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肉串を食べ終えた私たちは、別の場所へ移動する。
あちこちから良い匂いがして、食欲が刺激されっぱなしだ。
さすがにボリュームたっぷりの肉串を食べた直後のせいか、今は腹パンで飲み物くらいしか入らない。
「自分の生まれた国については?」
不意にブラッドが話しかけてきた。
現在は食後の運動とばかりに、屋台と露店が立ち並ぶ場所を歩き回っている。
ブラッドには、私が貴族家の人間だと分かっているのだろう。
生粋の貴族令嬢――しかも十五歳の少女が森型ダンジョンで遭難していたら、確実に傷一つない状態で発見されるのは難しい。
誰かに保護されるという確率も低いはず。
――私は本当に運が良かったんだ。
ブラッドの考えは貴族家の人間なら、たとえ記憶がなくても家に戻る選択肢一択なのだろう。
「ああ……特に興味が持てなかったので、国の位置情報だけ調べました」
地名と家名を見ても、私の感情が動く事はなかった。
記憶がないだけではなく、アンジェリア・アトキンズ本人も、自分の生まれた家に思い入れがないのかもしれない。
何となく、そう思ってしまう。
――本人にとって嫌な記憶なら、全て抹消したいと願うのも分かるんだよね。
たった十五年しか生きていない少女でも、これまでの記憶を消し去りたいと思う出来事があっても不思議じゃない。
あくまで勝手なイメージだけど、貴族社会というものは人間関係がドロドロしていそう。
アンジェリア・アトキンズは、バントック王国では侯爵令嬢という立場だった。貴族の中でも侯爵家の立ち位置は、それなりに高いもののはず。
――それに美少女!!
きっと本人の知らぬ所で他の令嬢たちから、逆恨みと取れる妬み嫉みの対象だった可能性もある。
それに十五歳と言えば思春期のお年頃。
心身共にデリケートな時期と言えるだろう。
お貴族様はどうか分からないが、父親の洗濯物と一緒に洗って欲しくないとか。
必要以上に構って欲しくなかったり。
他人から自分がどういう風に見られているのか、とても気になる時期でもある。
たとえば気になる相手がいれば、その相手に自分はどう映っているのか。友人関係も似た感じで、陰で自分の悪口を言ったり聞かされていないか、この時期はとても不安定で疑心暗鬼になったりもする。
十五歳と言えば親の保護の下、狭い世界の中でしか生きていない。要は身近な人間しか知らないのだ。
成人を迎えて大人になれば、人間関係も変わってくる。そして広い社会の中で、これまで知らなかった汚い世界を知っていくのが世の理とも言う。
それよりも――アンジェリア・アトキンズの身に何があったのか?
私が不可解に思ったのは、空間収納の中にあった私物だ。
当面の着替えやお金については納得する。
――ベッドもそうだが、調度品から家具類まで収納するか?
まるで自分の部屋にあった私物を全て空間収納へ納め、どこかへ引っ越し――どちらかと言えば、実家を出て逃亡といった線が強い。
そもそも引っ越しが前提なら、あの金貨の量は有り得ないだろう。
少なくとも高価なアクセサリー類の装飾品と、現状で不要なドレスを売りさばいて換金して得たものだ。
まだ豪華なドレスは多く残っているが、侯爵家の令嬢にしてみれば数が少ない。
上級貴族の令嬢という立場なら、品位を保つ為に毎月の予算が組まれているはずだ。その中でドレスを誂えたり、アクセサリー類も服に合わせて新調する。
おそらく茶会に参加する場は、極めて高かったと思う。
ましてや侯爵家の令嬢が、同じドレスを何度も着回すとは想像できない。
ほぼ一度きりしか着ていないドレスを、彼女は数え切れないほど所持していただろう。侍女に下げ渡すような話も聞いた事あるが、侯爵令嬢が身に着けるようなドレスを下げ渡すとは思えない。
下げ渡された方も畏れ多くて身に着けられないといった所か。
――私なら別の物を与えるし、着ないドレスはリメイクして売りさばく。
世間知らずな令嬢が高額な現金を持っているのが、私の中で大きな疑問なのだ。
現金を所持しなければいけない理由があったはず。
その理由は単純に「家出」しかないだろう。
貴族の生活を分かっているわけではないが、一般的な貴族の人間は現金を持ち歩かない。
基本的に傍仕えの人間――執事や侍従、もしくは侍女かメイドが持ち歩く。そして主人に変わって代金を支払う形だろう。
普段の生活も外で買い物をする事はなく、自宅に商人を招き入れて購入するのが貴族のスタンダードだ。
貴族男性は仕事で外出する分、ブラッドのように現金を持ち歩くのが普通なのかもしれない。
「以前の記憶がなくとも、アンジェリアに不安はなさそうだな」
中身が社会に揉まれきったアラフォーだから、これといって不安を感じた事はない。
「まあ、確かに……自分自身の生い立ちについて、私は知りたいと思っていないからですね。私が不安に感じたのは一般的な常識、それから物価の市場価格に通貨あたりかな?」
私は日本円の価値しか知らないのだ。
異世界の物語をアニメや本で学んでいたとしても、あくまで架空の作り物の世界である。
この世界は私にとって、もはや現実の世界だ。
生きて行くのに必要な情報を得るのは、最重要ミッション!
