第17話 分裂
「おりゃああああああああああああああっ」
猪熊さんが完全無防備のまま、凄い勢いでレイジマタンゴへと突っ込んでいく。さっきからずっとこの調子だ。
「ねえあの子どうして毎回こうなの? 呪いでも掛けられてるの?」
華城さんの疑問ももっともだ。せっかく事前に戦略立てたのに、まるで実行出来てない。というか、モンスターと遭遇した瞬間にロケットダッシュでぶっ飛んでいくものだから、戦略もフォーメーションもあったもんじゃない。
「これなら狂戦士の方がまだマシかも知れませんねえ」
倉橋さんがぼつりと呟く。狂戦士とは戦士のスキル技で、正常な判断力を失って暴走状態で戦うことだ。仲間の命令とかも一切聞かなくなるので、チームワークも何もあったものでは無いのだけれど、その代わり身体能力が大幅に上がるので、乱戦時には鬼神のような働きをしたりすることもある。
猪熊さんのは、特に身体能力が上がっているわけでも無く、ただ闇雲に突っ込んでいるだけなので、危ないことこの上ない。
僕らはギルドで登録を済ませたあと、取り敢えず自分たちパーティーの戦闘力を測るため、訓練で使ってた狩り場へとやってきた。
狩り場とは、ある特定の目的を達成しやすいモンスター遭遇場所で、例えばゴブリンばかり出る狩り場もあったり、高い魔石を持つモンスターばかり出る狩り場もある。
僕らが来てるのは、比較的弱いモンスターが出るという場所で、すでにレベル14の僕らにはあまり意味の無いところだったが、このメンバーで戦闘したことが無いので、まずは安全な場所で力試ししようと来たのだった。
しかしそれで正解だった。せっかく事前にフォーメーションとかを打ち合わせたのに、こんな弱いモンスター相手にさえ、僕らはバラバラな状態で戦っている。
かく言う僕自身、現在弱いモンスター相手に大苦戦中である。相変わらず、身体が動かないのだ。
五味君と模擬戦した時はあんなに上手く戦えたのに、なんでモンスター相手だと、こんなに身体が動かないんだろ……。
もちろんこれは、アイレさんに習った剣術のせいでは無い。僕自身の問題だ。
前衛2人が盾役も囮も出来ないため、後衛2人もロクに援護が出来ない。特に、倉橋さんはまだ一発も魔法を放つことすら出来てない状態だ。
「え? まだ戦ってたの?」
レイジマタンゴを仕留めた猪熊さんが僕のところに来て、ポイズントードの攻撃を必死にガードするだけの僕に呆れている。
「こんなヤツに苦戦しすぎよ!」
そう言って、猪熊さんはあっさりポイズントードを斬り捨てた。
無防備でぶっ飛んでく習性はあるけど、一応戦闘力は普通にあるんだよね。ただみんなとはフォーメーションが出来ないだけで。
「ご、ごめんなさい、なんか集中出来なくて、魔法が放てませんでした」
倉橋さんが謝ってくる。まあでも、こんな戦闘状態では、倉橋さんだけを責めるのは酷というものだ。
「私も的が絞れなかったんで、矢が撃てなかった」
それも仕方ない。こんなドタバタしてては、誤って僕らを撃ってしまうかも知れない。ちゃんとお互いの役をこなしてこそ、前衛後衛の力が最大に発揮されるのだ。
結局今日は、Fランク冒険者でも簡単に倒せるモンスター達に苦戦して、僕らは一日を終えた。
◇◇◇
冒険者活動2日目。
僕らはまだギルドの依頼を受けられる状態では無いとみて、今日も戦闘のフォーメーション練習をする。
今日は昨日とは違う狩り場へと来て、別のモンスターと戦闘をすることにした。
相手は訓練でも戦ったことのあるコボルト。犬の顔をした小型の亜人種で、小刀や棍棒などの単純な武器を持っていることが多く、戦闘の訓練には持って来いとも言えるモンスターだ。
早速コボルト2匹と遭遇し、落ち着いてフォーメーションを取るよと言ったそばから、猪熊さんがぶっ飛んでいく。これは何かの病気なのか?
