るように1mほど地面が沈下する。
いきなり目の前に現れた落とし穴に、オーク達はバタバタと倒れ込んでいく。
「また……無詠唱!?」
今度こそ麗子は確認した。
間違いなくヒロは詠唱をしていない。無詠唱で魔法を放っているのだ。
「前に赤き炎湧き、後ろに青き炎立ち、右に紫炎噴き上がり、左に炎の龍昇る。
焚刑に召されよっ」
友美の魔力操作が終わり、そして詠唱も完成する。
「炎柱牢獄!」
天を衝く炎の柱が、落とし穴に居た20匹近くのオークを一網打尽に焼き尽くす。
残りのオークは数匹、すでに勝敗は決していた。
完全に戦意喪失しているオーク達に、リンと麗子はとどめを刺した。
◇◇◇
「勇木……信じてあげられなくてゴメンね。そしてありがとう」
僕と向かい合った3人は、頭を下げてお礼と謝罪をしてくる。改めてそう言われてしまうと、なんかこそばゆい思いがした。
「あたしが間違ってた」
「いや、間違ってないよ、僕が役立たずなのは本当のことだし」
「ううん、そうじゃない。あたしは前で戦うことが頑張ることだと思ってた。だから、前で踏ん張れない、後ろに行こうとする勇木は、努力が足りない臆病者だと思った。でもそれは違った。勇木は自分の出来ることを全力でやってただけなんだね。そしてそれが一番パーティーの力になることも気付いてた」
猪熊さんの隣で、華城さんと倉橋さんも同意するように頷いている。
「それと、勇木は役立たずじゃないよ。きっと誰よりも強くなる……あたしには分かる」
「そうね、それは私も感じてる」
「私も。勇木君は選ばれた人だよ、絶対に」
僕にはよく分からなかった。ただ、自分には何か不思議な力があることだけは感じている。
彼女たちを救えたのは、その力のおかげだ。
「改めて、これからも宜しくお願いします」
今度こそ、僕たち4人は固く誓い合うのだった。