貨幣の価値は今も良く分からないけれど、日常生活で多く流通しているのは銅貨と銀貨の二種類。
銅貨は百枚で銀貨一枚分。
銀貨に至っては、銀貨千枚で金貨一枚分となる。
日本円に換算できないけど、銀貨数十枚があれば一月の生活費が賄われるといった所だ。
「アンジェリアは凄いな。まだ若いのに……君と会話をしていると落ち着く。何というか、達観した年配の相手と話をしているみたいだ。若い君には失礼な言い分だが……すまない」
――でしょうね!
アンジェリア・アトキンズは、十八歳の若きシングルマザー。
しかし中身は、元アラフォーだった久保田杏珠。
先ほど教えて貰ったブラッドの年齢は、三十二歳の独身貴族。
――大雑把に言えば、中身はブラッドと同世代!!
私としては現在の同年代と会話をするより、年上の相手と会話をする方が楽しい。
冒険者ギルドの受付をしている二十六歳のアーリン、ステラは三十歳になったばかり。
この二人との会話も楽しいものである。
彼女たちと同年代にあたるバーレイ子爵令嬢は、絶対に仲良くなれないタイプだ。
三年前――ルーフ亭で初めてバーレイ子爵令嬢と遭遇した時、店主に対する彼女の態度や言動を見ての感想である。
それから何度かルーフ亭で遭遇するも、彼女に気づかれずに店内の奥に身を潜ませ、従者を引き連れて店を出るまで私の存在を気づかれないようにしていた。
アバネシー区とボートン区――この二つのエリアを統括しているのが、バーレイ子爵家。
バーレイ子爵は代官という立場だけど、雇われ店長みたいなものだろう。
もしくは大企業の下請け的な存在?
この地はアシュベリー公爵家のものであって、バーレイ子爵家の土地じゃない。
領主の代用品でしかない立場の家の者が、手当たり次第に女性を口説いたり、権力を振りかざして強姦紛いの行為をするとか。更に付け加えれば、代金を踏み倒したり威張り散らすとか、マジで有り得ないんだけど。
バーレイ子爵本人に出くわした事はないけれど、姉のブリジットと彼女の弟アルフィーの二人には遭遇した事がある。
C級冒険者のアルフィーは冒険者ギルドで会う事が多い。ブランシェを口説いていたので、顔はしっかりと認識済みだ。
そして姉のブリジットはルーフ亭で出会う。
店主から聞いた情報によれば、十九歳の時に伯爵家の嫡男と結婚。結婚後は仕事もせずに男遊びを続けた結果、結婚生活一年も経たずに離縁されたとか?
