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2. 教会に住む悪魔

 

 信心深い者には、少しばかり酷な話をしよう。神や天使や悪魔、そういったものの存在を信じている者全員に、等しく残酷な話だ。


 この世界には天使も悪魔も、ついでに言うなら人間が望むような都合の良い神なんてものも、いやしない。

 その存在を信じることで一切の悩み苦しみから救われて、困ったときには必ず愛の手を差し伸べて、死後は優しく暖かな土地へと導いてくれる。全知全能、全てのものに等しく愛を注ぐ存在。

 そんなものがいると本気で信じているのなら、余程お気楽な育ち方をしてきたか、さもなくば相当辛い目にあって頭がイカれてしまったかのどちらかだろう。


 人間が望むような、人間にだけどこまでも甘く優しい神など、どこを探したっていやしない。考えてもみろ。野の花も、森の動物も、人間の手によって命を奪われる数多の命は、一方的にその生を奪われ救われることも無いというのに。何故、人間だけは違うなどと思えるのか。悔い改めれば全ての罪が赦されるだなんて、都合が良すぎるとは思わないか。


 もっとも、生物としての『俺たち』なら存在する。現にこうして俺がここにいるわけだし。

 この身を覆う黒い羽も、耳の上から生える二本の角も、尖った牙も鋭い爪も全て本物。俺たちは人間よりもずっと寿命が長くて、人間には無い色んな力を持っている。だけど、ただそれだけだ。


 良くも悪くも、俺たちは人間が思っているような存在ではない。天使だの悪魔だの、人間たちが勝手に都合のいい区別をつけてそう呼ぶだけで、どちらも本質的には同じ生き物だ。

 多くの人間に肌の色の違いや食べ物の好き嫌いがあるように、俺たちにだって個体差や好みの差がある。肉食の天使だっているし、木の実しか食べない悪魔だっている。

 人間が俺たちに持つ印象に関しては、俺たちの羽が白いか黒いか、そういう見た目が大いに影響しているだろう。けれど結局のところは『人間に害をなすかどうか』というその一点が、何より重要なのだ。それだけで俺たちの呼び名が決まると言っても過言じゃない。


 人間は、よく正義だなんだとご大層な口を聞くが、善悪など所詮は利害の一致でしかない。一方で神のごとく祀られる存在が、他方では最恐最悪の殺戮者であることなど、人間の世界では珍しくもないだろう。

 同種の間でだって育つ環境が違えばそうなのだから、ましてや俺たちのような異形については言うまでもない。


 勘違いして欲しくないが、俺は別に人間が嫌いなわけではない。好きでもないし、嫌いでもない。特別にどうと感じることもない存在だ。ただ俺は少しばかりこの山合の小さな村に長く関わり過ぎていて、天使だの悪魔だの、そういう煩わしい属性を超越したところで人間と妙な交わり方をしている。そしてそのせいで、人間臭い感傷のようなものに感化されていやしないかと問われれば、否定し切ることが出来ないのも事実だ。


 人が思うような神も天使も悪魔も、いやしない。それは嘘じゃない。けれど確かにここに存在する俺とこの村の住人との間には交流があって、理解し難いその宗教観を抜きにして考えれば、俺たちは少なくとも意思の疎通が可能な『生き物』なのだ。




 ***




「天にまします我らの父よ。私たちは今日、愛するものを失い、耐え難い悲しみの中にいます。どうか我らをお導き下さい」


 村の年長者が中心になって、村唯一の司祭であった元同居人の葬儀が執り行われた。

 然るべき祭儀の執行者がいない状況で、それでも村人はこれまでに何度も行ってきた伝統的な葬儀の手順を追って、司祭が不在であること以外には何一つとして落ち度のない別れの儀式をしてみせた。

 俺は教会の天井へ連なる太い梁の上で寝転がりながら、黙ってその光景を見つめていた。


 皆が嘆き悲しみ、彼に対するこれまでの感謝と惜しみない賛辞を口にしあった。大人たちが彼の身を拭い清め、子供たちが摘んできた真っ白な野の花を、丁寧な手彫りの装飾が施された彼のための棺へ敷き詰める。

 程なくしてその小さな木の箱に収まった彼は、全身の筋肉が弛緩した分だけその表面積は増しているはずなのに、不思議なほど小さく見えた。


 この村の人間は、全員が例外なくクリスチャンだ。生まれると同時にこの教会で洗礼を受け、先達に習って日々の祈りを捧げることを当然の日課として生きる。そして無条件で、この村を守る天使、すなわち俺の存在を信じ、何をするわけでもない俺に感謝し、毎日何かしらの供物を食べきれないほど供えては熱心に祈りを捧げる。


 毎日毎日、朝も昼も夜も、よくもまぁ飽きないものだと俺は思う。ほとんどの奴らは俺の姿が見えないくせに、それでも俺の存在を信じて疑わない。村は古くからの言い伝え通りに『黒い羽の天使』に守られているのだと信じて、露ほども疑わないのだ。


 俺はと言えば物心着いた時からこの地に暮らしていて、あるとき人間がやってきて小さな集落を作るまでは、森の中でただひっそりと寝て起きるだけの生活をしていた。


 どこからか移住してきた人間たちは皆質素で慎ましく、葡萄酒を作るための小さな蒲萄畑をそれはそれは大切に育てていた。人間が来ることによって自分の静かな暮らしを邪魔されるのではないかと案じていた俺は、密かに安堵した。

 山の麓にいつの間にか出来た巨大な街の連中とは違って、村人たちは日々葡萄の世話をしながら慎ましく生きた。それは俺にとって森に生きる鹿や野兎と同じようなものだったから、俺は彼らの存在を特別気に留めることは無かった。


 そうしてしばらく、一方的に観察するだけの静かな共同生活を続けていたある日、俺は結果として彼らに手を貸すことになった。それはいつも通りのただの気紛れだったと言ってもいいだろう。


 山を渡ってきた狼の群れが村を襲い、僅かに飼われていた家畜を食い殺し、ついには女子供が歯牙にかけられようとしていた時だった。


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