僕はと言えば相変わらず防戦一方の状態で、前衛職2人がこれでは、3匹以上のモンスターとは戦闘など絶対に出来ないだろう。
一応それも考えて、一度に1~2匹しか出ない狩り場に来ては居るのだが……。
「ふーっ、やっぱまだ戦ってたのね」
コボルトを仕留めて戻ってきた猪熊さんが、疲れた顔をして僕らの戦闘を見てる。なんだかんだと1対1でコボルトを仕留めている猪熊さんに対し、僕らは3人でまだ倒せていない。コボルトは最弱クラスのモンスターだというのに……。
倉橋さんは魔法を放てないし、華城さんは一応矢で援護しているものの、スキル技の『狙い撃ち』を使っても、的が絞れずに当てることが出来ない。
僕も魔法剣を使ってはいる。しかし、防戦一方では、せっかく魔法を掛けた剣の出番が無いのだ。
こんな状態の僕だが、ただ、以前とは違うことが1つだけある。
アイレさんや五味君の剣筋が見えたように、モンスターの行動が少し予測出来るようになっているのだ。
昨日のモンスター戦でもある程度行動予測が出来たが、今日のコボルト戦では、さらにハッキリと敵の動きが読めた。
どうやら人間型に近いほど、相手の行動が読みやすいようだ。しかし、それを活かすほどの動作が僕には出来ない。
なんとかこの長所を、戦闘に活かすことは出来ないだろうか。
倒したモンスターの魔石をまとめ、今日も狩り場を後にした。
◇◇◇
冒険者活動3日目。
今日も昨日と同じ、コボルトが出現する狩り場へと行く。理由は、敵の動きが読めるという僕の能力を、もうちょっと試したかったからだ。
猪熊さんは、敵を見つけたときのスタートダッシュが並みじゃ無いので、今日は敵を見つける前から、僕が後ろから両肩を押さえながら歩いている。
何せ、『超感覚』の能力を持っているのだ。目も鼻も耳も良いので、誰よりも早くモンスターを見つけてぶっ飛んでいってしまう。本来はパーティーのために、高性能モンスター探知能力として活躍させて欲しい力なのに。
「見つけたーっ」
と叫ぶや否や、肩を押さえている僕を引きずって猪熊さんが爆進する。
ううっ、僕の力では止められないっ。
2匹のコボルトと相対し、2対2の戦いが始まる。
「おりゃっ、2連撃っ!」
猪熊さんは、適当なタイミングでスキル技を出しているようだ。
ふと隣の猪熊さんとコボルトの打ち合いを見ると、相手のコボルトの動作が手に取るように分かった。
次にコボルトは上に振りかぶる。そこを横に斬り払えば、あっさり倒せるはずだ。
「猪熊さん、横に剣を振って!」
僕は猪熊さんに助言した。しかし、剣撃に夢中になっている猪熊さんには届いていないようだった。
僕の方は僕の方で、コボルトの攻撃を受け止めることに必死だった。
「猪熊さん、盾で押して!」
今度はコボルトが体勢を崩す姿が見えた。盾で押せば、容易に隙を作ることが出来るはずだ。
しかし、やはり僕の声は猪熊さんには届かない。
結局、力押しで猪熊さんはコボルトを倒した。
「いちいちうるさいわね! アンタは自分の戦いに集中しなよ!」
自分の担当コボルトを倒した猪熊さんは、僕のコボルトもそのまま倒す。
結局僕はコボルトを倒せなかったが、何か光明が見えた気がした。
次のコボルト戦、飛び出す猪熊さんに僕も付いていって、間近で猪熊さんの戦闘を見る。
今度は相手は1匹しか居ないので、戦うのは猪熊さんだけだ。
「猪熊さん左に避けて! ああ違う、次は盾で防御っ、あ、焦らないで」
「なんなのよ、アンタもここに来て戦いなさいよっ」
僕が見えたコボルトの攻撃予測に合わせて、猪熊さんにアドバイスするが、まるで聞いて貰えない。
「なんなのよ、私1人に戦わせてどういうつもり?」
自力でコボルトを倒したあと、猪熊さんが僕に抗議をする。
僕は猪熊さんに、自分が敵の行動を読めることを打ち明け、アドバイス通りに動いてくれれば、もっと楽に敵が倒せることを説明した。
今の僕は、せっかく敵の行動予測が出来るのにも拘わらず、自分が弱すぎてそれを有効に活かせない状態だ。ならば、代わりに戦って貰えばいい。
正直、自分が戦闘から逃げるみたいで気が引けたが、しかし自分が戦っても一切戦力にはなっていない。それどころか、却ってパーティー全体を危なくさせてしまうのではないかと思うくらい無力だ。
それよりも、敵の動きが読めることを活かした方が、きっとパーティーとしては有効なはずだ。情けないけど、今はそれが最善策だと信じてる。
僕自身の力不足は、またアイレさんとの特訓を再開して、一日でも早く戦力になれるよう頑張るしか無い。
アイレさんには迷惑を掛けてしまうかも知れないが……。
「あのねえ、後ろから見てれば、何もかも分かったような気で指示が出せるわよ。そんなのテレビの野球中継見ながらブーブー文句言ってるおじさん達と一緒。戦うのが怖いんだったら、アンタはもう前衛に出なくていいよ」
ちがう、そんなつもりじゃ無くて……。
「私もリンと同じ意見。ただ指示を出すだけなんて、むしろ邪魔かも」