現在二十七歳になった彼女は再婚相手も見つからず、なぜか昔からアシュベリー公爵家の嫡男と結婚すると吹聴しているらしい。
子爵の階級は下から数えて二番目。
公爵は貴族の中のトップで、アシュベリー公爵家は三千年以上の歴史を持つ由緒正しい家柄。
貴族階級に大きな差がある事を知らない無知なのか。
おそらく価値観の問題だけじゃなく、身分差の壁は高い。
そんな事を思いながら、私はブラッドの話に耳を傾ける。
「もっと効率よく魔獣を捌けたら楽だと思っているんだが、なかなか思うようにいかなくて」
彼が話題にしているのは、騎士団で狩った魔獣の解体について。
そんなに魔獣の解体が大変なのだろうか。
私は水魔法で血抜きを素早く行い、風魔法で毛皮と肉塊を取り除いて骨と分ける。
その間、僅か数分で終わる作業だ。
「水魔法の使い手と、風魔法の使い手はいないんですか? 魔法を使用すれば簡単に終わると思いますよ?」
「二つの魔法で作業が簡単とは?」
これは困った。
言葉では説明しずらい所だ。
「私は先に水魔法で血抜きをします。錬金術師の方が魔獣の血液を欲しがっているので、血液を別の容器へ移す形ですかね? その後は風魔法で毛皮を剥ぎ取ります。ナイフ等の物理の道具を使うと、綺麗に剥がれないので風魔法を使うのが一番ですね」
風魔法は切れ味が抜群なのだ。
ナイフで切り取ると綺麗に毛皮を剝がせない。
そして肉と骨を分けるのも風魔法が効率的だ。風魔法を使うと美しい白骨になる。内臓も同様に風魔法を使用。こちらは鮮度が命なので、すぐに時間停止の空間収納へ納めなければならない。
ブラッドに分かりやすく伝わっているのか分からないが、私が解体でしている事を説明する。
「なるほど……魔法の方が効率は良さそうだ」
「実際、牛型魔獣を解体する作業時間は一頭で数分くらいですね。猪型の魔獣は三分もかからなかったと思います」
「素材を無駄にせず、時間短縮で行えるなら素晴らしい」
「生活の知恵ですよ」
素材を売る際に、銅貨一枚も減らしたくない。
解体が雑だと買い取り価格が大幅に減るのだ。
私はアーネストの将来の為に、少しでも資産を増やしておきたい。ある程度の年齢になったら、アーネストを学校へ通わせてあげたいと思っている。
学校といえば入学資金と学費だろう。
寄宿制の学校ならお小遣いだって必要になる。
「そうか、生活の知恵――アンジェリアのパンも、そこからヒントがあって作り出したものなのか?」
「いえ、私が食べたいものを作っているだけなので、深い意味はありませんよ」
「くくくっ……見かけによらず、君は食いしん坊という事か?」
「何とでも言って下さい。私は食に貪欲なだけです」
ブラッドに案内された店舗で、私は念願のブラックソースを手に入れる事が出来た。
勿論、ケース買いである。
ついでにチーズを見つけたので、ブランシェに念話で尋ねたらモッツァレラチーズとクリームチーズ、それとプロセスチーズが欲しいとの事だった。
――聖獣ってグルメなのだろうか?
その流れでパン屋を覗くも、売られているのは黒パンとライ麦パン、カンパーニュといった三種のみ。
領都アスカムのマルシェを見回り、目ぼしい物がないか物色していく。
特に目新しいものはないけれど、調味料はアバネシー区のマルシェよりも種類が豊富だった。
数種類のハーブ!!
ミントにローズマリー、バニラまで揃っている。
それと、そば粉を発見した。
そば粉があるならガレットも作れる。
魚介をベースにした調味料は即買い。
まさかオイスターソースがあるなんて!!
この世界で醤油の次に、私が感動した事だった。
焼き菓子も色々とある。
日持ちがするような物ばかりだが、この世界で初めて見る物が多い。
さすが公爵領の領都だ。
「アンジェリアは、ここのマルシェをお気に召したようだな」
「色々な物が豊富にあって、今日一日だけじゃ足りないくらい。いつでも通いたいって思うほど、とても感動しているの」
こうして物理的に街を出歩いているおかげで、いつでも転移魔法で来られる。
まだ見ていない店も多い。
本当に一日だけじゃ全て見て回れない規模のマルシェだ。
それ以外にも、店舗型の店をじっくり見回りたい。
私が声を大にして言い切ると、ブラッドが笑みを浮かべながら口を開く。
「それなら毎週土曜日に、君を迎えに行くよ」
「――え?」
これは――何を意味する言葉なのか?