「私も……リンさん1人に前衛を任せるのは酷だと思います」
その日、パーティー内に不穏な空気が流れたまま、狩り場を後にした。
◇◇◇
冒険者活動4日目。
今日もみんなでコボルト戦に臨む。しかし、今まで以上にパーティーはバラバラな状態だった。
「猪熊さん前に避けて、次に後ろから斬れる! 華城さん、僕のコボルトの体勢が崩れるので、弓で援護を!」
猪熊さんの暴走もだいぶ改善されてきて、ようやくパーティー戦らしき形にはなっているものの、連携がまるで取れていなかった。
「倉橋さん、魔法は全然慌てなくていい、僕たちの戦闘は見ないでゆっくり集中してて」
今は2対2の戦闘だけど、例え敵が1匹でも、僕は猪熊さんに加勢しなかった。僕が見えた予測を、パーティーのメンバーにひたすら伝えるだけだった。
しかし、誰も僕の指示通りには動いてくれず、華城さんの矢は猪熊さんがすでに倒したコボルトに当たって無駄になったし、標的を定められずに集中出来なかった倉橋さんは、魔法を完成させることすら出来なかった。
「もういいっ、アンタが名監督なのは分かったから!」
残りのコボルトを倒したあと、猪熊さんがもうたくさんといった声を上げた。
あれほど好意的な目をしてくれていた華城さんと倉橋さんも、今では僕のことを冷めた目で見つめている。
臆病者と思われているのだろう。でもそう思われても仕方ない。
今日は早めに戦闘を切り上げて、宮殿へと帰った。
宮殿に帰って廊下を1人歩いていると、偶然フィーリア王女とその専属護衛騎士のアイレさんに出くわした。
ちょうど良いとばかり、僕はアイレさんにまた自主練を嘆願した。突然の申し出だったけど、アイレさんは快く了承してくれた。
早速訓練場へと移動し、アイレさんに稽古を付けて頂く。フィーリア王女も一緒に訓練場へ来て、何か心配そうに僕の練習の様子をそばで見ている。
「ふむ……以前よりも動きは良くなっているが、剣に迷いがあるな。勇木殿、何かあったのでは無いか?」
アイレさんには分かってしまったようだ。そしてどうやら王女も、僕の様子がおかしいことにすでに気付いていたようだ。
僕はパーティーでの出来事を二人に打ち明けた。
「勇木様は、ご自分の無力さが周りを不幸にするのでは無いかと心配なのでしょう。そのお気持ちはよく分かります。でも勇木様の信じる道をお進み下さい。努力は決して周りを不幸にはしません。わたくしは勇木様が誰よりもやさしく、そして誰よりも努力をしていることを知ってます。それは必ず、周りの方々を幸せにするでしょう」
王女の言葉で、少し吹っ切れた気がした。
彼女たちがどう思おうと、僕の能力はパーティーメンバーへの指示として役立てるべきだ。現状では、それが一番危険を少なくする戦い方だと、僕は信じている。
◇◇◇
冒険者活動5日目。
猪熊さんの暴走はかなり抑えられるようになっている。あとはパーティーとしての戦闘だ。
僕は昨日と同様に、メンバーに指示を飛ばす。もちろん、なかなか聞いては貰えないが、地道にこの戦略の信用を得るしか無い。
少し無理をして戦闘をしてしまい、みんなに疲れが見えた頃……。
2対2のコボルト戦にて、僕の相手しているコボルトが体勢を崩す予測が見えた。位置的に見て、華城さんの弓矢の絶好の的になるはずで、チャンスとばかりに僕は指示を出す。
「華城さん、僕のコボルトを狙って撃って!」
しかし華城さんは、苦戦気味だった猪熊さんの援護を考えていて、僕のコボルトは見ていなかった。さらに、相手のコボルトに隙が無いのに、無理矢理狙って矢を外してしまう。
今こっちのコボルトを狙ってくれていれば、確実に1匹減らせていた……!
そういう思いが頭をよぎった瞬間、つい油断してしまった。僕の相手していたコボルトが、猪熊さんの方へ向かってしまったのだ。
猪熊さんは、ちょうど自分の相手しているコボルトにとどめを刺そうとしていたところで、こっちのコボルトには気付いていない。
僕は急いで猪熊さんへと向かい、コボルトの振り下ろす小刀の前へ飛び込んで、猪熊さんを庇う。
「えっ、勇木っ? 大丈夫っ!?」
さすがに慌てるメンバー達。
「僕は全然大丈夫、早くコボルトを倒して!」
すでに自分のコボルトを倒していた猪熊さんは、もう1匹も程なく倒した。
「ねえ勇木、助けてくれたのはお礼を言うけど、元々あのコボルトはあなたの相手でしょ? 自分の担当はちゃんと受け持って貰わないと困る。それに、あんな無茶な助け方するなんて……勇気と無謀は違うわ」
猪熊さんから、辛辣な言葉を掛けられる。いずれ言われるだろうと分かっていた言葉だった。
「ハッキリ言う、勇木は戦闘に……冒険者には向いてない。あなた、本当にこんな状態で世界を救うつもりなの?」
「僕は……自分の出来る範囲で周りを救っていきたい」
「無理よ、誰も救えない。その前にあなた死ぬわ」
恐らく真実であろう言葉が僕をつらぬく。
「あなたとはもうパーティーを組めない。解消しましょう」