毎週土曜日に迎えに来ると言った?
――は? どういう意味? え? 私の聞き違い?
「毎週土曜日の午前中に迎えに来ると言ったんだが……聞こえなかった?」
「聞こえましたが……聞き違いかと。え? 案内してくれるんですか?」
「慣れないうちは道案内が必要だろう? 現在は祭りを目的に訪れている人が多くてマルシェの様子が分かりにくいが、普段は今より人が少ない代わりに天幕や屋台が立ち並んで迷子になりやすい」
ブラッドの話を聞きながら、広場の方へ戻った。
空は茜色に染まり、夕刻を示している。
先ほどは食事メインの料理ばかりだった屋台が、酒を提供する物へと変わっていく。そして露店をしていた人たちは、後片付けをして広場から撤収。
広場の中央にある噴水の前には、いつの間にか楽師団が楽器を手にしている。
――へぇ……この世界にも楽器が存在するんだ。
露店がなくなった場所には、男女一組が音楽に合わせて踊り出す。
楽師団は私が聴いた事のないメロディを奏でている。
ヴァイオリンを中心に、クラリネットとフルート、それからトランペットの音が混ざり合う。知らない曲だが楽しい気分にさせるような音楽だ。
「レディ、お手をどうぞ」
ブラッドが私に手を差し出す。
――これはダンスの誘い!?
「私……ダンスの経験がないんですが」
「大丈夫。俺がリードするから、体を預けて」
ブラッドに手を引かれて広場の中央へ移動する。
音楽に合わせてブラッドが私の動きをリードし、それによって私はクルクルと回された。
ダンスなんて――それこそ学生時代の体育の授業で行ったフォークダンスだけ。しかもジェンカとマイムマイム。
他は小学生の頃、港まつりの盆踊りに参加したくらい。
周りを見ればダンスというより、音楽に合わせて体を揺らしている感じだった。
それぞれが好きなように踊っている。
「この場は体を動かす程度で良い。簡単だろう?」
「こういたダンスは初めての経験です。でも、とても楽しい!」
ブラッドと三曲踊った後、心地の良い疲れにベンチで休憩を取る。
「これが有名な自家製ワイン」
彼から手渡されたのは、木製のジョッキだった。
それを受け取り、私はワインで喉を潤す。
「なにコレ! とても美味しい!」
赤ワイン独特の渋みがなく、とてもフルーティで飲みやすい甘口のワインである。
私は何十年も寝かせた高級なワインよりも、若くてフルーティな安物の甘口ワインが好みなのだ。言い方は悪いが、高級ワインは渋みもそうだがカビ臭くて美味しいと思えない。
ワインを飲んだ後、舌に残る渋みが何とも言えないのだ。
――子供舌って言われたけどね!
他人が美味しいと思っても、本人が美味しいと思えないのは仕方ないだろう。
それぞれ好みが違うのだ。
私は飲みやすいものしか口にしたくない。
「我が領の自家製ワインはお気に召しましたか?」
「はい、コレは本当に美味しいです。どうしよう……何杯もいけちゃいそう」
「アンジェリアは肉食の食いしん坊ではなく、吞兵衛でもあるのだな」
「たった一度きりの人生ですから、自分の欲望に忠実なだけです」
私の中では人生二度目ではあるけれど。
「ブラッドさん、昼間に食べた肉串が食べたい。ちょっと買いに行って来ますね」
ワインには肉が合う。
私はベンチの後ろの屋台で肉串を二本購入した。
そのうちの一本をブラッドに差し出す。
「はい、昼間に奢って頂いたのでお返しです」
「ご馳走になるよ」
「どうぞ」
私は肉にかぶりつき、ワインで流し込む。
「んん――っ!! 美味しい!」
「本当に君は美味しそうに食べるね」
「食事は生きる活力ですから。美味しい物を食べてこそ、明日も頑張ろうって思えるんですよ」
「ああ、それは同感だ」
私は時間の許す限り、ブラッドと祭りを楽しんだのだった。




